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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける
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掲げるは己の理想なれ 後編

 敵司令部へと突入したアリサの視界の先には、指揮車両の傍に佇む男がいた。

 煌びやかな宝玉をはめ込んだ杖型デバイスを手に、敵を前にしても一切物怖じせず堂々と立つ姿には、戦士のみが持つ覇気が見え隠れしていた。




 V-077。

 オルディス家の怨敵。

 皇国を裏切り、父を殺した男。


 いざ彼と相対すると、アリサは胸の奥が氷の棘で貫かれたが如く酷く冷たくなる。 

 握る魔導デバイスがギシリと軽く音を立て、半歩だけ前へ進み出た。

 

 

 ヴィーはS-087に向けていた視線を、その隣に立つアリサへとずらし、僅かに目を細める。


 「む……貴様、アリサか?噂では懲罰部隊で塵に帰ったと……」


 「……それは、アリサ・オルディスの事を話しているのか?なら、人違いだ。……ここにいるのは、H-163。ただの量産品の一体だ」


 

 

 ヴィーがアリサに直接会うのは、これが初めてだった。

 それでも彼は皇国軍時代にアウグストから良くアリサの事を聞かされ、その戦い方すらも映像で見せられていた。


 滅多に笑みを見せない師が、口元を緩ませながら呟いていたのをまだ覚えている。

 

 ——我が娘は天性の戦闘センスを持ち得ている。 


 

 「……そうか、もし貴様がアリサであれば兄君の蛮行を止めて貰いたい所であったが、そう言う事ならば仕方あるまい」


 


 背後で爆発が起き、パラパラと破片が降り注ぐ。


 強引に突破してきた故に当たり前ではあるが、増援の義勇兵と魔導人形の群れが、四方から押し寄せてきているのだ。



 S-087は素早く周囲を伺い状況を把握すると、アリサへ視線を戻す。



 「――敵の指揮官は任せるね。私達は周りを抑える!」


 それきり振り返らず、彼女は生き残った分隊員を引き連れて迫り来る増援部隊の迎撃に入った。

 でたらめな出力の暴風が吹き荒れ、重装の魔導人形ですら押し戻す。



 そして、アリサとヴィー。ただ二人だけが戦場の中心に残された。


 二人が相対する距離はほんの数十メートル。

 S-087の起こした風で、どこからか誰かのパワードスーツの切れ端の布が、二人の間を通り抜ける。




 ――それを合図に、アリサは地を蹴った。




 アリサの切断魔法がヴィーを囲むように襲い掛かるも、彼は無言で宝玉へ魔力を注ぎ込み防御魔法で風刃を散らす。


 そのまま宝玉から高速の魔力弾を放ち、接近するアリサを牽制するように弾幕を張る。


 しかしアリサは防御魔法を張らない。余計な足踏みはしない。

 自身の腹部を抉るルートで飛来する魔力弾を紙一重で滑り込んで躱し、地を蹴って更に加速する。



 「——ッ!!」


 

 ヴィーの放った弾幕、これは彼女が容易に避けて距離を詰めて来るだろうと読んだ一手。

 着弾を待たずして魔力弾が炸裂し、既に避けて通り過ぎた背後や、アリサの行く手を阻むように足元から頭上高くまで、彼女を包囲するように高温の焔がその舌を伸ばして襲い掛かろうとしていた。



 ――遅延起爆式!



 看破するも、逃れる先は僅かな隙間しかない。

 アリサは身体に激しい負担がかかるのもお構いなしに強引な跳躍を行う。


 炸裂する魔力弾からギリギリ逃れるも、熱よりも先行して襲い掛かる衝撃波で体勢がわずかに崩れる。

 その不安定の0.2秒。ヴィーの狙いはそこだ。



 彼の握る杖から追加で放たれるのは、縦一線の斬撃魔法。

 防御魔法で受けたとしても、瞬間的に張る防御膜では簡単に切断され押し切られてしまう。

 

