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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける
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突入、そして……。

 順当に、何枚目か分からない対魔法コーティングされた隔壁を破り、呼びかけに応じた探索部隊の面々を伴い、第二分隊を先頭に狭い通路を駆け抜けていく。


 長い長い通路を過ぎると、大型のエレベーターへと辿り着いた。


 これに乗れば楽に地下まで行けるだろう。

 だが、乗ろうものなら間違いなく死ぬ。

 扉が開いた瞬間に袋叩きにされて終わりだ。


 故に、取る手段は――



 激しい音を立ててエレベーターの扉が吹き飛び、地下へ続く穴がぽっかりと口を開けた。

 

 

 「……行くぞ。前進」


 

 分隊長の指示で、兵士達は次々と昇降路へ飛び降りていく。

 

 敢えて動力を落としてあるのか、昇降路中は真っ暗闇に包まれており、杖先に灯した照明魔法を頼りに兵士達は飛行魔法で降下していく。


 


 ——その道中で、ナノマシン通信に悲鳴交じりの報告が飛び込んできた。



 『畜生ッ……!!奴ら魔導砲を……魔導砲を街へぶっ放しやがった……!!現在曲射弾道の頂点に達したと推定!防御姿勢を取るが……。突入部隊、後は頼む……ッ!!』



 指揮官だけでなく、一兵卒にまで送られた地上に残った一兵士の叫びに、降下中の兵士は何を思ったのだろうか。

 

 『自分達は運が良かった』だろうか。

 それとも彼等の分まで奮闘せねば、という義憤に燃える心を抱いたのだろうか。


 少なくともアリサは何も考えていなかった。

 考える事をやめていた。


 地上班に何人か見知った顔が残っていた事にも気付いていた。それでも……チクリとも胸は痛まなかった。



 それから間もなく、激しい衝撃音と共に昇降路の壁がガタガタと音を立て、部品が脱落していく。

 

 ナノマシン通信の向こうでノイズが走る。


 ——ジッ……ザザ……。


 通信状態の低下。

 遮断されていく回線。


 地上で炸裂した魔導砲が、都市そのものを消し飛ばしたのだろう。

 昇降路の上から吹き込んでくる風は、砂塵と鉄の匂いを孕み、まるで巨大な怪物が上から生臭い息を吐きかけてきているかのようだった。


 それでも降下は止まらない。


 止まるという発想自体、存在しなかった。






 濃厚すぎる魔素に吐き気を覚えながらも最下層へ辿り着いた突入部隊の面々は、最後の扉を破壊し息苦しい昇降路を脱する。

 そして、兵士達は同時に息を呑んだ。



 ——そこには、空があった。


 天井から吊られた巨大な魔導照明が、昼の太陽のように煌々と輝き闇を退け、金属フレームが主体の建造物群が遥か向こうまで整然と並び広がっている。


 重要区画と見られる箇所に幾何学的に並ぶ構造物。

 上下に幾層も重なる通路と区画。整備された搬入路。


 そこから少し離れた所にあるのは居住ブロックと見られる集合住宅群。


 もはや基地や拠点などという生易しい規模ではなく、地上の都市をそのまま丸ごと沈めたような広がりだった。

 その技術発展は帝都にも劣らず、むしろ最先端を行くようにも見受けられた。

 



 それに加え、澱みなく循環する魔素が空気のように満ちている。

 皮膚が、肺の奥が、五臓六腑が——

 過剰な魔素に当てられ、震えを起こす。

 

 アリサは吐き気を追い出すように小さく息を吐いた。




 「……地下都市?まさか、この規模を隠し通すとは……」


 誰かが、信じられないものを見るように呟く。

 

 「……我々は、勝てるのか?」


 誰も答えなかった。


 何故なら勝ち筋など、最初から存在しなかったのだ。



 「……行くぞ、皇国の為に。皇帝陛下の御為に」



 発破をかける分隊長の声は、辛うじて震えてはいなかった。

 だがそれは、崩れそうな精神を軍人としての矜持が無理やり繋ぎ止めているような声音だった。


 兵士達は頷き、それぞれ魔導デバイスを構える。

 厳しき訓練や死線を乗り越えてきた彼等は、恐怖や躊躇いを削ぎ落としてきたはずであった。

 

 だとしても、構えた魔導デバイスのグリップを強く強く握り締めていた。震えぬように。



 恐らくこれは片道切符。

 周囲は土と鉄で囲まれ、脱出路も限られている檻の中。

 言わずもがな、生還の可能性は限りなく低い。

 

