9.恋人ごっこ:入門編
そんなこんな……という経緯でもない気がするが、アオと恋人ごっこをする関係に。つい先程までのネット友達という関係からは確実な進歩ではあるのだが、絶対に何か違う気がするのは俺だけだろうか。
実際提案した側のアオが、俺が聞いた何をするのかという問いに、もう15分の思考時間を要している。送信中の文字が一向に消えないあたり、文字を打って消してを繰り返しているに違いない。
「でも実際問題ネットの恋人ごっこってなにやるんだ……」
そう思うと途端に何をするのか分からなくなってくる。現実で顔を合わせるなら手を繋ぐやら、ハグをするやら色々あるだろうが俺とアオは文字オンリーだ。通話もしたことが無い。そんな関係を打破するためにもこの『恋人ごっこ』は効果的なのだが、本来の目的は花崎の対処法を考えるためという事を忘れてはいけない。あくまでアオとの関係の進歩はおまけだ。
おまけなはず……。
また5分ほど経ち、ようやくメッセージが来た。創作のメモを見返していたので反応が少し遅れたものの、スマホは画面をDMのままにしていたのですぐ既読になった。俺も続いてしっかり目にメッセージを焼き付ける。
「えーと〜……?」
【アオ : と、取り敢えず僕たちまだ互いのことほとんど知りませんし……性別とか、年齢とか……】
【オリオン : そーいやそうだわ】
【アオ : 取り敢えずそういったところの自己紹介からしましょうか】
恋人ごっこのはじめの一歩が自己紹介ってなんだよとはなるが、まぁそもそも年齢性別を聞こうともしなかった前の俺がおかしい話ではある。大抵の人間は気になるだろうに、何故か俺は全く気にもならなかった。気になる前にアオに対して気を許したからだろうか、はたまたアオだからなのかは定かでは無いが。
【オリオン : んじゃ俺から。高2で男】
【アオ : あ、やっぱりお兄さんなんですねオリオンさん】
【オリオン : え? アオって年下なん】
【アオ : え、僕そんなお兄さんっぽかったですか?】
お兄さんっぽいという問いに俺は少し首を傾げる。確かにアオの年齢が分からないので年上、もしくは年下という見方でこの数ヶ月接してきた。年上と思う時もあれば、年下と思う時もあるアオの振る舞いのせいでアオの年齢が若干迷子になっていた。
だからこの『お兄さんっぽいかどうか』という問いかけにも一瞬頭が『?』とエラーを吐く。
【オリオン : まぁ……半々やね】
【アオ : 半々とは】
【オリオン : 半々は半々や。で? アオのスペックは?】
【アオ : すごい急にハンドル切り返しましたね……】
【オリオン : 気のせい気のせい】
(というか『お兄さんっぽい』って自分で言ったよな?)
そう思って普段のやり取りを見返してみる。ある時は悪戯っ子のような可愛い文字列、またある時は現実で絶叫がリンクしているのが分かる可愛い文字列。どれを見ても基本可愛いからこそ男という情報が脳にうまく染み込んでこない。
【アオ : えーと……アオです。中1の男……です一応】
【オリオン : 一応?】
【アオ : まぁ……一応男です。女の子に間違えられまくるせいで自信ないですけど】
一応という言葉に引っかかって鸚鵡返しのように返信してしまったが、アオからの返しの言葉ですぐにその意味を理解した。
以前考察した通り、アオは所謂『男の娘』と呼ばれる存在だろう。創作で大人気、なんなら俺の作品にもいるくらい現代での二次元キャラにおいて当確を表している存在。現実にも存在はしているだろうとは思っていたが、こんなに近くにいるとは。
【オリオン : 可愛いのね現実のアオは】
【アオ : 僕はかっこいいがいいです】
【オリオン : じゃあかっこいい】
【アオ : 取ってつけたようなかっこいいはやです!】
「やっばい……なんかいつもより可愛い……」
いつもの『友人』のフィルターを外して、あくまでごっことはいえ『恋人』のフィルターをかけ直したからかアオがいつもの何倍も可愛く、愛おしく見える。想像力豊かな俺は、いつもアオの姿を頭の中で創ってはメッセージの内容を喋らせている。そのせいか余計に色々と喰らっている感覚がする。
ほっぺを膨らませながらムスッとした表情を浮かべているアオ……を頭で想像して一人で勝手に胸をキュンとさせる。側から見ればかなり滑稽な状態ではあるが、俺はそれどころじゃない。いつも可愛いと思っていたアオが、その何倍も可愛く見えているのはもはや事故だ。
しかも男の娘で中学生という情報が付いてしまったせいで余計に頭の中のアオの解像度が上がっているのも、可愛さが増大している一つの要因だ。
【オリオン : なぁアオ……かっこいいは無理やどそれで】
【アオ : なんでそんなこと言うんですか!?】
【オリオン : だって可愛過ぎるねんもん……言葉遣いとかが】
【アオ : じゃあオレ様っぽく振る舞います?】
【オリオン : 現状維持で】
あれ、なんだろう。いつもよりも何か会話の雰囲気というか空気感というか、そういうのが本当に小さな違いだけど変わっている気がする。どこか前までのよそよそしさや、遠慮し合っていた感覚が消えて、距離が詰まった感じがする。
【オリオン : というかさ】
【アオ : はい】
【オリオン : 俺とアオって男同士やん?】
【アオ : まぁですね】
【オリオン : どっちが彼女側なんこれは】
【アオ : 禁忌に触れましたね……】
やばい、結構センシティブなところだったかも。
アオにとってそこは触れられたく無い部分なのかもしれないとその言葉を見てから反省した。すぐに忘れてくれと送ろうと指を動かすと、追加でメッセージが送られてきた。
【アオ : まぁ……僕が彼女ですかね……というか僕オリオンさんに対して嫁に貰ってって散々言いましたし……ね?】
【オリオン : 確かに……まぁ彼女彼氏はなんかアレやし……恋人のままにしよか】
【アオ : ですね】
あやふやでガタガタな始まりだけど、どこか距離感が詰まってるようで詰まってない、ネット上の二人で行う『恋人ごっこ』が始まった。




