この胸に灯れ、希望の陽!メロリィ・ソラリス降臨!
店の扉を開けると、ひんやりとした空気とともに、甘く涼やかな香りが鼻先をくすぐった。
「わぁ……っ!」
思わず感嘆の声を漏らしたのはあかりだけではなかった。店内のショーケースには、カラフルなジェラートが宝石のように並べられ、光を受けてきらきらと輝いていた。
ラズベリーやブルーベリーのベリー系、王道のストロベリー、バニラ、チョコレート、ピスタチオ、レモンにオレンジ、そして抹茶や黒糖ミルクといった和風フレーバーも所せましと並んでいた。
「本格的ね……これは迷っちゃいそう」
みちるがそう呟く横で、あかりは早速ショーケースに顔を近づけて目を輝かせながら吟味し始める。
「うーんうーん、やっぱり定番のストロベリーは外せない……けど、ダブルにするなら……うわぁ、ラズベリーも美味しそうだし、こっちのミルクイチゴも気になるぅ~!」
「さすがあかり……まぁ楽しみにしてたもんね」
あおいが苦笑する。彼女もまた、目を細めて並んだジェラートの札を読んでいたが、少しだけ眉をひそめる。
「……チョコミントは、やっぱり無いか」
「あら、このメンタってミントっぽくない?」
みちるが隣から水色に近い薄緑のジェラートを指差す。
「……ミントだね。でもチョコチップが入っていない」
「あおいはあくまでチョコミントが良いのね……」
まだ何を選ぶか迷い、結論が出ないあおいとみちるを置いて、アリサは先に静かに注文をしていた。
「抹茶とバニラを」
店主の男性が「いいチョイスですね」とにこやかに微笑みながら、器用な手つきでジェラートをカップに盛りつける。
「う~……私は……ストロベリーと、いちごミルクにするっ!」
「いちご尽くしですね、お姉さん」
「えへへ~、いちごは正義ですからっ!」
女性の店員より笑顔でダブルストロベリーを受け取ったあかりは、もうその時点で幸せそうに頬を緩めていた。
「じゃあ私はブルーベリーとラズベリーミルクでお願いします!あおいは……?」
「うーん……迷うけど、ミントとピスタチオと、ビターチョコかな。ちょっと大人な気分で」
「まさかのトリプル……!?」
一方でソラシーは、あかりの鞄へと身を潜ませぬいぐるみのフリをしつつも小声でしっかりとあかりへとおねだりをしていた。
「あかりあかり!ソラシーはミルクとパイナップルのジェラートを所望するソラ!」
「了解っ!すいませーん!ミルクとパイナップルのジェラートのカップ追加で!」
「はーい!ありがとうございます!」
ジェラートを手にした四人と一羽は、他の客で賑わう木製のテラスの四人掛けテーブル席へと腰掛けた。
「じゃあじゃあっ!溶けちゃう前にはやく食べよっ!」
「「いただきます!」」
ジェラートに刺されていた小さなスプーンを手に取り、どちらから食べるかの判断を一瞬で終え、あかりはストロベリーから口へ運んだ。
「ふぅ~……」
ひと口目を口に含んだあかりが、心から幸せそうに吐息を漏らした。
「お、美味しすぎる……っ!しあわせ……」
それに釣られるように、みちるもスプーンでラズベリーミルクをすくって口に入れる。
混ぜられたラズベリーの果肉の食感がプチプチと楽しく甘酸っぱくて、それでいてミルクの濃厚な甘みが舌の上でとろけていく。その余韻を楽しむように目を閉じた。
「……ん、美味しいわ……。酸味もちゃんとあるのに、まろやか。フルーツの香りと甘さがそのまま生きてる……」
「これは……また来たくなる味だね」
と、あおいも静かに微笑みながら手にしたスプーンでミントジェラートを猛烈なスピードで食べ進めている。
「ピィ……ソラシーのチョイスは間違いなかったソラ!」
今回もソラシーはみんなの通学鞄で他の人から見えないように隠れながらジェラートを啄んでいる。……とても器用だ。