 標的である敵首領を討伐せど、その取り巻きは決して逃がしてはくれないだろう。

 つまり――群がる敵を何人倒そうが、自分自身にはもう意味がない。

 

 ここに踏み込んだ時点で、皇国の為に死ぬ事は決まっていたのだ。


 己の生きた意味を、己の価値を証明し、歴史に名を刻む。

 帰らぬ英雄としての誇りを死後の慰めとするしかない。

 



 CPとの同期喪失。

 各部隊の識別信号ロスト。


 状況としては最悪の一言に尽きる。

 それでも、兵士達は信じる道を立ち止まる事なく進み続ける。

 その命の灯が燃える限り。

 


———————————————————————————————————




 意を決して残存部隊が突撃を行い、飛行魔法で一気に距離を詰めるも、周囲の被害など一切顧みていないかのような迎撃魔法が雨のように降り注ぐ。


 照明に照らされた空間が、爆裂魔法の閃光で幾度も白く塗り潰される。


 耳をつんざく爆音。苦痛に呻く声。断末魔の叫び。


 人の焦げた臭いや雷撃が残すオゾンの臭いが鼻を麻痺させる。


 流れ弾で破壊された建造物の破片が飛び散り、着弾点から火炎の渦が吹き上がる。


 隣を飛んでいた兵が大口径の魔力砲の直撃を受けて砕け散り、舞った赤い霧がアリサのバイザーやパワードスーツを汚す。

 

 『降下せよ!』

 

 分隊長の命令が飛び、兵士達は降下しながら飛行速度をぐんと上げ、それに加え目標を絞らせない為に各々不規則な回避運動を取る。

 それでも正確な敵の狙撃魔法を受け、また一人が短い悲鳴を残し、火に巻かれ、墜ちていく。


 それでもアリサは止まらなかった。


 友軍の悲鳴も、怒号も、断末魔も。

 全てただの雑音として流れ去っていく。


 ただ、目の前に現れる敵を順番に屠っていくだけ。

 


 「ひっ……!?」


 飛行姿勢のまま急降下し、勢いそのまま敵兵の胸元へ剣状変化させた魔導デバイスの切っ先を突き立てた。

 激しい衝撃と共に切っ先が敵の身体の背中から飛び出し、壁へと彼を磔にする。

 流れるように、戦場だというのに呆けていた数人の敵兵へ、両手から衝撃魔法を放つ。



 年端も行かない少女が弾丸の如く襲い掛かってきた事に、思わず我を失っていた兵士らは無防備に吹き飛ばされ、鉄骨へ叩きつけられた後にそのまま崩れ落ちる。


 「……クリア」



 重要区画の中心部。


 その中でも、ひときわ激しい防衛魔法が張り巡らされた建造物があった。


 侵入者を拒むように大量の魔力砲がずらりと並び、防御魔法と耐魔力コーティングされたピカピカの壁が行く手を遮る。


 ならば、ここが正しいのだろう。そう判断できるだけの材料が揃っていた。


 アリサは何も言わず杖を構え、全力で衝撃魔法を叩きつける。


 防御魔法の膜に僅かに亀裂が奔る。しかしそれはすぐに補修され、傷一つない壁に戻ってしまう。



 『H-163!そこをどけ!鹵獲した魔力砲をぶち込んでやる!』


 アリサが飛び退くや否や、主を失った魔力砲が反旗を翻したが如く、魔法防壁へ魔力弾の拳を叩きつける。続く仲間の魔法や対空砲火用の魔力砲から連続して吐き出される炸裂魔法も、容赦なく防壁を揺らし痛めつけていた。


 

 いよいよ、つるりとした防御魔法の膜が悲鳴を上げるように亀裂を走らせ、その身を崩壊させた。

 残る耐魔力コーティングされた外壁も、絶え間なく撃ち込まれる魔力弾にすぐに屈し、倒壊。

 大量の粉塵が周囲に吹き荒れた。


 

 露出した内部区画の奥から、すぐさま迎撃魔法の嵐が放たれた。


 だがここにいるのは歴戦の戦士達。慌てず防御魔法で弾き飛ばし、スクラムを組むが如く一歩一歩着実に内部への侵入を果たした。



 ――前へ。


 その先に、討つべき敵がいる。

 ならばもう()の残量など、もう数える必要はなかった。





 「……先行し、道を拓きます」


 アリサは魔力弾の弾幕の飛び交う通路をするすると抜け、バリケードに身を隠しながら魔力デバイスを構えていた義勇兵達を切り裂いていく。

 まさか真正面から躊躇いなく突破してくるとは思っていなかったのか、僅かに反応が遅れた義勇兵などアリサの敵ではなかった。


 「……クリア」


 『よし!!白銀の死神に続け!!』


 アリサが開いた突破口から次々と後続の兵士が雪崩れ込み、少しずつブロックを制圧していく。

 

