届け、風より速く!友情のバトン♪(後編)
CM明けからの、後半です!
それではどうぞ!
グラウンドの中央にミーザリアによって召喚された、和太鼓の姿のワルイゾー。
ワルイゾーとエンジェル達の周囲を取り囲むように、感情を抜き取られた生徒や保護者、教師達が立ち尽くし、人の壁を形成していた。
避難誘導しようとも、ミーザリアの魅了の歌声に操られ、誰もエンジェル達の声を聞く者はいない。
「さぁ……どうするのかしら……?」
圧倒的にディスコード側に有利な盤面。ミーザリアは愉悦の表情を浮かべ、頬に手を添えて口元に弧を描く。
エンジェルがキックでワルイゾーを吹き飛ばしたら、エストレアが放つチャクラムの軌道の目測を誤ったら、ソラリスが魔法の加減を失敗したら、大勢の生徒が、保護者達が犠牲になる人質の輪。
いつもの戦法を封じられ、どうやって攻めるかを必死に考え動けないエンジェルに、手をこまねいてばかりでも仕方ないと、ソラリスが短槍を手にワルイゾーへと接近戦を仕掛けに行く。
「やるしかない……か!援護する!」
エストレアは歯噛みしながらも慎重にチャクラムを射出し、ワルイゾーの四肢を狙い動きを牽制する。彼女の遠距離攻撃は威力とレンジがある反面、弾かれた場合の誤射の危険も高かった。
「そうだよ……止まってる暇なんてないよねっ!」
エンジェルもソラリスに続き、真正面からワルイゾーに向かって突き進もうとする。
正面からは短槍の穂先に炎を纏わせたソラリスが、視界の外からは関節部分を狙い襲い掛かるチャクラムが。そして二の矢を放つかのようにエンジェルがソラリスの背後から迫ってきている。
だが、ワルイゾーは慌てず騒がずその瞬間、飛来するチャクラムを両手に持つバチでしっかりと捉え、片方は迫るソラリスに、もう片方はその後ろから迫るエンジェルへと打ち返していた。
「っ……ぐぅっ!?」
予想に反するスピードと威力で襲い掛かる、弾かれた味方のチャクラムに不意を打たれたソラリスは短槍を盾変わりにして直撃を避けるも、接近するスピードを止められ、その背後から追撃に来ていたエンジェルも迫るチャクラムに、避けるという選択はせずに衝撃を往なしながらキャッチするという手段を取った。
「ワァァルゥゥゥイ!!ゾッ!!!」
動きを止められ、攻撃手段を利用され、追撃をも断念させられた三人へワルイゾーは自身の腹の和太鼓を両手のバチで力いっぱい叩き、その空気を震わせる重低音の波動を一気に襲いかからせる。
鼓膜へのダメージだけではなく、腹に直接響く振動音の波動に身体が痺れ、続けて襲い掛かった音圧によりソラリスとエンジェルが吹き飛ばされた。
「きゃあっ!?」
「くうぅっ!!」
吹き飛ばされたソラリスとエンジェルは、空中で体制を整えて着地する。
「っ……すごい、音圧……! 太鼓の音が、こんな攻撃になるなんて……!」
ソラリスが額を押さえながら言う。耳鳴りが残り、視界も揺らいでいる。だが、それでも闘志の光はまだ消えていない。
「うぅ~……何でディスコードってみんなして、耳に来る攻撃ばかりするのーっ!?」」
エンジェルも耳を押さえながら起き上がり、視線をグラウンド中央に向ける。そこでは、ワルイゾーが次の一手を打とうとバチを構えていた。
「今の攻撃、こっちの軌道を読まれていた……!」
エストレアは悔しげに唇を噛みながらチャクラムを構え直していた。視線の先には、尚も無表情で佇む人の壁。動くことはなく、まるで魂を奪われたかのように、ただの障壁と化していた。
「みんなを巻き添えにできない……人質の壁なんて、何て卑怯……!」
空中には、いまだミーザリアの旋律が残響している。明確な歌声ではなく、耳の奥に残る甘い響きのような形で人々の思考を鈍らせ、支配し、立ち止まらせていた。
その中でただ一人、どこからか奪った椅子に足を組みながら腰掛け、優雅に黒髪を靡かせながらミーザリアが、冷ややかに呟く。
