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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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幼き刃

「……子供がだと?ふざけているのか」


「魔術と戦闘の心得はあります。今は人手も不足しているはず。どうぞ、役に立たせて下さい」


伏せられた顔に感情はない。憎しみも怒りも無く、幼子に似つかわしくない虚ろな瞳だけがそこにあった。


――今は確かに助かった。でもこの先は?


アウグストお父様にもレオ兄様にも、ナノマシン通信は届かない。

それなら今、可能性がある選択をするのが合理的だとアリサは結論付けていた。



「……現場判断では難しい。本部に戻り次第、受領とする。それでいいか?」


「……寛大な計らいに感謝致します」


今一度アリサは深く頭を下げ、避難民の掃討が完了し、撤退を始めた皇国軍と共に避難所を後にした。


土砂降りの中、外へと出ていく幼いアリサの背を、みちる達はただ黙って見送るしかなかった。

それは母を失い、慈悲を切り捨て、冷たい選択を迫られた少女の背中。


やがて世界は漆黒に呑まれ、音も光も崩れ去っていく。

もう今更怖がるみちるではなかったが、足元から奈落へと沈んでいく感覚だけは、どうしても慣れることがなかった。




———————————————————————————————————





漆黒の闇から世界が再構築され、みちるの視界に広がったのは、ツルリとした金属製の壁に囲まれた無骨な皇国軍の詰め所。


窓もない部屋の中には土砂降りで湿った軍服の生乾きの匂いに汗と油の臭いが混ざりあい、強烈な香りが充満していた。


椅子にふんぞり返り、投影されたデータを眺める中尉の階級章を光らせる男と、その背後に控える兵士達。


無表情だが、僅かな好奇の色の混ざる兵士達の視線の先に、小柄な少女が一人立たされていた。

髪からぽたぽたと水滴を垂らしながらも、背筋を伸ばし微動だにせず起立する少女――アリサだ。


「確認が取れた。オルディス大佐のご息女との事だが、入隊以外の特例処置はなしだ。……本日付けで治安維持部隊への配属となる。緊急事態だ、兵士を遊ばせておく余裕はないからな」


「ありがとうございます。中尉殿」


ざわ、と小さな波紋が広がった。

兵士たちは尉官の背後に並んだまま、目だけを動かして少女を値踏みする。


「……大佐の娘、だってよ」


「お飾りじゃ済まねぇだろ。治安維持部隊だぞ?」


「どうせすぐ泣き出すさ」


囁きは押し殺されているつもりでも、湿った空気を震わせて確かに届く。嘲笑、困惑、そして好奇心。


それでもアリサは動かない。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、瞳に何の色も浮かべず立ち続ける。


