地方都市群ヴィクトリア
輸送機は夜闇に紛れるように、空を切り裂きながら予定された降下ポイントへ向けて最高速で飛行していた。
幸いと言うべきなのか、予想されていた迎撃部隊も現れぬまま、もう間もなくヴィクトリアへと到達する。
——しかし、ここで機内の各種計測値が、静かに異常を示し始めた。
魔力濃度が異様に上昇している。
局所的ではない。
ヴィクトリア全体が恐ろしいまでの魔素で満たされている。
「……濃いな」
誰かが小さく呟き、流れ出た鼻血を乱暴に拭い去る。
人為的に集められた魔素。これが何を意味しているのか……。
陣地防衛の為に展開された防御魔法結界とも異なる。
もう間もなくの降下開始の為、シートベルトを外し、魔導デバイスへと手を伸ばした――その時だった。
突如ガクンッと機体が大きく揺れ、けたたましい警報音が機内の空気を切り裂いた。
重力制御が一瞬乱れ、兵士達の身体が一瞬宙に浮かび、すぐに座席や隣人へと強く叩きつけられる。
『マーク4、推進部損傷!高度保持不能!』
『敵対空砲火!!……並び魔導兵士が上昇し接近中!』
操縦席から怒鳴るような報告が飛ぶ。
敵影はモニター越しには見えない。
だが対空砲火の閃光や、敵魔導兵士の放つ爆裂魔法の焔が夜空を照らしている様子は、嫌でも分かっていた。
警報音が鳴り止まぬまま、機体は大きく軋み続けていた。
被弾は一箇所ではない。
魔導防壁が削られ、推進系が悲鳴を上げている。
このまま飛び続ければ、確実に撃ち落とされる。
『各員、緊急降下準備!』
『輸送機離脱後は各個地上を目指し、敵本拠地の潜入へ移行せよ!』
万全の体制ではない。
降下ポイントからもずれている。
それでも上空に留まり輸送機と命運を共にするよりは余程マシなのだ。
後部ハッチの開閉機能が被弾により故障し、仕方なく内部から衝撃魔法でハッチを吹き飛ばす。
容赦のない冷たい夜風と共に、砲撃による爆音が機内へ雪崩れ込む。
『降下開始! 行け行け行け!!』
黒いパワードスーツに身を包んだ魔導機動部隊が、次々と夜空へと身を投げ出していく。
彼女達の装備は夜闇に溶け込むよう設計されている。
だが――
輸送機から飛び降り、飛行魔法へ移行した瞬間。
パッと夜空が昼間になったが如く明るく照らし出される。
——敵の照明弾が打ち上げられたのだ。
『散開しろ!』
分隊長の号令と同時に、固まって飛行していた分隊員達が一瞬で距離を取り、回避軌道を取りつつも地上へ向けて急降下していく。
上空での戦闘は、敵に発見され照明弾によりはっきりと視認されている以上、皇国軍に不利にしか働かない。言うなれば対空迎撃の格好の的だ。
空を裂き、多くの兵士が地上へと降り注いでいく。
その直後、地上から放たれる無数の対空砲火。
拡散率を高めた炸裂魔法弾、誘導式の爆裂弾。
地上に星が瞬いているかのような錯覚を覚えるほど、光が、火が、輝き連なって空へと昇っていく。
ひとつ、またひとつ。
黒い影が撃ち抜かれ、原形を失って地上へと墜ちていく。
発せられる悲鳴は、通信には乗らない。
迎撃魔法が直撃した者は、きっと自分が死した事すら気付いていないまま逝っただろう。
なまじ重傷で即死できず生き残ってしまった者は、激痛で飛行魔法の制御もままならず地に墜ちて死するまで、恐怖と絶望の時間を過ごさねばならない。
そうして次々と落ちていく仲間の姿だけが、アリサの視界の端を掠めて消えていた。
アリサは歯を食いしばり、魔力出力を限界まで引き上げる。
急旋回による回避。
弾幕の隙間を縫うような急降下。
炸裂した爆裂魔法の爆風が背後を薙ぎ、熱と衝撃がを背を叩く。
その衝撃でぐらりと飛行姿勢が崩れかけるが、アリサは降下速度を落とす事はしなかった。
やがて体感で十分以上が経過しているように感じられた、僅か数分の地獄の降下を終え、魔導機動部隊は地上で再集結を図る。
アリサも制動可能距離ギリギリでの減速・着地を終え、次の瞬間には周囲へと視線を走らせていた。
――最悪だ。
待ち受けていたのは、大通りを塞ぐように展開された魔導人形の群れ。
最新型が揃っているのか、普段目にする人型人形に比べ装備の質が良く、両肩にマウントされた魔力砲も口径が大きく見える。
無論それだけではない。
義勇兵の歩兵部隊が我が物で飛行魔法で空を飛び、上空から雨霰の如く魔法を打ちおろして来る。
無論、どれもが精鋭で固められているのだろう。
「……大歓迎されてるな」
誰かが乾いた声で苦笑交じりに言った。
アリサは魔導デバイスを構え、静かに息を整える。
上空は地獄。
地上も地獄。
もう引き返せない。
ならば後は、進むだけだ。
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戦闘しながら進む市街地はすぐに瓦礫に覆われた戦場へと変わってしまったが、異様な建造物が林立していた訳ではなかった。
舗装された道路。
等間隔に並ぶ住居群。
閉ざされた窓と、人気の消えた路地。
どこにでもある地方都市の景色が広がっていた。
だが、普段と大きく異なる点。それは――
「クソッ……倒せど倒せど湧いてきやがる……!」
誰かがそう漏らすのも無理はない。
道路を覆うくらいの魔導人形部隊をやっとの思いで退けたと思えば、気が付けば次の十字路の影から湧いてくるのだ。
皇国軍側の召喚した魔導人形も善戦している。むしろこの魔導人形が無ければ前進する事すらままならなかっただろう。