アリサはといえば、抹茶とバニラを交互に口に運びながら、どちらが自分にとって好ましいのかを真剣に探っている様子だった。
「……この、抹茶のほろ苦さ……しかしその奥底に感じる旨味と深み……悪くない。だが……」
と、続けてバニラを一口。
「……こちらは、やはり優しい」
「アリサちゃん、結局どっちが好きなの?」
あかりが身を乗り出して尋ねると、アリサはわずかに間を置いて、バニラの方をそっと見つめた。
「……たぶん、こっち。……この、甘さ」
その言葉に、あかりはふふっと笑いながら自分のカップをひょいと持ち上げて、アリサのカップに軽くぶつける。
「じゃあ、バニラに乾杯っ!」
「……?」
「アリサちゃんの気に入った味と、今日の放課後にね」
「……乾杯」
ほんの少し、笑ったように見えたアリサの目元。
そんな穏やかなひとときが、何よりも尊く愛おしいと思えるような、かけがえのない時間だった。
「はぁ~っ……やっぱり放課後アイスは最高だねぇ……」
満面の笑みでスプーンをくるくる回しながら、あかりが空に向かってのんびりと伸びをする。白いパラソルがほんのり風に揺れて、光がまだらにテーブルを染めていた。
「もう夏みたいね……まだ梅雨すら来ていないけど」
みちるが思わずこぼすように言って、ふっと笑う。残り僅かになってしまったブルーベリーシャーベットが、太陽の光に照らされてまるで宝石のように輝いて見えた。
「ジェラートも美味しかったし、お店も素敵だったし、これは大当たりだったねっ!」
「また来ようよ。今度は……違う味も試してみたいし」
あおいも優しく頷いて、静かに空を見上げる。どこまでも澄んだ青。穏やかで、のどかで、日常の中の宝物のようなひととき。
ソラシーもこっそり鞄の中から顔を覗かせて、パイナップルジェラートの残りを夢中で啄んでいた。
「ピィ~……しあわせソラ~……」
そんな和やかにくつろぐ三人と一羽を見て、アリサは自然と表情を緩ませる。その手にはもう既に空になったジェラートのカップが握られていた。
……この時間が、ずっと続けばいい。
そう思った瞬間だった。
アリサの脳裏に電流が走る。
ひゅう、と風が止まった。
ざわり、と何かが凍りついたような感覚が、場の空気を変える。吹き抜ける風の音が、妙に静かになる。
一羽のカラスが電線から飛び立った。だが、それに気づいた者はいなかった。
そして──。
「やぁね。今日の陽射し、日焼けしちゃいそう」
その声は、陽光の中にありながら、まるで底冷えする夜の風のようだった。
テラス席の端の二人掛けの席。誰も座っていなかったはずのその場所に、いつの間にか座っていたのは、どこかの劇場から抜け出してきたような優美なロングドレスを纏った一人の女性……ミーザリアだった。
どこか憂鬱げな顔をして、彼女は静かに言葉を紡ぐ。
「……この場所に満ちている。安らぎ、幸せ、友情、希望……。全部、奪ってあげるわ」
その言葉と同時に、彼女の手にしているミュートジェムが鈍く輝き空気が一変した。
青空には突然赤黒い雲が立ち込めて日差しを遮り、周囲を霧が覆い始める。
ガタン、と店内から音がして、ガラス越しに見えていた店主と店員が、手にしていたアイスヘラとカップを取り落とし、立ち眩みを起こしたかのように壁に手を突く。
「あ……れ……?」
力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。まるで、感情そのものが霧散したかのような、虚ろな瞳。
その異変は、まるで伝染するかのように他の客にも広がっていく。
「ちょっ……何これ、嘘でしょ……」
「う、うそ……これ……」
ざわざわと騒ぎ出す前に沈黙に染められたテラス席。凍りつくような空気の中、ミーザリアはうっとりとした表情で倒れ伏す人々を眺めていた。
「で、ディスコードソラ……!!」
