表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

孝行者、空に礼を溢す


その夜、孝行者は火を焚かなかった。

小屋に入らず、草の上に身を伏せ、ただ空を見ていた。

月はなかった。星もなかった。

それでも彼の眼は、空を見ていた。


翌朝、彼は鑑真のもとへ向かった。

弟子たちはすでに散っていた。

幽然も、影一つ残さず、消えていた。


孝行者は、鑑真の遺体に手を触れなかった。

折られた指のかたちをただ見つめ、

そこにあった不完全な説法印に、深く頭を垂れた。


「教えとは、問うてはならぬものだったのか」


その声は、小さく、風にも溶けなかった。

ただ彼の胸の奥で、ひとつ、灯のように揺れた。


彼は合掌しなかった。

掌は結ばず、ただ両腕を垂らしたまま、膝をつき、深く礼をした。

それは人に向けたものではなかった。

亡骸でもなく、教えでもなく、ただ“在った”ということに対しての礼だった。


その礼は、風を伝って、空へと昇った。

誰も見ることはなかったが、

その日、唐招提寺の上に雲が裂け、光が一筋だけ差したと、

のちに麓の者が語ったという。


その話を語った者も、やがて名を失った。


ただ一つ、今も残っているのは、

礼の形を持たぬまま、空に礼を溢した者の伝え話である。


ここまで拙作に目を通していただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