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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第二楽章 オルディス家
56/88

毒になる愛

朝のリビング。


オルディス家の一日は規律正しく始まる。


機械仕掛けの如く、決まった時間に起床し、決まった時間に家族全員がリビングに揃う。


アリサは背筋を伸ばして座り、静かに挨拶を告げる。


「おはようございます、お父様。お母様」



返事をせずに一瞥するだけの両親にみちるは思わず眉を顰める。




そんなアリサを鼻で笑い、隣のレオンハルトは笑顔で胸を張る。


「父上、昨日の訓練の報告です。魔力制御の安定率が97パーセントに達しました」


得意げな笑み。まるで「どうだ」と言わんばかり。

そしてその視線は、わざとアリサへ向けられていた。


「……97、か」


アウグストの淡々とした確認に、レオンハルトはさらに誇らしげな顔になる。


「はい!」


そんなやり取りを、端末を見ながら冷笑するイルゼが遮る。


「ふん……100パーセントにはいつも届かないのね、レオ?」


弟を庇うためではなく、ただ揶揄するためだけの言葉。

レオンハルトは苛立ちを隠さず、低く唸った。


「嫌味か、姉上……!」


姉弟が剣呑な火花を散らし合う中、セリーヌは微笑すら浮かべて二人を眺めていた。

そこにアリサの居場所はなかった。



みちるはアリサの小さな手が、家族達から見えぬよう膝の上で強く握られているのを見逃さなかった。


——誰もアリサを見ていない。誰も本当の意味で、彼女を見ようとしていない。


胸が苦しい、見ているだけでも辛い。……でも、この時のアリサが誰よりも一番辛かったんだ。

だから……今私が出来るのは、目を背けずに見届ける事……。



じっと幼い自分を見詰めるみちるの呼吸が苦し気に乱れているのを、アリサはしっかりと感じていた。


――この人は、みちるは、一体どこまで優しいのだろう。


彼女の優しさのほんの一握りでも、このオルディス家で与えられていたら、私は……。








やがて、食事が始まる。無機質な立方体をただ口に運び、効率良い栄養補給を行う。


誰も「美味しい」とも「不味い」とも言わない。

重要なのは、家族が一堂に会する事だけ。


子供達にとっては、自分をアピールするチャンスの場でもあるのだ。

……そして、誰かを蹴落とすチャンスでもある。



まず、イルゼが動いた。


「お父様、例の件ですが……ここではアレが居るので後ほど、お部屋でご報告させていただいても?」


チラリとイルゼがアリサを見遣り、眉を顰める。


「分かった。聞こう……そうだ、レオンハルト、お前も来い」


「はい!父上!オルディス家だけでなく、この国の重大な案件ですからね!」


既に食事を終えたレオンハルトは、わざとアリサの横顔を見ながら口角を歪めた。


「……なんにせよ、俺達がいるならアリサがいなくても、この家は十分回るだろうな」



みちるは思わずテーブルを叩きたくなった。

——やめてよ。そんな言葉を、まだ幼い子に向けるなんて。


だがアリサは反応を返さない。

静かに目を伏せ、ただ食事を終えることだけに集中していた。

それが()()()()()()()()()()だから。



家族が散っていき、リビングに残されたアリサが窓の外を見上げる。

都市を覆う灰色の雲、空を行き交う飛行船の影。


変わらぬ毎日。一年経っても、扱いは変わらない。


気にしていないように振舞う、その瞳に感情の色はない。

生き永らえられるだけで僥倖なのだからと無理やり自分を納得させて……。





みちるは隣で、彼女の小さな横顔をじっと見つめた。


どうして、そんなに黙っていられるの。

……どうして、そんなに耐えられるの。


胸が締め付けられるように痛くて、何度も声をかけたくなった。

「大丈夫だよ」「辛いよね」……そんな言葉を。


けれど、みちるは気付いていた。

きっと今のアリサには、それは届かない。