 精鋭を残していたのだとしても、所詮は義勇兵。質より量を求めた救済の御手は、狭い通路での数的有利を生かせない戦闘では、生え抜きの皇国軍に劣るのだ。

 


 

 


 「くそっ……来るな!!皇帝の犬め!!我らの大義を」 


 「煩い」


 ある部屋のドアを守るように陣取った敵義勇兵を蹴散らした後、アリサは厳重にロックされたドアを衝撃魔法で破壊し、ひしゃげたドアを蹴破った。

 


 「ッ!」


 直感の警鐘により、物陰から不意に放たれた衝撃魔法を防御魔法で軌道を逸らし、すぐに不意打ちをした敵へ杖を突き付け――僅かに眉を顰めた。



 室内にいたのは、どうやら戦闘要員ではない事務方、エンジニア等の非戦闘員のようだった。

 震える手で杖を構え、それでも侵入してきたアリサへ鬼気迫る表情で睨みつけている。


 「ううぅぅっ……! あの人の仇ぃっ!!!」


 動いたのは焦点の定まらない目をした女性。

 涙に濡れ、怒りと恐怖でぐちゃぐちゃに歪んだ顔。


 再び放たれた衝撃魔法を、アリサは僅かに首を傾けるだけでそれを回避する。


 反撃は、一拍遅れて行われた。


 杖先から放たれた切断魔法が女性の頭部を落とす。


 悲鳴を上げる暇もなく、女性の身体は力なくそのまま床へ崩れ落ちた。


 「ひっ……! や、やめ――!」


 残る数名も恐怖に駆られて必死に魔法を放つが照準は甘く、彼らの魔法はアリサに掠りもしない。


 そして数秒後には、全員が物言わぬ骸と成り果て、床へ倒れ伏していた。


 「……クリア」


 短くそう告げて、アリサは次の部屋へと向かう。


 慈悲も、躊躇も存在しない。

 ここは戦場で、更に敵地だ。捕虜にする余裕もない。


 余計な反撃や情報を敵へ渡させない為には――始末するしかないのだ。


 


 廊下の奥からは、まだ戦闘音が響いている。


 悲鳴。


 怒号。


 怨嗟の声。


 それら全てを背に、アリサは更に奥へと踏み込んでいく。

 杖を振るう度、剣で斬り裂く度、心の奥底で詫びながら。


 

———————————————————————————————————



 重要区画の内部は静かだった。

 

 ――否、静かになっていった。


 つい数分前までは派手な迎撃魔法を始め戦闘による破壊音や、抵抗する義勇兵が突撃する喊声が煩いぐらいに反響していた。

 

 しかし今は沈黙に包まれ、通路を進む度に既に塵に帰りつつある義勇兵や、機能を停止し散乱した魔導人形の破片ばかりが転がるのが目に映る。


 それらをただの障害物として踏み越えながら、私は奥へ奥へと進んでいく。


 時々不意打ちを狙った敵の伏兵が、壁に偽装されたドアを蹴破り飛び出してくる事がある。

 ――こんな風に。


 「うッうおおおおっ!!!」

 

 「……煩い」


 殺気も敵意も駄々洩れな時点で、私の直感がズキズキと痛み場所を知らせて来る。

 ……分かるからこそ、冷静に対処する。


 「がっ!?」


 突き出された敵の魔力刃を危なげなく身体を反って躱し、そのままサマーソルトキックで突出した敵兵の顎を蹴り砕く。

 着地と同時に横へステップ。続けて隠し部屋内の敵が放った魔力弾を回避しながら、手にしている魔導デバイスの杖先を室内の敵へとピタリと向けた。


 [爆裂]

 

 一切の容赦はしない。


 ――例え、その部屋の奥に非戦闘員が身を寄せ合っていても。

 

 


 部隊に更なる被害を出しながらも前進を続け、残存人数がいよいよ心許無くなってきた頃に、固い隔壁に阻まれていた妙に広い何かの制御室のような場所に踏み込んだ。

 

