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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける
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塵も積もれば

 ——ある兵士の記録。


 今回の目標である地方都市は、

 これまでとは明らかに様子が違っていた。


 防御は異様なほど堅牢で、迎撃は執拗かつ正確。

 不規則に回避行動を取っていても、蜘蛛の巣に絡め捕られるように友軍が墜ちていく。

 まるで敵がこちらの動きを読んでいるかのようだった。


 小規模な拠点。

 補給線の末端。

 そう報告されていたはずの場所で、想定外の抵抗が待ち受けていた。



 爆炎に包まれ墜ちていく戦友を前にして思考が遅れ、空中でわずかに制動した彼は、眼下に広がる街の輪郭を見下ろした。


 ——違う。

 ここは、ただの地方都市ではない。


 

 確信が、背骨を冷たく撫でた。


 ついに……敵の本拠地と思わしき場所を引き当てたのだ。


 「ぐあっ!?」


 敵の爆裂魔法の余波で体勢を崩し、彼は地上近くまで落下した。

 幸い墜落死は免れたが、すぐに追撃で魔導人形が至るところから姿を現し、決して生かして返さないとばかりに砲口を向けた。


 

 己の死を悟った兵士は、せめてもとナノマシンバイザーでの視覚情報・座標を送信し、その身を塵に帰した。


 ——願わくば、この座標を、この情報が皇国の勝利の礎と成らん事を。



———————————————————————————————————




 送信されたデータは複数の回線を経由し、皇国軍中央司令部へと到達した。


 視覚情報。

 座標。

 魔力反応の分布。

 迎撃パターンの解析ログ。


 それらは即座にAIによって整理され、一人の兵士の最期の記録は、重要情報として議題に挙げられた。

 



 作戦会議室では、巨大な戦術投影図が展開されていた。

 地方都市ヴィクトリア――

 その地下に広がる構造体が、赤い光で強調表示される。


 「……確定か?」


 誰かが問う。


 「十中八九だな。威力偵察部隊が壊滅するだけの防御密度。

  魔導人形の配置、迎撃の精度。ただの都市群に掛ける防御の規模ではない」


 別の声が淡々と続けた。


 「地下構造は想定以上に広い。補給・指揮・生産――少なくとも三機能を兼ねた中枢と見ていい」


 

 会議室に沈黙が落ちる。

 各々が体内ナノマシンの補助を受けながら思考を加速させていく。



 「防衛線から部隊を引き剥がす」


 その一言で、空気が変わった。


 「地方防衛を一部放棄する。

  リスクはあるが……この機会を逃せば、次はない」


 「総力侵攻、という事か」


 「そうだ。ここが敵の心臓なら、一気に叩くべきだ」


 


 決断は早かった。

 そこからはすぐに計算が始まっていく。


 集められる最大限の兵力。

 精鋭部隊の再配置。

 特別侵撃魔導機動部隊の集中投入。

 防衛部隊の人員切り詰め。



 それらは人情や私情を挟む余地なく、次々と決定されていく。

 そして大方が纏まった頃、終始沈黙を守っていた総司令官が重々しく告げた。



 「地方都市群――ヴィクトリア攻略作戦。……新年を迎えると同時に本作戦を発令する」


 


 こうして一人の兵士が命と引き換えに残した情報は、緩やかに敗北の時を遅らせるしかなかった皇国軍の勝機を呼び起こす引き金となった。


 この場所を特定する為に、ここまで犠牲となった兵士は既に一万以上を越えていた。

 その大半が、華々しく戦って散ったのではなく、あまりに過酷な作戦による人災による犠牲である事は、誰もが理解しつつも、口に出す事はなかった。

 

 


———————————————————————————————————

 



 作戦発令の報は一夜にして全軍へと伝わった。


 地方都市群ヴィクトリア攻略作戦。

 皇国軍が保有する最大規模の兵力を投入し、救済の御手の本拠地たる地下拠点を叩く大規模侵攻。


 皇国の興廃が、この一戦に掛かっているのだ。

 出し惜しみは無い。 



 勝利か死か。決戦の時はもう間もなくだ。




 

 


 アリサは、簡易基地の外れに設置された発着場で、黙って空を見上げていた。

 夜明け前の空は鈍い色をしており、星も月も見えない。


 冷たい風が吹き抜け、頬を撫でていく。

 その感触は空の上で感じる物よりも優しく、僅かに顔を覗かせる眠気を持ち去っていくようだった。



 

 S-087を失ってから、アリサは特定の誰かと組む事もなく、任務で組まされる以外は単独行動を前提とした存在になっていた。

 

