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古典

「布団がふっとんだ」

という古典的なギャグがある。


これは『ウィングマン』などの作品を描いた桂正和氏が、考案したものと言われている。


私は彼に「ブラボー」と敬意をはらいたい。

彼は駄洒落界に大きな貢献をした。


ただこの「布団がふっとんだ」という古典的なギャグは、不遇な人生を送ってきたと思う。

くだらない。親父ギャグ。

そう罵られたのだ。


ここで重要なのが「布団がふっとんだ」が、くだらないとか、みんなが知り過ぎていて、ウケないというネガティブな考えではない。


肝心なのは『布団がふっとんだ』という古典的ギャグで、どう笑いを取るかである。


古典的ギャグで笑いをとるというのは、古典をメインにする噺家に近いものがある。

つまり、演者によって同じ古典落語の演目『時そば』をやっても、面白いか。どうかが変わるのである。


回りくどくなったね。

はっきり言おう。

「布団がふっとんだ」

がくだらないのではない。

君の運用がヘタクソなのだと。


そう言って、入社3か月目の新入に説教をすると、

翌日辞表を書かれて、会社をやめられた。


社長に言われたよ。

「新入社員に、部長の親父ギャグくだらない。と言われたくらいで説教とか勘弁してくれ」

と……。


社長の顔は、笑いをこらえるので必死だったのだろう。

真っ赤になっていた。

しかし、

社長はこの問題の深刻さを理解していない。

親父ギャグ=くだらないというステレオタイプな思考が、

営業を育てないっていう事に。

彼は気が付いていないのだ。


……

私は、昼休みいつものように、会社の近くの公園に向かう。

オフィス街の隅っこにある、

小さい公園だ。

ベンチがひとつ。

ブランコがひとつ。

シーソーがひとつ。

鉄棒がひとつ。

ただそれだけがある、

小さい公園だ。


ブランコはぐるぐる巻きにされて、上で括りつけられている。

昭和の残骸だ。


私は昼飯は食わない。

その時間を落語を聴くことに使っている。

私はカセットテープレコーダーに、落語のカセットを入れ聴く。


新作落語は聞かない。古典落語ばかりだ。


間やテンポ。

枕……。

そんな事に気を配りながら、私は落語を聴く。

かれこれ40年。

そんなルーティンを続けている。


若手からは、よく動画配信サイトとかで、落語の新しいの出てますよとか、電池がもったいないですよと言われるが、家には沢山のカセットテープがある。

貰いものだったり、リサイクルショップで買ったり、いろいろあるが、とにかく沢山ある。

それにそんなにお金もかかっていない。

だから、動画配信サイトは使ってはいない。

ただ、電池がもったいないですよというのは、そうだと思い。

充電池を購入して、使うようになった。

お陰でずいぶんゴミが減ったよ。

あの乾電池というのは、処分が困るんだよね。



私が昼飯を食わないのを知ると、

よく理由を聞かれる。

「混雑してる店が嫌でね」

と説明するが、

これは本当の理由ではない。


ただ……。

昼飯を食う時間がもったいないのだ。

そんな時間があるなら、落語を聴いていたい。


「それじゃあ。

飯を食いながら、落語を聴けばいいじゃないですか」

と人は言う。


そうじゃないんだ。

飯を食いながらじゃ。

飯を噴き出すだろ。

そんな事をしたら、それこそ迷惑だ。

だから、

私は、

朝と夜しか食わなくなった。


朝は納豆と卵かけご飯だけ。

夜は会食か、近くの定食屋か牛丼屋で済ませる。

2食だから、カロリーオーバーにもならず、18歳の時から体重は変わっていない。

お腹も出てないし、体形も変わってない。


えっ結婚はって?

58歳で独身だ。

浮いた話なんて、

自慢じゃないが、あった試しがない。


女性が嫌いなわけじゃないよ。

ただね。

女性とのコミュニケーションが苦手なんだ。


まぁ営業は得意なんだけどね。

営業部長だし、会社の成果の5割は私だし。



昼が過ぎ、何件かルートセールスを行い、直行直帰することにする。


そして今日は、金曜日だし、中華料理店に行くことにする。

目当ては、レバニラ炒め定食。

かれこれ30年間。金曜日で飲み会がない時以外は、ここだ。

店長、

私の顔を見るなり、

「レバニラひとつ」

って、オーダー通すから、

よくよく考えると、

他のメニューを食べたことがない。

死ぬ前に、別のものを食っておきたいなと思う。

だから、今日は

「今日は天津飯も追加で」

と言ったら、

店長が目を丸くして、

「だいじょうぶか」

と言った。


「なんでだ?」

って聞くと、


「あんた。うちの店でなんて言われてるか知ってるか?金曜のレバニラだ」

と店長は言った。


「金曜のレバニラってまんまだな」

と私が笑うと、


「お客さんの名前知らないからな」

と店長は言った。


御堂二三男みどうふみおだよ」

と私は笑った。


「御堂さんね。じゃあ今度から御堂さんって言うよ」

と店長は言った。


「頼むよ。金曜のレバニラって、なんか臭いそうだもんな」

と私は言った。


「すまねぇな」

と店長は苦笑いをした。


5分ほど経ち、私の前にはレバニラ定食と、天津飯が運ばれてきた。

私はまずレバニラを食べ、中華スープを飲む。

疲れた金曜日の身体には豚レバが効く。

なんだろうか。

このレバニラは、

落語で言えば、

芝浜のようなものか。

そんな風に思った。


そして30年。

冒険しなかった私のはじめての冒険。

天津飯。

私は蓮華を黄色の真ん中に突き立てる。


その瞬間……。


世界がぐにゃりと変化した。


天津飯って、こんな食べ物だったのか?


私は辺りを見渡す。


古びた中華料理屋は、古いゲームのドット画面のようになり、

空間は捻じれた。


(こんこんちきちきこんちきちき)

(こんこんちきちきこんちきちき)

(こんこんちきちきこんちきちき)

(こんこんちきちきこんちきちき)

(こんこんちきちきこんちきちき)

(こんこんちきちきこんちきちき)


懐かしいような。

知らないような。

不思議な音が頭を流れる。


目の前に、木製のコマ、けん玉、銀玉鉄砲、がプカプカと浮かんでいる。


私はいったい。

どうなってしまったのか?

もし「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、

ブックマークしていただけるととても励みになります。


本作はすべて完結済みで、安心して最後まで読めます。


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