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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第一部 第三楽章 恋と青春と友情と!
39/87

友情全開っ☆体育祭へ一直線!

挿絵(By みてみん)


作品のタイトルロゴ、作成頂きました! 


それではどうぞ!

朝の光が、カーテンの隙間からそっと差し込んでくる。

夏の気配が近づいているせいか、寝苦しさで少しだけ早く目が覚めた気がした。


「……うーん、もう朝ぁ……」


眠気に逆らわず、布団の中でくるりと丸まったその瞬間。


「ピッピピ~!あかり、朝ソラ~っ!!二度寝は許さないソラ~!」


「ひゃあっ!?」


脇腹をくすぐるふわふわ小さな羽と優しくつつかれる可愛い嘴。

ベッドの上で跳ね回るソラシーに強制的に起こされ、あかりは慌てて身を起こす。


「も~……もうちょっと寝かせてくれても……」


「だめだめソラ~♪」


ぴょこん、と頭の上に乗って得意げに胸を張るソラシー。

この子がいるだけで、どんな朝もにぎやかで、そしてちゃんと始まる。


あかりは制服に着替えながら、部屋の壁にかけたカレンダーに目を向ける。

今日は5月30日。あっという間に5月も終わり、まもなく6月がやってくる。


6月がやってくるということは……。小さく丸をつけた日付が、じわじわと近づいていた。


「……ついに明後日で……体育祭かぁ」


最近は放課後もずっと準備。

リレーの練習、応援合戦のダンスの練習、衣装係の打ち合わせ。

なんだか、みんながすっごく燃えてる。


「でも、うちのクラス……強そうだよね♪」


アリサがアンカーって決まっただけで、他のクラスのテンションが下がってるの、ちょっと笑っちゃった。

速すぎるんだもん、あの子。


あかりの頭から机へと飛び降りたソラシーが、羽繕いをしながら答える。


「あかりもアリサも運動神経は良いソラ!だから大活躍間違いなしソラ!二人してスーパーヒーローソラ~!!」

「あー、ヒーローっていうか、ヒロインかな?」


笑いながらソラシーの頭を撫で、あかりはぼんやりと今日の一日を思い浮かべる。


今日は午前中に体育祭のリハーサルがあって、本番みたいに入退場や応援合戦の練習を。午後は通常通りの授業だっけ。



最近あかりは、今回の体育祭に向けて応援団に立候補して参加している。クラスのムードメーカーとして、他の男子女子の団員と一緒に学ランに白いハチマキを巻いて大声で応援を送る練習をしていた。


