もし君が側にいたのなら
騎士候補である巨漢の男とその仲間の一人に襲われそうになったところ、通りがかったアーサー・ローレントが俺を助けてくれた。
助けてくれたアーサーだが、ゲームでは名前しか聞いたことがない。それっぽい人がライヤルートに出ていた記憶はあるが、明るくて良い奴なこと以外はほとんど朧げな印象だった。
しかし、実物のアーサーを見た瞬間、ライヤの記憶を覗いたわけでもないのに何故か名前が頭の中ですっと浮かんだのだ。
助けた時のアーサーの態度からして、もしかしたらライヤとはただの騎士仲間と呼べぬほどの関係ではないかと思う。
そのアーサーはというと、「久々に街来たからなんか買ってくるわ」と言うなりさっさと商店街に行ってしまった。
(なんか買ってくるって言ってたけど…まさかまたここに来るのか?カルミアに頼まれてる仕事もまだ終わってないのにどうすれば…)
カルミアになんて言えば良いんだ。
折角手伝いを任せてもらえたのに初っ端からサボることになるなんて、事情があっても許されるわけがない。
(もしカルミアに見つかったら……すぐに土下座して謝ろう)
「食うか?お前これ好きだったろ?」
いつの間に戻ってきたアーサーは、俺の眼前に茶色い干した牛肉か何かを差し出してきた。
やたらとスパイシーで食欲をそそる良い匂いがするが、この肉の塊は一体何なのだろう。
「え…?それって…」
「ビーフジャーキー。あ、もしかしてまだこういうの食べられないか?」
「あ……いや、多分大丈夫だと思う……」
「なら食えよ!良い酒のつまみがたくさん売ってる店で買ったから美味いぜ!」
「………ありがとう」
この茶色い肉の塊はビーフジャーキーと言うのか。家でビールばかり飲んでる母も酒のつまみを買って来ていたが、このビーフジャーキーは見たことがなかった。
恐らく牛肉だからかなり高いのかもしれない。こんな贅沢なものを食べても良いのだろうかと思ったが、アーサーの厚意に甘えることにした。
早速俺は、食べたのことのないビーフジャーキーをひと齧りしてみた。
「ッ…………!!美味い…!!」
「な?美味いだろ!!」
干した牛肉から独特の旨みが感じられて、胡椒が効いてるおかげでより一層美味しい。
先ほどアーサーが「好きだろ?」と言っていたが、ライヤの好物はガトーショコラとファンブックに記載されていたため、すっかり甘党と勘違いしていた。キッシュのような複雑な味を嫌うライヤは、はっきりした味が好みなのだと改めて理解した。
「牛肉の串焼きもあるからこれも食えよ!」
「えっ、そんなに牛肉の料理買って大丈夫なのか!?」
「???何言ってんだライヤ??なんかさっき通った下町の奴みてえなこと言ってんな、はは」
「ぐッ…!!病院生活長いからその癖かもしれないな……こっちもいただきます…」
アーサーに悪気はないのかもしれないが、こっちは前世ではビーフジャーキーもろくに食べたことがない貧困寄り出身だ。自分の貧乏臭さをこの世界でも認識させられて思わぬダメージを喰らった。
「………お前さ、俺の気のせいなら良いけどよ…病院送りになってからなんかやたらと女々しくなってね?」
「ぅぐッ……!び、病人なんだからそう見えるのは仕方ないだろ…!」
またアーサーは俺が地味に気にしてることを何も知らずに急所を突いてきた。
絡まれた時もライヤなら軽くいなせるはずなのに一発殴ることもできなかったのは確かに不自然すぎるかもしれない。だが、いくらなんでも病人相手に核心を突きすぎてる気がする。
「いや、女々しくなっただけならまだしも…返しも前と違って変じゃなくなってるよな」
「え?そ、そうなのか…?」
「ああ、前のライヤなら『確かに身体が鈍ったような気がする…もっと筋肉が付くよう鍛錬しなければ』って、そういうことじゃない返ししてる所なんだが…お前、まさか……?」
俺にダメージを与えた会話だけで、アーサーがなにか察したらしく、俺を見て怪しみ始めた。
