希望の先にあるものは
昨日の夜は、ろくに眠ることができなかった。
ルシフェルから信じがたい真実を聞かされたショックは大きい。
初めて見た時からずっと推してきたライヤが、タイムリープ前の世界でミーシャを一人にして騎士団の仲間の餌食にしてしまった挙句、襲った人間を皆殺しにするという、神様にとっての大罪を犯していたのだ。
憧れすら抱いていたライヤの真実に、俺は思わず失望してしまいそうになった。
愛する人が襲われた怒りは十分理解できる。しかし、同時にそれは自分自身が招いた結果でもある。
融通が効かないところはあれど、いつも真面目で冷静かつ、高潔な心を持つライヤの人物像がじわじわと崩れていく。
だが、俺はライヤがそんな間違いを犯すなんて、どうしても認められなかった。
失望する一方で、信者の如く崇拝する気持ちを捨てられない。
「昨日の夜は寝れなかったみたいね、何かあったの?」
「うわぁっ!!ぅッ……!!いってて……」
後ろから突然現れたカルミアに、俺は驚きすぎて座っていたベッドから滑り落ちてしまった。
思い切り尻餅をついた俺を見て、カルミアはくすくすと笑っている。余程今の俺は、ライヤとはかけ離れた間抜けに見えてるのだろうか。
「元騎士とは思えないほど感覚が鈍ってるわね。ふふふ」
「う…あ、貴女が後ろから突然声をかけるから…!」
「ごめんなさい、随分思い悩んだ顔をしてたからつい」
「…………っ…なんでもお見通しなんですね……」
「顔に分かりやすく出てるからそれぐらいわかるわ。それで、何を悩んでいるの?」
どう説明したら良いか分からない。
自分が取り憑いてるライヤが過去に神様から罰を与えられるほどの大罪を犯したことが信じられない…なんて言うのは、流石に突拍子もないし、そもそも前提が非現実的過ぎる。
「……もしもの話ですよ?自分の憧れてる人が…本当は遠い昔に誰も庇えないほどの罪を犯したって知ったら…カルミアさんはどう思いますか?」
もしも話なら、たとえ非現実的だとしても聞いてもらえるかもしれない。流石にタイムリープのことは話せないが、これぐらいなら現実味があるだろう。
だが、やはり俺の問いかけに対して、カルミアは黙ったまま考え込んでいる。
悩みの原因が仮定の話だと知って、内心くだらないと思ってるのだろうか。
「要するに…憧れてる人が大罪を犯したことに失望しそうだけど、どうしても嫌いになることはできない。貴方の本当の悩みはそういうことでしょう?」
「ッ………!!また、顔に出てましたか?」
「さっき悩んでた時よりも出てたわ。特に、"嫌いになんてなれない"…って気持ちが」
ライヤを嫌いにはなれない。その気持ちは言われずとも分かっている。しかし、俺にとって失望は、嫌いと同等の意味のように考えている。失望を認めてしまえば、ライヤのことを嫌いだと言うことになってしまう。
だから俺は、どうしてもライヤの犯した罪を認められない。
「俺は…あの人を嫌いになりたくない…!でも…やってしまったことを考えたら…失望どころか…軽蔑してしまいそうで……っ…失望して、軽蔑して、それでっ…その人のことを嫌いになってしまうのが…嫌なんだ…!」
『一回目の人生では、ミーシャはライヤが率いるようになった騎士団の連中に無理やり犯された。それも、ライヤが酒を飲んで酔っているミーシャを一人にしてしまったせいで』
ルシフェルの言葉が、頭にまだ残ってる。
ライヤが、自分のミスでミーシャを酷い目に遭わせてしまった。そもそも酒に強いわけじゃないミーシャが飲んでしまうのを見過ごさなければ、タイムリープが起きることなんかなかった。
そして、神様から呪いをかけられることもなく、ライヤの身体に転生した俺は、今頃美加理のいる世界に行くことだってできた。
嫌だ。
自分勝手にライヤを責めたくない。