「あれは……!」
あかり達は立ち上がり、ミーザリアへと身構える。だが、その隣でふらつくように座り込む他の客を見て、みちるが思わず駆け寄って支える。
「……みんな、感情が……!」
アリサは即座に走り出し、他の客のもとへ駆け寄っていく。店主を抱えるようにして外へ連れ出し、倒れかけた子供を片腕で抱き上げながら、冷静に避難経路を確保する。
女子中学生の筋量ではありえない動きと的確さ、だがそれは今は気に留める者もいない。
「奏でなさい、ワルイゾー……この甘やかな調和を壊して」
ミーザリアが鈍く輝くミュートジェムへと口付けし、宙へと放り投げた。
ミュートジェムから放たれた魔力が空を割くように走り、形を成していく。
急激に空気が冷え、冷気の靄のカーテンの中から姿を現したのは、ワッフルコーンのような身体にステンレスを思わせる光沢のある手足、頭部はダブルジェラートを思わせる、角の生えたワルイゾーであった。
ワルイゾーは着地と同時に、周囲のテーブルやパラソルを邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払い、テラス席をも滅茶苦茶に破壊する。
「……あおいちゃん!」
「うん……!」
あかりとあおいは、瞬時に変身用のブレッシング・パクトを手に構えた。
「「ブレッシング・チェンジ!」」
二人の姿が輝く音符と光に包まれ、その姿を変えていく。
「響け、祝福の音色!一緒に紡ぐ想いのメロディ―!」
「瞬け、希望の星々!想いを重ねる星座の煌めき!」
「愛の旋律、届けます!メロリィ・エンジェル!」
「夜空を照らす未来の光!メロリィ・エストレア!」
二人の光の戦士達は、鮮やかに姿を変えて舞い降りた。
しかしその顔は、どこか緊張を含んでいた。目の前のワルイゾーは、これまでのどの個体よりも禍々しいオーラを放っている。
先に動いたのはワルイゾーの方だった。
「ワァルイゾオオオォォォーッ!!!」
ワルイゾーがカパッと口を大きく開けると、極寒の吹雪のような凍てついた吐息が、鋭い氷の粒を撒き散らしながら吐き出された。
「そんな遅い攻撃……っ!!」
「エンジェル、油断しないで!!」
迫る靄で可視化された冷気のブレスを、当たらないようにすり抜けてワルイゾーへと迫るエンジェル。
——しかし、途中から踏み締めていた地面が、コンクリートでも散乱した木材でもない、氷の床へと変貌していたのだ。
踏ん張りが効かず、つるつると滑ってワルイゾーとは違う方へと進んでしまう。
「わわわっ!滑るっ!?それに……すっごく冷たい……!」
「気をつけて!……こいつただのワルイゾーじゃない!!」
すぐさまエストレアがチャクラムを投げて攻撃に転じる。流星のように走る輪がワルイゾーの片頭部を貫き穴を開けるも、ジェラートの頭はすぐに穴を塞ぎ、何事も無かったように冷気を吐き出してくる。
「再生……!?アイスの部分がダメなら……!」
エストレアは再びチャクラムを操り、ワルイゾーの四肢の関節部を狙うも、見た目通り金属的な硬さで甲高い音を立てながら弾かれてしまう。
その間にも、お返しとばかりにアイスヘラの手から生み出された氷塊の弾丸が周囲の建物を粉砕する。
「ッ!?きゃあああっ!」
避難の間に合っていない人がいないか、建物の近くまで確認しに来ていたみちるへ、崩れた建物の破片やウッドデッキの破片が襲い掛かるが、どこからか飛んできた瓦礫により相殺され、みちるに届く前に砕けるか軌道が逸れて地面へと落ちていく。
「みんなが…!!このぉっ!!」
エンジェルが叫び、凍っていない瓦礫の上を飛び移り、ワルイゾーへと接近攻撃を仕掛けるも、硬質な腕に阻まれ、逆に勢いが止まって空中から地面へと落ちていくエンジェルをワルイゾーが蹴り飛ばした。
「あああっ!?」