それどころか、彼女の中の冷たい覚悟をさらに固めてしまう。




この子は、愛を求めてはいけないと学んでしまったんだ。

だから、こんなに静かに……孤独を刻み込んでいるんだ。



みちるは胸を押さえ、どうしようもない悔しさと切なさを抱えたまま、幼いアリサの背を見つめ続けていた。




———————————————————————————————————





世界が漆黒から再構築されると、そこは一度来た事のある冷たいタイル張りの訓練場だった。


幼いアリサは、広い床の中央で静かに目を閉じている。

両の掌に宿る魔力が淡く脈打ち、揺らめいていた。


瞬間――周囲に五体の人形が現れる。


滑らかな金属で構築された無機質な兵器。

その顔には赤い光点が灯り、一斉に彼女へと襲いかかる。


「……遅い」


囁くような声と同時に風が爆ぜ、アリサの身体が弾丸のように前へ駆ける。

風刃で一体を両断、火球で背後を焼き払い、氷柱で二体を串刺しにし、最後は土の槍で残りを粉砕した。


わずか十数秒――五体の人形は全て床に散らばっていた。


「……ふぅ」


アリサは乱れた呼吸を抑え込み、振り返る。

そこには無言で腕を組むアウグストがいた。

ただ見据えるだけの厳しい瞳――しかし、その口元が、ほんのわずかに歪められた。


「……良いだろう」


低く放たれた声と共に、アウグストは小型化された杖型デバイスを取り出し、アリサへと放る。

アリサは両手でそれを受け止めた。


軽量だが頑丈な金属で構成された、量産品の簡素なデバイス。

華やかさも特別な装飾もない。だが――父から初めて与えられる「武器」だった。


「アリサよ、十歳になればお前も軍属となる。それまでにデバイスの扱いを完璧にしておけ」


「……ありがとうございます、お父様。必ず、ご期待にお応え致します」


小さく頷き、両手で杖を胸に抱き締める。

それは、彼女がオルディス家に居ることを許された証であり、同時に孤独を支える唯一の拠り所でもあった。


それでも、アリサは心の奥にかすかな熱を感じていた。



アウグストはアリサに背を向け、小さな声で呟く。


「……お前に期待する事は一つ。レオンハルトの剣となり、支えよ。……アレは己が思うよりも危うい」


父の言葉を受け、アリサは静かに片膝をつき、深く頭を垂れた。


「……拝命致しました」



何も言わずに部屋を出て行ったアウグストの背をアリサは見送り、手にした杖型デバイスを通常の大きさへと展開させる。


ズシリとした重さが妙に手に馴染む。

魔力を通すとデバイスの核である赤い宝玉が鈍い輝きを見せた。


自分と同じ、量産品。

使えなくなれば、すぐに取り換えられる替えの効く都合の良い存在。


「……大事にするよ」


今、アリサの胸にあるのは生き残りたい。それだけだった。




———————————————————————————————————




景色に一瞬のノイズが走り、杖を抱いていたアリサが瞬間移動をしたかのように、今とは少しデザインの異なる黒い魔法少女姿で、部屋の中央で杖を構えていた。



杖を受け取ってから幾日の記憶なのか、アリサはすでに迷いなく杖を振るい、次々と人形を蹴散らしていた。

十体、二十体――数の違いなど意味をなさない。


「……良し。もう模擬人形では相手にならんな。アリサよ、軍でも使われる訓練人形を試したいか?」


「……はい、お父様。お願い致します」



アウグストが再び杖を振ると、今度は先ほどの模擬人形とは異なる個体が、訓練場に音を立てて顕現した。


装甲は厚く、関節部には補助魔力が流れ込む管が走り、目に相当する赤い光点は二つに増えて鈍く輝く。

模擬戦用の軽量機ではなく、軍で兵士たちが実際に戦闘訓練に使う高起動高耐久仕様の人形。


「これは生半可な魔法では倒れぬぞ。魔力障壁も標準で展開している。アリサよ、お前の()を見せてみせろ」


アリサは深く息を吸い、杖を胸の前に構える。

額に浮かぶ汗が頬を伝う。


そしてただ一言――。


「承知致しました」


瞬間、彼女の小さな体が疾風のように駆けた。