そのメンバーの中に、なんとあのひなたも一緒に応援団をやっているのだ。

というのも彼女の恋人の相馬ハヤトも応援団に立候補していて、彼から誘われたらしい。



放課後の練習も積極的に参加して、自分のクラスだけでなく、他のクラスの応援団員とも交流は盛んだ。


最近はあのジェラート屋での襲撃以来ディスコードも大人しくて、平和に自由な放課後ライフを送れている。



「むむ……なでなでは嬉しいけど、羽が……。そうだ、あかりあかり、お弁当の準備は良いソラ?」


「え……?あっ!いっけない!!ありがとソラシー!」


バタバタと慌ただしく階段を駆け下りていくあかりを、ソラシーは羽繕いの続きをしながら見送るのだった。




「いってらっしゃい、あかり!」


「行ってきまーす!」


玄関から元気に出ていくと、どこか初夏の香りがした。

最近はもう梅雨が始まっているらしく、青空の見える日は少ない。幸い今日は雨も降っていないからリハーサルは予定通り行えるだろう。



「ふわぁあ~、今日もジメジメソラぁ……」


あかりの肩に乗っていたソラシーが、ぼやくように翼でぱたぱたと風を送る。


「もう梅雨だからねぇ……明日からいよいよ夏服だし。これからもーっと暑くなるよ?」


「ピヒィ……」


ソラシーを乗せたまま歩き続けていたあかりは、桜並木へと差し掛かった。

青々とした葉を豊富につけた桜並木は、この時期時々芋虫毛虫がぶら下がっていて、顔にぺとりと「こんにちは」をした時にはもう……。


過去の思い出に、ぶるりと身体を震わせて重々に注意しながら歩き、途中で待っていたのは、いつもの二人。


「おはよう、あかり。ソラシー」


「……おはようございます」


みちるが微笑みを浮かべながらあかりを迎える。そのすぐ隣に、ほんのりと口角の上がっているアリサが立っていた。

木漏れ日の中で、どちらも眩しいくらいに絵になる二人だ。


「おはよー!二人共!今日も暑いね~!」


あかりが元気よく手を振ると、みちるがふっと微笑む。


「このくらいの暑さなら、まだまだ平気よ。……でも、もうアリサは暑そうに見えるけどね?」


言われたアリサは瞬きをすると、そっと視線を横へと逸らす。


「……明後日から軽装になるのは助かる」


どうやらアリサはやっぱり暑さを感じているらしく、明後日からの夏服を歓迎してる様子だった。


「ピィ、そんなアリサへソラシーが扇いであげるソラ!」


「……感謝する」


時々雲の隙間から太陽が顔を覗かせ、木漏れ日が差し込む並木道を三人はゆっくりと歩いていく。


図書館の前を越え、あおいの待つマンション前の通りへと差し掛かる。

だが今日は珍しくあおいの姿が無かった。


「あれ、あおいちゃん……今日日直って言ってたっけ?」


「うーん……ブレッシング・リンクで聞いてみる?」


「ソラシーが見て来るソラ?」


少しの間あおいがいつも立っているあたりで立ち止り、彼女のマンションの方を見て待っていると、見覚えのある姿の少女が、慌てたように息を切らして走りながらこちらへ向かうのが見えた。



