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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第二楽章 オルディス家
55/88

刻まれる使命、芽吹く才能

お父様から命ぜられたのは、この国の歴史をしっかりと頭に叩き込み、現皇帝陛下であるマクシミリアン53世に絶対の忠誠を誓えというものだった。


姉兄からの冷たい目線と漂う拒絶の空気から逃げるように自室へ戻った私は、ナノマシン経由で転送された圧縮データを展開させた。


展開された膨大な情報が一気に脳裏へ流れ込み、かつての選別(祝福)を思い出させられる痛みが襲う。

ギリリと音を立てて歯を食いしばり、絶えず押し寄せる灼けるような痛みに耐え、脳裏で流れ続ける情報を必死に読み解き始めた。




――情報のアップデート完了。




偉大なる皇帝陛下に深い感謝を。

この身果てようとも変わらぬ忠誠を。





部屋に戻ってからの様子を見守っていたみちるは、幼いアリサが目を瞑ったまま動かなくなったのを見て、思わず隣に立つアリサへ顔を向ける。


『アリサ……あれ、大丈夫なの?』


『はい、問題ありません。お父様から転送された情報を脳に刻み付けているだけなので』


『刻み……!?』


『……お父様に引き取られた事で、私はアリサ・オルディス。一級国民となり……それ故に新たな情報を得る権限が与えられたのです』


そう語るアリサの顔は暗かった。

みちるにはどんな情報が流れ込んでいるか知ることはできない。けれど、それが碌でもない内容なのは彼女の表情を見れば明らかだった。





――そして世界を構築する輪郭線が再び解け、みちる達は漆黒の闇へと吞まれていった。





———————————————————————————————————





漆黒の虚無に粒子が舞い、再び形を結んでいく。


次にみちる達が降り立ったのは、周囲を冷たいタイルで囲まれた無機質な訓練場だった。



その場には目を瞑り魔力を集中させる幼いアリサと、彼女の魔力制御を見守るアウグスト、そしてレオンハルトの姿があった。



アリサの周囲に浮かぶ魔力球は、かつて『迎えの日』で見せたバスケットボール大から進化し、今やバランスボールほどの大きさを安定して保っている。


わずかに頷くアウグストと、つまらなさそうに鼻を鳴らすレオンハルト。


「良いだろう、制御は問題ない。……であれば次は戦闘技術だ」


アウグストが杖型デバイスを一振りすると、バチリと音が弾け、滑らかな金属光沢を持つ顔のない人形が虚空から現れた。


「基礎の戦法と攻撃魔法は頭に入っているな?目の前の人形を破壊してみせろ」


「……はい」


ナノマシンの補助で動きの定石は頭に浮かんでいる。

しかし、父が求めているのはただの()()()()ではないだろう。


[拘束]


アリサは深く息を吸い、小さな掌を前に突き出した。


体内に流れる魔力回路を通じて、掌の前に魔法陣を展開させる。


まずは人形の様子を見るため、無属性の魔力鎖を放つ。



だが次の瞬間、人形の顔の中央に赤い光が灯り、鎖は弾かれた。





――あの人形、保護魔法をかけられている……!




