皇帝の名の下に
世界が再構築され、地に足の着いたみちるが周囲を見回すと、そこは何か巨大な建物を解体した後、手付かずのまま放置されたような荒れ果てた土地だった。
周囲は薄暗くなっており、人工的な光のある方へ目を向けると、高層住宅のシルエットがびっしりと遠くまで等間隔で聳え立つ異様な景色が目に飛び込んできた。
みちるが過去に訪れたアメリカやフランス・イギリスでもあそこまでの高さのタワーマンションが間隔無くびっしり並ぶ光景は見た事が無く、ただ圧倒されてしまっていた。
唯一似たような物を見たとすれば、中国のマンション群だろうか。……それでも密度が段違いだった。
そんなことをぼんやりと考えていたみちるは、ふと先程のレオンハルトの言葉を思い出して隣に立つアリサへと震える声で問いかけた。
『これから……あそこが攻撃されるの……?』
『……はい。現時点で住民への避難勧告は出されていません。あそこに住む人々は……本日の労働時間を終え大半が自宅へ戻っている頃合いです』
みちるは震え始める両手をぎゅっと握り締め、夕暮れの空にただ航空障害灯の光だけが優しく瞬く住居群をしっかりと見つめた。
彼女のいる場所からは暮らす人々の姿は見えない。だからこそ彼女の想像は際限なく膨らんでいく。
仕事を終えて帰宅した親達。夕食を待ちながら机を囲む家族。疲れて眠る子供達。
もし本当に違法な道具を作っているのだとしても、それに関わる人だけが裁かれればいい。
どうして、そこに住む家族まで巻き込まなければならないの?
どうして、罪のない人たちまで殺さなければならないの?
胸の奥に広がる冷たい重みは、怒りとも悲しみともつかぬ感情へと変わり、みちるの心を締めつけていった。
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ハニカムと人々に呼ばれる巨大住居群は、遠目にも重々しい存在感を放っていた。
六角形の高層棟がびっしりと並び合い、ハチの巣のように組み上げられた街。
一万近くの二級国民が暮らすその場所へ向けて、死神が静かに大鎌を振り上げていた。
アウグストは指揮車両の上で無言のまま地図投影を確認し、隣に控える副官へ短く命じた。
「――魔導砲、発射準備させろ」
即座にナノマシン通信により命令が届けられ、陣地の各所に展開された大口径の魔導砲が、術師より魔力を供給され起動を開始する。
魔力を収束させる結晶体が赤く脈動し、砲身に刻まれた魔術回路が次々と光を帯びていく。
遠くのハニカムに暮らす人々の姿など、ここからは見えない。
見えないからこそ、ためらう理由もない。
「標的は住居群全域。……遠慮はいらん、魔力は最大限まで注ぎ込ませろ」
副官が一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに敬礼して指令を伝える。
兵士は沈黙のまま照準を合わせ、ただ命令に忠実に従い動くだけの装置と化していた。
アウグストは目を伏せ、心中で呟く。
――皮肉なものだ、ようやく人は戦う事を捨てたと言うのに……。逆賊を討つはずの埃を被った骨董品を最初に向けるのが、敵軍でもなく市民とは。
彼は息を深く吸い込み、ナノマシン通信を起動するとゆっくりと目を開いた。
「——聞け、兵士達よ!今日この時、皇帝陛下の御威光を知らしめる裁きの一撃が振り下ろされる!!偉大なる皇帝陛下に代わり、賊を討つ名誉を我が第七機動鎮圧部隊は与えられたのである!我々の名は、後世に刻まれる事となるだろう!」
