1.アオとオリオン
「おいバカ! そっちじゃない!」
「ディフェンス集中しろよ! クロス丁寧に!」
グラウンドから聞こえてくる喧騒。上の階の音楽室から流れるギターの音色と、腹の底に響くドラムの重低音。それらをBGMにしながら、一人残った教室でノートパソコンを開いてWEBサイトに投稿している小説の話の書き溜めをしていた。
思い浮かぶ情景、物語の展開を打ち込みながら話を頭で組み立てていると、その展開に対する反応が顔に少し出てしまう。今書いているのはちょうどラブコメのむず痒いシーン。甘ったるい情景が頭で映し出され、口角も緩みながらタイピングする。
「……っし〜! ったぁぁぁ……帰ろかなぁ」
時計を見ればもう4時半を回ろうかという頃合いだった。普通の帰宅部の人間ならばもう家でゴロゴロしているような時間だろう。ちょうど書いている話もひと段落ついたところで、タイミング的にも丁度いい。
ノートパソコンを閉じてリュックの中にしまって立ち上がる。教室を出て靴箱に向かいながら今度はスマホを見る。
SNSを徘徊しながら、イラストにいいねをつける。いいね欄が見られなくなってから軽率にイラストにいいねをつけることができて、居心地がいい。
階段まで行くと、上の階から人が降りてきて俺に声をかけてきた。
「ん? 如月、まだ帰ってなかったのか」
「あ、せんせ。そやねん〜ちょっとやりたいことあって帰ってなかったの」
ジャージ姿の担任が訝しんだ様子でそう聞いてきた。最近は家に帰って作業をすることが多くなってきていたから、先生は俺が放課後頻繁に残ることを知らないんだろう。
「何をしてたんだ?」
「ん? パソコンでお勉強」
「嘘つくな碌に授業も受けて無いくせに」
「あ、バレた? まぁまぁテストはちゃんとやるからさ?」
「……はぁ……」
先生は呆れ気味にため息をしてから「早く帰れよ」と釘を刺してから階段を降りて行った。心配性だなぁと鼻を鳴らしてから自分も階段を降りる。春の匂いというのはどうにも作業を促進させるなとセンチメンタルに思っていると、DMの通知が飛んできた。
「アオだ」
【アオ : オリオンさん、今日学校ゴミでした】
【オリオン : よーしオリオンお兄ちゃんが話聞いたるわ。どした】
DMを飛ばしてきたのは、俺の唯一のネット友達のアオだった。ちなみにオリオンというのは俺、如月音那のネット上での名前。
知り合ったのは最近だが仲が良くなる速度が尋常じゃなく早く、もう俺がアオのお悩み相談まで受けているくらいだ。礼儀正しくいつも敬語で話してくれて、可愛い可愛い弟のような存在と思いながら接しているが、実際の年齢は定かでは無い。もしかすると俺と同い年かもしれないし、なんなら年上かもしれない。そもそも男か女かすらもまだ聞いたことがない。
「まぁそんなことどーでもいいんよ。アオが何歳でどんな性別でも関係ないない」
【アオ : それでそのクソがですね……】
「……口は悪過ぎるところはあるけどな……」
敬語から放たれる強い言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。そこら辺は普段の愛らしいほどに積極的なアオの性格でご愛嬌、といったところだろうか。
靴を履き替えて家に向かっている最中も、DMではアオがこれでもかと学校の先生や同級生に対して毒を吐きまくっているが、この状態のアオはとりあえず何も返信せず見ておくことに徹するのが一番いい。
【アオ : ほんっと……なんなんですかね?】
【オリオン : いやなんなんですかねと言われましても】
【アオ : オリオンさんはどう思います?】
【オリオン : いやまぁこういう案件持ってくる時って大抵アオは悪くないことが多いし、今回も悪くないやろ】
【アオ : その言葉を待ってました】
返信してからすぐに返事が返ってきて、本当にこういう言葉が欲しかったんだなと頬が緩む。
ここ最近のテンプレみたいな絡みになっている。アオは素直、真面目、愛くるしいの三拍子揃った無敵人間なので多少毒吐き癖があったり不満をぶちまけたりしても大抵俺の場合『アオは悪くないんだろーな』で片してしまう。そしてアオもそれを待ってる節がある。
どこかでちゃんとその案件に対して考えてやらないといけないと思いつつ、どうせ悪くないんだろうなと思ってしまっている時点で俺は負けているのかもしれない。
【アオ : オリオンさん】
【オリオン : はいなんでしょう】
【アオ : 僕のこと好きですかとか聞いたらどう返します?】
【オリオン : え? 好きだけど?】
【アオ : 悶絶しました。責任を取ってください】
思わず口から『なんでやねん』とツッコミが溢れてしまった。アオの困る点はここだ。勝手に俺に『好きかどうか』という質問をしては、その度に勝手に自滅するところ。
別に好きというのは本心なのでなにも隠す事はないのだが、ここまでオーバーなリアクションを返されるとこちらとしても苦笑いするしかない。そしてなんて返せばいいのかもわからないので取り敢えず汎用性の高い猫の画像を送るほかないのだ。
【アオ : ほんとそういうとこですよ】
【オリオン : マジでなんの話?】
【アオ : 自覚無いのが一番怖い】
【オリオン : ?】
そんなことを言われても、アオが好きなのは事実だからしょうがないのだ。それでお叱りを受けても、ひたすらに頭にはハテナマークしか湧かない。
「どんな顔してんのかな今こいつ」
夕暮れ時の太陽の日差しがスマホの画面を遮っている。まるで画面の中から映るはずないアオの素顔が見えてくるほどに。