蹴られた衝撃で吹き飛ぶエンジェルは、受け身を取ろうにも接地した地面がツルツルの氷の為、勢いを殺せずに近くの民家の壁へと叩きつけられてしまう。
「みちる!ソラシーと一緒にここは下がって!」
「でも……でもエストレア、まだ逃がせてない人が……!」
「私が行く。……みちるは逃げて」
震えるみちるに背を向け、アリサは再び別の倒れた客へと駆けていく。その姿は、誰よりも冷静で頼れるものだった。
本当なら、アリサが切断魔法を二度放てばワルイゾーもミーザリアも雑草を刈るが如く始末するのは容易い。
しかし……彼女は、戦わない。
皆の前であの姿になれる事を、まだ秘密にしておきたかったのだ。
「アリサちゃんっ!援護するねっ!!」
エンジェルが地面を滑りながらも瓦礫を拾い、次々にワルイゾーへと投げつけながら気を逸らそうと移動を続ける。
さすがに鬱陶しく感じたのか、ワルイゾーは腕のアイスヘラから大きな氷の塊を生み出し、エンジェルの移動する先へと投げつける。
「わわわっ!?」
目の前に落ちてきた氷の塊へと止まることなく衝突してしまったエンジェルへ、ワルイゾーがすかさず冷気のブレスを吹きかけた。
「ワルルルゥゥイッ!!ゾッ!!!」
「うわっ冷たっ!?」
ギリギリ目の前の氷の塊を蹴って冷気の直撃は避けたものの、右足の足首までを凍らされてしまう。
「エンジェル!!」
エストレアがカバーに入り、ミーティア・レイを放つもワルイゾーの腕から生み出された氷の障壁に阻まれて届かない。
「ワルルウゥゥゥイゾオオオオオ!!!」
突如ワルイゾーが足を踏み鳴らし、空へと冷気を吐き出しながら咆哮を上げると周囲の気温が急激に下がり、周囲の瓦礫や折れたパラソル、無事な家まで次々に凍りつく。
エンジェルやワルイゾーを囲う赤黒い霧すら白い靄に浸食され、まるでこの場だけが南極のような極寒の世界へと支配される。
「はぁ……はぁ……息が……苦しい……!?」
「くっ……肺が……痛い。エンジェル、あまり深く息を吸わないで……!」
極寒の寒さに、目に見えてエンジェルとエストレアの動きが鈍っていく。
次第に力も抜けて膝を地面へとついてしまうと、徐々に足から氷に覆われて、いよいよ身動きすら取れなくなってしまう。
ミーザリアはいつの間にかダウンジャケットとイヤーウォーマーを纏っており、寒そうにしながらも宙に浮いて、ワルイゾーがエンジェル達を追い詰めていく様を艶めかしく笑顔を浮かべて眺めていた。
「あらあら、いつもの威勢はどうしたのかしら?これはもう、私が歌わずとも……勝利は確実ね。ワルイゾー。せめてもの慈悲よ、一思いにやってあげなさい」
「ワルゥゥイ!!」
上空へと冷気を吐き続けていたワルイゾーは、一度放出を止め、もう一度深く息を吸い込み力を溜め始めた。
「こ……このまま……じゃ……」
「……。う……でが……あが……らな……い」
もう既に二人にはワルイゾーの攻撃を避ける体力も残っておらず、いよいよ万事休すかと思われたその時。
「やめなさいっ!!」
その声が響いたのは、今にも倒れそうなふたりを狙って、ワルイゾーが大技の構えを取ったその瞬間だった。
「は……?」
ミーザリアがわずかに目を細めた。その視線の先に立っていたのは、みちるだった。
「み……ちる……ちゃん、だめ……!逃げ……て……!」
身体の半分以上を氷で固められたエンジェルが震える微かな声で呟く。
だがみちるは恐怖に震えながらも、確かにそこに立ち尽くしていた。
「はぁ……なぁに?またこの前みたいな不思議な力で立ち向かう気かしら?……ワルイゾー、構わないからやってしまって」
「ゥワアルゥイ……!!」
興を削がれて少し苛立ちを見せるミーザリアによって、ワルイゾーが溜め続けていた力を解放する。
「ゾオオオオオオオオォォォォウッ!!!」
