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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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軍法会議

軍法会議用に設えられた一室には無機質な魔導照明が白々と光を投げかけており、どこか冷たい印象を与えている。


その部屋の中央で、両腕を拘束されたアリサはただ一人ポツンと立たされていた。




『――被審問者、識別番号H-163』


突如ホログラム映像が浮かび上がり、見るからに冷徹そうなAIの裁定官の声が響き、場の空気をさらに張り詰めさせる。


H-163……その呼び名は、彼女がかつて機関にいた頃に与えられた番号。

――ただの消耗品としての名だ。



アリサは能面の如き無表情のまま微動だにせず、その声をただ受け止める。

跪くでもなく、睨み返すでもなく、そこにあるのは虚ろな瞳だけだった。



この部屋に傍聴席は存在しない。彼女の為に態々時間を割く将官も友人も居らず、いるのはアリサと原告であるレオンハルト、それに監視の兵士達だけであった。




『罪状――上官への武力行使。加えて指揮系統を乱し、友軍の退却行動に甚大な混乱を生じさせた。原告、異はないか?』



無機質な声が列挙する罪状。

しかし、アリサはレオンハルトに衝撃魔法を使用したが、その後の指揮系統への妨害は行っていない。


異議を唱えたくとも、今彼女には発言権は認められていない。

ここで無理に発言をする事は彼女の首を絞める事になるのだ。



「はっ!レオンハルト少尉、ここに改めて証言します!H-163は戦場において、我が背へ衝撃魔法を放ちました! それは明確に、上官たる私への反逆であります!それによる指揮系統の乱れ、退却中の死傷者が増加した要因となりました!」




ひっそりと軍法会議の様子を伺うみちるとアリサだったが、レオンハルトの証言がでたらめすぎる事にみちるが怒りを顕わにしていた。


『ちょっと……!自分の不手際をアリサに擦り付けるなんて……!!』


一方アリサは冷ややかな目で兄を見据えていた。——心底どうでもいいと言う様に。


『……今思えば、本当に理不尽でした』


アリサの静かに吐き捨てるような言葉に、みちるは柳眉を逆立てたまま裁判の成り行きを見守る事にした。




『被審問者。罪を受け入れるか?異を唱える場合、読心魔法による証明を行う権利がある。されどそれでも証明できぬ場合は偽証罪として処罰する。選択せよ』



AI裁定官の言葉に、アリサは伏せがちだった視線を起こし、真っ直ぐに裁定官を見据える。


「……読心魔法を」


その声は低く静かな物ではあったが。迷いや不安の一切篭らぬ芯のある声だった。


アリサの声を受け、出入口から二人の術師が入室してくる。

法衣のようなゆったりとしたパワードスーツに、深いフードで顔を隠した二人組は、時間が惜しいとでもばかりに足早にアリサへと近寄ると、互いに目配せし、手にした杖型デバイスを突き付けた。



[共鳴]



バチィッと雷光の如き輝きが一瞬室内を眩く照らし、直視してしまったみちるは目を押さえながら悶え、それを見てアリサが苦笑を浮かべる。



傍から見ているみちるとアリサからすると、僅か数秒の間でアリサの記憶を覗いた術師は、二人して見解をすり合わせ、レオンハルトの方へと向き直った。



「……なんだ?」


二人がアリサの異を一蹴するとばかり思いこんでいたレオンハルトは、術師の杖が己に向いている事に不快感を隠さずにいた。



「少尉殿、あなたの記憶も見せて頂けますか」



「……な、何を言っている!?」


レオンハルトの声が震えた。

自分の記憶を暴かれるなど想定していなかったのだ。


術師の一人が冷静に告げる。


「今回の裁定を下すには、両者の記憶を照合する必要があります。……裁定官も、それを望んでいます」


「バカな……!俺は一級国民であり、軍人であり、原告だぞ!? 罪人と同列に扱うつもりか!?」


苛立ちに顔を歪め、声を荒らげるレオンハルト。

だがAI裁定官は淡々と告げる。


『合理性を優先。記憶照合を行わねば、判定の信頼度は低下する。拒否は不合理』


室内の空気がピリピリとし始める。比喩ではなく、レオンハルトから漏れだす魔力が弱い電流となって空間を走り回っているのだ。



レオンハルトは唇を噛み、血が滲むほどに食いしばりながら、しぶしぶ頷いた。


「……やればいいのだろう。だが一瞬だ。余計な詮索は許さん!」


再び杖が掲げられ、雷光のような輝きが室内を満たす。


次の瞬間、術師達はわずかに身を固くし、互いに目配せをする。


そして――静かに告げた。


「……結論。被告H-163の記憶には、上官を狙撃から庇った記録が残っていました。手段は衝撃魔法と手荒いが、緊急性が認められる為考慮の余地がある」


「ッ……!」


「一方、原告の記憶には、その瞬間の映像が欠落している。ナノマシンの感知システムの自己判断による切断。極度の錯乱、もしくは自己防衛のための改竄が行われている可能性がある」