「はぁ……はぁ……おはよう……あかり、みちる、アリサ、ごめん……遅くなったよ」


「あおいちゃんおはよう~!まだまだ時間余裕あるんだから走らなくてよかったのに~!」


「ふぅ……昨日久し振りに夜晴れ間があったから……遅くまで天体観測していたら……油断したよ」


あかりは盛大に、みちるとアリサ、ソラシーは軽く挨拶を交わし合い、合流した4人と、誰かの頭に乗る1羽が並んで歩き始める。

あおいが合流するまでは横一文字、あおいが合流した後はさすがに道を塞がぬように、あかりとあおい、みちるとアリサで、自然と二列に並ぶような形に落ち着いていた。



穏やかで、どこか音楽みたいにリズムのある会話。

歩きながら、ふとした風が吹き抜けて、木々の葉がさらさらと揺れる。


「……こうやって、平和にみんなで歩く朝って、いいよね」


あかりがふと漏らした言葉に、誰かが返すでもなく、けれど全員がちょっとだけ頷いていた。




そうして通い慣れた交差点を越えて、校門が見えてきたところで、あおいの頭の上に乗っていたソラシーが翼を広げて飛び立つ準備をしていた。


「ソラシーのお見送りもここまでソラ!みんな、今日も頑張るソラ~!!」


その声に、4人が顔を見合わせてくすりと笑い、そしてあかりが笑顔でうなずいた。


「うんっ!頑張ってくるねソラシー!いってきますっ!」


ソラシーは満足気に頷くと、抜けた青い羽を落としながらお気に入りの散歩ルートへと飛んでいくのだった。



———————————————————————————————————




校門をくぐると、すでにグラウンドの方から大勢の生徒の話声やかけ声が聞こえてきた。

各クラスが準備のために早めに登校していて、校舎の前も、いつもよりにぎやかだ。


「わっ、もう道具出してるクラスもあるんだ……!」


あかりが目を見張りながら、自分の靴箱のある昇降口へ向かう。

廊下には既にジャージに着替えた子たちが荷物を抱えて走っていた。


「今日のリハーサル、結構本格的みたいだね。前回の全体練習の日、雨で出来てなかったから」


そう話すのはあおい。鞄から取り出し手に持った資料には、各クラスの配置や流れが細かく書かれている。


「体育祭実行委員も大変そうね……」


腕章を付けた体操服姿の生徒が先程から駆け回っているのを見ながらみちるが独り言ちる。


4人は途中でロッカーで制服から体操服へと着替え、準備を済ませてからそれぞれの教室へ。



教室に着くと、すでに何人かが体操服に着替えていた。


「お、柚木ー! 応援団のハチマキちゃんと持ってきたか?」


「もちろんっ!後で出番になったら結んでおくよっ!……ひなたちゃんにも後でチェックしてもらおっかな~」


あかりはクラスメイト達に挨拶を交わしながら自分の席へ。みちるとアリサも挨拶の声をかけられ、小さく手を振りながらそれに応えていた。



「そういえば、宮崎さん今日もハヤト君のとこ行ってたね」


「……やっぱハヤトくん狙ってるんじゃない~?」


「だよね!!宮崎さんとハヤトくん、最近すっごく良い雰囲気だし!」


「ねー、ちょっと怪しいかも?」



そんな噂話が、クラスのあちこちで盛り上がっている。

当のひなたはというと、照れ隠しなのか、集まって盛り上がっている応援団メンバーの元へとそそくさと向かっていった。


一方アリサは自席に座り、窓際でじっとグラウンドを見つめていた。


「……今日は、全力を出してはいけない日……か」


ぽつりとつぶやくと、前の席のあかりが小さく吹き出し振り返った。


「ちょっとぐらい速くても、誰も文句言えないと思うよ?だってアリサちゃんはもう、伝説のストライカー様なんだからっ!」


「……ふむ。手心はいらないと」


少し考え込む仕草を見せるアリサへ、あかりは続けた。


「体育祭って、勝っても負けても青春を感じる行事だと思うんだよねっ!こういう時間、アリサちゃんにもちゃんと感じてほしいなって思ってるよ!」


「青春……?」


その言葉に、アリサがほんの少し首を傾げる。

そんな時、予鈴が鳴った。


「はいはーい、整列~! 今日のリハーサル、遅刻厳禁だよー!」


クラス委員のかけ声とともに、ぞろぞろと教室を出ていく生徒たち。

グラウンドへと向かうその列に、あかりも加わっていく。


空は曇ってはいるものの、時々太陽も覗く、晴よりの曇り空。

風は少しだけ湿気を含み、生暖かくグラウンドを抜けていく。


全校生徒が参加する、体育祭のリハーサルが今学年主任の号令によって始まった。





———————————————————————————————————





グラウンドに集まった生徒たちは、それぞれのクラスごとに整列し、体育教師の指示のもと、開会式の入退場から練習が始まった。


応援団の代表でハヤトとあかりを先頭に男女別れて二列で行進し、決められた場所で止まれの号令が出るまで足踏みをする。


少し緊張したあかりが足踏みのリズムを崩しかけるが、隣のハヤトが小声で1・2・1・2とリズムを口にしてくれたおかげで崩さずにやり切る事が出来た。


にっこりと笑顔でお礼を言うあかりにニッと爽やかな笑顔で返すハヤト、その光景を目にしていた後列のひなたの目からハイライトが消えるが、それには誰も気付いていない。



その次には全体での準備運動としてラジオ体操を行い、各競技にあたっての各クラスの入退場行進の確認。



続いて行われたのは応援合戦の全体フォーメーション練習。学ランとハチマキ姿の応援団が中央に集まり、音楽に合わせて動く。


ひなたとハヤトの掛け合いはばっちり決まっていて、他のクラスの生徒からも拍手が起こる。



「……これが青春ですか?」


「え?そ、そうね。これも青春の一つだと思うわよ」



最後はリレーのバトンパスの確認だけが簡単に行われた。


走る距離は短縮されていたものの、アリサが試しに全力で走ろうとした。その一歩目で、ごりっとグラウンドの土を削り、激しく土煙を上げて直線を駆け抜けた。すぐさま教師から注意が飛ぶ。



