13.恋愛暴走機関車な母親
昼頃、俺は家の自分の部屋にいた。学校? 早退した。あのままの状態で学校にいたら、多分アオ発作で大変な事になる。今も変わらずイマジナリーアオが頭の中でお嫁さんごっこをしていて大変なのだ。家の中という事でしっかり発狂しつつ悶えれるから先ほどより脳みそへのダメージは少ないが、身体的な疲弊が凄い。
「あ"〜……どーすっかなぁ……」
他人に言えるような関係では無い。でもこの感情を一人で抱え込むには俺の度量が足りない。八方塞がりな現状に頭を捻らせていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。俺がはーいと反応すると、ガチャリとドアを開けて母さんが入ってきた。
「大丈夫? 凄いドタバタしてた?」
「ごめん母さん。ちょっとな」
「……恋か」
「話が早くて助かるわ母さん」
「ついに腹を据えて……息子と恋について話せる時が来たのね……」
我が母はそう言うと、凄みを出しながら括っていた白い髪を解いて、俺が座っていたクッションを奪い取って座り出した。俺ももう一つのクッションを敷いて座る。
「貴方が架空の恋バナをし続けて二年……どうなることかと思ってたけど、ついにこの恋愛エキスパートの力を見せる時が来たのね」
「そうやで母さん。頼むわエキスパート」
「任せなさい。タイタニックに乗った気分で居ていいわよ」
これはこれは沈みそうな大船だと心強さを胸に、母さんと腹を割って話す事に。どう切り出すかに悩むが、母さんは幸い思考が若い。いやまぁ年齢も高2の息子がいると考えればかなり若い方だが、それ以上に思考の年齢が俺と同じくらい柔軟だ。人生経験の豊富さ、そして常々脳を最新バージョンにアップデートできるので最強の人生相談相手である。
「母さんは父さんと出会ったのって普通に高校だよね」
「そうよ〜? 超超イケメンでかっこよくてサッカーも上手かったんだから!」
「それは知らないけど……」
琥珀色の瞳をキラキラ輝かせて、両手を頬に当ててうっとりした表情を見せる母さん。高校時代の父さんとの話をするときはいっつもこんな調子だ。苦笑いを浮かべつつ、母さんにややこしいアオとの関係を話す。
「あー……経緯の説明がむずいんだけど……母さんみたいに高校の同級生〜とかじゃ無いんよ」
「高校の人じゃ無いってこと? マチアプ?」
「高校生はそれ使えねーよ」
「いやでも女の子がやるP活とかって……」
「この話やめるぞ」
「嘘嘘嘘! 冗談よ!」
いつも通りおちゃらけている母さんを睨みつつ話を辞めると脅すと、ちゃんとおとなしくなった。P活なんて実の母親の口から一番聞きたくない単語だ。
浅めのため息を吐いてから、アオのことを少しずつ話す。
「えーと……SNSのDMってあるじゃん」
「あるわね」
「あれで繋がった人……なんよ」
そう言うと、母さんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに俺の肩をつかんでグワングワンと揺さぶり始めた。
「えええ!? それっ……ダイジョウブ!? いやでも私の息子だしそこはいけるわね! 相手の顔は!? 声は!?」
「名前も顔も声も何も知らないです……最近性別と年齢を知ったくらい……」
「じゃあ知り合って何ヶ月目!?」
「えーと……4かな?」
「やだぁ〜! 一番アチアチじゃないのぉ!」
肩を離し胸元をベチッとまぁまぁな強さで引っ叩かれた。多分というか絶対この人俺とアオがもう付き合ってると思ってる。否定しておかないとめんどくさいことになるな。
「母さん。付き合ってないからな?」
「えぇ? あぁ照れ隠しね」
「違うて! というか顔も声も名前も知らんのにそんなスイスイ付き合うわけないやろ!」
「ええ〜? ロマンがあっていいじゃないの〜! それに何も知らないわけじゃないでしょ?」
「それは……まぁ……」
確かに何も知らないわけではない。
毒吐きで、男の娘な中学生。可愛げがあって感情がコロコロ変わっているのが丸分かりな文章。そして多分俺のことが好きだと思う。
俺がそうやってアオのことを思い返していると、母さんはどこからか取り出したチューハイ缶をカシュっといい音を立てて乾杯していた。昼の13時だぞ今。
「ぷはぁ〜! 息子の初恋に乾杯!」
「初恋じゃないて。つかまだ好きかどうかも分からん」
「いやいやお兄さん。今自分の顔凄かったわよ?」
目を細めてニヤッとした笑みを俺に向ける母さん。俺は怪訝な目で見返す。
「何が?」
「かんっっぜんに好きな人の行動とか言動を思い返して頬が緩んでる片思い中の男の子の顔してたわよ?」
「……はぁ?」
「うーわ自覚無し男だ! お父さんと全くおんなじ! 親子って似るのねぇ」
嬉しそうにニマニマしながら酒を煽る母さん。なんとなく居心地が悪くなってきて、布団の枕をとって抱きしめる。母さんは心底楽しそうな笑みを浮かべているが、これが同級生なら絶対ぶん殴っているだろう。
「ふふっ……いいわねぇ」
「なにが?」
「今の世代の若い子達。色んな恋愛ができていいなぁって思ったのよ」
「……顔も声も知らない子との恋愛が?」
「いいじゃないそれも。文字だけの関係でも、惹かれちゃったならそれは恋に成り得るのよ? 私はマチアプも何もしなかったけどね! がは!」
そう言うとチューハイ感を一気にぐびっと飲み干してから、手を大きく広げた。そして俺にジリジリと詰め寄り、ぎゅっと抱きしめる。俺も片手だけ背中に回して母さんの温もりを感じる。酒の周りがいいからか、普段より熱い気がする。
「私は〜……うん。音那を肯定するわよ? 音那の人生なんだし、音那が過ごしたいと思う人と一緒に過ごしてくれるのが私は幸せ」
「うん……でも母さん」
「なぁに?」
「そいつ……男なの」
そういえば言ってなかった重要な事実を今この割といい雰囲気になってきたタイミングで言い放ったせいか、母さんはガチっと固まってしまった。
「か、母さん?」
「……」
「かあさーん?」
「お、おっ……男の子なの!?」
「う、うん……一応」
「……なんかテンション上がってきたわね! チューハイ買ってくるわ!」
「え……あの……」
俺が混乱している間にボルテージが上がった母さんは、そのままのテンションで部屋のドアを蹴破って玄関へ向かっていった。
しかし足音が消えてから、母さんに再び注釈しておきたかった言葉が口から弱々しく漏れ出ていく。
「俺……まだアオのこと好きかわかんねーって……」
絶対に母さんは俺がアオのことを好きと疑っていない。その誤解をまず解かねばならないなと、変な頭痛がする頭を抑える他なかった。




