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見えなくなった妻


 テーブルの上に置かれていた妻のスマホが鳴った。L1NEの通知だ。ちらっと見て確認出来たのは相手が男である事といくつか見えるハートマーク。


 今妻は入浴中。おれは震える手でそのスマホに手を伸ばし中を見た。そこにあったのは妻の不貞の数々。楽しそうに男と会話するトーク画面を見ておれは嫉妬で頭に血が上った。今すぐスマホを目の前で叩き壊してやりたい程だった。



 妻の浮気を知ったおれは興信所を雇い徹底的に調査した。一か月もすると言い逃れできない程の数々の証拠が集まった。おれがその証拠を妻に見せると彼女は泣いて謝った。


「お願い許して! ほんの気の迷いなの! 愛しているのはあなただけ。どうか離婚だけは考え直して!」


 震えながら泣き喚く妻におれは一晩考えると告げ、その日は一人でソファーで眠った。



 次の日、目が覚めると妻はいなかった。朝食の用意はテーブルの上にある。だが妻の姿はどこにもない。


 おれは首を傾げつつも朝食を頂いた。食べ終えて洗面所で歯を磨き、再びキッチンへと戻るとすでに食器は片付いていた。


 からかわれているのかと妻を呼ぶ。だが返事はない。肩を叩かれ振り返るがそこには誰もいなかった。


 おれは一瞬考えた。まさか妻は自ら命を絶ち、おれの前に化けて出たのか?


 その時おれのスマホにL1NEが届いた。送り主は妻だった。


〈私はあなたの横に立ってます〉


 はっとしておれは左右を見渡すが妻の姿は全く見えない。恐怖で血の気が引いて足が震える。


「すまん! まさか死ぬなんて思ってなかった!」


 おれがそう叫ぶと再びL1NEが届いた。


〈私は生きてます。本当に私が見えないんですか?〉


「ああ……見えないし声も聞こえない。どういうことだこれは……」



 おれは会社の帰りに二軒の眼科に行ったがすぐに追い出された。そして三軒目では精神科を紹介された。


 仕方なくそこへ向かうと、医者が興味津々でおれの話を聞きこう言った。


「おそらく極度の精神的ストレスで奥さんを認識するのを脳が拒否しているのかもしれません。とても興味深い症例だ」


 

 帰り際にとある大学病院を紹介されたが断った。



 家に帰りそのことを妻に伝えるとメールが一通だけ届いた。


〈ごめんなさい〉



 その日から妻が見えない生活が始まった。朝食も弁当も用意され、帰れば夕食の支度もちゃんとしてある。少し前までは出来合いものばかりで、妻が家にいない時さえあったのに。



 L1NEを使えば会話は出来た。寝る時も同じベッドで寝た。だが夜の方はなにもなかった。なんせおれには妻に触れることは出来るがその姿が見えない。


 一度試してはみたが、あまりに奇妙ですぐにやめてしまった。おそらく妻は泣いたのだろう。その日枕が濡れていた。



 そんな生活が一年程続いたある日。テーブルの上に一枚の離婚届がすっと差し出された。すでに妻の記入は済んでいた。


 おそらく彼女の精神も限界を迎えたのだろう。おれは何も言わずに離婚届けに名前を書いた。


 目の前でひとりでに折りたたまれていく緑の用紙。この瞬間おれ達夫婦は他人へと戻った。




 引っ越し業者が妻の荷物を運び終えた。少しがらんとなった部屋をおれは独り眺めていた。その時、テーブルの上でコトリと音がした。



 そこにあったのは結婚指輪。



 玄関の扉が開き外の光が差し込んだ。そこにはおれを見ながら微笑む妻の姿があった。


「ありがとう……さようなら。あなた」



 そう言い残し扉は閉まる。そして今度こそ本当に妻はおれの前から消えていった。






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