同じ騎士候補から嫌われてるライヤと唯一仲が良いのは何となく察していたが、地味に物真似が上手いほどライヤへ理解の深さからして、今のやり取りだけで違いが分かるのは最早親友の域ではないだろうか。
(っ………親友だなんて馬鹿だな…俺は昔その親友だと思ってた奴に裏切られたっていうのに……)
「刑務所でグレイ・ジルコニアにボコられすぎたから色々おかしくなったのか?」
全然違うしグレイには一発か二発ぐらい殴られたことしかない。
ただ、何はともあれアーサーには俺の正体を気付かれていないようで何よりだ。
「まあ…そんな所だ……」
「はは、だろうな。今じゃジルコニアの死神と呼ばれる男に拷問されたら精神的にもぶっ壊れるに決まってる。なんならこうやって普通に飯食ってること自体奇跡みたいなもんだと俺は思うぜ」
「……俺も本当に信じられない。あれだけの罪を犯して…しかも相手はグレイ・ジルコニアが執事として過ごしていた時に仕えていた大事な人なのに…どうして精神だけでなく身体も何もかも本格的に壊してくれなかったんだろうって…」
壊れるほど拷問されるどころか、二発ぐらい殴るだけで済んでいたのは、グレイの情けなのかもしれない。
ルシフェルの力で美加理にしでかしたことを思い出させられ、その影響で過去の記憶がフラッシュバックして泣き叫んでいた俺を、まるで父さんみたいに優しく諭してくれたのも、そういうことなんだろう。
「…………ライヤ、俺はお前のしでかしたことは絶対許せないって思ってるからな。いたいけな令嬢を…しかもあんなか弱い子を襲って怖がらせたんだ。俺がグレイだったら、精神だけじゃなくて身体もぶっ壊して痛みを思い知らせてるところだぞ」
許さないと言ったアーサーの顔は、さっきまでの朗らかで快活な表情とは違い、真剣で目が据わっており、本気で怒っていることが伝わってくる。
アーサーのその表情は、本当なら許されるべきでないことをしたとして罰せられるはずなのに、病院でのうのうと生きてることはあり得ない話であるという事実を再確認させられるほどのものだった。
「ッ…………分かってる…俺は人として最低だ。本当なら精神疾患で病院にいさせてもらうなんて都合の良すぎる話だってことも…」
俺の言葉を最後に、沈黙が続く。
アーサーは恐らく俺に呆れてるのだろう。
かつて友人だった男がこんな有様で、女々しくて情けない人間になってしまっていることにも。
しばらく黙っていたアーサーだが、再び口を開いた。
「俺は…お前が好きになったミーシャ・グレイスを襲ったと聞いて、本気で軽蔑した。なんならさっき騎士候補に襲われてるのを見ても放っておこうとすら思ってた」
「…………そう思ってたなら、なんで助けてくれたんだ…?」
「俺も分かんねぇよ…!最低なことして…女々しくて情けなくなった奴なんか友達じゃねぇって見捨てたかった…」
アーサーが助けるのを迷うのは、自分でも理解できる。俺だってこんな最低で情けない奴が襲われてるところで助けたくないと、自分で想像してそう思ったくらいだ。
「でもお前が情けないなりにあいつらに抵抗したのを見たら…身体が勝手に動いてたんだよっ…!ライヤの根本は何も変わっていないんだって思って…結局見捨てるなんて出来なくなってたんだ…!」
「ッ………!?え……」
俺とライヤは全然違う。
その事実は痛いほど分かってる。何故アーサーは、さっきの俺を見てライヤの根本と変わらないなんて思っただろうか。
「俺は…騎士団に入った頃のお前が、周りに疎まれていようが嫉妬されようが関係なく強くなろうと真面目に努力してるのを見て、本気で勝負してみたいって思った。絶対面白いし、負けても達成感が生まれるんだろうなって、お前も本気で戦えるまで楽しみにしながら鍛錬してた。まあ、結局はしっかり負けたけどな、はははっ」
「なら…一層今の俺を見て失望したんじゃないのか…?根本が変わってないなんて、どうして思ったんだ?」