冷ややかに感情を切り離したその姿は、逆に兵士達の心にざらりとした違和を残した。

同じ機関で過ごした少年時代の頃を、誰もが胸のどこかで思い出さずにはいられなかった。


「……それでは、データを送る。移動中に読み込んでおけ」


「はい……!ッ……くぅ……っ……」


すぐに頭の中に大量の情報が流れ込み、脳が警告を発する。

脳髄を直接抉られるような激痛に、アリサの頬をいくつも冷や汗が伝って流れていく。


それでもアリサは歯を食いしばり、痛みに耐え、姿勢を崩すことをしなかった。


「へぇ……」


「あれに姿勢を崩さずに堪えるか……」


アリサの見せる根性に、ざわめきは次第に膨らみかける。

――しかし。


「静粛に」


低く鋭い声が響いた瞬間、音は一斉に断ち切られた。


中尉は投影データを閉じ、椅子から重々しく立ち上がる。

軍靴の靴底が金属の床に乾いた音を響かせ、全員の視線を引き寄せた。


「任務だ。――第三区画、暴動鎮圧に出る」


短い言葉が場の空気を一変させる。

兵士らは軽口を叩くのをやめ、表情を引き締めた。


「新兵も例外ではない。……行軍の足並みを乱すな」


中尉の視線が、一瞬だけアリサに向けられる。

それは憐れみでも期待でもなく、ただ兵器の整備状況を確認する時のような無機質な目だった。


「以上だ。出撃準備につけ」


号令と共に軍靴の音が一斉に重なり、駆け足で詰め所から飛び出していく。

アリサも兵士らに混ざり、彼等の最後尾をぴったりと走っていった。






ぐしゃりと空間が歪み、漆黒の靄に包まれていく。


だが今回はすぐに世界が再構築され、みちる達は荒れた都市の道のど真ん中に降り立っていた。

――そこは戦場だった。



土砂降りの雨の中、燃えた車の残骸や崩れかけた建物の瓦礫を盾に、閃光が交差する。

皇国軍と二級国民の蜂起者たちが、互いに魔法を放ち合い、轟音と閃光で雨で薄暗い明かりの消えた街は昼のように明滅していた。


雨粒は放たれる業火に呑み込まれ水蒸気へと帰り、迸る雷撃によって焦げた鉄の臭いが入り混じる。

至る所で放たれ、瓦礫や防御魔法、人へと着弾した魔法の炸裂音が、鼓膜を容赦なく打ち据える。


「魔導人形部隊、前へ進めろ!!」


「撃て!隙を見せるな!相手は烏合の衆だ、貴様らは軍人だろう、蹴散らせ!」


怒号が飛び交う中、兵士たちは瓦礫を飛び越え、膝をつき、土砂降りの雨に足を取られながらも応戦を続けていた。


その最前線を、パワードスーツとナノマシンバイザーを纏うアリサが走り抜ける。

表情は変わらず無表情のまま、小柄な身長を生かし他の兵士が通れない瓦礫の隙間を通り、不意打ちを仕掛けていく。




「よし、進め!!目標は前方シェルターだ!」


「「オォッ!!!」」


魔導人形を盾に兵士が一斉に突撃した。

瓦礫を跳ね散らかし、浴びせられる魔法を対魔法装甲で弾きながら暴徒達へと肉薄していく魔導人形。

その腕が振り下ろされるたびに、パワードスーツも纏わぬただの民間人である暴徒が容易く打ち倒されていく。


その混乱に乗じ、一番乗りでバリケード代わりに積まれた瓦礫を飛び越えたアリサが、目下にいる青年へと杖型デバイスを向けた。


「ひっ、やめ――!」


命乞いをする青年の声は、言葉を言い切る前に途切れた。

風刃が空気を裂き、アリサの掌から放たれた切断魔法がその首を容易く刎ね飛ばしていたのだ。



治安維持の名の下で行われているのは、戦いではなく一方的な駆除。

ナノマシンの支配を逃れ、首輪を外し自由を叫ぶ二級国民は、皇帝にとっては既に庇護する臣民ではなく、統制を乱す害獣に等しかった。



アリサに続き、次々に兵士達も瓦礫を乗り越えて、既に背を向けて逃げ出そうとしていた暴徒へ魔法を浴びせかける。



――その時、瓦礫の隙間から、反撃の土魔法が飛んだ。

岩弾がアリサの前を走っていた兵士の頭を粉砕し、血と脳漿、骨片を周囲にまき散らし、アリサの顔や髪を汚す。


だがアリサは眉一つ動かさない。

すぐさま腕を伸ばし、雷撃を奔らせる。

紫電が隠れた暴徒の身体を貫き、次の瞬間には黒焦げの肉塊が瓦礫に崩れ落ちていた。



生き残るために、他の命を刈り取る。

それはオルディス家で訓練人形相手に毎日繰り返してきた事が、人間相手になった事にすぎない。




……本当は怖い。

自分が振るう腕が、放つ魔法が、誰かの命を奪うということが。


恐怖に見開かれた血走った目、命乞いの叫び、人の焼け焦げる臭い。

その全てが脳裏に突き刺さり、幼い心を切り裂いていく。




それでも。

冷えて凍り付いていく心とは裏腹に、身体は正確に動いた。


任務に忠実に。


老いも若きも男も女も隔てなく。


敵を捉え、魔法を放ち、時に剣にて切り裂き、正確に命を奪う。


