(2-5)
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右往左往を繰り返した末に山田父子は、生まれたての赤子だった滝田春生が一年ほど預けられていたという乳児院を、ついに探し当てた。侯爵夫人のおぼろな記憶だけが頼みの綱だった。
しかもそのすべてが実家の雇人からの又聞きであり、書面を残せない性質の報告だった。十年近い歳月を経たいま、件の雇人はすでに故人だ。そんな条件下において、たったひとりの子どもを探し出さねばならないとは。
一切合切が雲をつかむようで胡乱な話だった。山田二世は心中密かにボヤきながらも、父親譲りの勤勉さと細やかな心配りに加え、おそらく母親譲りの懐っこく親しみやすい人柄を全開にして、もっぱら父山田の面目のために職責を全うすべく励んだ。
乳児院の古参の職員たちの記憶は、侯爵夫人のそれにも増しておぼろだった。十年近くも昔のことなんてねぇちょっとムリよね。異口同音の返答の中で一人だけが、かすかに言い淀むようなニュアンスを滲ませていると、山田二世の敏い耳は聴き取った。そしてもちろん、全開の笑顔でその古参の職員を突いた。
だれが、とは言えないし、なにが、とも言えないけどね。最古参の職員でもうじき定年退職だという高齢女性は重い口を開いた。はじめは渋々とつぶやくように、それが次第に立て板に水と変わり、終いには胸につかえるありったけを洗い流すように吐露した。
「あの子のことなら実はよぉく覚えていますよ、私だけじゃなくてあの頃いた人たちはたぶんみんな。ねえお若い方。小さな手違いにもっと小さな手違いが重なったら、思ったより案外大ごとになるもんだって、身に染みてわかったことはおあり?ないの?そうなの。なきゃないで、そりゃあいいことだわね。
あの子は生きないだろうって、どうしてだか忘れちゃったけど私たちみんな思ってたの。どうしてだったかしらね。わからないけどなんか伝染るのよね、そういうわるい“気”のようなものは。
だから一年もの間あの赤ちゃんは大体ほったらかしだったの。
気になっているけどだれも口にしないし余分な手も出さないって、そんな感じ。あるでしょ?あらそう。ないのね、お若いかたには。
で、あの赤ちゃんだけどね、生きないと思ったのに、一年経ってもちゃんと生きてたからびっくり。タキタさんという人たちに貰われることになって、またびっくり。院長さんたらハッと目が醒めたみたいに大慌て、届けを出してギリ間に合って引き取ってもらいましたのよ。ええもちろん、タキタさんにはちゃんと一年遅れの事情をお話しした、はずでしたけど。
職員のみんなが、ホッとしてニコニコしてお祝い気分でした。でもそれっきり。あの子がいまどうしているかは知りません。日付ですか?それがまた不思議なことにちゃんと覚えていますのよ。
大正四年の春でした。ええたしかに。あの子の誕生日は四月十三日。あらやだ、どうして忘れてないでこんなにちゃんと思い出せるんでしょ。自分の孫たちの誕生日だってすぐ忘れちゃうのに。
でもね、こうしてあなたにお話し出来たらなんだか肩の荷を下ろせたようですっきり、あの子のことはすっかり忘れてしまえる気がしますの。あら、よかったわ、今日お越しいただいて。お陰様でなんの心残りもなく定年退職出来そうです。ほんと、よかった」
山田二世は急ぎ松枝侯爵邸へ駆け戻り、侯爵夫人にお目通りを願って日付の件を再度確認した。ええ、そうですとも。侯爵夫人はなんの憂いもなさげに楚々と述べた。
「大正四年四月十三日は役所に届けを出した日。わたくしはそう聞いております。でも、あの子が生まれたのは大正三年の四月十三日でした。わたくしどもの清顕が亡くなった年の四月ですから、よく覚えていますわ。なにか、いけないところがありまして?」
二通りの日付。
各々(おのおの)が内心で首を捻りながらも山田父子は、ついに滝田春生の住む渓谷の集落に行き着いた。そこではなによりもまず、住人のほとんどが滝田姓であることに面食らい、大いに戸惑った。
すると思いがけなく剽軽で馴れ馴れしい役場の住民課員が登場して、そのものずばりの解答をくれた。
「侯爵家の隠し子だったら春生のことでしょ。いやなんとなく、おたくたちが侯爵家の執事でございますってな顔してるからさ。当てずっぽうで言ってみたわけ。で、どうなの?だいたい当たってるんでしょ?