「はぁ〜〜……ほんっとお前は戦闘以外はいちいち説明しないと分かんねえから仕方ねえなぁもう!!俺はなぁ、お前の何があっても諦めずに立ち向かう所を気に入ってんだよ!!さっきのお前は俺がライヤを気に入ったきっかけそのものの姿だから助けたいって思えたんだよ!!これで理解できたかライヤ・ラズライトくん!?」
「ッ…………!!」
アーサーの半ばやけくそ気味の訴えは、自分でも驚くほど心に響いた。
俺の精一杯してきたことは、情けなくても決して無駄なものじゃなかった。そう思った途端、俺の冷え切った心は温かく解かされ始めた。
「あぁ…ちゃんと…分かったよ…馬鹿な俺でも…理解できたよ…!」
涙がじわっと出そうになった。
泣きそうになっているのがバレたら、また女々しくなっていると怪しまれそうだったため、涙は流さないようぐっと堪えた。
(アーサー…もし中学の時に君みたいな人が側にいてくれたら……俺はただ諦めることじゃなくて、抗うことをもっと早く覚えられたかもしれない…)
もし願うことが許されるのなら、真佑として改めてアーサーと友達になりたい。
決して叶うことがない願いなのは、分かっている。それでも、せめてライヤとして友達でいてくれるのであれば、これ以上無い幸せだ。
「ッ〜〜〜〜あぁああもう!!何小っ恥ずかしいこと語ってんだ俺は!!!つーわけだからちゃんと反省して病院出れた時には酒一杯奢ってもらうからな!!」
「っ……!!何杯でも奢るよ…!!」
「言ったな?ムショ出たら覚悟してろよ!!」
いつもの快活な表情に戻って笑うアーサーに釣られたのか、俺もいつの間にか声に出して笑っていた。
「あっ、やべっ…!!クレアと待ち合わせてるんだった!!」
「クレア?」
「俺の恋人!お互い婚約破棄になってた時に偶然出会って惚れたから付き合い始めたんだ。見た目も中身もふわふわしててほんと可愛いんだよなぁ〜!まだ色々タイミング合わなくて結婚出来ねぇのマジで辛い…」
「良い人と会えて良かったな、アーサー」
「お前もまだ諦めるなよ!じゃあな!」
「あ、ああ。また…」
アーサーは、婚約破棄になった後でも新しい幸せを見つけているようで何よりだ。その上、将来すら見据えられない俺に対して、幸せな未来があることを信じてくれている。
本当にアーサーは優しい人だ。ライヤはずっとこういう友達が側にいてくれたおかげで幸せだったんだなと、やっと安心できる気がした。
「よし、帰ろう!」
今日は本当に色々なことがあった。
騎士候補の人達に襲われてトラウマをフラッシュバックさせてしまったが、ライヤにはアーサーという友達がいることを再確認した上で、真佑として改めて仲良くなれた。そして、少しは自分を変えることが出来たのではないかと思えている。
ライヤ・ラズライトとして善く生きるために、今は少しずつ進んでいけばいい。
それを今日という一日で理解できた俺は、仕事場に戻った。
そこでカルミアが魔王のような恐ろしい笑みで待ち構えていることも知らずに。
「遅かったじゃない?さぞかし良い休憩が出来たのでしょうね、ライヤくん??」
「ッ…………勝手に抜け出してすみませんでした…」
「今回は初日だから特別に許すけど、次何も言わずにやったら薬の実験台にするわよ?」
「ぅ……それだけは勘弁して下さい…」
「流石に実験台は冗談だけど、明日はここに積んであるもの全部やってもらうからね」
実験台にはせずとも流石に許可なく休憩したことには相当怒っているようで、明日には山のように積まれた医療器具と薬入りの箱を全部運んで詰め替えるという鬼のような作業を指示された。
(………本当に前世でもっと鍛えておけば良かったな…それこそライヤみたいに)
ライヤ・ラズライトとして善く生きる前に、まずは体力を付けた方が得策だ。
明日の仕事である大量に積まれた箱を見ながら、俺は本気でそう思った。