 アリサの逃げる先も全て読まれた上、誘い込まれていたのだ。 


 空中、しかも体勢が崩れている今、回避する術はなくその身を真っ二つに裂かれるか、僅かに防御魔法で抵抗して切断されるか、その二択を数秒にも満たない時間で彼女へと迫った。



 斬撃魔法の軌道は完全にアリサを捉えており、左右からは炸裂する爆風に囲まれ、横への回避は許されない。



 ――詰みだ。



 ヴィーは最後の斬撃魔法を放ち、目を細めながら残心を取る。

 もうこれを完璧に防ぐ術はない。……だが油断は出来ない。

 何故ならあの師が、あそこまで言う戦の申し子なのだから。






 一方、アリサは死神の鎌を首へ当てられ、既にその刃が皮膚を裂き血が滲むが如き死に限りなく近い極限状態にあった。

 ここからの選択肢は、一つでも誤ったら死は免れない。

 

 いくら思考が加速し肉体がそれに呼応して動こうとも、炸裂魔法の檻に囲まれ、その檻ごと真っ二つに切断せんと既に迫っている。

 

 


 それでも、アリサは冷静だった。

 何かを四の五の考えるよりも先に、身体が動いていたのだ。


 取る選択肢はひとつ――()()する。


 杖型デバイスに魔力を圧縮し、不可視であるはずの風刃を可視化する程鋭く強靭に練り上げ、斬撃魔法の縦に迫る魔刃と十字に交差するよう、下から救い上げるように横向きに放つ。

 

 目前まで迫っていた斬撃魔法と風刃が衝突し、濃密な魔力同士が火花の様に弾ける。

 互いに目前の障害を断ち切り、我が道を行かんと一瞬の鍔迫り合いを起こすも、万全の体勢から放たれたヴィーの斬撃魔法に軍配が上がった。


 

 風刃は中央から断たれ、宙に魔素として霧散していくも、その役目は確と果たしていた。

 迫るj斬撃の威力が僅かに削れ、軌道がやや上方向へと逸れたのだ。


 「ぐぁッ……!」


 空を裂いて通り抜けた斬撃魔法は、アリサの右肩を骨ごと深々と切断し、炸裂魔法の爆炎すら切り裂いて飛び去っていく。


 強引な跳躍に加え、四方からの炸裂魔法による爆風で体勢を崩し、受け身も最低限に右腕から地へと転がり落ちる。


 

 「ほう、あれを切り抜けるか……!!」

 

 

 感心の入り交じる声を漏らしつつも、容赦なく追撃の炸裂魔法の弾幕を放ち、再びアリサを仕留めようとするが、アリサもアリサで常人離れした動きですぐにその場から跳ね起き、力の入らぬ右腕をぶらりとさせながら一旦距離を取る。



 ナノマシンが急ピッチで治療を進め、肩からの出血は止まった。また切り口がとても綺麗な事もあり、すんなりとくっ付きはした。……ただ、右肩から指先にかけて違和感が残る。


 

 

 再び司令部のすぐ近くから激しい爆発音が響き渡り、二人の近くにまで魔導人形の破片がパラパラと落下する。

 一騎打ちに興する時間はもうないぞと急かすように、喊声が大きくなっていく。



 次で決めようと、二人は同時に魔導デバイスを突き付けあった。

 

 戦場で九死に一生を得る幸運は、二度は続かないぞとヴィーの目が語る。



 これで――勝敗が収束する。



 両名同時に宝玉へ魔力を注ぎ込み、杖先が閃光を帯びた――その瞬間。



 アリサへと横殴りの轟音と衝撃波が叩きつけられた。



 「下がってろォ!!!!!」




 怒号を発しながらアリサを衝撃魔法で弾き飛ばしたのは、狂気に満ちた復讐の鬼となったレオンハルト。


 彼が纏うは血まみれのパワードスーツ。

 純白を誇った法衣の片腕は引きちぎれ、肩口に負ったばかりの傷口からは血が滴っていた。

 しかし眼だけは血走りながらも異様な輝きを宿し、狂気に似た執念だけで立っていた。



 レオンハルトが追加で放った衝撃魔法が再びアリサへ襲い掛かり、彼女は今度は防御魔法で受け止めるも、強制的に距離を取らされた。

 