「快楽に身を任せ、思考する事をやめたならば、それはただの人形なのよ……ふふっ、人形でもこうして役に立つなら、小道具としての価値もあるというものね」
ワルイゾーが大きくバチを振りかぶり、しっかりと地面を踏み締めながらリズムよく太鼓を叩く。
ドン、ドン、ドン!ドドンガドン!それは音波による連撃。地面に伝わった波動が三人へと押し寄せる。
「来るよっ!耐えて!」
身体を振るわせていく音の振動、内臓まで揺さぶるその響きにビリビリと身体が痺れる。
それに遅れて地面を這うようにして衝撃波が三人へ襲い掛かり、後方へと吹き飛ばしていく。
「あーもう!厄介なワルイゾー!!」
攻め手に欠けるエンジェル達を挑発するように、ワルイゾーは小躍りしながら頭の上でバチ同士をカンカンと打ち合わせる。
「やっぱり私がっ!」
「待ってエンジェル!私も一緒に!」
今度はエンジェルとソラリスが同時に地面を蹴り、左右から挟み込むようにワルイゾーへと迫る。
だがワルイゾーは余裕を見せるようにバチで頭(?)を掻くと、徐に鼓面へと強くバチを叩きつける。
二人はビリビリと振動で動きを止められた刹那、衝撃波で押し戻される。
「きゃああっ!?」
「やっぱり……!あの音をどうにかしないと……!」
先程よりワルイゾーに近い位置で衝撃波を食らったせいか、着地した後もエンジェルはふらつき、平衡感覚が一時的に麻痺してしまっていた。
そんなエンジェルの隙をワルイゾーが見逃すはずがなく、手にするバチをニュッと伸ばし、エンジェルを叩き潰そうと力強く振り下ろした。
「ゾォォォォウッ!!」
「危ないっ!」
ソラリスがエンジェルを抱えてその場を飛び退き、標的を失ったワルイゾーのバチが地面を大きく陥没させた。
その隙を狙い、エストレアが放ったチャクラムがワルイゾーの背後から襲いかかる。
金と銀の流星がワルイゾーの纏う学ランを切り裂くも、本体へはドンッ!と軽快な太鼓の音を鳴らすだけに終わり、続けて放つチャクラムも胴の部分には傷一つ付ける事なく弾かれてしまった。
「ありがとうソラリス!……でもどうしたら」
ソラリスはエストレアの近くへと着地して、エンジェルを下ろす。
「……振り出しね。近付けばあの太鼓にやられ、遠距離からじゃ人質に跳ね返されちゃう」
「私のチャクラムも効果が薄いみたい……」
悩み、二の足を踏むブレッシングノーツに、ワルイゾーは煽るように連続で太鼓を叩き、思考する事にすら妨害を仕掛ける。
苦戦する三人を、アリサは魅了され操られた生徒達に紛れて見守っていた。
ここでアリサが得意の切断魔法を放っても、貫通術式の魔法弾を撃ち出しワルイゾーの鼓面を破っても良いが、それでは今後の彼女の為にならない。
だが……もしソラリスが、みちるが危機に晒されたのなら、アリサは何の躊躇いも無く、小型化させ隠し持っている杖型デバイスをワルイゾーに向けるだろう。
そしてアリサは、自分が手を貸さずとも、三人がこの状況を打破できる手段がちゃんとある事に気付いていた。
「……気付くだろうか、アレに」
万一に備え、手の中に既に用意してある小型化させた杖型デバイスをぎゅっと握り締めた。
今度は三人で、タイミングをずらしながらワルイゾーへと接近戦を仕掛けるが、音波は全方位攻撃。
どの角度から、死角から囲むように攻めたとしても、等しく振動に震え、音圧で吹き飛ばされる。
「やっぱりだめ……、私達……勝てないの……?」
「弱気になっちゃダメだよソラリス!今は……とにかく動こう!!気持ちで負けたらダメっ!」
無理な突撃は無駄な消耗を生むだけだと、エストレアは一人膝をついて、荒い息を整える。
「脳筋でゴリ押しも駄目……。やっぱりどうにかしてあの太鼓を……ん?」
地面につけた右膝が、ヒヤリと冷たい。