ビリビリと空気が震えるようなアウグストの大声に、近くの兵士は思わず背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿勢を取る。
「我が兵士達よ!これより迷う事を禁ずる!!魔導砲が一度放たれれば、もう我らに退く道はない!!大量虐殺者、血も涙もない死神——大いに結構だ!」
「その悪名も諸君らを蝕むであろう罪悪感も、全てこのアウグスト・オルディスが一人背負おう!!諸君らは我が手足!我が代行者!!誰一人欠ける事無く、全員が我が肉体である!!故に躊躇うな、目の前の人間は全て賊である。一人残さず始末しろ!!そのすべての責任はこの私にある!!」
副官が各所より魔導砲発射準備が整ったとの連絡を受け、アウグストへハンドサインを送る。
それを横目でみたアウグストは、ゆっくりと手にした杖型デバイスを天へと掲げ、遠くに臨むハニカムを冷たい光を宿した鋭い眼光で射貫く。
世界が一度静止したかのような沈黙が流れた――次の瞬間、彼の杖が振り下ろされる。
「――撃てぇ!!」
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父アウグストの演説が始まる数分前の事。
レオンハルト率いる小隊はハニカムのすぐ近くまで接近し、魔導砲兵隊による準備砲撃後、即刻突撃できるようにと砲撃による致死範囲ギリギリを攻めた距離に陣地を張り、その時を地に伏せて待っていた。
その中でもアリサが割り振られた分隊は一番最前列。周囲に身を隠せる物のない荒地に配置されたのであった。
魔導砲の威力もその効果も資料でしか見た事がない。致死範囲からは外れているが、それでも危険であるとアリサの直感は警鐘を鳴らしていた。
そこで彼女は土魔法を使い、簡単な蛸壺を掘り、その中へと身を滑り込ませた。
――その瞬間。
『——撃てぇ!!』
ナノマシン通信によりアウグストの攻撃開始の声が告げられる。
いよいよかと身体に少し力を入れて視線を上げると、後方より轟く重い炸裂音と共に、夕闇に染まる空を破滅をもたらす流星がいくつも流れていき、ハニカムへと降り注いでいく。
着弾の瞬間、ハニカム全体が光に呑み込まれた。
それはただの爆発ではなかった。
まるで空そのものが裂け落ち、昼と夜の境界が逆巻く奔流に引き裂かれたかのような光景。
六角形に積み上げられた超高層の巨塔群が、まるで砂の城のように砕け散っていく。
死の光が直撃した棟は一瞬で内部から膨張して蒸発。炸裂した爆風を受けた近くの住居群は次の瞬間には達磨落としのように上層から下層まで押し潰しながら崩落した。
地平線の向こうまで届きそうな轟音が何度も響き渡り、夜空が再び夕焼けに逆戻りしたと思わせる程赤く染まっていく。
大地は裂け座礁した船のように持ち上げられ、陣地に伏せる兵士達ですら、全員が一瞬呼吸を忘れた。
遠くからでも、その破壊の規模は明白だった。
街ひとつが、そこに住まう人の命ごと一息に吹き消されたのだ。
そのうちの一発がアリサ達が伏せる陣地の近くの位置へ落ち、凝縮された炸裂魔法がまだ無事であった住居群を軒並み破壊していく。
ほんの僅か遅れて届いた轟音が空気を震わせ、大地を揺るがす。
激しい衝撃波が走った後、そのすぐ後ろを追うように、高温の爆風が土煙や瓦礫と共に分隊の兵士らを薙ぎ払っていく。
アリサは頭を穴の中へひっこめ、防御魔法で蓋をするようにして身を守っていたが、身を焦がすような高温が蛸壺内を飲み込んでいく。
引き続き連続して響く轟音は腹の底まで震わせ、肺を無理やり絞り上げる。防御魔法越しでも皮膚が焼けるような錯覚を覚え、血管の奥まで高熱が流れ込んでくる。