 

 邪魔者は追いやったと、挨拶代わりの爆裂魔法をヴィーへと撃ち込むも、防御魔法で弾き飛ばされ遥か後方で焔の華を咲かせる。



 「やっとだ……やっと見つけたぞォ……ッ!!ヴィーーーーッ!!!」


 腹の底から轟くような叫び。

 烈火の如く沸き立つ怒りの中に、狂喜の色が混ざる狂人。



 しかしヴィーはレオンハルトとは打って変わり冷ややかな目で吠える師の息子を見据え、淡々と杖を構えた。


 「やはり来たか。どこまでも愚かだな、レオンハルト。そして底抜けの馬鹿だ。まさか本当に正面を強引に抜けて来るとは」


 返す声は静かで、怒りも興奮もない。



 「よくも……父上を……オルディスの誇りを……その宝杖も!俺の全てを奪ってくれたな……!」


 「……私は私の掲げる正義を。最善の手段を選んだ。それだけだ」


 もう語る事はないとばかりにレオンハルトが不意打ちの魔力弾を放ち死闘が始まる。



 レオンハルトが猛然と踏み込みながら杖を構え、ヴィーへ枝分かれする紫電魔法を放つ。

 ヴィーはそれを円状に展開させた防御魔法で受け止めずに受け流し、カウンターの土魔法でレオンハルトの進行方向へ岩の壁を生み出し行く手を阻む。


 

 しかしそんなもので止まる男ではない。

 レオンハルトは魔導デバイスを槍へと変形させ、薄い岩壁は突き崩し、厚い岩壁は鋭い穂先で切り裂きながら、ただ真っ直ぐヴィーへと突進する。


 レオンハルトは叫びと共に槍を構え、身体強化魔法を全開にして踏み込み、大地を砕きながら一直線にヴィーへ肉薄していく。


 幾度となく魔法を撃ち込まれ、衝撃波を浴び、焼け焦げ、骨が軋むほどの重傷を負っている。それでも歩みは一切止まらない。いや──止まれなくなっていた。


 その姿は、復讐そのものだけを心の炉に焼べ、怨敵の心臓を穿たんと突き進む一振りの槍。



 ヴィーは冷静に土魔法で遮蔽物を生成し、それを飛び越えるレオンハルトへ灼熱の炎、鋭い氷の杭、真空の刃を重ねて迎撃する。

 だがレオンハルトは止まらない。


 力と技術。

 狂気と理性。



 いくら身体に深い傷を負えど、ギラついた狂気に満ちた目の輝きは曇る事なく、いよいよその穂先にヴィーを捉えた。

 

 激しい衝突音が戦場を震わせ、二人の立つ地面が蜘蛛の巣状に割れ、衝撃波がアリサの髪を揺らす。


 


