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19.夏につけたい決着

 紅さんが一人で帰って義姉さんも頭を冷やすと言ってダッシュで帰宅してしまった。俺はというと共に残された花崎と飯を食っていた。デパート内のファミレスで対面の座席。側から見ればデート、学校の奴らに見られれば終わるという局面であるが、花崎は楽しんでいるように見える。


「花崎……お前はよく人の金で食う飯でそこまで笑顔になれるな……」

「ん〜? 前奢ったもん私〜。あと音那とご飯たべれるの嬉しいし」

「そーかよ……サラダバーまで頼みやがって……」

「んふっ。止めないのも優しーから好き」

「はいはい。いいから食え食え」


 こうなってしまったらヤケだ。義姉さんももういないし、花崎と飯を食おうが何だろうがあれ(義姉さんの暴走)以上の極端なストレスはかからない。そう考えれば多少の出費は痛手でも何でもない。感覚が麻痺っている気がするが、気のせいということにしておこう。


「ふんふんふ〜んっ♪」

「……」


 頬杖を突きながら花崎を見る。鼻歌を歌いつつ、サラダバーで取ってきたサラダをフォークで刺しながらドリアの到着に目を輝かせている。メイクをしているからか普段の4割り増しくらいで可愛く見える。俺だって別に花崎に対して何も思わないわけでは無い。可愛いとも思うし綺麗とも思う。まぁそれ以上にウザいとも思うが。


 普通の人間なら真っ先に花崎を選ぶだろう。花崎にあんな迫られ方をして耐えられない男なんてそうそういないはずだ。しかし俺は何でか、あの空き教室での一件の最中でも頭の中にアオがいた。その後『恋人ごっこ』をスタートして仮恋人になった後は知っての通りだが。


「ねーね知ってる?」

「何が?」

「二組の高嶺の花ちゃん、好きな人がいるって話」

「あ〜……聞いたことあるけど興味あんま無いな」

「んふ〜。音那は私に興味津々だもんね」

「そんな事無いわ」


 興味は無いわけじゃない。無駄にいつも尻を机に乗っけてくるし、距離も近い。そんな美人に興味が湧かない訳がないのだが、いかんせんネットの向こう側にもっと興味を唆る存在がいるせいで今一つ乗り切れない。

 花崎が悪いわけじゃないはずだ。俺が優柔不断過ぎるのはダメだと思うが、状況が状況だ。特殊過ぎる状況下に身を置くとここまで思考が鈍るのかと驚いたくらいだ。


「音那は食べないの?」

「俺はいいわ。お前が食ってる量見たら財布が寒気したし」

「ふぅん……まぁそう言うならっ」

「遠慮もねえよこいつ……まぁええけど」


 餌付けしてるみたいな感覚で正直楽しいから別にいいと言う感情が芽生えている事自体に俺はびっくりした。花崎は俺が好きで、俺のことを落としたい。そのせいで無意識下で少し可愛くなっているのだろうか。それとも意識してちょっとあざとくしているのかは分からないが、可愛いのは間違いない。


「というか音那〜告白の答えは?」

「ん〜……まだなんか分かんねえわ……恋愛したことなさすぎて」

「遅すぎるー!」


 ぐうの音も出ない反論に思わず額を抑えつつ顔を伏せてしまう。そんな俺の様子を見て花崎は頬を指で突っついてきた。結構強めで。


「ふぐっ……な、なにっ……いでっ」

「ヒヒッ、面白い顔っ」

「んだお前こんにゃろ」

「きーめたっ。夏休みでぜっっっったい落とす」


 唐突過ぎる宣言に口がぽかんと開いてしまう。立て続けに花崎は俺に連続アッパーを喰らわせにかかってきた。


「海も行くっしょ〜? 花火大会も行くし〜……どこ行きたい〜?」

「待て一回待て! 何でもうお前とデートする前提やねん!」

「え? 当たり前じゃん。私がしたいし」

「はぁ!?」


 裏返るほど声が飛んでいった。ファミレス内に反響したが、俺の脳はもうそれどころじゃない。花崎薫とか言う女のせいで頭はゴチャゴチャだし、脳裏に巣食うイマジナリーアオで余計に脳みそのリソースを使うせいで正常な思考もできない。


「だから音那」

「ひえっ……」


 俺のパーカーの紐を両方引っ張って自分の方へ俺の顔を持っていく。そして鼻先がつきそうなほどの距離まで近づいてから大胆な宣戦布告が飛んでくる。


「夏までに決着つけるよ。絶対落とすからね」

「……うす……」

「分かったならよーし」


 反射的に返事をしてしまった。つまり俺の夏休みはこの女に全日程を支配されるということだろうか。終わったくないかそれ。

 ボケーっと魂が抜けた感覚のまま座っていると、ポッケにしまっていたスマホが震えた。ゆったりゆったり取り出して通知を恐る恐る見ると……


【アオ : そろそろ……通話とかしたり……とか思ったり……】


(こうなるよね! 知ってた!)


 スマホをそっとしまってから両方の手のひらで顔を覆う。俺のことを好きなクラスの人気者女子と、俺のことを好きな仮恋人男の娘のサンドイッチ。俺はこの夏普通に死ぬかもしれないと本気で思った。

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