招かれざる客
精神疾患の治療の一環でカルミアの手伝いをするようになってから、二週間ほど経った。
初めてやることになった時も意外に悪くないと思っていたが、何度かやっているうちに楽しさすら覚えていた。
前世で忘れ去ったはずの昔の夢に関わる仕事の手伝いは、美加理を失い、ライヤとして恥ずかしくない人生を送る自信を無くした俺にとって、気持ちを前向きにさせてくれるものだ。
(今は楽しくやれてても…この先のこともちゃんと考えないと…)
だが、現実は甘くない。
今後もカルミアの手伝いをし続けることができるわけではない。手伝いをきっかけの一つとして精神疾患が改善されたと判断されれば、俺はラズライト家に送り返される。
騎士としての称号は剥奪された上に、騎士団に戻ったとしても、今の俺はただの足手纏いだ。その上、女性にとって恐怖と軽蔑の的になる罪を犯した俺に縁談など来るわけもなく、後継の子供など絶望的だ。
厄介者として家にいるぐらいなら、永久奉仕の扱いで教会にでも閉じ込めて欲しい。
(あ…また俺は悪い方向に物事を考えてた。前向きな将来のことなんてろくに考えたことなかったから…こんな暗い考え方ばっかりするんだろうな…)
今の俺が貴族ではなく、その辺の普通の男として生きていたとしたら、他にも選択肢が思い浮かんでいたのだろうか。
例えば、カルミアの元で手伝いを続けたいとか、アーサーが教えてくれた美味しい酒のつまみがある所で働くとか、色々思い浮かべることはできる。
しかし、この世界での貴族にとっては、市民が住む街もしくは下町で働くことは恥とされる。厳格で高潔と言われるライヤの両親は、下町に偏見があろうがなかろうが、それだけはなるべく避けたいはずだ。
(結局俺は…家の厄介者になるか、教会で永久奉仕以外の道はないんだろうな)
所詮、未来に希望などない。ライヤとして恥ずかしくない人生を生きることも、安定した未来が待ってるとは思わずに決めたことだ。
カルミアの手伝いを始めるようになり、ライヤを妬む騎士候補に突っかかられても諦めずに抵抗出来たことで、少しは人生に対して前向きになれたと思った。しかし、そんな簡単に未来に希望を持てるはずなどなかったのだ。
平穏な現状でも安心し切れず、俺は深いため息を吐いた。
「ふふ、大きいため息ね」
「うわぁっ!?!?か、カルミアさん…!?」
気が抜けてる所で横から突然愉しげな声が聞こえて、俺はまた尻餅を突きそうになった。今回はなんとか耐えられたが、毎回驚かせるのは勘弁して欲しい。
「尊敬する人についての悩みが終わったと思ったら、また何か別のお悩み?」
「っ……すみません。いちいち悩んでばっかりで…俺、ほんと情けないですよね…」
「何も考えてない男よりよっぽど良いわよ。それで…何かあったの?」
カルミアは変に大袈裟なフォローはせず、ただ一言だけで俺の駄目なところを肯定してくれる。美加理とは違う優しさだ。
ただ、自分の将来に悩んでいるだけならまだしも、貴族出身故に希望が持てないことを話しても、市民であるカルミアにとって良い気はしないだろう。だからこそ、単純に将来に悩んでるとだけ伝えるべきだ。
「あ、あの………俺はこの先…」
ドンッ!!!ドンッ!!!!
「おい!!!開けろぉッ!!!いるんだろ!?さっさと出て来いや!!!!」
悩みを話そうとした瞬間に、今にも壊されそうなほど、激しくドアを蹴る音と共に、男の罵声が飛んで来た。
まるで借金取りでも来た時のような恐怖と、悩みを話せる機会を邪魔された気分が入り混じる。
「なんなんですかあれ…?あんなの近所迷惑だろ…」
「はぁ……仕方ないわね…これ以上あそこで暴れさせても患者の負担になるだろうし」
「えっ!?開けるんですか…!?」
カルミアは一体何を考えているのだろうか。あんな近所迷惑野郎なんか放っておいて、街の警備をしている兵士にでも任せれば良いのに。
俺の戸惑いを無視し、カルミアは壊されそうなドアを開けた。
そこに立っていた男は、銀色の目を鋭くさせながら、カルミアに似た漆黒の癖っ毛を手でボサボサとさせていた。
無精髭も相まって若干下品な雰囲気を感じる男だが、カルミアは動じてる様子は全くなかった。
「話ぐらいなら聞いてあげるわ、ジェイムズ兄さん」
「チッ…!!出るならさっさと出ろよカルミア…!」
(えっ!?兄さん!?こんな粗暴そうな人が……!?)
