崩壊の都
自動運転の兵員輸送車が停車し、それぞれ地面へと降り立つとすぐに兵士達は車内から展開し、分隊に分かれて進軍を開始する。
激しい破壊の奔流に飲まれ、高い対魔法防御性を誇った一級国民街が、辛うじて半壊程度で建物の形を残しているのに対し、二級国民街はこれまでアリサ達が戦場で散々見てきた、破壊され尽くした瓦礫に塗れた荒れ地へと姿を変えていた。
足を踏み入れた帝都は不気味なまでの静けさに包まれていた。
尋常ではない高熱に溶かされた建材が垂れ下がり、むせ返るような何かが焼けた臭いで溢れている。
「……?分隊長、帝都内の魔素濃度が……低下しています」
震えるような声でY-335が告げる。
確かにナノマシンバイザーに警告が出ている。——しかしその原因を探るのは学者連中の仕事だ。
「……今後も更なる低下が見込まれるかもしれない。……撃ち合いは痩せる、なら詰めて斬るまで。近接戦闘を中心に戦略を立てる」
アリサは分隊員らが息を吞む気配を背に感じながら、歩を進めた。
――近距離戦闘。
中遠距離から魔法を撃ち合うのが今の戦闘の定石である中、無数の魔法が飛び交う中でわざわざ近距離まで接近するのは自殺行為である。
開戦初期はC-390を始め突撃を好む軍人が多く、士気が高くてもすぐに恐怖に負けて後退する、練度の低い義勇兵には有効的ではあったが、もう既に敵も離反した軍人により鍛えられている。
視界の悪い場所での遭遇戦でなければそう行われない戦法だ。
それでも今回アリサが近接戦闘を指示したのは、消費する魔力量が少ない事。そして薄い魔素濃度でも展開可能な点を加味しての事。
進めば進む程魔素濃度が低下していく事を考慮すれば、最悪防御魔法を使わずとも、纏うパワードスーツで振り払えてしまう豆鉄砲しか放てないかもしれない。
ならば一点集中させれば確実に仕留められる近接戦闘を使う方が合理的だと判断したのだ。
皇帝の居城を覆う白亜の巨壁へ近付くにつれ、完全に崩壊した建物の瓦礫が増えていく。
それでも巨壁に衝撃波を遮られる形で東側の街は比較的原形を留めていた。
ガラガラと時間差で崩れ落ちる建造物の音や、狂ったようにノイズ塗れの放送や警報音を鳴らし続ける装置の雑音の中に、時々鈍い衝突音が混ざる。
アリサはハンドサインで臨戦態勢を取るよう分隊員へ指示し、より慎重に歩を進めていく。
もうすぐ着弾点。予想通り周辺の魔素が極端に薄くなっている。
こうなってしまえば人間の兵士の放つ魔法は出力を保てず、基本的な魔力弾ですら肉体を貫けずに重い打撲を残す程度にしかならない。
――人間ならば。
「ッ……!止まれ……!」
咄嗟に手を上げ、アリサは制止の合図を出した。
その直後、瓦礫を踏みしめる音が途切れる。
――風も鳴かぬ、吐息すら音になるほどの一瞬の静寂。
それは間もなく響いた大口径の魔力砲の砲撃音と、誰かの悲鳴によって破られた。
同じように進軍していたネームレスの別分隊が、後方警戒中の魔導人形の索敵に引っかかってしまったのだろう。
すぐに増援の魔導人形――新型の多脚型が瓦礫の山を物ともせずに移動し、頭部のセンサーに灯る赤い光点を無機質に輝かせ、腹部の大口径魔力砲が旋回して兵士達へ照準を固める。
必死に応戦する兵士達であったが、アリサの懸念通り出力の落ちた魔法では、元々高い対魔力防御を誇る魔導人形の装甲を揺らす事すらできず、足止めにすらならず、塵と消えた。
本隊へ報告しようとして、思わずアリサは眉を顰めた。
――ナノマシン通信すら通じない。
「……あいつら、魔法が使えないと本当に厄介なのね……」
「使えた所で、あんなのに勝ち目はねぇよ。犬死するだけだ」
Y-335が苦々しく呟き、Q-039が唾を吐きながら悪態をつく。
それも無理もない。ただでさえ歩兵では対処の難しい魔導人形が相手であるのに、まだデータもない新型の多脚型が相手なのだ。
ここに飛び込むのは、最早暗にではなく、面と向かって死ねと言われているような物なのだ。
雑兵を蹴散らした敵魔導人形は大半が前線へと戻っていき、数体の魔導人形が引き続き残党がいないか赤い光点を目の様に左右へ向けながら索敵を開始していた。