「さくらー!飛ばしすぎだ!本番でけが人が出るぞー!」


「……やはり、手心を加えるべきか」


「加減するとか調整するって言い方もあるんだよ~!」


笑いながらフォローするあかりの声に、クラスメイトたちも笑い声を上げる。


だが、そんな彼女等(2-A)と戦う羽目になる他の2年生達には笑い事では済まされなかった。



やがて午前中のリハーサルが終わると、全体での解散が告げられる。


「よーし、ここまでー!午後は普通に授業戻るぞー!」


「えぇぇえ~……」


「現実が……始まってしまう……」


がっくりとうなだれるあかりを、あおいが小さく苦笑しながら引っ張っていく。


「まだ昼休みあるんだから、テンション落とすのは早いよ。……ほら、日陰で水分補給」


「うう……ありがとあおいちゃん……」


グラウンドに吹く風はどこか気だるくて、それでも楽しい雰囲気に満ちていた。

平和な、ちょっとだけ特別な日常。

汗と笑顔と共に、生徒等はまた少しだけ絆を深めていくのだった。




グラウンドから戻ってきたばかりの教室には、まだほんのりと土の匂いが残っている。


あかりは鞄から水筒を取り出し、贅沢に冷え冷えのスポーツドリンクをごくごくと飲む。

まだ水筒の中からは氷の音がカラカラと聞こえ、清涼感を感じさせる。


満足いくまで飲み終わると、机に突っ伏すようにもたれかかる。


「……んー……のど、ガラガラする~……」


応援団の練習で声を張り上げすぎたせいで、喉が少し枯れかけている。

けれど、あかりはそれをまるで勲章のように思っていた。


「頑張った証だもんね……!」


そう呟いて笑うも、その顔にはさすがにちょっと疲れが見え隠れしていた。


「……ふぁ……」


眠気が襲い、自然とまぶたが落ちてくる。

水筒を机に置き、頬杖をついたまま、あかりは意識を手放しかけていた。


窓の外からは雲越しに初夏の光がやわらかく差し込む。

みんなが頑張っているから、自分も負けられない。

そんな想いのまま、彼女は一瞬で夢と現の狭間に落ちていった。



「あれ……あかり寝ちゃった?」


「……眠っていますね。起こしますか?」


「ううん。さっき応援団で頑張っていたから疲れちゃったのかな。今は寝かせてあげましょ」


「……では、我々は中庭に。いきましょうみちる」





その後、予鈴が鳴ってようやく目覚めたあかりが、戻ってきたアリサに「なんで起こしてくれなかったのーっ!!」とぽこぽこ怒りつつ、半泣きになりながらお弁当をかきこむ姿があったそうな。