ホントかどうかなんて、私なんかにわかるはずないですよ。だけど村のみんながそう言ってるからね、そろそろ来るんじゃないかなぁって、お待ちしてたわけ、住民課としては。単なる予想の上で。いやいやこれはまるっきり、冗談だけどね」
そこで山田父子は、滝田春生の養父が震災死を遂げたこと、以来春生と養母がつましい二人暮らしを送っていることを知った。侯爵夫人が待ちわびていた、養父からの便りが途絶えた理由も自ずと明らかになった。
それにも増して山田父子を驚かせたのは、集落の位置だった。そこから東の方角へ山ひとつ越えればふたつ目の山はつつじヶ丘であり、その中腹には松枝侯爵家の別邸があったのだ。
現在の侯爵夫妻は滅多に滞在することもないが、先代侯爵が格別に好んだ別邸であるというだけの理由で手放しそびれ、徒に保有していた物件だった。
その別邸と滝田の渓谷との距離がごく近いことに、父山田はただならぬ因縁を感じ、内心冷や汗もかいた。数年前から納税期のたびに、この別邸は処分すべきものと考えたが、ただ単に侯爵へ進言するタイミングを逃して、果たせずにいたのだった。
進言せずにいてよかったと、父山田はひとり密かに胸を撫で下ろした。同時に侯爵家の財務を預かる者として、自らの勘の鈍りを痛感した。別邸から目と鼻の先にある渓谷の集落に、若様のお子が隠されていたというのに、少しも気づけなかった。父山田は口惜しさのあまり、ギリギリと歯嚙みした。
財務会計上、小さくともなんらかの異変があったはずだった。父山田は財務の専門家として、ある信念を持っていた。人が動けばカネも動く。好むと好まざるとに係わらず、ごくわずかであってもカネの出入りが人の行動の痕跡を残すのだ。
自分はその痕跡を見出してたどり、意味するところを読み取る術に長けている。そういう自負があった。例えば侯爵夫人と実家の人々の動き。ふだんにはない、時候の挨拶以上の往来と遣り取り。なにかしらの動きが、きっとあったはずなのだ。
ああそうか。そこで思い当たった父山田は、天を仰いで慨嘆した。大正三年二月末日。そうだった。忘れるべくもないその日、侯爵家は嫡男清顕様を失ったのだった。大正三年は恐ろしい悲嘆と混乱が渦巻き、侯爵家を取り込んで居座った長い一年だった。
カネの出入りも忙しく内容は多岐に渡った。まったく平時ではなかった。松枝侯爵家にとって最凶の緊急事態だった。故に自分がもし何らかの変化を見逃したとしても、迂闊だったからではない。清顕様の死によってもたらされた、衝撃と悲しみ故だったのだ。そう思って、幾分かの安堵を得られた。
ふと思い立って父山田は、古い書類が収められた棚からひと束の冊子を抜き出した。松枝清顕が遺した『夢日記』の写しである。清顕はこれを友人の本多某に渡すよう、母である侯爵夫人に書き残した。夫人は本多某に渡す前に内容をそっくり書き写してほしいと、父山田に依頼したのだった。
動揺と混乱の中で懸命に書き写しはしたが、内容は頭に残らず素通りして去った。もとより、入り込みにくい『夢』の断片の記述だった。侯爵夫人も理解すべく熟読しようと試みたらしいが、断念したようだ。一周忌が過ぎた頃、保管してほしいと返してよこしたのだ。
こうして執事である父山田が預かることで、清顕の日記は松枝侯爵家の記録文書となった。以来、家中のだれもが閲覧可能な文庫の棚に収められてあった。しかし、自分以外のだれかが手に取って読んだ形跡はなさそうだと、父山田は思った。
この度、父山田はかの『夢日記』を隅々まで読み込んだ。そして天啓のごとき閃きを得て、ある解釈に辿りついた。それは単なる夢の記録ではなかった。雇い主家族への不敬を恐れずに言うなら、それは自らを起点とした早逝と転生にまつわる予言の書と呼ぶべきものだった。