レオンハルトの顔色がみるみる蒼白に変わっていった。


「そ、そんな馬鹿な……!俺が錯乱していたとでも言うのか!? 裁定官ッ、私は原告だぞ、信じるべきは私の証言であって――!」


『感情的主張は不要。記憶照合の結果、被告H-163の行為は反逆ではなく防衛と判定。……ただし、手段は規律違反に該当。よって罪状を減軽する』


AI裁定官の声がレオンハルトの言葉を遮るように冷たく割って入る。


「減軽……だと……?」


レオンハルトの血走った目が見開かれ、呻くように絞り出した声は掠れ、誰の耳に入る事無く虚空へ溶けていく。


裁定官は無機質な調子で告げ続ける。


『H-163。規律違反の刑罰として懲罰部隊への配属を命ずる。配属先は――名無し部隊(ネームレス)


室内に、しん……とした沈黙が降りる。



「……ふざけるな……! そんな理屈で、どうしてあいつが――」



しかし裁定官はもう彼の言葉を拾わない。既に判決は下ったとばかりにホログラムは立ち消え、室内には憤るレオンハルトとアリサ、そして戸惑いの顔色を浮かべる監視の兵士だけが残された。



アリサは小さく瞬きをし、既に去ってしまった裁定官へ深く一礼する。


「……御裁定、確かに承りました」




監視の兵士らに連れられ、取調室から懲罰房へと押送される際、アリサは元兄からの刺すような視線を受けるも、全く動じずに無表情のまま一礼し、部屋を後にするのだった。





———————————————————————————————————





下された裁定は一見温情ある判決に思えるが、実はそうではない。



懲罰部隊は不名誉な事に数部隊存在する。

元々は二部隊に分けられ、最も罪の軽い者は後方での過酷な雑用。頭脳と肉体の両方を酷使される。


それよりも重い罪を犯した者は、前線での過酷な小間使いと、敵の実力を測る鞘当て要員として扱われていた。

無論これまで戦闘らしい戦闘が無かった為、本来の刑務は既に形骸化し、専ら素行の悪い兵士や未熟者の更生部隊として運用されていた。



しかし……電波塔爆破テロの頃より一気に軍規違反者が急増した為、本義を取り戻しその罪の重さ・出生・等級を鑑みて、新たに二つ加えられた合計四つの部隊が設立されたのである。



今回アリサが配属された名無し部隊(ネームレス)。これは激戦区の最前線、更に一番槍として無茶な突撃を強要される部隊。

ここに配属された人間は、一級国民だろうと二級国民だろうと、皆生まれ持つ製造番号で呼ばれる。

個人が勝手につけられた名前になど何の価値もない。ただの変えの利く消耗品なのだと暗に告げられているのだ。



懲罰を終え、通常部隊に復帰したいのであればやる事は簡単。

戦果を上げつつ生き残る。只それだけしかない。



だが、それがどれほど過酷で、理不尽なものであるかは、誰もが言わずとも知っていた。

名無し人の多くは、己の名を取り戻すことなく戦場に散っていく。

記録にも残らず、栄誉や称賛どころか、哀悼の意すらも与えられないまま、ただ塵として消えていくのだ。



それでも、少女は俯かなかった。


人としてではなく、ただの番号で呼ばれようとも。

誰一人にも愛されず、笑みを向けられる事がなくても。


例え……生き残り続け、行きつく先が地獄だと分かり切っていたとしても。



――それでも、彼女は立ち止らない。





アリサが配属になったのは懲罰部隊——ネームレス。

だが、恐るべき事に、更にその下があります。 その部隊名は破棄部隊——ディスカード。


生還の望みが殆どないに等しく、死刑にするぐらいなら最後ぐらい役に立てと、反乱防止の為に魔導デバイスも持たされず、肉盾として、生餌として最前線に駆り出される死の部隊でした。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


みんな~!久しぶりっ!ちゃんと毎日ドレミってるかな?柚木あかりだよっ!


最近ちょっとシリアス続きだったけど、ここでひと休み!


……今回は誰が主役になるのかなぁ~? 


次回、紡がれ奏でる間奏曲 その3


新しいハーモニー、はじまるよっ♪

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