 下手に割って入れば死ぬ。

 この死闘を援護しようものならレオンハルトは友軍である自分さえ攻撃するだろう。



 今は静観するが良しと、じわりと痛む肩を押さえ呼吸を整えた。






 レオンハルトの繰る槍の穂先がヴィーの頬を掠め、紅い線を走らせた。


 ヴィーは表情こそ険しい顔をしたままだが、冷静さは全く失っていない。



 「……やはり貴様は愚かだ。計算と理を削り取って真っ直ぐ突っ込んでくる。馬鹿の一手だが……厄介な奴だ」


 「黙れッ!!俺が!父上が!何を思っていたかも知らずにッ!!」


 狂気に満ちた怒号。振るわれる槍と剣がぶつかり合う度に空気が裂け、血が飛び散る。


 だがヴィーは一切怯まない。


 「父が何を思っていたか、か。──笑わせるな。お前は知らぬ方が幸せだったのだ」


 「何ッ!?」


 「師はな。お前を誇りに思ってなどいない。皇国の未来にとって、オルディス家の跡継ぎとして不安だと嘆いていた。末女は天才で息子は凡庸──それがあの男の本音だ」


 ヴィーから齎される知られざる父の本音に、それが真実だとすぐに飲み込むには俄かに信じがたいが、レオンハルトの動きがほんの一瞬だけ止まった。


 ヴィーはその隙を見逃さない。

 レオンハルトの握る槍の穂先を剣の切っ先で弾き、がら空きの腹部へ――。


 「ごッ……あ……ッ!?」


 鈍い音を響かせ、レオンハルトの腹部をヴィーの剣が深々と貫いた。


 鮮血が溢れ出し、刃を伝い滴り落ちた血がデバイスを握るヴィーの手を赤く染まっていく。


 「所詮──お前は妹より先に迎えられただけの凡人だ」


 腹部を刺されたまま項垂れていたレオンハルトが、ゆらりと顔を上げる。

 ――狂気の笑みを浮かべながら。


 「……へへ……あァ……そうかよ……捕まえた、ぜ?」

 

 「ッ……!こいつ……!」


 剣を引き抜き離れようとするも、血まみれの手がヴィーの胸倉を掴む。

 

 決して逃さないと固く強く握り込まれた左手と、槍を握る右手に力がこもる。

 狙うは──ヴィーの首。


 「死ねぇええええええええ!!!!!」


 咆哮と共に槍が振り下ろされ──


 


 ガギィィィィンッ!!!


 


 魔力刃同士が火花を散らし、レオンハルトの渾身の一撃は怨敵に届く前に止められた。


 防御したのは、アリサ。


 あまりにも強烈な衝撃に、踏ん張る両足が地面へ沈むほどの一撃を受け止めながらも、アリサは目を逸らさない。


 「……殺させない。任務は捕縛。情報を得る──それが最優先」


 レオンハルトからの射殺すような鋭い視線がアリサに突き刺さる。


 「邪魔をするなアリサァァァ!!!こいつは!!俺のッ!!オルディス家の(かたき)なんだぞ!?」


 血の混ざった唾を飛ばしながらレオンハルトが吠え、止められた槍を押し込もうと更に力を籠めていく。

 彼は片手だというのに、両手で構えているアリサの方が徐々に押されていた。 


 ——何て滅茶苦茶な。


 アリサは歯を食いしばり、まだ本調子ではない右腕を庇うよう左手に身体強化魔法を集中させ、何とか均衡を保つ。


 「私は復讐の為にここまで来た訳じゃない……私は勝つ為に。死なない為にここにいる……!今ここで対象を殺せば、皇国軍の勝利はまた遠ざかる事になる……!違うのか!兄様ッ!!」


 初めて聞くアリサの叫びに、レオンハルトの狂気に満ちた目が揺れ、鍔迫り合う槍が震える。



 「……今は、耐えてください。明確な命令違反を口にした記録ログは削除しておきます。……少佐も重症を負って錯乱されただけ……そうですよね?」



 「……チッ」


 

 レオンハルトは舌打ちを残し、右手に握ったままの槍状魔導デバイスを力なく手放した。


 ガシャンと音を立て、すっかり掘り返されてしまった土の上にデバイスが転がり、同時に糸が切れたようにレオンハルトの身体から力が抜け落ち、ヴィーへともたれかかった。



 「……このまま拘束します。無駄な抵抗は控えるように」


 「……やれやれ」


 首に刃を向けられたヴィーは、手にしていた魔導デバイスを手放し両手を頭の高さまで上げた。

 すぐに拘束魔法を念入りにかけ、その場に座らせる。




  アリサは深く息を吐き、魔導デバイスを剣状から杖へと変形させ、信号弾を空へ撃ち上げた。

 赤い光が曇天の雪原に弧を描き、空中で眩く炸裂する。


 同時に、ナノマシン通信回線を開いた。



 「──敵司令官、V‐077を捕縛。司令部制圧完了。全戦線に通達願う」



 報告を終えると同時に、風に揺れる第七機動鎮圧部隊の旗を丁寧に引き下ろして畳むと、代わりに特別侵撃魔導機動部隊の軍旗を高々と掲げた。


 荒涼とした戦場の風が、その旗を大きく揺らす。



 信号弾を見て士気を爆発させた皇国軍に、疲弊し切った義勇兵達が次々と武器を捨て、地に膝をつく。

 

