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12.気づけば僕と俺は同じ空を見ていた

「……ねぇ天城」

「なにぃ?」

「あの四人組に何したの」

「んー……お仕置き」


 隣の席のイケショタが怖い。僕は天城にあの四人に注意だけしてもらえればそれでいいと思ってけしかけたのだけれど、天城は多分注意以上のことをあの四人にしたんだろう。隅っこで僕と天城を怯えながら見てる。惨めだし哀れで本当に面白い。そのまま怯え続けて僕に笑いをもっと提供してほしい。

 それにしたって天城は僕に集ってくるハエ共をいつも叩いてくれる気がする。今日は僕から向かわせたけど、直近は全部天城が自らハエ叩きに向かっている。なんでなんだろう。


 まさか僕に惚れてる? やだなぁもぉ〜僕には運命の人がいるからなぁ……困っちゃう。


「天城」

「なに蒼」

「天城ってイケメンだよね」

「ブハッ!? ゲホッゲホッ!! な、なに急に!?」


 思いっきり咽せて隣の席の僕に首をグリンと向けた天城。その天城に対して僕はさらに言葉をつなげる。


「いやだってさぁ……行動も顔もイケメン過ぎるからさぁ……?」

「……勘違いするからやめてくれない?」

「勘違いって?」


 察しろという目で見てくる天城。僕は分からないという目で返すと、天城は額を抑えながらため息を吐いた。もしやほんとに惚れてるのかと疑問がさらに大きくなっていく。

 数ヶ月前の僕ならば多分天城みたいなイケショタ相手なら普通にコロッと落ちてた。絶対に。でも残念ながら今その席にはオリオンさんが座っている。天城には辛いことかもしれないけれど、その席はもう埋まってるよと心の中でごめんなさいをする。


「勘違いは……勘違いだよ。蒼、変に可愛い顔してるし……って、可愛いって言ったらダメだったっけ」

「んー? 天城なら気にしないしいいけど。いやらしさも無いし、バカにするために言ってるんじゃ無いでしょ?」

「ぐぅ……そうだけど……」

「じゃーいーよ? 可愛いって言っても。僕可愛い顔してる?」

「してはいる……よね」


 天城が多分オリオンさんに可愛いって言われた時の僕くらい顔を真っ赤にして、口元を手で隠しながら目を背けている。単に恥ずかしがっているだけなのか、ほんとに僕が好きなのか曖昧だけど反応が見てて楽しい。天城のかっこいい部分は知っているけど、こういう可愛い部分は初めて見た気がする。


「へぇ〜? 可愛いと思うんだ?」

「な、なに!? 煽るなぁ!」

「煽ってないよ〜? 可愛いなぁ可愛いなぁって思ってるだぁけっ」

「煽ってるそれ!」


 真っ赤なまま僕にコロコロ掌の上で転がされて、てんやわんやしてる天城のなんと愛おしいことか。これがオリオンさんならもっと愛くるしいんだろうか。好きな人と友達でどれだけ違うのか検証したくなってくる。

 天城がむぅっとした顔でギッと睨んでくるのを無視しつつ、僕は頭の中で想像する。普段は僕が可愛い可愛いと言われて照れまくっているけれど、逆で僕がオリオンさんを可愛いと言ったら?


(あーあ〜……また僕オリオンさんのことばっかだ……どーしてくれるんだほんと……)


 頬杖をつきながら、窓の外の青い空を見上げてふとそう思った。

 もうずっとオリオンさんが思考の軸になっている。恋人ごっこで仮の恋人になったからその軸はさらに強固に、より心に深く刺さったものになった。


 隣にいるこんなにも魅力的で、絶対に男同士の恋愛とかも気にしないだろうイケメンよりも、顔も知らない声も分からないネット上の知り合いのお兄さんのことを優先するなんて絶対にどうかしてる。

 そんなの分かってるけど、もうどうやってもこの思考の籠から抜けられない。それくらい僕はオリオンさんに落ちてしまったから。



 教室の窓際の席から空を見上げながらボケっと授業を聞き流してる。そこから小説のネタが降りてきたらメモ帳に書き写す。基本的に授業中はそれの繰り返し。

 こんなことをやっていながらなぜテストで点が取れるのか自分でも謎だが、それはまぁどうでもいい。問題は頭の中に巣食うアオだ。


『オリオンさんおかえりなさい。お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……」


「だぁぁぁ!! 去ねい煩悩!!」


 頭の中で繰り広げられる謎の世界を振り払うための言葉が全部口から出た。それもかなりの声量で。当然授業中の教室に響いて全員が俺を見る。


「……如月?」

「あっ……すんませんせんせ。子宮精巣の話でちょっと恥ずかしくなって」

「お前は小学生か?」

「思考は小学生以下ですよ」

「誇るなそんなことバカもん。取り敢えずちゃんと聞いてはいるんだな」

「もちろんです。愛すべき担任の授業ですから」

「キモいなすごい」


 担任の授業、そして保健体育で良かったと心の底から思った。これがもし数学ならクソ怠いジジイ教師に理詰めされて血管ブチギレまで行ってただろう。胸を撫で下ろしつつ、再び窓の方へ視線をやって頭の中に入る。


『音那さん、僕のことどれくらい好きですか?』

『音那さぁん……疲れましたぁ……癒してぇ……』

『音那さんっ!』


 『オリオン』ではなくて『音那』と実名で呼んでくる頭の中のイマジナリーアオ。顔は知らないので若干モヤがかかっているものの、表情の移り変わりも分かるくらい感情豊かなのが丸わかり。それがまた愛おしい。

 しかしこんなことを思っていながら、実際の関係はネット上で繋がった恋人ごっこ一日目という関係。しかも正式にそれが始まってからまだ一言も喋っていない。それなのにもうこんな状態になっている。


 おかしいな……この恋人ごっこって花崎対策のためだったはずだよな……? なんか普通に……普通に……


「……普通に俺……アオのこと恋人として見てね……?」


 ボソッと呟いてから、一気に顔から熱が噴き出て、侵食するように全体に広がった。頬杖していた腕が力無く崩れて、体も机に溶けるように雪崩れ込み、顔は机にへばりつけるくらい下に向ける。誰にもこんな顔見せたくない。


『音那さん真っ赤ですよ? 何考えてたんですか? えっち』


 こんな時のためにあるのかもしれない、うざったいくらいの想像力の豊かさがイマジナリーアオの声色に熱を持たせる。そのせいで余計に俺の余裕が無くなっていく。次第に俺は、もうその沼に完全に囚われたことを自覚して声が漏れ出た。


「……っ……やっばい……マジで終わった俺……」


 『ごっこ』が一日目で崩壊していく音がする。相手は顔も知らない、声も分からない年下の男の子だぞ。俺にはそんな趣味は無いはずだろと自問自答するが、アオに対しての感情はもはやその領域を超えているのかもしれない。

 イマジナリーアオの、モヤがかかった顔の奥に覗く細くて俺をいじらしく見る瞳の光に、俺の心がどんどん侵されていく。

 気を紛らわすために埋めた顔を少し上げて、片方の目で窓の外の青空を見る。


「空めっちゃ青いな。青……アオ……」


『音那さん?』


「ぐっ……ぐぁぁあ……ぁぁぁ………!」


 連想ゲームのようにアオが出てきてしまい、再び悶絶。完全にドツボにハマってしまった。その瞬間、再び俺は自分がアオという存在のせいで完全におかしくなってしまっている事に気づいた。もうダメだ……お終いだ……。

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