そもそもミーシャに手を出した騎士団が悪い。ライヤが間違えてしまったわけじゃない。
(ライヤが自ら罪を犯すなんて…あるわけがないんだ……)
「……憧れれば憧れるほど、その後に起きる失望は大きくなる。憧れが盲目的なものであるなら、時には嫌悪にも変えてしまうこともあるわ」
「…………じゃあ、俺が罪を認められないのは…あの人を盲目的に信仰してるからってことですか…?」
「そういう風に思ってるから、仮定の話で悩みを話してきたんでしょ?」
「ッ…そんなの仕方ないじゃないですか…!!どれだけ親と比べられて、打ち解けられずに周りから疎まれたとしても…父のような立派な人間になり、誰かを守るために努力して強くなっていく姿が俺にとっては希望だったんだ…!!」
願わくば、俺はライヤのようになりたかった。
父さんのようになりたくても、全てに差があって敵わないものだから、父さんが好きな母や父方の親戚に疎まれるだけで終わってしまった俺なんかとは全然違う。
ライヤは、『親の七光り』と言われようと、努力に努力を重ねて強くなって、父親のような立派な騎士団長にもなれるはずだった。
俺が転生したせいでライヤの夢を潰したのだと思ったから、自分だけを責めていたかった。
「なら…その希望とも言える憧れを捨ててしまえば、失望もなくなるんじゃない?」
「………え?」
「人間は憧れてる対象が少しでも間違いを犯すと酷く失望するものだけど、憧れではなく親近感を持ってる対象であれば、その人が間違いを犯しても失望する可能性は減る。むしろ一層親しみが強まることもあるわ。その間違いがどういうものかにもよるけど」
「ッ…………!!親近感……」
親近感と言われ、俺は忘れていたことを改めて気付かされた。ライヤには憧れだけじゃなくて、親近感も持っていたことを。
ルシフェルの話へのショックで、すっかり忘れて知っていた。
たしかに俺は、ライヤに憧れると共に、周りと打ち解けられず、親からは跡継ぎとしか見られてないライヤの孤独に寄り添うことができれば良いのにと、何度も思ったことがあった。
その親近感を塗りつぶしてしまうほど、ルシフェルから伝えられた真実は衝撃的だったのだろう。
「……でも、あの人のしたことは…親しみにはならない……」
「そう…それほど軽蔑してしまいそうなことをしたのなら、これからもひたすら盲目的に信仰して憧れ続けるか、完全に嫌いになるかってところになりそうね」
「っ…………」
「私は仕事に戻るけど、少し手伝ってくれない?頭を落ち着かせるにはちょうど良いと思う」
「………はい、分かりました」
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カルミアから任された手伝いは、病院で使う薬品と医療器具を運ぶことと、薬品を新しい容器に補充する作業だった。
比較的単純作業なため、それを苦に感じない俺にとっては、頭を落ち着かせるのにちょうど良かった。
(他の人は面倒だからと嫌がるってカルミアは言ってたけど…正直会社の仕事に比べたら全然マシに感じる…)
医療器具を運んだり、薬品の補充が終わるのに、そう時間はかからなかった。
補充のついでに、現世でもわからなかった医療器具や薬品の性能をカルミアから聞いて知ることができるのは、良い暇つぶしにもなっていた。
(そういえば…父さんが亡くなった後は医者になりたかったんだっけ…父さんみたいに誰かが事故に遭っても命を救えるようにって思って…)
幼少の頃に、優しかった父が事故で亡くなったのは、俺にとっては非常にショックで、絶望の淵に取り残された気分で毎日を過ごしていた。
もし自分が医者だったら、父さんを助けられたかもしれないのにと、自分の無力さを幼いながらに嘆いていた。
その気持ちから、俺は医者になりたいと願っていた。