 機能を失い沈黙する魔導人形の残骸の隙間には、倒れたまま塵に帰りつつある夥しい戦死者達が静かに横たわっていた。



 戦いは終わったのだ。



 S‐087が血と煤に汚れた桃色の法衣を揺らしながら近寄ってきて、息を弾ませつつ小さく笑った。


「……やったね、H-163……ホントに……凄い、良くやったよ……!」


「……上出来」


 短く返すアリサの声は、いつものように感情を見せぬ淡々としたもの。でもその口角は僅かに緩んでいた。


 それに気付いていたS‐087は、彼女の代わりに笑みを零した。……自分の事のように嬉しそうに。




 捕縛されたヴィーは駆け付けた兵士達によって更に強固に緊縛魔法で拘束され、連行されようとしていた。


 一方レオンハルトは腹を貫かれながらも致命傷には至っておらず、気を失っているものの命の灯火は辛うじて留まっている。

 後はナノマシンに任せておけば時間が解決してくれるだろう……肉体だけは。




 後はヴィーが自害しないように慎重に司令部へと護送し、情報を得る。

 これからの戦局の為にも、皇国軍がこの戦争の勝者となる為にも。



 遅れて襲い掛かってきた痛みに、アリサは意識をぼんやりとさせながらそう考えていた――その時だった。



 「し、少佐殿……その身体ではまだ……ッ!」


 「黙れ……ッ!!良いから回復魔法をかけろッ!!」


 まだ完治には程遠く、しばらく治療が必要なはずのレオンハルトと兵士が言い争う声が彼女の耳に入る。 

 


 ——意識を取り戻すのが随分と早い。あの傷だと数日は意識が戻らないと思ったのに。

 

 

 まもなく敵の兵員輸送車を鹵獲した友軍が到着し、機体後方の兵員室のハッチを開く。

 これを護衛し南部要塞まで辿り着ければ今回の任務は完了となる。


 

 それでも、アリサの脳裏に何かがチリつくような、嫌な予感がこびりついたまま消えずにいた。


 周囲の敵意感知も反応なく、拘束したヴィーも自害防止用にしっかりと猿轡と反魔素拘束具で魔法の行使を封じている。

 

 ――ならば後は……?


 「よし、対象を乗せろ。車内で複数人で共鳴魔法を行い、先行して情報を得るぞ」


 ヴィーの移送に伴い輸送機に同乗するのは、魔導機動部隊の部隊長である大佐と、その副官。

 残存した分隊でその周囲を飛行魔法で警護し、移動する手筈となっている。


 

 周囲の脅威を排除し、警戒を僅かに緩めた兵士らの後方から、輸送機へ乗り込もうとするヴィーへとゆっくりと近付く人影。


 それは突然走り出し、猛スピードでヴィーへの背後へと迫る。


 

 

 ドッ──。


 鈍い音が響いた。


 「……うごッ!!」


 猿轡をされた口から洩れる血とくぐもった呻き声。

 拘束具に縛られたままの彼の胸元から、赤黒い刃が突き出ている。


 ――奇しくもその姿はヴィーがアウグストを貫いた時と同じものであった。



 崩れ落ちるヴィーを見下ろす彼は、もう理性と呼べるものを何ひとつ残していない顔をしていた。


「あ゛あああ……やっと……やっと、やり返せた……っ……父上の無念を……ッ……これで……ッ……!」


 叫びとも笑いともつかない歪んだ声。


 味方の兵も、S‐087も、アリサも、一瞬反応が遅れた。

 それほどまでに突然で、唐突で、そして不可逆な一撃だった。


 「少佐……な、何を!?」


 