保護魔法、それは数発攻撃魔法を当てる、もしくは強力な魔法を叩き込めばすぐに剥がれる防御魔法以下の性能しかない。


しかし、展開させねば使えない防御魔法に比べ、保護魔法は一度使用すれば剥がれるまで効果は永続する。

そして……拘束魔法や混乱魔法等の補助魔法を弾くのだ。





人形は低く身を沈め、次の瞬間には高速でアリサの背後に回り込む。


だが、アリサの視線はその動きをしっかり捉えていた。


振り抜かれた貫手を受け流し、足を払って一本背負いで床へと叩きつける。金属の軋む音と共に床がひび割れ、破片が飛び散った。



反り返るように跳ね起きる人形。背中の装甲は凹んでいるが、戦闘は続行可能。


二度目の突進。だが、その両足は床から隆起した氷に囚われていた。


「……二度、同じ手が通用すると思うな」


舌足らずな、しかし低く威圧感のこもった声で幼いアリサが吐き捨てる。




氷に足を縫い付けられた人形へ、アリサは大きく息を吸い、全力の魔法を放とうと掌を掲げた。

風と炎が混ざり合い、轟音と共に渦を巻く。


――これで終わり。


しかし、放たれた魔法は人形に届く前に眩い光に弾かれ、爆ぜた衝撃がそのままアリサの胸を打った。


「っ――!」


幼い身体が床を転がり、口から短い息が漏れる。視界が揺れ、耳の奥で耳鳴りが鳴り響いた。


未だ氷の足枷から抜け出せていない人形の周りには、淡く光を帯びる防御魔法の残滓が揺らめいている。



――人形を守り、アリサへと魔法を弾き返したのは、杖型デバイスを手に嘲り笑うレオンハルトだった。



「何を驚いている? 戦場で一対一なんて笑い話だろう」



吐き捨てるような声に、アリサはぐっと歯を食いしばる。

痛みや理不尽さを訴えるよりも、次の一手をどうするべきか、思考をフル回転させる。


アリサは膝をつきながらも、荒く乱れる呼吸を必死に抑え込んだ。

胸の火傷の痛みに耐えながら、もう一度掌を掲げる。


「まだ……終わっていません」



アリサは生み出した炎の魔力球に風魔法を纏わせ、威力を増幅させて人形へと放つ。


「ハンッ!二度同じ手が通用すると思うなって自分が……。ッ!?」



彼女が狙ったのは人形本体ではなく、その足元。

人形自体はレオンハルトの防御魔法で包まれ、直撃させても弾かれるか大幅に破壊力を削られてしまう。


ならばと、人形を防御魔法の結界ごと灼熱の火炎旋風で閉じ込めたのだ。


燃え盛る竜巻は、腹に飲み込んだ人形の防御魔法をじわじわと削り取っていく。


もし中にいるのが人間なら、もう既に熱にやられて倒れ、消し炭と化しているだろう。


だが、中にいるのは痛覚を持たぬ金属の人形。

防御魔法である程度の熱はカットされている為、その身体を溶かすには至らない。

 

このまま防御魔法と火炎旋風の削り合いが続けば、デバイスを持たないアリサが先に魔力が尽きるだろう。


ーーそれなら、次で決める。それだけだ。



アリサは、迷わない。


すぅ……と静かに息を深く吸い込み、右手をぐっと強く握り込み、キッと眼光鋭く人形を見据えた。



タンッと軽やかな足音を響かせ、アリサの小さな身体が一陣の風となって、轟々と燃え盛る灼熱の渦へと一直線に突き進む。


[貫通術式——セット]