魔法を放つ迷いも、刃を突き立てる罪悪感に震える事も許さず、機械仕掛けのように鍛え上げられた動作だけが、死神の振るう冷たい刃のように淡々と命を刈り取っていく。





アリサが目標のシェルターへ他の兵士や魔導人形と共に進撃を続けていく時、バイザーに生体反応を感知し、近くの瓦礫の影へ目を向ける。


「ひっ……!?お、女の子……?」


そこには抱き合って身を震わせる十代後半と見られる姉妹の姿があった。

戦闘に参加していた形跡もなく、足を瓦礫に挟まれてしまった妹を助けようとして逃げ遅れたのだろう。


見つかった相手が自分より年下の少女である事に、どこかほっとした表情を浮かべる二人。



『……見つけたのがアリサで良かった。あの魔導人形だったら……』


ここまで容赦のない蹂躙劇を目の当たりにしていたみちるには、彼女等の運命がアリサに見つかった事で助かるのだろうと、安堵した表情を浮かべる。


――だが、彼女の傍らに立つアリサは表情を暗くし、目を伏せていた。






バイザーで姉妹をスキャンすると、彼女等が二級国民であると表示される。


今回のブリーフィングでは、外出禁止令が出されている今現在、外にいる二級国民は皆処分しろと指令が下っている。

相手が誰であれ、事情がどうであれ、任務に忠実である事が求められる今、アリサは迷いなく杖型デバイスを姉妹へと向けた。



「……え?」


思わず漏れ出てしまった、少女のか細い声が雨音へと消えていく。

二人は呆然と目を見開き、信じられないというようにアリサを見返す。

きっと助けてくれる、そう勝手に希望を抱いていた二人の絶望は計り知れないだろう。



姉妹の絶望の表情を見てしまったみちるは、今からアリサが何をしようとしているのか察し、思わず触れられないと分かっているのに幼いアリサへと手を伸ばし、叫んだ。


『……まさか!?だめぇっ!!!』



みちるの叫びは、当然この時の幼いアリサには届かない。


だが、アリサの指は一瞬だけ止まっていた。





バイザーの奥でわずかに揺らぐ瞳。


――助けたい。

――でも、命令に背けば処分されるのは自分。


胸の奥で凍り付いたはずの心が、まだ悲鳴をあげる。


この二人を助けたい。きっとこの二人には罪もない。

叫ぶ心とは裏腹に、身体は正確に杖先に雷撃魔法を展開させる。


「任務に……忠実に……」


自分に言い聞かせるような呟きが、雨音に紛れて消える。


姉妹は必死にしがみつき合い、嗚咽を漏らしていた。




――アリサの杖先から、紫電が奔った。


轟音と閃光が一瞬にして姉妹を呑み込み、抵抗も叫びもなく、一瞬で黒焦げの影へと変える。






みちるは思わず目を背けた。

耳を塞いでも焼け付く匂いが漂い、現実から逃避する事を許さない。


バイザーに覆われたアリサの顔は伺えない。

だが、突き出されたままの杖の先端が小さく震えていた。


訓練で刻まれた正確な動作のはずなのに、感情と切り離したはずなのに、小さな腕は確かに震えていたのだ。




みちるの胸は、耐えられないほど締めつけられた。


『どうして……』


呟きが、雨音にかき消されていった。





轟音と閃光が過ぎ去った街並みは、血と煙と雨の匂いに満ちていた。

だがその光景も、やがてぐしゃりと歪み、漆黒の靄が全てを呑み込んでいく。



戦場は消え去り、再び闇へと投げ出されるみちるとアリサ。



降りしきる雨の音も、魔法により発せられる轟音も消え、僅かに響くのはみちるのすすり泣く声だけ。


頬を伝う涙を抑えきれず、パジャマの裾で涙を拭い続ける。



その横で、アリサがそっとみちるの肩へ手を伸ばしかける。

だが、その指先は彼女に触れる前に躊躇うように止まり、空を掴み、力なく胸元へと戻されていった。


視線を伏せ、俯いたままのアリサ。

その姿は、まるで自分自身を責めるかのように影を帯びていた。


暗闇に沈む世界の中、重たい沈黙だけが満ちていた。






記憶の場面移動があってカットされたアリサの記憶のその後。


アリサは姉妹を殺害した後、友軍と合流し二級国民が占領したシェルターを解放するのに大きな活躍を見せました。

しかし、どれだけ称賛の言葉を受けてもアリサは笑顔一つ見せませんでした。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


初陣を終えた私は、最年少ながらも「期待の新人」と呼ばれるようになりました。


暴動はひとまず鎮圧され、人々はようやく我が家へと帰りつく。


しかし、多くの犠牲の上に戻ってきた仮初の平和の影で、「救済の御手」は勢力を広げ続けていました。


次回、「安寧の影に潜むもの」


それでも、私は立ち止らない


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