訓練人形の拳が重い音を立てて振り下ろされる。

床を砕くその威力を、アリサは紙一重で回避し、逆に剣型に変形させたデバイスに風魔法を纏わせ、渾身の突きを繰り出す。


硬質な装甲がきしみ、障壁が火花を散らす。

だが、貫ききれない。


「っ……まだ……!」


風と炎を同時に重ね、剣の刃に纏わせた風の刃を渦巻く火炎旋風の刃へと変える。

再び突き出された瞬間、障壁が爆ぜる音が訓練場に響き、人形の胸部装甲が深々と裂けた。


崩れ落ちる機体の中で、アリサは荒い息を抑えつつも、杖を握る手を震わせていた。


アウグストはその姿を黙って見つめていたが、口角をはっきりと上げた。


「……良いだろう」


その低い声に、アリサは深く膝をつき、杖を両手で支えたまま頭を垂れた。


「ありがとうございます……お父様」




面白くないのは、その光景を目の当たりにしたレオンハルトだ。


父の口元が緩むのを見た瞬間、胸の奥に溜まっていた黒い感情の蕾が花開いた。


彼は努力してきた。

誰よりも訓練に励み、父の期待に応え続けてきた。

自分こそがオルディス家の跡取りだという誇りと確信があった。


だが、父は自分の戦闘訓練を見て笑ったことなど一度もない。

その笑みを初めて引き出したのは、自分ではなく――このちっぽけな妹。


「……チッ」


舌打ちが訓練場に小さく響いた。


それは誰にも拾われず、アリサの背中だけに刺さった。



「父上、人形ではもうコレの相手は務まらないなら、俺が相手するのはいかがです?」




レオンハルトが切り出した瞬間、訓練場の空気が張り詰める。

その目は姉に向ける時の冷笑とも違い、純粋な苛立ちと敵意が燃え上がっていた。


アウグストは腕を組んだまま、短く頷くだけで許可を与える。

その無駄のない態度が、かえって二人の対決を重大なものに見せていた。


「……模擬戦か。良い、やってみろ」


「御意に」


レオンハルトは嬉々として杖型デバイスを構える。青白い光がレオンハルトを包み、白い法衣のようなパワードスーツを展開させた。


アリサは一瞬だけ視線を上げたが、すぐに静かに頭を垂れる。


「……お父様の御命令とあらば」



その声には怯えも驕りもなく、ただ淡々と受け入れる響きだけがあった。

それがまた、レオンハルトの癇に障る。


「……ハッ、余裕そうな顔だな。思い知らせてやる」



訓練場の空気が張り詰める。

デバイスを構えたレオンハルトが、一度に多属性魔法を展開させる。


炎弾、氷槍、風刃――目にも止まらぬ速度で連撃を繰り出す。

それは妹を叩き潰すための攻撃ではなく、父への誇示のための猛攻。



振り返った視線の先、アウグストがわずかに頷く。

その一瞬を見逃さず、レオンハルトは勝ち誇るように口元を歪めた。


だが、対するアリサは無表情のまま。

最小限だけ身体を傾けて回避し、時に防御魔法を展開し、時に風で衝撃を逸らす。

その動きには焦りも昂ぶりもなく、まるで定められた課題をこなすだけの冷静さがあった。



「チッ……やはり撃ち合いじゃ埒が明かないかッ!」


レオンハルトは杖を槍へと変形させ、パワードスーツの出力と身体強化魔法を重ね掛けし、音速を越えたスピードで床を踏み抜き、アリサへと肉薄する。



そこからは一瞬の出来事だった。


レオンハルトが突進をしてくるだろうと予備動作から読んでいたアリサは、全力で彼へ背を向け、壁へと走った。


ただし、彼の突進の速さの方がアリサの走る速さより上の為、直撃する時間をほんの僅かに遅らせる時間稼ぎ程度にしかならない。



今更アリサが左右に避けようともレオンハルトは追尾し、彼女を貫くのは容易い。


もし彼女の防御魔法が抜けずとも、猛スピードで壁に衝突すれば壁の染みになるのは目に見えている。

レオンハルトは勝利を確信した笑みを浮かべ、更に加速する。



追い込まれるように迫る訓練場の壁に、アリサは背後へ風魔法を放ちながら飛行魔法を発動させ、慣性の法則により身体に掛かるGに圧し潰されそうになり、口から胃液や血が逆流するのも構わず、壁・天井を蹴り三角飛びの要領で上方向からレオンハルトを迎え撃った。