ゲーム本編では100%出て来ない男が突然現れただけでなく、カルミアの兄と聞かされた俺は、驚きを隠せない。
確かによくよく見れば、少しカルミアの面影があり、顔立ちは整っている。だが、ミーシャ・グレイスと同い年と勘違いする程のカルミアの若々しい美しさを見た後だと、兄の方は平々凡々に映っていた。
カルミアの兄であるジェイムズとやらは、妹が出て来たことで少しは大人しくなっていた。
(ところで俺はこの場から去っても良いのか…?なんか成り行きで付き合わされてるような…)
カルミアが心配でドアを開けるところまで付き添ってしまったせいか、俺はこの場を去るタイミングを失ってしまった。
今はカルミアの護衛かの如く後ろに張り付くしかできなくない状況だ。
(嗚呼…修羅場の予感しかしない…今すぐ帰りたい……)
「それで?話って何なの?」
「前々から父さんと母さんが言ってたとは思うが…王の愛妾が亡くなった今、今度こそお前にはアレキサンドラ様に近づき、新たな愛妾として寵愛を得るんだ」
ジェイムズのとんでもない計画に、俺はカルミアをそういう道具扱いする兄への怒りよりも先に、
「こいつは何を馬鹿なことを言ってるんだろう」
という呆れを覚えた。
基本的には誰かを特別扱いしないものの、美加理は唯一の例外だったアレキサンドラからすれば、突然知らない女が近づいて来ても怪しいだけだ。それか、優しさで適当にあしらって終わる可能性の方が高い。
ジェイムズとその親の勝算は、カルミアの若々しい美しさだけだろう。それだけで愛妾になれるのは、王が女好きであるか、余程愚かな人間でなければ難しい話だ。
アレキサンドラの場合は、どれも当てはまらない。生まれながらに聡明と称賛され、皆に平等で優しい姿を期待された中で美加理を側に置きたがる一途な人間だ。美加理が、最後に安心できる相手として選んだだけあるぐらいに。
「……その話はミーシャ・グレイスが亡くなるずっと前に断ったはずよ?私は誰かを頼りにしなければ生きられない人生なんてごめんだわ。ここで医者として人の役に立つ仕事をするのは私にとって最大の生き甲斐なの」
「こんな所で医者として働くよりも王の愛妾として寵愛を受ければこれ以上苦労することなく生きれるんだぞ。お前はそれの何が不満なんだ?」
「苦労することのない人生ねぇ……」
カルミアはしっかりとした信念のもとで愛妾になりたくない理由を話したのに、兄の方は全然聞く耳を持とうとしない。
それでもなお、カルミアは兄に対して全くたじろいでいなかった。むしろ、兄を嘲笑するような笑みを浮かべている。
何か言い負かせる主張でもあるのかと、俺は勝手に心の中でカルミアに期待していた。
「こんな所で病人の世話なんか焼いてないで、王の愛妾になればそんな仕事からも解放され…」
「あの国王が愛妾に対して大金を定期的に与えて贅沢三昧させてくれるような人なら、その話に興味の一つくらい持ったわよ。でも残念ながら、アレキサンドラ様はそんな愚かな真似をする方じゃない。ましてや、非難を受けて失望されようと自分の側にいて欲しいと願ったミーシャを亡くして傷心の状態でありながら、他の女なんて考えられるわけがないでしょ」
カルミアの話を聞いてると、ゲームで見たアレキサンドラと、今いるこの世界のアレキサンドラは同じようでいて違うことがはっきりと分かる。
本来アレキサンドラは、美加理に出会わなければ、聡明な賢王として一度も非難を受けることはなかった。その裏側で、真に愛する人が出来ず、心の中は孤独のまま生きていたはずだ。
その孤独は、ゲーム中でミーシャ・グレイスに縋り付く形で間違いを犯してしまうほど深いものだった。