「……ぐ、あ……っ」
高熱により意識が朦朧とし、視界は真白に塗り潰され、耳は甲高い耳鳴りに奪われる。それでも嗅覚だけは容赦なく生々しい臭いを伝えてくる。焼け焦げた金属と、肉の焦げ付く臭い。
「……っ」
杖型デバイスを振り、蛸壺内の温度を空調魔法にて変換させ18度程度のひんやりした空間に変える。
「はぁっ………はぁっ……」
ぽたぽたと滝のように髪や頬を汗が伝う。
杖を握る手が手汗で滑りそうになるも、パワードスーツの裾でしっかりと拭ってから握り直し、半透明の防御魔法による膜越しに外の様子を伺った。
周囲は巻き上げられた土煙や、崩壊した建物から出た粉塵で煙幕を張ったかのように視界を遮られ、様子を伺う事は出来ない。
だが、もう次弾が降り注ぐことはない。魔導砲による砲撃が終わったのなら、後は突撃するだけなのだ。
ナノマシンバイザーを目元だけを覆う形から顔全体を覆うように変形させ、蛸壺から身を乗り出し風魔法にて周囲に漂う粉塵を吹き飛ばす。
「……これは」
視界が開け、ようやく状況が飲み込めた。
最後に見た人々の住まう摩天楼の景色は見る影もない。
原形を留めている建物は無く、ハニカムだけではなく周囲の工場群にまで被害が及び、壁や屋根が吹き飛んでいる。
眼前に広がる地獄の光景を引き起こしたのはお父様だ。しかしここに立つ以上、この業もまた自分の罪だと、アリサは理解していた。
砲撃後、突撃して生き残りを始末するのが今回の任務だが、今回は……生きている人間を探す方が骨が折れそうだ。
「……第六分隊、突撃開始します」
ナノマシン通信で分隊と小隊向けに報告を残し、アリサは一人杖型デバイスを握りしめ、焼け焦げた瓦礫とむせ返るような煙の臭いの漂う死の園へと駆け出して行った。
一人、銀色の髪の少女がまだ炎と煙の立ち昇るハニカムの残骸へ向けて走り出す背中を、みちるとアリサが見送っていた。
二人は魔導砲の着弾の瞬間も、その凄まじき炸裂魔法の熱で蕩けるように建物が蒸発する瞬間も、衝撃波で根本からへし折れ、他の住居とぶつかり合い砕け散り四散する瞬間も目にしていた。
思わず土煙を上げる衝撃波が迫ってきた瞬間は恐怖で目を瞑ってしまったが、身体を押し飛ばす衝撃波どころか皮膚を焼き溶かすはずの熱も、鼓膜を裂くはずの轟音も、ただの幻のように通り抜けていき、みちるはへなりとその場に座り込んでしまう。
一方隣に立つアリサは、眉一つ動かさずに衝撃波で消し飛んだ友軍の最後を無感情に見つめていた。
直感を信じ蛸壺へ隠れたアリサと違い、ただの岩陰や自身で生み出した土魔法による岩の防壁を頼りにしていた友軍、分隊員が悉く魔導砲の熱と衝撃波に飲まれ、一部が消し炭に、一部が辛うじて生存するも、焼け焦げた手を震わせながら天に伸ばし、声にならない呻きを漏らしてナノマシンの治療も間に合わず死に絶えていく。
僅かに細められたその瞳の奥にある感情は、涙目で彼女を見上げるみちるには掴む事は出来なかった。
アウグストにより、ついに賽は投げられてしまいました。
ハニカムの住居群に耐魔力コーティングなどついているはずはなく、炸裂魔法は何にも遮られることなく、その破壊力すべてを効果的に発揮しました。
灰燼に帰したハニカムに、果たして本当に魔導デバイスの製造工場があったのでしょうか?
それでは次回予告です
~~次回予告~~
魔導砲が放たれ、街は炎に沈んだ。
その残骸の中に、まだ生き残りがいる。
私たち第七機動鎮圧部隊の任務は――ただ、殲滅すること。
命乞いの声も、逃げ惑う影も、すべて「賊」として。
次回、崩壊の地にて
それでも、私は立ち止らない。