「んなっ……!?」



レオンハルトの呼吸が荒くなる。

感情が昂り、思考へ雑音(ノイズ)が混ざる。


ナノマシンにより思考時間は伸びている。だが貴重なその時間にすぐに身体を動かす思考を練れなければ、ただ走馬灯の時間を伸ばすだけだ。



――その隙を、アリサは見逃さなかった。


「……今」


交錯の瞬間。

刃先に纏わせた鋭い魔力刃がキラリと輝き、レオンハルトの首を狙って振りぬく――その刹那。

視界の端に映るアウグストの瞳が、アリサを鋭く射抜いた。


――分かっているな。


声はない。だが眼差しが全てを物語っていた。

アリサは小さく息を呑み、迫る好機を敢えて手放す。


首へと振るいかけた剣の軌道を上へと逸らし、レオンハルトの頭髪を数本切り裂き、二人はすれ違う。




勢いを殺せず、壁へ槍ごと突っ込んでしまったレオンハルトは、壁に大穴を空けてようやく静止する。


一方でアリサはしっかりと残心を決め、レオンハルトへと剣の切っ先を向けて静かに息を整えていた。



「な……な……舐めやがってぇッ!」


わざと隙を逃したアリサに、レオンハルトの激情が爆ぜる。

魔力を極限まで込めた雷撃が彼の手から奔り、幼い身体を直撃した。


「――っ!」


防御魔法の展開が一瞬遅れ、稲妻が幼い身体を貫いた。

筋肉は硬直し、喉から焦げた匂いが込み上げる。視界は白く弾け、息を吸うことすら忘れさせられた。



怒りに任せた更なる追撃の気配――。


だがその前に、重厚な防御結界が展開し、雷光を掻き消した。


アウグストが杖を振るい、二人の間に割って入ったのだ。


「……そこまでだ」


低く鋭い声が訓練場を切り裂く。

無言でしばし二人を見据えたのち、アウグストは言い放った。



「勝者は、レオンハルトだ」



訓練場に沈黙が落ちた。

アウグストの声で模擬戦は終わりを告げられたが、その余韻は重く、鋭く、まだ場を支配していた。



勝者と呼ばれたレオンハルトは笑みを浮かべた。

だがその笑みは、勝利の熱ではなく、冷たい仮面のように張り付いているだけだった。


あの一撃……あいつが外さなかったら、俺が死んでいた……。


勝ったはずなのに、勝たせてもらっただけ。

父は「妹を守った」のではなく――「自分を勝たせた」のだと。


その事実が、逆に胸を苛む。

誇りと自負は軋みを上げ、劣等感と焦燥が黒い影となって心を侵食していく。


焦り、嫉妬、劣等感。

その全てが、静かに、確実に芽を伸ばしていった。




『……あまりに速すぎて、目で追い切れなかった……でも最後、確かに兄の隙を捉えていた。アリサ、あなたは……本当は勝てていたのよね?』


傍観者としてその一部始終を見届けていたみちるの胸は、締め付けられるように苦しかった。

最後の瞬間――確実にアリサは兄の隙を捉えていた。それを逃したのは、意図的にしか見えなかった。


隣に立つアリサへ視線を向ける。

けれど彼女はただ静かに目を伏せ、答えを語ろうとはしない。


やがて、アリサが小さく口を開いた。



『……あの時、悟ったのです。愛も、感情も……人を強くするどころか、弱さを暴き出す毒だと。父も、母も、姉も、兄も……皆その毒に囚われていた。だから私は――もう求めない。決して、求めてはならないと誓ったのです』



その声音は穏やかで、恐ろしいくらいに冷たかった。


みちるは、もう言葉が出なかった。

こうして、幼いアリサは「愛は毒だ」と心に刻み、

兄レオンハルトは「妹に勝たされた」という影を心に宿すことになった。

二人の運命が決定的にすれ違い始めたのは、この時でした。

それでは次回予告です


~~次回予告~~


イルゼ姉様はいつも冷ややかな顔をしていた。


その冷たさの奥で、私には知ることのできない世界の闇と向き合っていた。


虚無に消えた不老不死の技術。

密かに囁かれる「救済の御手」の名。

それは、私の人生を根底から変える火種となる。


次回――「崩壊」


それでも、私は立ち止まらない。

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