 刃が抜かれた傷口から溢れ出る血の川は拘束具を濡らし、ヴィーの身体からぐったりと力が抜けていく。


 アリサの視界が揺れた。

 ここでヴィーを死なせれば──戦略的敗北だ。

 だがどうみても致命傷……もう命が零れ落ちていくのは止められない。


 次の瞬間、アリサは本能で行動していた。


 倒れ伏すヴィーの頭髪を掴み、共鳴魔法を強制起動。

 彼が死する前の走馬灯の記憶が雪崩のように脳へと流れ込む。



 アウグストの背へと剣を突き立てる記憶。

 多くの同胞・盟友から讃えられ、拳を空高くつき上げる記憶。

 数多くの戦場を駆ける記憶。


 ——違う。もっと後か?


 兵員輸送車に揺られ、どこかへ向かう記憶。

 車内から覗く狭く小さい窓越しに見える景色は変わり映えのない都市部の景色……。

 強いて言うならば、遥か遠くに電波塔らしき高い建造物が見えた気がする。

 

 

 突如輸送車が停車したと思えば、ガクンと周囲の景色が上へ上へとせり上がっていく。


 ——これは……地下?

 


 そこで、記憶が断ち切れた。

 

 共鳴魔法が強制解除され、弾かれるように意識が元の自分の肉体へと戻ってきた。




 アリサは数歩ふらつくも、何とか立ったまま意識を保ち、掴んだままであった脱力したヴィーの頭髪を乱雑に離し、冷たい地面へと頭を打ち据える。


 彼の瞳は虚空を映し、もう何も焦点を結んでいなかった。



「……これで……勝った……俺は……お前にも……っ……ふは、ふはははっ」



 血泡を噛みながら、レオンハルトが高笑いを上げる。

 勝利の美酒に酔ったかのように。全ての憑き物が落ちたかのように。




 だがアリサは、ゆっくりと首を横に振った。


「違う。……これは勝利でも何でもない」


 凍てつく風が、重たい沈黙をなぶるように吹き抜ける。


 誰も声を上げない。


 ただひとり──レオンハルトの乾いた嗤い声だけが、沈黙に満ちたこの場を震わせていた。


 

 おろおろと視線を彷徨わせていたS-087は、ゆっくりとアリサの傍へと歩み寄り、震える声で呟いた。


「……情報は……取れたんだよね……?」


 アリサは目を閉じ、小さく頷く。


 明確な場所も敵の規模も分からない。

 だが、僅かばかりの手掛かりは得た。

 

 小さな一歩ではあるが、皇国軍は確実に勝利への道を踏み出したのだ。



 重苦しい空気の中、レオンハルトは兵士等に拘束されるまで、暗闇に染まる空へと慟哭とも取れる叫びを上げ続けた。


 その手に握られるオルディスの宝杖は血に塗れ、宝玉を鈍く輝かせるのだった。


皇国軍はこの戦いで勝利を手にした。

だが、その代償は決して軽いものではなかった。


特別侵撃魔導機動部隊の魔導歩兵は、全体の一割を失った。

そして──レオンハルトの率いる中隊は、七割が戦死した。


彼を敵司令部へ送り届けるために。

復讐に囚われた指揮官の背を押し続けるために。

彼に忠誠を誓った保守派の部下たちは、道を開く盾となり散っていった。


犠牲が積み重なり、勝利はようやく掴まれた。


だが、その重さを背負う者は……。


それでは次回予告でお別れしましょう。



~~次回予告~~


皇国の勝利への鍵。


レオンハルト兄様によって失われかけたその欠片を、私は確かに手に残していた。


だとしても、あまりにも細く乏しい手がかりを手繰る日々に、徐々に魔導機動部隊の隊員達は未帰還の数が増えていく。


そして……それは私の近くでも、例外はなかった。


次回、春風は彼方へ


それでも、私は立ち止まらない。



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