———————————————————————————————————




放課後。


教室にはすでに人気がなく、あかりは体育館脇の広場へと急いでいた。

今日も応援団の練習があるのだ。


「……んんっ……えっへん……!」


声を出そうとするたび、喉が少し引っかかる。


「あかりちゃん、大丈夫?」


心配そうにひなたが声をかけてくれる。


「ん、だいじょーぶ!ガラガラでも声は出るからっ!」


そう答えながら、あかりは学ランの袖をたくし上げ、赤いハチマキをぎゅっと締める。

応援団のリーダー格として、恥ずかしい姿は見せられない。


「おーし!それじゃあ今日も張り切っていくよー!!」


「おーっ!!」


ひなたが隣でハチマキを締めながら、ちらりと遠くを見る。

その先には、他クラスの応援団メンバーと談笑しているハヤトの姿があった。


「……もう、ハヤト君……すぐ他のクラスの女の子と仲良くなるんだから」


ぼそっとこぼす声は、小さくて誰にも聞こえていない。

けれどその頬は、ほんのりむくれていて赤い。


ハヤトの方もこちらに気付くと、にっと笑って手を振った。

ひなたは仕方なさそうにため息をつきながら、手を振り返す。


あかりはそんな二人を見て、にまにまと頬を緩める。


「……ドレミってるねぇ~♪」



一方その頃。


グラウンドの端、倉庫裏の空きスペースにはアリサ達の姿があった。


「じゃあ、全力の一割程度で走ってみて?」


「了解……他に人目は?」


「今は誰も見てないわ」


みちるが手にしたストップウォッチを構え、アリサは軽く助走の姿勢を取る。


「……よーい、スタート!」


短い掛け声と共に、アリサが静かに走り出した。


彼女の脚は地を蹴るたび、ほとんど音を立てない。

それでいて加速は滑らかで、滑るようにコースを駆けていく。


「……12秒08。……一割?」


「……次は三割で」


「え、ええいいわ。けど加減、ちゃんとしなさいよ?」


「努力はする」


二人だけの静かな練習。

本気を出せば競技が成立しない。そんなジレンマを、アリサは正確な自己制御で乗り越えようとしていた。


「……9秒86!?待って、本当に三割?……落ち着くのよ私。今更でしょ、これはアリサだから……アリサだから当然。すー……はー……。」


今アリサが走っている距離は50mではない、100mだ。

参考までに、男子の世界記録は9秒58である。


「……次、五割」


「ストップ!もう分かったわ。絶対に一割で走る事!いいわね?」


「……了解」


ほんの少し、不完全燃焼を感じるアリサだった。



そしてもう一方、あおいは自分のクラスの教室で、ダンスの練習に励んでいた。


「はい、5、6、7、8!」


音楽のリズムに合わせ、隊列を移動する。

静かなイメージのあるあおいだが、意外とリズム感は良く、動きも機敏だった。


同じ班の子たちに、「杏堂さんって結構動けるんだね!」と驚かれ、ちょっとだけ照れくさそうに目を逸らす。


「昔、クラシックバレエを少しだけやってたから……」


そう言ったあおいの口元は、少しだけほころんでいた。





空がオレンジ色に染まり始める頃。


全員がそれぞれの放課後を過ごしていた中。


「……っ!?」


一斉に、3人のブレッシング・リンクが脈動するように震えた。


あかりは練習の途中でその振動に気付き、みちるも、あおいも、それぞれの場所で反応する。


画面を見ればソラシーのような鳥が大慌てして右往左往しているアニメーション。襲撃の知らせだ。


「ディスコード……!こんな時に……!」


あかりは途中で投げ出すわけにもいかず、焦る心を胸に早く終わってと願い続け、あおいも練習の途中で一人だけ抜けるわけにはいかず、困ったように冷や汗を流す。


唯一動けるのがアリサに付き合っていたみちるだけだった。


「私が行く!二人はキリの良いところで来て!」


ブレッシング・リンクに二人への伝言を残し、みちるは急いで鞄を持ち上げ走り出す。

それに続き、アリサも鞄を拾い、走って彼女に追いつく。


だがアリサは、敵意感知に今回の敵が引っ掛からなかった事に首を傾げていた。

それは今も変わらず、敵意も悪意も感じ取れず、リンクの誤作動を疑うもそれをみちるへ伝える事は出来ない。

目に見える証拠がないのだ。



途中息切れを起こしたみちるの手を引き、灰色の曇り空の中に赤黒い雲が沸いている商店街の方向へと走る二人。


ようやくリンクの示していた場所へと到着した時には、既に上空の雲は灰色に戻っており、そこに異形の存在の気配も感情を奪われた人々の姿もなく、ただ、どこかに不穏な余韻だけが残っていた。