もう間近に迫った巨壁からは、皇帝の居城を守らんと奮戦する近衛兵と警備魔導人形が侵略者との死闘を続けており、断続的な爆発音と魔力砲の砲撃音が響いていた。
「各員、攻撃準備。……前へ」
アリサの声が静かに響き、分隊員の顔が強張る。
男達は『正気かコイツ』という態度を隠そうとせず、Y-335は無言で手にしている魔導デバイスを握り締める。
だがアリサは有無を言わせなかった。
「……これは命令。目標は前方多脚型。……付いて来ないなら置いていく」
短く言い放ち、遮蔽物代わりの瓦礫から駆け出す。
バイザーに表示された魔素濃度は最低値を示し、魔導術式の展開速度が遅延している。
それでも——彼女は迷わなかった。
「——出力二割減……か、でも構わない」
アリサが剣状へと変形させた魔導デバイスを握り締め、ナノマシン補助を機動力へ全振りし、猛烈なスピードで孤立した多脚型魔導人形へと迫る。
僅かな魔力を刃部へ薄く纏わせ、目の前の足へと振り上げた――その時だった。
ギュルッと頭部が180度回転し、赤い光点がアリサを捉えて瞬きするように点滅する。
その瞬間に機体下部につけられた一門の大口径魔力砲が回転し、照準をアリサへとピタリと合わせ、砲口へ収束した魔力の輝きが宿る。
ドォッ!!
射出速度を優先したのか、単発の魔力弾が間髪入れずに打ち出される。
――だが、もうその砲口の先にアリサはいなかった。
ナノマシンが補助しているとはいえ、人体の構造を無視するような無理やりな跳躍に、アリサは視界が一瞬だけ白く弾け、脚の筋が裂ける音が脳に刺さる。
それでも痛みを噛み殺し、宙を舞い運動エネルギーを乗せた一閃で魔導人形の頭部センサーを両断し――勢いのまま瓦礫の山へと激突した。
「ッ、分隊長!?」
「クソッ!!お子ちゃま分隊長がよォッ!!」
L-201が悪態をつきながら飛び出し、残りの分隊員もそれに続く。
頭部センサーを破壊されるも、多脚型の魔導人形は胴体のセンサーで反応し、砲塔を回転させた。
砲口に魔力の収束が走り、砲身が紅色に染まる。
Y-335は危機を察知し防御魔法を張ろうとするが、魔素不足により練れるのは薄い防護壁だけ。
到底攻撃を防ぐことは叶わない。
――耳を打つのは鈍い金属音。
五脚ある脚部の一本が切り落とされ、僅かに巨体がバランスを崩し、砲口から放たれた魔力弾が誰もいない空を切り裂いて遥か向こうへと消えていく。
「……次っ!」
額から流れる血を乱暴に拭いながら、アリサは再び瓦礫の山を蹴って魔導人形の足を一本切断していく。
彼女に続けと分隊員が次々に魔導人形へと襲い掛かり、まもなくその機能を完全に停止させた。
「は……ははっ……マジかよ」
「退避!!」
間髪入れずにアリサが叫び、N-760が即座に跳び退くと、背後から飛来した魔力弾が先程まで彼が立っていた瓦礫を粉々に砕く。
弾け飛ぶ火花と吹き上がる土煙が視界を白く塗り潰す中、Y-335の風魔法が走り抜け、視界を遮る土煙を吹き飛ばした。
「……足関節部を狙え、装甲の継ぎ目……そこなら斬れる。L-201は私に続け、残り三人は敵増援に備えろ」
「関節部を狙えって……アレをピンポイントで狙えと?」
アリサは冷徹に言い放ち、ぼやくL-201の呟きを無視して再び前へと出る。
その瞳には恐怖も焦りもなかった。
その姿は、ただ任務を忠実に遂行する人型の兵器であり、魔導人形のそれと変わらない。
――やがて、一体また一体と魔導人形が沈黙していく。
多脚型はまだ試験段階なのか数が少なく、増援で駆け付けた魔導人形は従来の型であり、随伴歩兵もいないのであれば、対処法も戦闘データも豊富にあるアリサ達の敵ではなかった。
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最後の一体が内部から断続的に火花を散らし、その場に沈黙する。
「……全機、反応消失。掃討完了です……!」
Y-335のほっとしたような声で告げられた報告に、アリサは静かに頷き、静かに周囲を警戒する。