しかし、そんな経済的余裕などうちには無かった。そもそも医者になるために勉強する時間はほとんど与えてもらえず、家では常に母親が男を連れ込んでいたため、俺の居場所は無かった。
学校や図書館を利用し、少ない時間で勉強して成績をなんとか維持しても、医者になるための大学への進学費等のお金が無ければ意味がない。
医者になるなど夢のまた夢だと、高校受験を前にして気付かされた。
幼い頃の夢は有耶無耶となって消えていき、その代わりに母親から逃げたいという、後ろ向きな願いを持った。
法学部での勉強は、その願いを叶えるための手段だった。だからこそ、大学入学のために必死で勉強して奨学金を得るだけでなく、唯一まともに接してくれる母方の祖母や、父方の祖父母に頭を下げて援助してもらうこともした。
大学入学を機に家から出て行くだけでなく、社会人になった頃には縁を切ることも出来た。俺の親は、自分を育ててくれた父さんだけになった。
しかし、そんな後ろ向きな願いも叶っても、結局は生きる理由が無くなった。
父さんだけでなく美加理もいない中で、生きる気力なんか湧かない。恐らく俺は、この世界でもろくに死ぬことさえ出来ず、無気力に生き続けるしか無い。それでもまだ出来そうなことは、残り少ない人生を父さんの息子として、ライヤ・ラズライトとして恥ずかしくないものにするぐらいだった。
しかし、今は推しであり憧れだったライヤに失望を覚えたことに戸惑いを感じ、どうすれば良いのかわからなくなっている。
そう思っていた時に、カルミアに任された手伝いで良い意味で心が動く日が来るなんて思わなかった。幼い頃の夢を思い出す日は中学生以来ずっとなかったため、少し動揺も覚えていた。
(いや、夢の話はどうでも良い…ライヤに対して今後どう思えば良いのか深く悩まないために任されたんだから仕事しないと…)
「あれあれ??そこにいるのはもしかして元騎士のライヤ・ラズライトくんですか〜?」
「ジルコニア家のご子息にボコボコにされたと思ったのにまだ綺麗なまんまとかつまんな(笑)」
医療器具を運んでいる俺に向かって、同い年ぐらいの男の集団が嘲笑うように話しかけてきた。
「ッ………ぁ……」
俺は、その集団の背格好に見覚えがあり、上手く言葉が出なかった。
なぜなら、ライヤの記憶の中を覗いた限りでは、いつも本人に対して陰口を叩いていた騎士団の騎士候補達が、まさに今目の前にいるからだ。
「は………っ……はぁ……ッ…」
侮蔑の目で鬼の首を取ったかのようにライヤのことを馬鹿にして中傷する騎士候補達に、俺は中学時代の地獄を思い出しかける。
ライヤは、俺と違って直接攻撃はされなくても、いつもこんな陰口を叩かれていたんだろうか。
しかし、そんなことは露知らない騎士候補の一人は、俺に近づいて強引に胸ぐらを掴んできた。
「がはっ……!?ぁ……」
「なんか言えよ。俺ら前々からてめぇのこと気に食わなかったんだよ。父親が元騎士団長だからってお高く止まりやがって。所詮は親の七光りのくせに」
「お前って上流貴族出身のくせにほんと昔から空気読めねぇ奴だよな!ちょっとは周りに合わせるとか考えたこともねぇのかよ!!」
俺が何も言えないでいると、先ほどまで嘲笑っていた騎士候補たちは苛立ちの表情を見せ、ライヤに対する今までの鬱憤を晴らすが如く次々に罵倒を始めた。
言われてる内容は違えど、俺は今の状況に対して過去の出来事が頭に浮かんだ。
言葉の暴力だけじゃなく、肉体への暴力を受けてきた頃を。
(本物のライヤだったら…こいつらのことなんかすぐに一掃できたのかな…俺が…もっと強ければ……今だけじゃなくて……中学時代も………っ)
中学の時の後悔を思い出した途端、掴まれてる胸ぐらの所がじわじわと痛み、腹部や足、腕まで痛みが蘇り始めた。
また不穏な展開を迎えます。終盤に出てきた騎士候補達については、出番が終わっても頭の片隅に残しといて下さい。




