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断絶

あと1話で終わります


それはある朝のことだった。

霧が降り、木々が黙している中、青年――幽然は、ただ一人、堂の裏手に立っていた。

掌には、あの鑑真が積み上げていた石がひとつ、乗っていた。


その手は、すでに作務のための手ではなかった。

血も泥もついていなかったが、何かが決して戻らない手になっていた。

彼は、それを一歩ずつ運ぶようにして歩いた。


鑑真は、石の並ぶ庭に正座していた。

目を伏せ、手を膝に置き、呼吸を静かに沈めていた。

風も、蝉も、音を落としていた。


幽然は近づき、鑑真の背にまわった。

石を持った手を高くは掲げなかった。

ただ、肩の高さから、静かに落とした。


鑑真の頭蓋は、柔らかな布のように、沈んだ。

身体がゆっくりと前に倒れ、顔は地に触れることなく、膝の上で止まった。

その姿は、あたかも深い礼をしているかのようだった。


幽然はふたつ目の石を持ち、喉元に落とした。

骨は静かに沈黙へ割れ、首は語ることのない者のものとして沈んでいった。


最後に彼は、鑑真の両手をひらき、指を一本ずつ折っていった。

親指から、順に人差し指、中指、薬指。

まるで石仏の型を、逆に削り落としていくかのようだった。


小指だけは、しばらく迷ってから、残した。

折らず、静かに立てたままにしておいた。


それは、説法印――教えを語る印の、輪が断たれた不完全な形だった。

語られるはずだったものは、閉じられ、断たれ、沈黙の中に封じられた。


幽然はそれを見届けると、立ち上がり、鑑真のそばに小さな石をひとつ積んだ。

鑑真の死体は動かされず、まるで新たな礎のように、そのまま残された。


孝行者は、それを見ていた。

何も叫ばず、止めず、ただ掌を胸に当てて立ち尽くした。


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