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6.女友達の言っていることが理解できない

 梅雨景色が晴れない六月中旬、俺は教室でスマホを見ていた。なぜか一人の女子に半分以上の領土を占領された机の上で。窮屈に肘をおいてなんとかスマホを見ているが、はっきり言って邪魔だ。


「……何やってんのお前」

「何って……座ってる」

「いや見りゃわかるわそんなの。花崎(はなさき)お前やめろやこれ」

「えぇ〜? 音那ってば、一年の頃からやってることに今更文句?」


 悪びれる様子も何も無いこの女の名前は花崎薫(はなさきかおる)。黒髪ショートに垂れ気味の紫の瞳。少し着崩した制服と丈の短いスカート。首から上は大人しい系なのに、首から下が思い切りギャル感溢れる感じであり、口を開けばかなり砕けた口調で喋ってくるという二段構えのギャップを持つ女。

 一年生の頃からの付き合いではあるが、毎日これをやられている身にもなれと思う。確かにこれが退いたら、机に残った尻の温もりを感じることができてラッキーなんて考えも一年の後半まではあった。

 しかし今はもう邪魔でしか無い。机という己のフィールドを半分以上も占拠されては、こちらもたまったものでは無い。恨めしそうな目で睨んでみるも、花崎の悪びれる様子もない飄々とした雰囲気は全く崩れない。


「ん〜? なにさその目〜。美少女のお尻の温もりを感じられるんだから役得でしょ〜?」

「うっざ……」

「音那くゆは童貞だもんね〜。美少女の温もりはレアだぞ〜? それを一年以上も感じられてるんだからむしろ感謝して欲しいよ〜」


 はっきり言おう。めちゃくちゃウザい。こういうタイプでしかもだる絡みも酷いから普段は容認という名の無視をしているが、今日は机領土の3/4を占拠していてあまりにも邪魔すぎたので物申したのだが早くも後悔している。


「じゃあお前の席にも俺の温もり染み付けてやろうか」

「え、いいの?」


 キモがられる前提で発した言葉に思わぬ表情とリアクションを取られて困惑する。

 『え、いいの?』ってなんだ。その『いいの?』にはどういう感情が詰まっているんだろうか。そもそもなんだその表情は。期待感すら感じる眼差しに、言葉を放った本人の俺が少し後退りする。


「いいの? ってなんだよ。そこはキモがるとこだろテンプレートの反応で」

「え、キモがる意味ある? 私もやってんだから音那もやってもいいよ?」


 理屈なら確かにそうだが、絶対にそうじゃない気がする。そもそも『いいの?』の本意には何も触れていない。しかしその本意を問いただす前に、先に生まれた疑問が口から出ていく。


「仮にその残った温もりどうすんだよ。確かに男子は可愛い女子の尻の温もりは宝だろうが、女子はそうでもないだろ」

「イケメンの温もりはお宝だよ?」

「……その流れだと俺がイケメンになるが」

「……? そうじゃないの?」


 一旦言ってることがおかしいか。イケメンとか思ってんのかこいつ俺のこと。

 いやそんなことは無いだろう。クラスの男子イケメンアンケートを取れば、俺は確実に下から数えた方が早い。そんな俺のことをイケメンと思っているということだよなこの話の流れなら。

 しかも『何言ってんだこいつ』みたいな顔して首を傾げているが、何言ってんだこいつは俺が言いたいんだよバカがよ。


「お前一旦待て。マジで俺の頭が悪いのかお前がおかしいのか分からんけど、お前俺のことイケメンと思ってんの?」

「うん。音那はカッコいいでしょ普通に」

「この顔を見てか?」

「整ってる方でしょ。あと言動と行動がイケメンだからポイント高い」

「いや知らん知らん知らん」


 本当に訳が分からない。何を言われても何も入ってこない。てか行動と言動がイケメンってなんだ。いつからイケメンは顔、行動、言動の三部門に分けられたのだろうか。

 花崎の言葉をどれだけ反芻しても、脳みそが理解を拒むせいで一向に思考が進まない。顎に指を置いて考えても何も分からない。しかしその思考を置き去りにするくらい花崎はエンジン全開である。


「梅雨時だし蒸れてるしむしろやれって感じよ私からすれば」

「キッショ!?」

「え〜? ……キショい?」

「割りかし。いやかなり」

「嫌い?」


 寂しげな子犬みたいな表情で首を傾げてそう聞いてくる花崎。他の男子ならば可愛いと速攻言うくらいの破壊力があるが、俺はギリギリ踏みとどまった。立ち回りは気をつけないと、花崎の場合言質を取って何かの交渉に使われるので、慎重に受け答えする。


「いや嫌いじゃないて。その考え方がわりかしキショいなってだけで嫌いでは無い」

「でも実際そうじゃない? 私の今座ってるとこもムレムレでいつもより温もりが残るかもよ? あと私お尻おっきいから……」

「やめろそんなこと教室で堂々と言うな。てかお前わざと言ってんだろ最後は」

「あ、バレた?」


 悪戯っ子のような笑みで俺を見る花崎。それに呆れ加減のジト目で返す。ノーガードで殴ってくる花崎に、こちらはカウンターを狙いつつ攻撃するしかないのだが、いかんせん相手の攻撃の択が多すぎて捌ききれない。このまま討論し続けていても、俺がKOされてしまう。

 そう思っていると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。取り敢えずこの地獄からは解放されると安堵のため息を吐く。


「あー……もっと好きピとイチャイチャしたかったのに」

「は?」

「んじゃっ、次の時間も楽しみにね? お〜と〜なっ」


 そう言ってぴょんっと俺の机から降りて自分の席に戻って行った。思考も体も完全にロックされて、さっきの花崎のセリフが脳内で反射している。『好きピ』? 『イチャイチャ』? どれも理解し難い言葉だ。しかし唯一理解できたのは、あいつが明らかにここ最近とは何か様子が違うということだけだった。

 机の温もりは、やはり梅雨時だからかいつもより感じられた。断じて本人の尻のデカさは関係無い……と信じたい。

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