 何故なら、彼女と組まされた兵士は悉く彼女の動きについて行けず、また彼女もそれに足を揃えることをしない為、気が付けば戦死しているのだ。 


 白銀の死神の名は、敵だけでなく友軍からも恐れられるようになっていた。


 



 侵攻作戦の中枢から外れた位置に、彼女の進行ルートだけがひっそりと設定されている。


 敵拠点の最深部への侵入。

 迎撃網の裏を突く単独突破。

 生還は、微塵も考慮されていない。


 アリサはそれを見て、特に何も感じなかった。


 そういう役割なのだと、ただ理解しただけだった。


 


 救済の御手。

 その名を頭の中で反芻させる。


 表向きには皇帝の洗脳から人々を救う為に戦い、自由と安らぎの為に反旗を翻した組織。

 アリサとて、彼らの活動を耳にし、目にもしていた。


 彼等は彼等なりの正義を掲げ、国家の転覆を図っている。

 この世界の人口の半分以上は二級国民である事もあり、その勢力は馬鹿にならない。


 しかし、S-087のように二級国民の全員が全員救済の御手に心酔している訳ではない。

 救済の御手の旗を掲げながら一級国民を狩る人間もおり、その暴力性に嫌悪感を示し皇国軍へと志願する者、両者共に距離を取る者もいる。



 一方で、戦乱の影で家族を失った人々の受け皿になっているのも、彼らだった。

 皇帝や皇国軍の勢力下では未だに一級二級で受ける補填や保護待遇も違う。


 全てが理想通りとはいかないのが現実なのだ。

 


 


 アリサは、思考を切り離す。


 今更考えても意味はない。



 今、自分に出来る事は一つだけだ。


 前へ進む。

 出来る限り深く。

 出来る限り遠く。


 それだけ。


 


 輸送機の準備が整った事を告げるランプが点灯する。

 搭乗を促す無機質な音声が、何度か繰り返された。


 アリサは最後に一度だけ、発着場を振り返る。


 そこに、見送る者はいない。

 声を掛ける者も、手を振る者もいない。


 それでいいと、思った。


 誰かの期待も、誰かの願いも、もう背負うつもりはなかった。


 



 輸送機の内部は、驚くほど静かだった。

 ぎっちりと限界まで詰められた人員。

 いつかのように、少しでも足を広げれば横の兵士と触れ合うほどの密着感。


 今更それに文句を言う者も、これから彼らが赴こうとしている作戦について声をあげる者もいない。

 その代わりに、普段よりもどこか剣呑な雰囲気に包まれていた。



 

 僅かに機体が揺れ、高速でぐんと地上を離れる。

 アリサはその揺れを受けながら静かに目を閉じる。


 暗闇が、ゆっくりと降りてくる。


 不意にS-087の笑顔が、脳裏を過ぎった。


 ――アリサちゃんなら大丈夫だよ!

 

 だが、そんな幻覚も幻聴もすぐに立ち消え、灰色の景色がアリサの脳裏を支配する。

 僅かに残った温かな春風の名残すら、今まで彼女が背負った業と自ら抱いた覚悟に塗り潰され、かき消されてしまう。


 


 もし、この侵攻が失敗に終わるなら。

 もし、救済の御手の首領を仕留められないのなら。


 ……その時は、その時だ。


 自分が出来る事は、

 最後まで立ち止まらずに進む事だけ。





 アリサは静かに呼吸を整え、目を閉じたまま……ただ次に訪れる戦場を思い描く。

 

 次の戦場が、今度こそ自分の終焉の場であっても構わない。

 

 もしそうであっても、最後まで進み続ける。

 この命の灯が何者かに吹き消されてしまうなら、それが私の運命なのだ。


 

 辿り着いた先で、終点を迎えた時に生き続けた自分自身が後悔をしないように。


 

 ――嘘だ。

 本当は……怖い。


 死ぬのが怖い。

 無に帰るのが怖い。

 私が私でなくなってしまうなんて、恐ろしくて……。


 その先の言葉は、形にならなかった。



いよいよ、最終決戦へ向けて突き進んでいきます。

どうぞ、最後までアリサの行く末をお見守りください。


それでは次回予告です。


~~次回予告~~


地方都市ヴィクトリアへの大規模侵攻が始まった。


想定よりも防御は硬く、迎撃は正確。


――敵は、最初から我々を待っていた。


それでも前へ進む……勝利の為に。


次回『侵攻開始』


それでも、私は立ち止まらない

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