何とかなったと気を緩ませた瞬間こそ一番危険なのだ。
「分隊長殿は相っ変わらず心配性だな……いてて」
「へっ、てめぇはもう少し周りに目を向けるんだな?Q-039」
「うるせぇ……分隊長の指示通り一回も関節切れてねぇ癖に」
「あ”ぁ??」
傷付いた身体を労わるように瓦礫にもたれ掛かりながら軽口を叩き合う分隊員を尻目に、アリサはY-335と今後の進行ルートを地図を頼りに計算していた。
空は灰色の曇に覆われ、少し冷たい風が吹き始める。
バイザーの隅に表示されている魔素濃度は相変わらず低いままだが、戦闘前に比べると回復傾向を示していた。
――ガラリと瓦礫が不自然に崩れる音。
アリサが反応するより早く、そこから何かが閃き、瓦礫が爆ぜた。
巻き上がる土煙に合わせて発動された煙幕魔法がアリサ達の視界を塞ぎ、その隙に黒い外套を纏う人影が飛行魔法で宙へ跳び上がる。
「ぐぁッ!?」
爆発した瓦礫の破片が一番近くにいたN-760を襲い、頭を押さえて倒れ込む。
「クソッ!逃がすかッ!!!」
煙幕を避けるように飛び出したL-201とQ-039が魔力弾を放つも、スイッと瓦礫の影に飛び込み避けられてしまう。
これ以上距離を取られてしまう前にとアリサは自身の直感を信じ、迷わず全速力で前へ出た。
煙幕を突き抜け、剣状のデバイスに魔力を纏わせ刃を展開する。
飛行魔法と身体能力を頼りに、敵を追い抜き行く手に立ち塞がると、手にした剣を振り下ろした。
一撃目は防がれてしまうも、返す刃で男の足を深々と抉る。
「がっ……!?」
男が痛みに膝を折るのと同時に、アリサは拘束術式を走らせる。
黒い鎖のような魔法陣が相手の身体を縛り上げ、地に叩き伏せた。
「捕縛完了、これより共鳴魔法を行う」
淡々と告げる声の裏で、男が苦痛に呻きながらも舌打ちする。
「殺した方が楽だろう!?殺せ!!早く!!」
「うるさい」
有無を言わさず杖を向けられた男の態度は一変した。
男の顔には死への恐怖よりも、奇妙な陶酔が宿っていた。
「……はは!自由と解放の為に!」
「……何?」
アリサの瞳が鋭く細まる。
その瞬間、男の頭部から淡い紫光が漏れた。
経験が先に叫んでいた——自爆だ。考えるより先に身体が動いた。
アリサは即座に手をかざし、共鳴魔法を強制発動。
男の記憶の断片を、現実世界では瞬きするくらいの僅かな時間で読み取っていく。
刹那、男の記憶が脳裏に流れ込む。
断片的な映像——並ぶ巨大な魔導砲を整備する義勇兵。
そして、点滅する制御端末に浮かぶ文字と数字。
その後、白亜の巨壁へと進軍する様子と残存する皇国軍との戦闘。
巨壁へと到達し、魔導人形を指揮する中、魔導砲の砲撃で崩された壁が目に留まり、男は壁の内部を覗き見て――——
「……ッ!!」
アリサは息を呑み、男を蹴り飛ばして距離を取る。
その数秒後、男の頭部は粉々に破裂し自分自身の上半身を道連れに塵へと還った。
周囲に漂う人の肉の焼ける臭いと濃い血の香り。
常人なら顔を背けるであろう悪臭の中で、別の意味でアリサは吐き気を覚えていた。
先程読み取ってしまった『ある映像』がずっと脳裏に焼き付いて離れない。
「分隊長ーっ!!」
Y-335を先頭に、バラバラと分隊員達が立ち尽くすアリサの下へと駆け寄ってくるも、アリサは俯いたまま片手で頭を押さえていた。
少しの深呼吸の後、彼女は静かに口を開く。
「……目標変更。これから我々は魔導砲の第二射阻止の為、帝都西部へと転進する」
またかよと瓦礫を蹴るL-201と天を仰ぎ見るN-760
アリサは握ったデバイスを見つめ、しばしの沈黙の後、低く呟いた。
「間に合わなければ……全てが、終わる」
敵兵の自爆の瞬間、アリサが彼から読み取った記憶は一体……?
瓦礫の直撃を受けたN-760は頭部と腹部に酷い打撲を負って気を失っただけで生きてはいます。
それでは次回予告です
~~次回予告~~
帝都西部、密かに再び動き出す魔導砲。
限られた時間、限られた戦力。
未だ通信も通じぬまま、私達は死地へ進む。
次回、「第四分隊」
それでも、私は立ち止まらない。