美加理がいたから、アレキサンドラの心の孤独は和ぎ、安寧を得られた。俺もその気持ちが分かるからこそ、ジェイムズの提案を本気で許せない気持ちが強まっていく。
それだけ愛していた人が自分の側からいなくなり、代わりさえも死んでも考えたくないと言う気持ちが、何故ジェイムズにはわからないのだろうか。
(この男だけじゃない…カルミアの家族はアレキサンドラのことを都合の良い国王としか見ていない…所詮カルミアの幸せのためじゃなくて、単に自分が贅沢するために国王さえも利用したいだけなんだな…)
怒りが沸々と湧いてくる。
アレキサンドラに関しては、元々そこまで好きでもなかったはずだ。
今は違う。
アレキサンドラは、自分の身を守るために演じていた美加理が、最後に安心して本当の自分を曝け出せた唯一の相手だ。きっと美加理には心から信じても良いと思わせるほど、真に愛情を向け続けていたのだろう。
そんなアレキサンドラを、『皆に平等で優しい』なんて都合の良い言葉を用いて利用するのは許せない。
何より、今までは考えることもできなかった希望を見出せる手伝いをしてくれたカルミアの意思を無視するかのように、贅沢のために搾取しようとするジェイムズとその親は最早性根が腐ってるとしか言えない。
「で、でも時間をかけて過ごすうちに寵愛を得られればいずれは…っ!」
「簡単に言うなよっ…!!アンタにとってはたかが王の愛妾かもしれないけどっ…アレキサンドラにとってのミーシャ・グレイスは…ただ側にいて欲しいだけじゃなくて…自分の孤独を救ってくれた唯一の人なんだよ!!」
我慢出来ずに、つい言ってしまった。
だが、前の騎士候補の時と違い、殴り返されるかもという恐怖は少なかった。
「ッ!?!?なっ…何だお前は!?さっきからずっとカルミアの近くにいて邪魔なんだよ!!さっさと失せ…」
「どれだけ長い時間かけたとしても…自分の心を救ってくれた人を忘れるなんて一生出来るわけないんだよ!!!何も知らないくせに…アレキサンドラやカルミアさんのことを自分のために都合良く利用しようとするな!!!」
「ッ!?!?そ、そんなの絶対かどうかなんて分からないだろ…!?それにお前みたいな精神異常者に何がわかるって言うんだよっ!!さっさと失せろ!!」
"精神異常者"
俺が何を言っても、この男は聞いてはくれない。別に今は精神的に不安定なわけでもないのに。
どこにいても、世間的にはそういう目で見られるのは分かっていた。しかし、面と向かって直接言われるのはやはり胸が痛かった。
バシャッ!!!
「ッ……!?はえ………??」
突如、水をかけるような音が聞こえてきたと思ったら、ジェイムズは頭からびしょ濡れになっていた。
ガラス瓶に入っていた液体をかけたのは、いつもの妖艶な笑みからかけ離れた冷めた表情で兄を見下ろしているカルミアだった。
「患者を愚弄するなら兄だろうと許さない。さっさと失せるのは貴方よ、ジェイムズ・サントリナ」
「ひっ……!!ッ〜〜〜!!クソッ!!!お前とは縁を切ってやる!!金輪際俺たちに関わるな親不孝者が!!!」
利用するつもりだった妹に凄まれたのが余程恐ろしかったのか、ジェイムズは捨て台詞を吐くだけ吐いてすぐさま出て行った。
カルミアが実家であるサントリナ家から勘当されるのを目の当たりにした俺は、何で声をかければ良いのか分からなかった。
最低な家族とはいえ、縁を切られたらそれはそれでショックかもしれない。
そう思っていると、しばらく続いた沈黙を破るように、カルミアは口を開いた。
「…………ねえ、ライヤ」
「な、何でしょうか…?」
「ちょっとだけ…付き合ってくれる?」
「………いくらでも話は聞きます」