通常時なら、魔力切れによって徐々にその数を減らしていくはずだが、この都市群に満ちる異様な魔素濃度の影響で次々に生み出しても魔力が枯渇しないのだ。
アリサは瓦礫に身を隠しながら、ナノマシンバイザーに表示される数値を睨んでいた。
魔力濃度が上空より更に高い。
上空にいる時は幾分か落ち着いていられたが、地上に降りてからはその濃さから魔素酔いすら起こしてしまいそうになる。
しかも偏りがない。
どこか一地点に集中しているのではなく、街全体が均一に満たされている。
「……結界じゃない。ならば……何を?」
自分に問いかけるように、アリサは小さく呟く。
防衛結界なら、必ず核がある。
起点があり、そこから展開される関係上、起点から離れれば離れる程薄くなるはず。
だがこれは違う。
濃度にムラがない。
それに降下の際に弾かれる事もなかった。
思考の海に沈みそうになっていたアリサは、魔素酔いと終始消えない頭痛に眉間を揉み解しながらも、再び瓦礫から身を起こし、戦闘へと戻っていった。
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戦闘は至る所で起きていた。
路地の角から無尽蔵に現れる魔導人形。
行く手を阻むように設置された遅延魔法や地雷の如き罠魔法。
撃退せど、押し返せど、地上には指揮拠点が見当たらない。
それでも皇国軍は都市の中央部へと迫っていた。
『敵地下拠点へ続くと思わしき搬入路を発見!座標送る!』
突如飛び込んできた通信越しの声は、わずかに上ずっていた。
『こちら第八小隊、我々も舗装道路下に……地下へ繋がると想定される構造物を発見!』
『即刻破壊し、侵入しろ!』
アリサは即座に送信された座標を確認する。
表示された地点は、升目状に成型される都市群に幾重にも伸びるごく普通の交差点の一つであった。
『我々第二分隊も地下への侵入を図る!残存している分隊員は我に続け!』
分隊長の指示が飛び、アリサも近くの目標座標へと急ぎ移動する。
だがその間にずっと一つの疑念が頭を擡げていた。
――敵義勇兵……人間の兵士との遭遇が、異様に少ない。
轟音に次いで衝撃が周囲に走りぬける。
罅割れた舗装が弾け、粉塵が舞い上がった。
道路の舗装が崩れ落ち、爆裂魔法の直撃を受けても傷しかつかない巨大な開口部。
「くそっ……さすがに頑丈か、次!!」
何とか開口部をこじ開けようと何人かの兵士達が爆裂魔法や衝撃魔法を叩きつけるが、巨大な機器を搬入する為の出入り口なのか、中々に破る事は出来ない。
「分隊長、恐らく人用の出入り口もどこかにあるはずです。我々はそちらを捜索しては……?」
ある兵士がそう意見具申し、部隊は二手に別れた。
「破壊班は残れ!魔導人形も惜しむな、人ひとり分でも通れればいいんだ」
「捜索班、散開! 地下への別ルートを探せ!」
——運が良いのか悪いのか、アリサは捜索班へと振り分けられた。
何ら特別でないこの選択が、生と死を分ける選択になる事を、この場の誰もが知らなかった。
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戦闘音の響く街の中、第二分隊は建物を中心に捜索を続けていた。
他の分隊が道路に偽装された搬入路をいくつか見つけたと報告を飛ばす中、第二分隊はハズレばかりを引かされていた。
怪しげな建造物を見つけ、ドアを蹴り破って侵入するもただの住居であったり公共サービス機関であった。
見るからに焦りを見せる分隊長を尻目に、アリサは一つの住居へ目を止めた。
一見すれば何の変哲もない、横に同じ形の建物が多々並ぶただの集合住居。
外壁は一般的な金属を主とした建材。
軍属であったという看板も、救済の御手の紋章もない。
だが——
「……新しい」
入口だけが妙に綺麗だった。
壁面に残る剥離痕。
不自然に強化された扉枠。
一般住宅にしては過剰な魔導ロック。
——怪しい。
アリサは杖を構え、容赦なく衝撃魔法を打ち込む。
激しい衝突音と共に吹き上がる粉塵を風魔法で吹き飛ばすが、例の扉は僅かに表面を歪ませるだけで健在であった。
それを見た分隊長はすぐに散開していた分隊員を呼び戻した。
もう言葉はいらない。
目配せの合図で次々に衝撃魔法が叩き込まれる。
だが、扉は軋むだけで砕けない。
もう一度、もう一度。
ようやく扉がひしゃげ、分隊員が「良し!」と歓喜に心を躍らせるも、その奥に現れた幾重にも重なった隔壁が顔を覗かせ、突き上げかけた右腕をゆっくりと力なく下ろすのだった。
「……まだかよ」
魔力は削られ、時間は奪われる。
突破する為に何度も放つ衝撃魔法による騒音は、確実に敵に届いているだろう。
壁に偽装された監視カメラも見つけ次第破壊しているが、しっかりと覗かれていると考えていい。
撤退という選択肢は、最初から存在しない。
ここを突破できなければ、全員死ぬ。
突破できたとしても、生き残れる保証はない。
それでも——
アリサは魔導デバイスを握り直した。
「……進むしかない」
~~次回予告~~
侵入経路を発見し、いよいよ地下へ突入を開始する皇国軍。
だが侵入者を拒むように、幾重にも分厚いシャッターが行く手を阻む。
密かに放たれた死の光を越えた先に、私達を待ち受けていたのは……。
次回『突入、そして……。』
それでも、私は立ち止まらない。