「……逃げられた、のかしら?」


「……それにしては何も異常がありません」


息を整えるみちるを待ちながら、アリサは周囲をぐるりと見渡し、ナノマシンによる索敵も行う。

しかし、やはりどこにも異常をきたした者も異空の襲撃者の気配も存在していない。



「すぐにいなくなった……?私達が来るのを察知して?」


すると空からソラシーが降りてきて、みちるの頭へと着地する。


「反応があったから来てみたソラ!でも……ディスコードはどこソラ??」


わざわざあかりの家から飛んできたのだろう。

みちるはご苦労様と頭からソラシーを下ろして胸の前で抱き、その頭を撫でる。


「今のところ、もういないみたい。ちょっとこの辺りを見て回ってみるわ」


「ピ、了解ソラ!ソラシーも空から見てみるソラ!」


ようやく練習から解放されたあかりとあおいからブレッシング・リンクで連絡が来るも、今回はディスコードの襲撃が不発だった事、これから商店街を見てみる事を伝え、一先ずこの場はみちるとアリサ二人で回る事になった。



「……異常なし。ここも変わった様子は見られません」


「うん。お店も普通に営業してるし、通りを歩く人も……穏やかね」


さっきまで赤黒い雲が垂れ込めていたにも関わらず、街は落ち着いていた。


走る子ども達の笑い声、総菜屋から漂う香ばしい匂い、ちりんとどこからか聞こえる風鈴の音――。


何の変哲もない、まさに平和な夕方の姿だった


「……戻りましょうか」


「ううん。せっかくだし……少しだけ、寄り道しない?」


みちるがそう言って足を止めたのは、昔ながらの和菓子屋の前だった。


ガラスケースには、季節を映した涼しげな葛まんじゅうや水ようかんが並び、店先の幟には「夏のはじまり、ひんやりと」の文字が踊っている。


「何か買っていこうか」


「……お供します」


アリサがすっとガラス戸を開け、一歩引いて、みちるを先に店に入らせる。


「いらっしゃいませ、お好きなのどうぞ」


にこやかな老婆の店主に会釈しながら、みちるは並んだ商品を横から順に眺めていき、葛饅頭の所で視線が止まる。


「アリサは……甘いの、苦手じゃなかったわよね?」


「……和菓子は初見ですが、興味はあります」


「ふふ、なら一緒に食べましょう?」


みちるセレクトの葛饅頭と、アリサの目に留まった豆大福を一個ずつ購入し、二人で包みを受け取り、再び夕暮れの道を歩く。


近くの小さな公園のベンチに腰かけて、それぞれの饅頭と大福を取り出すと、涼やかな甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。