足を退けてみると、つるりとした金属製の何かがグラウンドに埋め込まれていた。
「これって……。そうだっ!!」
再び突撃しようとするエンジェル達を大声で呼び止めようとして、やめる。
その代わりにブレッシング・リンクで二人に呼びかけた。
「二人共、まだワルイゾーが気付いていないから使える、1回だけのチャンスだよ。よく聞いて」
『えっ!?なになに!!』
「エンジェル、あなたには陽動をお願いする。思いっきりワルイゾーの気を引いて」
『了解っ!ド派手にやっちゃうよーっ!!』
「ソラリス、あなたは短槍でワルイゾーの足元の……あの地面の銀色のカバーを槍で貫いて!」
『地面の……?ッ!そういう事ねっ!』
「じゃあ……作戦開始っ!!」
まず、エンジェルが先程までと同じように全速力でワルイゾーへ向けて走り出す。
それを見たワルイゾーは懲りない奴だと言わんばかりに太鼓を叩き、エンジェルの足止めと後退を狙うも、エンジェルはワルイゾーが太鼓を叩く直前に全力でバックステップを踏み、極力離れたところで打音の衝撃と振動を耐える。
「ッ……ほらほらぁ!そんなんじゃ全然効かないよーっ!!」
「ワルッ!」
一撃も触れられていないくせに生意気な!と言いたげに地面を踏み鳴らし、三々七拍子で連続して太鼓を打ち鳴らすワルイゾー。
その連続した衝撃と振動に、正直吐き気すら覚えるエンジェルだったが、耳を塞ぎながら尚、挑発するようにあっかんべーをする。
「ワッワルルルィゾオォ!!!」
怒り心頭なワルイゾーだったが、視界の隅を走るソラリスに気付き、本命はこっちかとエンジェルを捨て置き、バチを構える。
「大丈夫……!やれるはず……ッ!!」
ソラリスが魔力を纏った短槍を高く振りかぶる。
火花のように煌めく太陽の輝きが槍先を包み――。
「……今っ!!」
渾身の一投が放たれた。
「ワルゥッ!」
足元を狙った一撃だが、そんなものは当たらんぞ!……とでも言わんばかりに、バチで打ち返すわけでもなく、片足を上げて短槍を避けるワルイゾー。
ワルイゾーの目測通り、足に当たる事も無く、ただ地面へとザックリ突き刺さるソラリスの一矢報いる為に放たれた一槍。
——その判断がワルイゾーの敗北を決めた。
「……ワル?」
突如足元から吹き出す大量の水に、ワルイゾーは纏う学ランまでびっしょりとずぶ濡れになってしまう。
「……あら。大変」
思わずミーザリアがぽつりと声を漏らす。
「エンジェルっ!!ソラリスっ!!」
「いっくよーっ!!!」
「任せて!」
二人は同時に駆け出し、再びワルイゾーへ向けてまっすぐと突進していく。
「ワルゥゥゥイッ!!……ワルッ!?」
迫るエンジェル達を追いやろうと、ワルイゾーは強くバチで身体の鼓面を叩くが、先程までの乾いたハリのある音とは雲泥の差がある、情けないボヨンッという音しか響かない。
何度か叩いてもボヨボヨした音しか鳴らず、もうすぐ近くまでエンジェル達に接近されてしまったワルイゾーは、仕方なく両手にしているバチでの近接戦闘を選んだ。
「ゥワアルルルルルイッ!!!」
振り上げたバチを、いざ振り下ろさんとした――その時。
金銀の流星がワルイゾーの両手首へと襲い掛かり、その両手からバチを取り落とさせた。
「ゾオッ!?」
いよいよガラ空きとなったワルイゾーへと、エンジェルとソラリスが肉薄する。
「さぁ、ここからはこっちの番だよっ!!」
一気に距離を詰めたエンジェルが、低く沈み込むようにして地を蹴る。
その勢いのまま、金色の光を纏った蹴り足がしなやかな弧を描き──。
「プリズム・シャイニングキィィィックッ!!」
叫びと共に振り抜かれた一撃は、ワルイゾーの胸部に炸裂する。
踊るような美しさと、鋼をも砕くほどの力を備えたその一撃が、太鼓の鼓面を突き破らんと響いた。
「ワ、ルゥッ!!」