右手に魔力の輝きが宿る。己の手を剣に見立て、貫き手の形を取る。


そのままアリサは炎の渦の中へと生身のまま飛び込んだ。




「馬鹿な!」


思わず狼狽えるレオンハルトと、元から鋭い視線を更に鋭くして成り行きを見守るアウグスト。



バチバチと何かが燃える音。

何か硬質な物が割れる音。



魔力の供給が無くなり、次第に小さくなり消えていく火炎旋風。


その中心に、顔へ大穴を穿たれ倒れ伏す人形と、あちこち酷い火傷を負ったアリサの姿があった。


痛々しく炭化した腕は、ナノマシンにより既に再生が始まっている。

しかし、力なく着いた片膝は今もジュウジュウと焼け焦がされ、嫌な臭いを漂わせる。




「敵は必ず横槍を入れてくる。正々堂々など、愚か者の自己満足だ。捨て身で一人倒せど、残った敵がお前を狙う。……最後まで油断するな」


アウグストの声が響いた。

厳しく鋭いその響きに、アリサは慌ててふらふらと立ち上がり、頭を下げる。


叱責。しかし、ふと顔を上げた時、彼の口元がわずかに動くのを見た。


ほんの一瞬、抑えきれぬ口元の揺らぎを見た。

その僅かな笑みに、アリサは胸の奥に再び炎を抱いた。

それはこれから進む道を支える灯火でもあった。




『……なんで、あんな火の竜巻の中に……?他にも手段はあったはずよ……?』


幼いアリサの顔や腕はまだ赤く腫れ、痛々しく爛れた火傷痕を晒している。

みちるは口を手で覆いながらも、目を逸らす事なくしっかりとアリサを見つめていた。


『……お父様が望む()である事を示すには、こうする事が一番でした。自ら死へと飛び込む事で、生き残る事ができたと……今はそう思えます』


そっと、アリサはみちると幼い自分の間に割って入り、彼女の視線を遮った。


『……みちるには、刺激が強い。見ない方が良い』


『でも……』


『……戻ってから、マスターの美味しいホットミルク……みちるが飲めなくなっていたら、私が飲んでしまいますよ?』


アリサは優しくみちるの頬を両手で包むと、涙で揺れる彼女の瞳を覗き込み、微笑みを浮かべながら軽口を叩いた。


『あ……ぅ……』


みちるはじわっと頬を赤らめると、左右に目を泳がせながら何も言えなくなってしまう。


そんな彼女の様子を見て、もう大丈夫だと判断したアリサは笑みを消し、レオンハルトへと視線を投げかけた。




———————————————————————————————————




アリサがこの先の未来への希望の火を胸に灯す傍らに、同時に胸に黒い感情の火を灯すものも居た。


レオンハルト。


父の微笑を決して見たことのない彼にとって、それは許されざる光景だった。

積み重ねてきた努力も、誇りも、自負も。


その一瞬の笑み一つで脆く崩れ去ってしまうのではないかという、言いようのない焦りと苛立ちが胸を侵食していく。




彼は、間違いなく才能のある子供だった。

同期の中では一番の()()()として抜きん出ていた。


だからこそ『迎えの日』を乗り越え、この名誉あるオルディス家へ迎え入れられたのだと、確かなプライドを抱いていた。


厳しき父の下で戦技を磨き、誰よりも早く剣と魔法を使いこなし、若くして少尉の座を得ることも叶った。

金髪碧眼の容姿もまた、彼の自負を裏打ちする天賦の才だと信じて疑わなかった。

鏡を覗くたびに、その美しさと強さは自分こそが父の後継に相応しい証明だと確信してきた。



姉のイルゼもまた、政治の場で弁を振るい、両親の愛を受ける資格を持っている。

それは畑違いであれど、お互いに補い合い、両輪として支え合えると信じていた。


だからこそ――父と母の愛は、二人のものであり続けると。

疑いもなく信じてきた十年だった。




だが、その均衡を壊す存在が現れた。


父が「アリサ」と名を与えた瞬間から、彼女はただの拾い子ではなく、家族になった。

本来なら不要なはずの新たな子。

それでもなお、父は彼女を選び、あの機関から連れてきた。


――なぜだ。


問いは苛立ちへと変わり、苛立ちは次第に形を成さぬ恐怖へと膨らんでいく。


もしや、この少女は自分を超える存在になるのではないか。

もしや、父が口元を上げたのは、その兆しを見抜いたからではないか。


レオンハルトは奥歯を軋ませた。

今や胸の奥底に広がるのは、熱でも冷たさでもない。

ただひたすらに濁った黒。


――この家に、余計な影などいらない。


その呟きは、まだ誰の耳にも届かない。

けれど、芽吹いた嫉妬の棘は、確かに彼の心を蝕み始めていた。





父、アウグストから送られた一級国民だけが得られる情報をアリサはインストールしました。

そしてそれと同時に、管理者による思考誘導システムも追加でインストールされていた事にアリサは気付いていませんでした。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


8歳。


名を与えられても、まだ感情を持たぬ人形のように静かだった私。

でも、姉と兄は違った。


与えられる愛に笑い、甘え、怒り……豊かな感情を惜しげもなくさらけ出す。


無関心に冷たくあしらうイルゼ姉様。

陰湿な視線を隠そうともしないレオ兄様。


私が学んだのは……愛も感情も、弱さを引き出す毒だということ。


次回、毒になる愛


それでも、私は立ち止まらない。

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