「……柔らかい」


アリサが少し驚いたような顔をして、すぐに口へと運ぶ。


「なるほど……。なるほど、これは良い。あんこの甘みと外皮のもっちりとした食感。アクセントに塩味のきいた豆があんこの甘味を強く引き立てている。……ふむ」


「ふふ、じゃあ私も!」


みちるが微笑みながら葛饅頭を一口。


「うんっ!もちもちぷるぷるで、あんこが甘すぎないのもいいわね!すいすい食べちゃう……」


二人の間を、風がやさしく通り過ぎていく。


「あら、アリサ……口の周りが真っ白」


みちるは笑いながらアリサの口の周りにたっぷりついてしまっている片栗粉を、ハンカチを取り出して拭う。

アリサはされるがままに、みちるが口元を拭き終わるのを待った。


「……ありがとうございます」


「ううん。……ねぇアリサ、一口貰っても良い?」


少しだけ首を傾げ、みちるがそう尋ねる。


アリサは手にした豆大福をじっと見つめた後、その半分ほどを指で持ち直し、みちるが食べやすいように彼女の口元へと静かに差し出した。


「どうぞ。……衛生的には切り分けた方が良いかもしれませんが」


「そ、そういうの気にしなくていいの!……じゃあ、いただきます……」


小さく苦笑して、少し頬を赤く染めながらもアリサの手から豆大福を一口。


「……っ! うん、美味しい!アリサの感想、ちょっとオーバーかと思ったけど、分かるわ……この絶妙な甘さ」


「……でしょう?」


アリサが、わずかに口元を緩める。

その小さな微笑に、みちるはふっと頬をゆるめた。


「……ねぇ、アリサ」


「なんでしょうか」


「こうやって、あなたと並んで甘いものを食べてると……少し、不思議な気持ちになるの」


「不思議……ですか?」


「うん。昔の私には、こうしている事が想像できなかったもの。誰かと一緒に寄り道をして、一緒に和菓子を食べて、一緒に笑い合って……なんでもない日常なのに、すごく……嬉しい」


アリサは少し黙って、手の中に残った豆大福を見つめた。


「……こうした何でもない日々が……貴重であることは、理解しているつもりです。……ここに来て、皆と関わって、あなたと出会って……私は、変わってきている……かもしれません」


「……ふふっ」


「何か可笑しかったですか?」


「ううん。変わってきてるじゃなくて、ちゃんと変わってるの……。今のアリサは素敵よ、すっごくね」


そう言ってみちるは自分の葛饅頭の最後のひと口を、ぽかんと口を開けていたアリサの口へと押し込んだ。


突然の事にアリサは目を白黒させるも、口内に広がる豆大福よりもさっぱりした甘味のあんこと葛の皮のモチモチあっさりな触感を楽しみ、嚥下する。


風が吹き抜け、頭上の街路樹がさらさらと揺れる。


「……今日は、ありがと。アリサが一緒で……よかった」


「私も……ありがとう、ございます」


みちるの照れたように俯く横顔が、そっとアリサの視線に映る。

どこか寂しがりで、それでいて芯の強さを見せるこの少女に、アリサの胸にほんの少しだけ、温かな感情の火が灯った気がした。


「……帰りましょうか」


「うん。明日も早いもんね」


「ピィィーっ!!アリサズルいソラーっ!!!」


二人の間に漂う甘酸っぱい雰囲気をぶち壊すように空からソラシーが舞い降り、二人の座るベンチへと着地する。


「ソラシーが空からパトロールしている間に、二人はブレイクタイムソラ……!?その右手のモノを要求するソラっ!!」


びしっと羽で指差すのはアリサの手に残る豆大福。


「ん……どうぞ」


アリサはソラシーが食べやすい様に小さくちぎり丸めて包装紙の上へと並べていく。


「ピ……もちもちあまあまで良き良きソラ……!」


「ごめんねソラシー、何か見つかった?」


みちるがソラシーの背を撫でながら訪ねると、ソラシーはエンドウ豆を丸呑みにしてから羽を広げる。


「なーんもないソラ!平和そのものソラ」


「……ふむ」


やはり、今回の襲来は人々の感情を狙ったものではなかった。では一体……?



ソラシーが食べ終えるのを見届けてから二人は並んで立ち上がり、包装紙と袋をゴミ箱へと捨てるとゆっくりと家へと向けて歩き始める。


「二人共バイバイソラ!ご馳走様ソラ~!」


空へと飛び去るソラシーへと手を振り、自然と二人は視線を合わせ、微笑みあう。




楽しい寄り道の終わり。

ぽつりぽつりと灯り始める街灯の光に照らされ、二人の影は長く伸びながら、寄り添っていた。




ついに始まった体育祭っ!

朝からテンションMAX!チームワークで、めざせ優勝~~っ!!


開会式ではちょっぴり緊張しちゃったけど、競技が始まれば全力全開っ!

応援合戦もダンスもリレーも、全部ぜ~んぶ青春のメロディー!


だけど……そこにディスコードの影が……!?

どうして今なの~っ!? でも、大丈夫っ!みんなで力を合わせれば、絶対負けない!


最後はアリサちゃんがリレーで……えへへ、それは見てからのお楽しみっ♪


次回、『届け、風より速く!友情のバトン♪』

新しいハーモニー、始まるよっ♪

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