強烈な打撃を受け、ワルイゾーの身体が後方へ吹き飛ぶ。その先には……まだ正気を失ったままの生徒たちの姿が。
「……だめっ!」
咄嗟にソラリスが跳び上がり、短槍を構え、投擲する。
ワルイゾーの吹き飛ぶ軌道を読んだ鋭い投擲が、ワルイゾーの学ランの裾を地面へと釘付けにした
「ワ……!?」
ビリビリと学ランが破れていくが、完全に裂ける前に勢いを殺されたワルイゾーの身体が、ドサリと地に倒れ込む。
「完璧だよっ!ソラリスっ!」
エンジェルが満足げにウィンクを飛ばし、ソラリスがサムズアップを返す。
地に伏して手足をばたつかせるワルイゾーの背後へ、星の煌めきが降り立つ。
「これで終わりにするわ」
静かな、揺るぎなき意志を宿した声。
エストレアが手にしたパクトを星のフルートに変化させ、口元に構える。
「癒しの音色──トゥインクル・セレナーデ……」
まるで星々の吐息を奏でるように優しい旋律が響き渡り、周囲を星々の輝く夜空へと塗り替える。
星々が一斉に瞬き始め、エストレアを中心に空間に星の形をした光が溢れ出す。
星々が彼女のまわりに渦を巻き、きらめく音の波が、ふわりふわりと揺れながらワルイゾーを包み込む。
まるで子守歌のように優しく耳を撫でるその音色に、ワルイゾーの身体から黒く濁ったオーラが滲み出していく。
「ワルイ……ゾ……」
最後の一音が奏でられた瞬間、浄化の光が空より降り注ぎ、爆ぜるように光の柱が広がり、戦場をやさしく包みこむ。
その光がワルイゾーへ届くと、黒く濁ったオーラが剥がれ落ちるように砕け、その身体から暗い音符のような影が浮かび上がり、ゆっくりと空へ消えていく。
まるで星の海が祝福するように、星屑が流星となってワルイゾーを包み込んでいった。
後に残されるのは、透き通り煌めくハーモニック・ジュエル。
その瞬間。
取り囲んでいた人質の壁……感情を抜かれていた人々の表情に、ふっと色が戻る。
「え……?」
「あれ……?俺、何していたんだっけ……」
戸惑いとともに辺りを見回す彼らに、三人の少女たちは安堵の息を漏らした。
その様子を黙って見ていたミーザリアは、今日の演目は終幕を迎えたとばかりに静かに立ち上がる。
「……ふふ。少し、調子に乗りすぎたかしら」
その声音に焦りはない。
浮かべる表情にも敗北したという悔しさの色は無く、むしろ何か収穫を得たかのように笑みを深めていた。
「また会いましょう、ブレッシングノーツのお嬢さん達」
その言葉を風に溶かし、ミーザリアは次元の穴へとふわりと姿を掻き消した。
「ワルイゾーの方は何とかなったけど……みんな、気を失ってるわけじゃないし……このままだと騒ぎになっちゃうよ」
エンジェルが、心配そうに観客席を見回す。
混乱はまだ起きていないが、好奇の目がグラウンドの中央へ立つ三人へと集まっていく。スマホやカメラを構える手が増え、教師等が注意をしにくるのも時間の問題だった。
そんな中、エストレアが一歩前に出て、日の光を浴びて白銀に輝くフルートを構え、そっと目を閉じる。
「今回は私がやる」
「エストレア……?」
「大丈夫。ちゃんとフルートが教えてくれてるよ」
ポウ……と彼女の持つフルートが星のように瞬き、エストレアは静かに深く息を吸い込んだ。
「アモローソ・ミラージュ」
息を吹き込むと、星のフルートは小さく震えながら銀色の光と共に澄んだ音色を空へと高く高く舞い上げた。
それは空で弾け、星屑の雨のように広がって降り注ぎ、生徒達、保護者、教師達の頭上にそっと降り注いだ。
つい先程まで目の前で起きていた事。
今皆の前に立つエストレア達ブレッシングノーツの存在の事。
その記憶の断片は、優しい旋律と光に包み込まれ、夜明けに消えていく星々のように穏やかに消え去っていく。
「……さぁ、今のうちに変身解除しよう?」
「そうだね!……お疲れ様、エストレア!ソラリス!」