父山田は熟慮の末、松枝侯爵のもとにかの日記を持参した。読んでくれるよう願い出ると、意外にも侯爵はすでに何度も読んだと即答した。
「それでは、すでにお気づきでしょうか。若様の密かな意図に」
「ああ、それか。二回目に気づいた。清顕は二十歳で死んだ。生まれ変わった子も二十歳で死ぬと、言っておるようだ」
「御前の思し召しは如何に?」
「ふむ。妖かぶれの放蕩息子の戯言と、笑い飛ばしてもいいが」
「が?」
「あながち全てが出鱈目では、ないのかも知れん。しかしながら、我々が見つけようとしているのは清顕の血を分けた子だ。転生云々だの輪廻だの、雲を摘むような話ではない」
「では。奥方様はどのようにお考えでしょうか」
「ふむ。実は概ねあれの希望なのだ。清顕の意思というか予感というか、そのようなものを無視できない気持ちになっておる」
「それはつまり…」
「あれにとっては転生でも実の子でも、子どもは同じ子どもなのだ。か弱く愚かな存在だから、守ってやらなくてはならん。期限が迫っているだの残り時間が少ないだのと、せっつくのさ。そうだと確定したわけでもないのに。まあ無理もないが。すでに一度子どもを失っておるからな」
こうして松枝侯爵夫妻の意思を再確認した父山田は、二世を伴って夢日記を携え、滝田母子の家を訪ねたのだった。そして、春生本人の口から自分は十二歳であると称するのを聞いた。つまり、大正三年生まれと認識しているのだった。
そのひと言は山田父子の懸念を払拭するに足るものだった。乳児院の古参職員や滝田の村役場の住民課員から聞き集めた、一年遅れの出生届と就学年齢がもたらした戸惑いは、脇へ押しやられた。父山田は嬉々として侯爵夫妻にこれを報告した。夫妻もまた、この知らせを大いに喜んだ。大正三年四月十三日生まれである滝田春生は、いっそう松枝清顕に近づいた。
以後、父山田はしばしば滝田の集落へ出向いた。何ものかに魅入られたように、引き寄せられた。山田二世が敢えて指摘するまでもなく、少々浮ついているかも知れぬと当人に自覚があった。
父山田は侯爵夫妻に代わって滝田春生の成長を見守るべく、使命感に突き動かされていた。だがそれも、長くは続かなかった。
翌昭和二年、松枝侯爵家の取引銀行が破綻した。侯爵家の資産はほぼ半減したものの、それでもまだ充分に裕福だった。にもかかわらず財務担当山田某は、自責の念に駆られて鬱状態に落ち込み、ついに自ら首を括って果てた。松枝侯爵宛に長い詫び状を残したが、子息である二世にはひと言も書き残さなかった。
山田二世は茫然自失、どうにも進退窮まった。父からの指示なしでは、善後策がひとつも思い浮かばないのだ。それにしても、自分の立ち位置が目下最低最悪であることはよくわかった。
松枝侯爵の怒りのほどを思い、ともかくここにはいられないと覚悟を決め、恐る恐る退職を願い出た。
「辞めたいのか?」
松枝侯爵はじろりと山田二世をねめつけた。
「いえ、とんでもございません。ただ、父の不手際を思うと息子の私がのうのうと居続けましては、さぞかしお目障りであろうかと…」
松枝侯爵は深いため息を吐いた。どうにか保った威厳をまとっていても、疲労が色濃く滲むため息だった。そうしたのち、山田二世の頭上に胴間声を浴びせた。
「ならば、辞めるな。親父がやっていた仕事を引き継げ。一切合切だ。やりかけの仕事もやり抜け。いいか?あの子どもが本当に清顕の子であるのかどうか、どこまでも追跡して見届けろ。わが家に残ったカネを使い切ってもかまわん。やり方は一任する。ともかく逃げるな。命じておく。決して死んではならん」