ワルイゾーの口から放たれたブレスは、あまりの冷気に空気中の水分が冷やされ固められ、鋭い氷の塊の混ざる、浴びるもの全てを氷像へと変える絶対零度の奔流だった。
「やらせない……!!絶対に……っ!!!」
ドクンッとみちるの胸が大きく脈を打った。
今まで必死に抑えてきた感情の昂りを素直に受け止め、自分の中から溢れ出る魔力を……ずっと怖がっていた炎の力を自らの意思で解き放った。
イメージするのはドラゴンの吐く炎のブレス。全身を駆け巡る、出口を求めていた魔力を突き出した片手
から灼熱の炎へと変換させ、冷気のブレスを迎え撃つように放った。
周囲の冷気が、彼女の周囲と放たれた火球の射線上から立ち消えていく。
灼熱の炎と絶対零度の冷気が激突し、瞬間、衝突地点を中心に猛烈な蒸気が噴き上がった。視界が一瞬で真っ白に染まり、エンジェル達だけでなく周囲を覆いつくした。
熱と冷気が拮抗した一瞬の静寂。だが、それも束の間の事だった。
「……っ!」
みちるがはっと息を飲んだ。
次の瞬間、白い蒸気がパキ……パキ……ッと不気味な音を立てて凍り始めた。
冷気が勝ったのだ。
まるで時間を巻き戻すように、蒸気が凍り付き、空気が凍結の鎧となって周囲を包んでいく。
その極寒の抱擁は、衝突地点付近のエンジェルとエストレアの全身を薄氷に閉ざし、みちるもまた、息苦しさに襲われていた。
「あっ……は……はぁ……っ……」
冷気が肺の奥まで染み込み、呼吸するたびに胸が締め付けられるような痛み。意識が遠のきそうになる中、ワルイゾーの咆哮が響いた。
「ゾォォォゥッ……!!!」
霧の向こうから、靄のカーテンを蹴散らしながら氷の塊が高速で飛来する。
お互いの視界は靄で遮られている為、この氷塊がエンジェルを狙った止めなのか、それともみちるを狙ったものなのかは分からない。
だが、視界不良で接近に気付かなかったみちるは、ようやくその氷塊のシルエットがぼんやりと映り込む、回避不可能位置に来てから初めて自分が狙われていた事を理解する。
「ッ……!!」
だがその瞬間。
「危ない!」
みちるの身体を温かくて力強い両手が突き飛ばし、冷たい氷に覆われた地面へと倒れ込ませる。
―—その直後、氷の塊は何かにぶつかり、爆音と共に砕けて透明な氷の破片と、着弾した何かの破片を撒き散らす。
「……え?……アリ……サ……?」
顔に何かの液体が付着し、つうと重力に従い流れていく。
「う……そ、嘘よ……そんな、……まさか。まさか……ッ!?」
震えて言う事を聞かない手で、頬に付いた液体を拭い、何が付着していたのかを確かめてみる。
「……水……?」
最悪の状況を思い浮かべていたみちるには、拭った液体で手が真っ赤になっていると覚悟をしていた。
だが、何度拭ってみてもそれは無色透明な、ただの水だった。
「みちる……無事……ですか?」
近くから、でもどこかは分からない場所からアリサの声が聞こえた。
「ッ!!アリサ!!アリサ、どこにいるの!?大丈夫なの!?」
「みちる……私は大丈夫……だから……。みちるは……みちるの為すべき事を……為して」
徐々に靄が凍り付き、視界が少しずつ広くなっていくと、すぐ近くに地面へ倒れ込んだままのアリサの姿があった。
氷の張った地面に立ち上がる事も難しく、もどかしさからそのまま地面を這うように滑り、倒れたままのアリサの元へと縋りついた。
「ああぁ……!?アリサ……!!しっかりして……!」
腕を庇うように背を向けていたアリサを仰向けにさせると、額に冷や汗を滲ませながらも僅かに微笑みをみちるへと向けていた。
「私は大丈夫です……少し、腕をぶつけただけです……。それより、ワルイゾーを」
アリサの無事にじわっと涙が溢れ出て来るが、彼女の意思を、想いを無駄にするわけにはいかない。
今、あのワルイゾーへと対抗できるのは、自分しかいないのだ。