「エンジェルもお疲れ様。素敵な演奏だったわ、エストレア」
「うん……お疲れ様、二人共」
三人を囲む人々が夢見心地のうちに、それぞれ光に包まれて元の運動着姿へと戻る。
丁度2-Aの演目が終わり、退場したタイミングであったと思い出し、あかりとみちるは慌てて席へと向かい、あおいも戦闘の疲れを引きずりながらも席へ戻り、この後やってくる2-Cの出し物を思い、小さく息をつく。
まもなく、まるで何事もなかったかのように、生徒達の歓声が再び響き始めた。
どこか夢を見ていたかのような、不思議な一幕。
だが今、ブレッシングノーツの働きによって、確かに日常が戻ってきた。
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ワルイゾーの襲撃によって一時中断となった体育祭だったが、生徒達の記憶が穏やかに修正されたこともあり、タイムスケジュールが大幅にズレた事以外は、何事もなかったかのように競技は再開された。
まずは2-Bによる応援合戦から始まり、続くムカデ競走では各学年息の合った行進で駆け抜け、三つ巴となる騎馬戦の男子の部では、大将を務めるハヤトが三人連続で鉢巻を奪い取って歓声を浴び、女子の部ではアリサが赤組の最前線に立ち、鋭い視線と纏うオーラによって白・青組を震え上がる。
「やりすぎよ」とみちるに言われながらも、きっちり戦果を挙げていた。
戦闘と受けたダメージの蓄積から疲れの色が見え始める3人も、それを感じさせまいと精一杯笑顔を浮かべ、行事を楽しもうとする。
そして、いよいよ……最終種目。
グラウンドを囲む生徒保護者達の歓声が再び高まり、赤・白・青各組の応援旗が爽やかに吹き抜けていく風に靡く。
クラス対抗リレーは1年から始まり、2年、3年と生徒全員が参加する科目だ。
男女共通でそれぞれ100mを、アンカーのみ200m走る事になっており、各クラス運動系の部活の生徒がアンカーを務めている。
気合十分な1年生達は大歓声の中、追い抜き追い越されの良い勝負を繰り広げていくも、後半から徐々に差を開いていった青組が早々にアンカーへとバトンを繋ぐとぶっちぎりでゴールテープを切った。
2着は白組、3着は赤組だった。
1年生達が退場していき、次はいよいよあかり達2年生の出番がやってきた。
放送部による実況解説も熱が入り、各色の第一走者がそれぞれスタートラインでスタンディングスタートの姿勢を取る。
赤組は運動が苦手な女子から走り始め、後半に連れて足の速い男女で固めて追い上げていく布陣を取っている。
自分が遅くて周りに迷惑をかけてしまうと、第一走者の女子は緊張と不安からか、バトンを握る手が震えているのに気付き、落とさないように今一度強くバトンを握りしめた。
「位置について!」
いよいよだ。見守る生徒等も一瞬静かになり、開始の号砲の瞬間を固唾を飲んで見守っている。
「よーい……」
鳴り響く号砲の音——だが、すぐに二発目の号砲が鳴る。フライングだ。
「ごっごめんなさい……!」
赤組のフライングだった。張り詰めた空気が一度緩みかけるも、すぐに引き締められる。
「よーい……!」
高らかに鳴り響く号砲の音、白と青のランナーが勢いよくスタートを切り、リレーが始まる。
先程のフライングの事もあってか、赤組は僅かに出遅れてのスタートとなった。
「おーっと!白組は定石を覆し最初から早い生徒を投入してきたぞーっ!早い早い!青組と赤組を引き離していきます!」
実況の生徒の言う通り、白組は作戦として逃げの一手を選び、序盤に一気に引き離す事で他色への焦りや無駄に力ませる等揺さぶりをかける。
青組は冷静にペースを乱さずに2番手をキープする一方、赤組は完全に白組の術中に嵌ってしまう
自身が50mを過ぎる頃には既に白組は第二走者の手前まで到達している。
