11.ルンルンな1日
「ふーんふんふーんっ……♪」
僕がオリオンさんと『恋人ごっこ』を開始して一日目の朝。僕はいつもの五倍……いや十倍は上機嫌である。あろうことがスキップまでしている始末だ。
成長するだろうとお父さんが強引に買った2サイズも大きい学ランの丈が、今日は全く鬱陶しく感じない。足も若干余っててダボっているし、腕もほぼ萌え袖になっているくらい大きいがそんなことはどうでもいい。今はただ、オリオンさんとごっこでも『恋人』になっていることがただただ嬉しい。
「あーあー♪こいーびと〜♪」
いつもは憂鬱で、死にたくなるくらい嫌な通学路がこんなにも輝いて見えるのはいつぶりだろうか。今日ばっかりはいつも放たれるお父さんの毒も何も効かなかったし、ここ数年で一番気持ちのいい朝かもしれない。やっぱりオリオンさんが作り出す僕へのエネルギーは凄まじいものがある。
オリオンさんと恋人ごっこをすることも嬉しいけれど、それ以上にオリオンさんがなんの躊躇いも無く恋人ごっこをしたいという要求を受けてくれたことが嬉しい。普通なら僕が男ということを考慮した上で、辞めておくとか言う筈だ。だって気持ち悪いし。
顔も知らない、声も知らない中学生の男からそんなこと言われたら絶対無理だ。自分がオリオンさんの立場なら確実に断っている。それくらい無茶苦茶でキモい提案だったのに、なんの躊躇いもなくOKした。
え、ほんとに結婚したいんですけど。何あの人。僕運命の人齢13歳で見つけた? 見つけたよねこれ。口調ごとドロドロに溶けるよこんなの。
「あはぁ……おりおんさぁん……」
「蒼……? 顔が溶けてるけど……」
かなり心配そうな声で話しかけてきた声が聞こえて、僕は意識をすぐに現実に戻してそっちに向き直る。
「はっ……! 天城……口調はまだしも顔までそんなに溶けてた?」
「かなりキてたね。熱い場所に放置して四日目のチョコくらい」
「うわぁ恥ずぅ……」
向き直った方にいたのは僕の友達……というかクラスのほぼ全員と仲の良いコミュお化け、天草天城。体つきはまだショタな風味が残っているのに、顔はサラサラな黒髪に天然物の白メッシュをなびかせるイケメンでかつ、行動と言動のイケメン数値も高い。だけど絶望的に年上に弱いという属性も併せ持つところから、僕は天城をNo. 1イケショタと敬意を持って呼んでいる。
今時の僕を含めたクソガキ蔓延る中学生では珍しいくらいの聖属性。一人でいることが好きな子には配慮しつつちゃんと仲良くなるし、グループなら積極的に中心人物になったりと適応力も高い。
「なんか良いことあった?」
「あったよ。特大の……ねっ」
「特大の……かっ」
「ふふーん♪天城にも言えないくらいのねっ♪」
「ええ!? オレにも言えない!?」
「だって天城、年上キラーじゃん。言いたくないよーだ」
天城にはオリオンさんのことを言いたくない。というかオリオンさんが年上と分かったから余計言いたくなくなった。
天城は確かに聖属性だし、すごく良い子だ。そして異常なほど年上に好かれる。しかも男女問わず。
もし仮にオリオンさんのことを話して天城が話してみたいとなって僕のDMを通して話すとしよう。確実にオリオンさんは人懐っこい天城を可愛がる。そしていずれ天城にもオリオンさんが懐柔されて、どんどん僕が後回しにされて最終的に寝取られる。
やだ。やだやだやだやだ。無理過ぎる。そんなの見たくない。僕の運命の人なのに。
「……まぁしゃーないかぁ」
「そーだよー」
「ちぇーっ」
「……とらないでね?」
「なんの話?」
「んーん。独り言」
危ない危ない。心の声が思いきり漏れ出ていた。天城は不思議そうに僕を見た後に、先生に呼ばれているからと職員室へ向かって行った。僕はそのまま教室に向かって歩く。スマホは無いからオリオンさんとのやり取りが見返せない。
(校則め……忌むべし……!)
ギリギリと歯軋りの音が聞こえるくらい歯を噛み締めつつ、教室に入る。
「いやあれまじやばくね!?」
「昨日彼氏がさぁ〜!」
「ええええ!? やっばぁぁ!!」
(あぁもう今日も五月蝿い……喧しすぎる……死ね……)
僕のクラスはまぁ……終わってる。うるさい男子、キーキー声の女子、その他陰の者と天城という構図。教室は常に喧騒にまみれていて、僕は耳を塞ぎつつ休み時間を過ごしている。隣の席の天城と話している時以外は基本唸りながら喧騒を受け流す。
「おーい!」
「っ……なに……」
「おはよー蒼ちゃんー! っ……ふははっ……」
「……」
こういうのが絡んでくるから嫌なんだ。僕の容姿をイジリにイジリ倒して挙句、もはや女子扱いしてくるカスゴミ男子共。いつもならとりあえず弁慶の泣き所に一撃ローキックでも入れているところだけど、今日の僕は頭に恋人エディションのオリオンさんがついている。その毒に塗れた感情をオリオンさんが晴らしてくれて、ウザったい男子共に睨みを効かせるのみで我慢した。
「……おい」
「なに……僕君と友達でもなんでも無いから話したく無いって再三言ってるよね」
「なんだテメー? うっぜ!」
「うっぜ! 天城にちょっと気に入られてるからって!」
「イジメんぞ男女」
「うわぁだっさぁ。そういうこと言わないと僕に勝てないんだぁ?」
心底バカにするような顔と声で煽ってやると、しっかり頭に来たのか座っている僕の椅子の脚をドンッと蹴ってきた。僕は上手いことバランスを取って椅子から離れずに座ったままの体制をとる。
「カスが!」
「カスぅ? 暴言のバリエーションも小学生なの? もう中学生なのにね? ねぇ天城〜」
「あまっ!?」
「うそぴょーん」
僕は椅子から軽く降りて僕に詰め寄ってきた四人集団を掻き分けつつ、扉の方へスキップで向かった。
「おい待て朝霧!」
「天城の脛ず〜っとかじっとけバァカ。ベェ〜」
いつもはここまで言い返さないけど、頭の中で僕のそばにずっといてくれるオリオンさんのお陰で舌がよく回る。扉を開けると用事を済ませた天城が、また不思議そうな顔をしながら僕を見ていた。
「おぇ? 蒼どしたの?」
「んふ〜? あの子達、僕をイジメたいんだってっ」
「……どいつ?」
「あの四人組〜」
「……ふーん」
「僕はちょっとトイレ行ってくる。イジメ組も僕のことイジメれるように頑張ってね〜」
天城の顔つきがかなり変わったのを見て勝ちを確信した僕は、そのままスキップでトイレまで行った。天城中心で回っているクラスで天城と個人間で仲良くなれば、邪魔もイジメもされない楽な生活を送れる。
そんな簡単なことも分からないあほんだらな四人組を哀れに思いながら、オリオンさんと放課後何をしようかと早くも僕は思考し始めていた。