「……私……また、守られちゃったね……」
ぎゅっと拳を握るみちる。再び感じる自分の無力さ。そして湧き上がる、心の奥からの叫び。
……いや、違う。私が守るんだ……今度こそ。
そして、その想いが、みちるの中で何かを震わせ始めていた。
――その瞬間、みちるの胸の奥で何かが灯った。
怒りでも、憎しみでもない。……それは、願いだった。
あかりのように、誰かの笑顔を守りたい。
あおいのように、惑う旅人を導く夜空の星でありたい。
そして今……アリサのように、自分の身を投げ出してでも、誰かを守れる強さを持ちたい。
「……もう、守られるばかりの私でいたくない……」
震える声でみちるがそう呟いた瞬間、彼女の目の前に金色の輝きが浮かび上がる。眩しさに目を細めながらもその輝きへと手を伸ばすと、何かが手へと収まった。それは……3つ目のブレッシング・パクトだった。
「ピィっ!?あれはブレッシング・パクト……!まさかみちる……みちるもソラ……!?」
避難させた店主や客等の近くで応援に徹していたソラシーが思わず大声を上げる。
パクトをぎゅっと握ると、まるでそれは彼女の決意に呼応するかのように、温かな輝きと確かな温もりを返してきた。
「この光は……」
両手でそれを包み込み、そっと胸に抱きしめた。
ううん、違う。これは……自分の中に、ずっとあった光。
ずっと怖かった。あの時のように暴走するかもしれない、この手が誰かを傷つけるかもしれない。
だけど、もう目を逸らさない。
だって私は、もう独りじゃないから。
あかりがいて、あおいがいて、アリサがいる。
……だから!
―—やる事は、分かってるわよね?——
ええ、もちろん……!
「ブレッシング・チェンジ!!」
高く掲げたブレッシング・パクトがまばゆい閃光を放ち、その光がみちるの全身を包みこむ。
金色の音符と羽が宙に舞い、足元には太陽の紋章が輝きながら浮かび上がる。
燃え上がるような光に包まれながら、純白・赤・そして金を基調とした戦衣が次々と編まれていく。
両手にはシルクのように滑らかな光沢をもつ純白と金のグローブが装着され、衣装の縁には日光を思わせる金糸による刺繍の紋様が走るように刻まれていく。
その瞬間、茶色だった髪が燃えるような紅蓮に染まり、光の風にふわりと靡く。
みちるは祈るようにそっと目を閉じる。
彼女のその額に柔らかな光が差し、光条を模したティアラが出現する。
まばゆいその輝きは、まるで太陽の王冠のように、彼女の強く揺るぎない意志を際立たせた。
胸の中央にある太陽を模したブローチの穴へパクトをはめ込むとキラリと輝き、みちるの背後から後光が差すように虹色の日輪が出現する。
やがてその日輪は輝きを強め、放射状の光を放ちながら広がっていく。
そして横へ伸ばした右手の手のひらへと金色の光が凝縮し、やがて一振りの短槍の形を取って実体化する。
その槍は、太陽の光そのものを鍛えて造られたかのように、灼けるような輝きと威厳を宿していた。
陽光を背に受けながら、金の短槍をしっかりと握った彼女は一歩を踏み出し、優しく、そして誇らしげに微笑んだ。
音も、冷気も、一瞬すべてが消えたかのような静寂。
凍てついた世界のただ中に、陽だまりのような金色の輝きが広がっていく。
その中心にいたのは、まばゆい輝きを放つ少女。
「光満ちる太陽の煌めき!メロリィ・ソラリス!」
三人目のメロリィが舞い降りた瞬間だった。
みちるちゃんがついにメロリィソラリスに……!?
温かいおひさまの光で、みんなのピンチを吹き飛ばすっ!
氷のワルイゾーに、ミーザリアの歌声が……でも大丈夫。
ソラリスの炎は、どんな冷たさだって溶かしてみせる!
私たちの絆がある限り、絶望なんてさせないんだからっ!
次回、「この光、誰かを守るために!」
新しいハーモニー、始まるよっ♪