自分のせいで……。その気持ちが足取りを重くさせる。
あかり達の応援の声も空しく、青組にも数秒遅れて第二走者の男子へとバトンを繋ぐ。
走り終えた女子を皆で大丈夫大丈夫と肩を叩き励ます一方で、白組のリードはさらに伸びていく。
バトンが渡るごとに歓声が大きくなり、あかりはその声援を背に受けながら、自分の出番を静かに待っていた。
「……もうちょっと、だよね」
先程走り終えたみちるが、汗を拭きながらあかりの元へと戻ってくる。
「青組には追いつけたし、赤組の追い上げ作戦発動ね!」
「ね!白組も一人分あったリードがもう半分までになってるし、絶対追いつける!」
少し離れたところにいた、既に走り終えているあおいと目が合い、あかりが手を振ると無言でサムズアップを返してくれた。
「っと、そろそろ出番だ!行ってくるね!」
「うん、頑張ってねあかり!」
トラックへと立つと、不思議と急に胸がドキドキと脈打った。緊張ももちろんあるが、楽しいという気持ちが溢れていたのだ。
あかりへと向けられる視線は熱く、頑張れと次々送られる応援の声が耳へとスッと入ってくる。
そんな皆の期待を背に、あかりは胸を張ってその時を待つ。
白組の走者が先に駆け抜けていったその次に、バトンは前の走者から、あかりの手に。
「行ってきますっ!」
その声と共に、彼女は風を切り走り出した。
──必死に駆ける。……みんなの想いを乗せて。
自慢の快足で、前を走る白組の走者の背へと、ぐんぐん近付いていく。
足取りは軽く、誰よりも気持ちが前へ前へと進もうとしていた。
「あかりすごーい!!頑張ってぇー!!」
「いけー!あかりーっ!!」
トラックを回る時、ふと保護者席から声援を送る菜月と陽太の姿が目に留まり、疲れていた身体に今一度力が湧いてきた。
練習をみんなで頑張った思い出も、今も響く生徒達の声、……そして両親の応援も全部、全部があかりの背中を押していく!
残り20メートル、まだ白組へは追いつけていないが差は大きく近付いた。
「柚木!頑張れ!!」
次の走者の近藤へしっかりとバトンを受け渡し、あかりは走る力を抜く。
「はぁっ……はぁっ……!」
ドキドキと鼓動を刻む心臓に酸素を求めて痛む肺。でもそんな事は後回しだと視線を上げ、バトンの行方を見守る。
「あっ……!」
コーナーで抜かそうと無理をしたのか、近藤がバランスを崩して転倒する。
応援席からはざわっと彼を心配する声が上がり、これはチャンスだとすぐ後方へ付けていた青組がすぐに立ち上がるも速度の出ていない彼を追い抜いていく。
「すまんっ!!やらかした!!」
「任せとけって!」
残る走者は二人。
バトンはハヤトへと渡り、全力で走り出すも白青も終盤走者エースが並んでおり、そのスピードに大きな差異はない。
少し諦めの空気が漂い始めるも、最後まで諦めずに走るハヤトへと惜しみない声援が飛ぶ。
「ハヤトくんっ!!頑張ってぇー!!!」
ひなたの声が良く通り、ハヤトが早々にスパートをかける。
青組がバトンパスのタイミングでついに白組を捕らえ、それぞれ野球部とサッカー部のエース達がしのぎを削るように横並びにラスト一周、200mを走り出す。
「咲良っ!頼むっ!」
「……承知した」
ハヤトからバトンを受け取ったアリサは小さく息を吸うと、みちるとの練習でうまく調整したスピードまで加速する。
大凡の目測で先頭との距離は15m程、このペースで走るとゴールまで僅かに追いつけない。
「……」
コーナーを越え、直線となった時、ほんの少しだけ、抑制している力を解放していく。
踏み込む度に地面にスニーカーの跡を刻みつけ、グンと加速を続ける。
目指すはもう目前まで迫る青白組の背中。そしてその先のゴールテープ。
二人で先頭争いをしていたはずのアンカーは、もう背後まで近付いて来ている気配に背筋がゾクリとなった。
