10.不安定な1日
アオとの『恋人ごっこ』スタートの翌日普通に学校に行くと、それを行う原因となった奴がもう何も隠す気配も無しで俺に真っ向勝負を挑んできた。
「やーやー音那ぁ」
「花崎……お前もはや遠慮無しで机に座ってんな」
「え〜? 可愛いから許して〜」
「いやもう今更許すも何も無いて」
「優しい〜好きぃ」
話を受け流しながら机の横のフックにカバンをかけつつ、腕を組んでそいつを見つめる。
花崎薫。こいつに告白されたのも昨日の事だ。その時はあんなに甘ったるくて、見たことのない表情と声色をしていたくせに、今は普段通りのボケーっとした軽い受け答えだ。しかし明らかに違う箇所もある。
例えばシャツ。胸元のボタンが一つ開いている。そのせいで余計に谷間が深い場所まで見えるし、少しだけ下着もチラチラと見えている。他の男子は全員そこに釘付けで鼻の下を伸ばしている。
「んふ〜。ど?」
「ど? とは?」
「ちょっと着崩したんだけどさ。どうどう? 可愛い?」
「元から着崩してるのに更に着崩す意味とは?」
「え? 誘惑?」
何も隠さずに言いやがったよこいつ。俺も薄々そうなんかなと思いつつ聞いたけどケロッと言い放ちよった。
目を細めつつ白い歯を見せながら妖艶に微笑む花崎。普段のギャルっぽい彼女からは想像もできないほどのエロスを感じる。まぁいつも格好がギリなのでエロスはあるのだが、別ベクトルのエロスが醸し出されている。
昨日の昼時までの俺ならばたじろいでいただろうが、今はごっことはいえ『恋人』がいる。おかげで少し余裕を持って対応できている気がする。
「周りの目が凄いからやめろその着崩し方。ご丁寧にスカートの丈まで短くしやがって」
「見せつけてこ〜よ」
「やめろ変な疑いかけられる」
「かけられてね。私が喜ぶ」
頭を抱えたくなる衝動を抑えつつ花崎を睨む。しかし花崎はなんのそのと言った様子で鼻歌まで歌っている始末。
他の男子からの恨めしいという視線と、他の女子たちからの好奇の視線が痛い。花崎のイメージ操作を利用した計画的犯行にまんまとハマった気がする。しかもアオとの事は絶対こいつに言えない。現実世界の問題を早めに解決しない限り、アオとのネット恋人ごっこを平穏に行うことは不可能に近いかもしれない。
「ん〜?」
花崎の勝ち誇ったようなニヤけ面。俺の机に座りつつ、足を組みながら頬杖を付いて俺を見つめてくる。まるで『反撃してくれば? できないだろうけど』とでも言いたげな目線に若干イラッとしてきた。
おもむろに両の手を伸ばしてほっぺを思い切りつねる。それもほっぺを捥ぐ勢いで力強く。
「いらい!! なにふんの!?」
「腹立つからじゃ! 何を勝ち誇った目線しとるんやこの小娘が!」
「同い年でしょ!? いたたたたた!!」
しっかり三十秒ほどつねってから離してやった。痛いと嘆きつつ頬を撫でる花崎の目の前にふんぞり返ってやる。お前には屈しないぞという意思表示のつもりだったのだが、それを見た花崎は別解釈をした様子で『へぇ?』と一言呟いた後、俺の机から降りて自分の席へ戻って行った。
本当に嵐みたいな人間だなと自分の席に戻った花崎を見つつ、ようやく自分の席に座れると椅子座ってから机に雪崩れ込む。花崎が座っていた箇所の湿り気がすごいが、気にしないようにする。気にしたら負けだ。
「あーあ……アオ……」
時刻は朝の八時半。もうアオも学校に行っている時間だというのに、何故かスマホを取り出してDMの画面を開いてしまう。やりとりは昨日のおやすみで止まっているのを見て当然かとため息を吐く。
アオとの恋人ごっこはあくまでも恋愛をしたことのないオレが、花崎からの好意に対しての対策を練るためのいわば校外学習のようなもの。ネットと現実、次元もコミニュケーション方法も違う二つの恋愛が交錯しているせいで脳処理機能がショートしそうだ。
「……怖っ。あつっ……」
急に素に戻って顔が熱くなって来たので、スマホをズボッとポケットの中にしまった。熱い顔を机に埋めながら混乱する頭を整理する。
怖いと呟いたものの、その怖いという言葉がどれを指しているのかも分からない。自分の感情が迷子になっていて、本心が全く見当たらない。アオという一人の男の子に全てを狂わされている気がする。調子も思考も何もかも。花崎で手一杯なのにアオまで俺の頭を侵食して来ては、授業に手がつくか不安だ。
「はぁぁぁ……もぉ……」
ガシガシと頭を手で掻きつつ、一限目の準備をする。その間もずっとアオが頭の片隅で微笑んでいて、時々平手打ちしないと頭のモヤが晴れなかった。




