魔女の真実
カルミアの過去の話。
(沈黙が気まずい…何を言えば良いのか…)
二人しかいない場所で話すため、俺の病室に居させて欲しいと頼まれた。今、この空間では俺とカルミアの二人だけだ。
流石に兄の口から勘当を言い渡されたのは余程こたえたのか、カルミアはずっと黙ったまま俯いている。
そうなるのは、わからなくもない。どれだけ関わりたくないと思っていても、自分から縁を切るのと、一方的に縁を切られるのは全然違うからだ。
俺が実際経験したのは前者だったが、もし後者を経験していたら、母親と離れられたとしても心にダメージを負っていたと思う。
「………こんなことになっても、貴方は私や家のことを聞いてこないのね」
「傷を抉るだけだと思ったので…」
「こういう時ぐらい…空気読まずに聞いてくれても良いのよ…?」
カルミアの声は、微かに震えている。
いつもの余裕かつ妖艶な笑みはすっかり消え、口元は緩んでいても、ミーシャとは違う意味で惹きつけられる金色の瞳は、捨てられた猫のようでどこか寂しそうだった。
カルミアの傷を抉るかもなんて言ってられない雰囲気に、これ以上何も聞かないわけにはいかないと思った。
「……話したいなら俺は黙って聞きます。俺のことはその辺の置物だと思っててください」
こういう役割は昔から得意だ。相手の気が済むまで、変に口出しせずただ黙って聞くのはある意味母親のおかげで慣れている。
俺に希望を抱かせるきっかけをくれたカルミアがそれで楽になるなら、俺はサンドバッグにだってなるつもりだ。
「………なら、お言葉に甘えて全部話すわ」
カルミアはゆっくりと、自分の生まれと家族のことを話し始めた。
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カルミア・サントリナは、王族どころか高位貴族とはなんの繋がりも持たない地位の低い男爵家に生まれた。
強欲な両親は、着飾ることや贅沢を異常なまでに好んでいた。身の丈に合わない豪奢な馬車を仕立て、宝石店や衣服店など様々な場所に借金を作りまくった。
六つ年上の兄ジェイムズもそんな両親の悪影響を受け、加えて16歳の時点で女好きかつ情事に耽ることを好んでいた。そのため、16歳の頃から娼館通いが止められず、両親と同じように現在に至るまで借金をこさえている。
カルミアはそんな家族を反面教師にし、家族の目を盗んで勉学に励んだ。愚かな家に搾取される可能性を防ぐために、いつか自立して一人で生きていく準備をしていた。
その間も、両親が勝手に縁談を組んで娘を厄介払いしようとしたが、身分も低い借金まみれの家の娘などと縁談を何度も断られていた。カルミアはむしろその状況を好機として考え、医者として生きる道を見つけた。
だが、19歳でアレキサンドラ・サッピールスが国王として即位してから一年経ち、リナリア・グレナデンと結婚した頃に、家族はある企みを考え始めた。
『"国王の愛妾"なら誰でもなれる。ならば、カルミアにはアレキサンドラの愛妾になってもらい、自分たちは贅沢三昧の恩恵を得たい』
それは、カルミアが18歳の時だった。
誰かの愛人になるよう命令されることはなんとなく予感はしていた。だが、まさか家族が自分の娘を国王の愛妾に、などという大それた野望を抱いていたのは、カルミアにとって予想外だった。
カルミア自身、アレキサンドラのことはディアナ王国の王に相応しく、見た目も中身も非の打ち所がない美しい王とは思っていた。だが、歴代の王の中では一番愛妾としてのメリットを得難い男とも考えていた。
『皆に平等で優しい』国王像を周囲に背負わされたアレキサンドラは、愛していようがいまいが妻となる王妃さえも特別扱いすることは憚られている。
その事実は宮廷に出入りするなど夢のまた夢の身分であるカルミアでさえも理解していた。
仮に愛妾になったとしても、アレキサンドラが家族が望む贅沢三昧をさせてくれるなど到底あり得ない。愛し合っているという唯一の手札もなく、"あの国王の愛妾になることを望むのは馬鹿の考えることだ。にも関わらず、自分の家族はそんな馬鹿馬鹿しい計画を考えている。
家族の愚かさを思い知らされたカルミアは、自身を搾取しようとしている家族に対して、憤る……ことはなく、むしろ呆れて夜中に家出をした。
密かに志した医師を目指すために、まずは生きるための金を得ようとした。そのためなら、自身の身体さえも差し出すことも厭わなかった。
カルミアの、男好きする成熟した身体つきに対し、15歳ほどにしか見えない若々しく可愛らしい顔立ちというアンバランスさ、おまけに漆黒の黒髪に金色の瞳を持つ見た目は、市民の世界では悪魔的とも言える魅力があった。
貴族社会では『不気味な魔女』、酷い言い方をすれば『男を惑わす悪魔』と揶揄されるばかりで、引きこもって勉強ばかりしていることも相まってかなり敬遠されてきた。
貴族社会がいかに迷信的でくだらない世界だったと気づいたカルミアは、家出のメリットを改めて見出した。
そんな経緯を経て、20歳を超えた頃にカルミアはやっと医師の助手として働くことができるようになった。
だが、カルミアが下町で市民に混じって働いていることを知った家族は、当時ラルフ・ヴィクトワールによる反乱の最中にも関わらず、何度も家に連れ戻そうとした。
ラルフに捕えられ、廃位されたアレキサンドラを見限ったのか、今度は国王として担ぎ上げられるであろう弟のグランディエ、果てには敵対するレイヴァン・ルベウスの愛妾になれと迫られた。
冷静に断るカルミアに対して、ジェイムズは勢い余ってこう口にした。
『ミーシャ・グレイスとかいう悍ましい東洋との混血の小娘がアレキサンドラを誑かしたように、グランディエやレイヴァンが被害に遭う前にお前が愛妾になれ。あの汚らわしい小娘のことはこっちで手を打っておくから言うことを聞け』
その言葉を聞かされた途端、カルミアは兄だけでなく両親を思い切り殴っていた。
市民の世界に来て以来、カルミアはただの人として、そして医者として様々な人間に出会ってきた。時には差別されたとしても、皆それぞれ自分の夢のために懸命に生きていることを知り、そんな人たちのために医師として生き続けることを決めた。
だからこそ、ミーシャを含めて混血だけでなく東洋人を馬鹿にするような兄の発言には、いつもの平静さを保っていられなかった。
雇ってくれた医師に止められていなければ、少なくとも兄は再起不能になるまで殴っていたかもしれない。それほど、カルミアにとって自身の家族が最早分かり合えない存在と成り果てていた。
何度も殴られた恐れから、カルミアの家族はしばらく来なくなった。
復位したアレキサンドラが、結局ミーシャ・グレイスを愛妾として自ら迎え入れたからだろう。
カルミアは、ようやく医師として充実し、平和な日々を過ごすことができると思った。
再び、自身の家族である兄ジェイムズが押しかけてくるまでは。