 ホログラムモニターに映るのは――地上のヴィクトリアの様子と、恐ろしく複雑な……魔法陣だろうか。


 部屋の奥では、複数のコンソールに向かい必死に操作を続ける技術者らしき人間達が、私達の侵入に気付いて顔を上げた。


 その顔に浮かぶのは、恐怖よりも絶望だった。



 「制圧しろ」



 分隊長の指示が出るや否や、即刻敵勢力者の排除を行う。

 非戦闘員しかいないこの場を制圧するのは一分とかからなかった。

 

 制圧を終え、兵士達は塵に帰る技術者の死体をまるで気にも留めず、コンソールのホログラムモニターに映る情報へとサッと目を通した。



 魔素濃度。

 流入量。

 対流図。



 どのグラフも上限値に張り付き、赤色で点滅している。

 やはり魔素が満ち過ぎている。その濃度は空気よりも濃いぐらいだ。


 大量に集められた魔素は、大河の奔流のように渦を巻き、制御ラインと魔法陣を通って――さらにその下層へと吸い込まれている。



 「……これは、何だ?」


 誰かが呟いた。

 無理もない、誰もがその言葉を吐き出したい衝動に駆られただろう。

 ……何故なら私も同じ心境であったから。



 これは、守る為の魔法構造ではない。

 攻める為の――致命的な一撃を放つ為の装置。

 

 後方の特技兵出身の分隊員が叫ぶ。その声は僅かに震えが混ざっていた。


 「――禁呪級超絶魔法……『原始の光』と仮定!……しかし、規模が……桁違いです」


 どよめきが走る。


 『原始の光』


 記録の上でしか知られていない、大陸を一つ焼き払う事が出来るとされる禁忌の魔法。

 発動には膨大な魔素と大がかりな準備、発動までは途方もない時間が必要となる。

 そのあまりにも非現実的な前提条件に、今まで成功した人間はいない。せいぜい途中で暴発し、術師ごと都市一つを消し飛ばした程度だという。


 だが、奴らはそれを成し遂げようとしている。

 ……それも考えうる限り、我々にとっては最悪の状態で。



 「……発動まで、どれくらいだ」


 「……計測不能。ですが既に、発動プロセスは完了段階に入っています。この部屋からの妨害は不可能です」


 「……メインモニターからなら、止められるのか?」


 「……理論上は……もう不可能です」


 僅かな沈黙が室内を満たし、その瞬間誰もが理解した。

 ……もう手遅れである事を。


 危険と死を顧みず、ようやく敵地の奥深くへと攻め込んだのに、出来る事は少ない。

 ふつふつと湧いてしまうやるせなさに、誰かが怒号を上げる。

 誰かが呆然と天井を仰ぐ。

 誰かが手あたり次第の物に八つ当たりをする。



 その中で私は、ただモニターに表示されている魔素の渦を見つめていた。

 肉眼でも観測可能なほどの高濃度魔素の奔流は、ある地点へと螺旋状に吸い寄せられている。


仮に今、この施設を瓦礫に変えたとしても、集積点はここより更に地下深く――もっと下だ。

 下手をすれば暴走。どんなに上手く事が進めど、このヴィクトリア周辺は更地より酷いあり様へと変貌するだろう。



 


 「……最悪だな」


 分隊長が小さく吐き捨て、ドンッと一度足で床を打ち鳴らし、続けて口を開く。



 「だが――遅延はできる。そうだな?」



 特技兵が苦々しく頷いた。


 「はい。メインモニタールームからなら……ほんの僅かですが。それも、何度も行わなければ」


 「やれ。それしか道はない」


 その命令に躊躇いや迷いの心は無かった。


 「全ては皇国の為に。せめて時間を稼ぐぞ。前進!」


 命じられた兵士達が散開し、少しでも嫌がらせにと手あたり次第に機器類へ魔法を叩き込んでいく。


 悲鳴を上げるかのように軋み、倒れる機材。

 他ブロックへの侵入を塞ぐように閉じられた隔壁に無理やり穴をこじ開け、人一人が通れる穴が出来ればすぐに身を捻じ込む。

 

 止まらない敗北への流れ。

 止められない死の結末。

 その中で、わずかに刻める猶予。


 この足掻きに意味があるのか。

 ……それとも、ないのか。


 ただ――終わりを、少しだけ遠ざけるだけの為に、私は立ち止まらない。



~~次回予告~~


多くの犠牲の果てに、ついに私は独りで最深部へと辿り着いた。


そこで私を待っていたのは、救済の御手副首領のバルナ―ド。


すべては選ばれ、導かれた結果。


もう、止まらない。もう……止められない。


それでも私は……進むの。


次回『導かれし場所』


それでも私は、立ち止まらない。

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