まるで蛇に睨まれた蛙。雄々しき鷹が爪を振りかざし、無力に震える兎へと迫るが如く、静かなる白銀の風が二人の隣へと並ぶ。
最終コーナーへと差し掛かり、両アンカーは最後のスパートを仕掛けていく。
乱れる呼吸も歪む表情も何一つ気にならない。
ただ、彼らの心にあったのは、たった一つ。
「「絶対負けねぇ!!」」
「……ッ!」
二人の剥き出しになった感情に、アリサの鼓動が僅かにトクンッ……と音を立てる。
作戦変更……。彼等へ敬意を表して、手を抜く事はしない。
コーナーを過ぎ去り、残るは僅かな直線と、勝者を待ち受けるゴールテープ。
アリサは一番不利なはずの外側のレーンへと回り込み、青白組のアンカーと共に勝敗をかけた最後のスパートをかけんと、踏み込んだ足へ力を込める。
巻き上げられる土煙。
そして爆発的な加速を見せるアリサはいとも簡単に、無慈悲にも二人を抜き去り、遮る者のいない先頭へと躍り出た。
ゴールテープが近づく。
応援席からの歓声が最高潮になる。
そして──。
「い、一着!赤組!!」
グラウンドに歓声が響き渡った。
アリサに続き、ほぼ同時にゴールラインを越えた青組と白組のアンカーは、本当に僅かな差で白組が2位となり、健闘を称える温かい拍手によって迎えられた。
ぜぇぜぇと荒い息を整える白組青組のアンカーを務めた二人へ、アリサは静かに僅かに笑みを口元へ浮かべながら「良い走りだった。ありがとう」と残し、彼女を待つ2-Aのクラスメイト達の元へと歩を進めた。
「凄いよアリサちゃんっ!!1位だよーっ!!」
アリサへあかりが抱き着き、それに続くようにクラスメイト達が集まりアリサを取り囲み大騒ぎをする。
だがその余韻を楽しむ間も無く、放送席から次のアナウンスの声が響き渡った。
「素晴らしい赤組の怒涛の追い上げでした!さぁ、続いては3年生のリレーに移りまーす!」
早々に2年生はグラウンドから退場し、入れ替わりに3年生が入場を行う。
続く3年生達は、経験と安定感を武器にした走りが光り、青組が僅差で勝利を収めた。
白組は終盤にバトンミスがあり、惜しくも順位を落とし、赤組は粘りの走りで堂々の2着となった。
全競技が終了し、やがて場内アナウンスが再び流れる。
「これをもちまして、すべての競技を終了とします!皆さん、お疲れさまでした!次に閉会式並びに結果発表へと移ります」
グラウンド全体に、達成感と熱気に満ちた拍手が響きわたった。
またしても長い長い校長の話を聞き、PTAや来賓など、来場者代表の挨拶が続き、そして……運命の結果発表。
壇上に立つ教頭が集計結果の封筒を開き、やや芝居がかった口調で読み上げる。
「皆さん、大変よく頑張りました!本年度の快晴学園体育祭、総合優勝は……赤組!!」
ドッと湧き上がる歓声と、赤い鉢巻を振り回し空へと投げながら喜び合う生徒たち。
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「優勝だぁー!!」
「マジでアリサ最強すぎるって!!」
みんな汗だくのまま、手を取り合って飛び跳ね、肩を組んで歓声を上げる。
あかりもアリサもみちるも、ぐっと手を握り喜びを噛み締めていた。
「……あかり。これが青春……ですか?」
「そうだよっ!すっごくキラキラしてるよね!」
「……なるほど。理解……できたかもしれません」
こうして、汗と波乱と熱気に包まれた体育祭は、幕を下ろした──。
雨の日って、なんだか気分もしとしとしちゃうよね……?
せっかくのお休みの日でも、雨が降るとお出かけも……。
そんな時、みちるちゃんからお誘いがあって、お菓子作りをする事に!
ころころサクサクなクッキーを目指して頑張りますっ!
次回、「しとしと、ころころ、甘い時間♪」
新しいハーモニー、始まるよっ♪
今回も少し長くなってしまいました。次回もお楽しみに!




