きらめく笑顔と、忍び寄る影
朝の光がカーテン越しに差し込み、じんわりと部屋を明るく照らす。
ピピピッと電子音のアラームが鳴った瞬間に、ベッドから腕だけを伸ばして目覚ましを止め、そのままあかりは寝ぼけたまま夢の世界へと戻っていく。
再び戻った静寂の中で、もぞりと動くのはベッドの下のソラシー。
最近ようやく仮の段ボールとクッションのベッドから、ソラシーの希望により犬用ベッドへと寝床を移して「キングサイズベッドソラ~!!」と大はしゃぎしながら日々眠っている。
「……ピ、今日はあかり起きないソラ。ならばソラシーの出番ソラ!」
あかりのベッドの枕元へと飛び移ったソラシーは、完全に眠りの世界へと戻っていったあかりのほっぺたを、嘴でそっとツンツンとつつく。
「ぴっぴ~、朝ソラ~!起きるソラ~!」
「むぅ~……すやぁ……」
あかりは少しもぞもぞと動きを見せるも、すぐに寝息を立て始める。
「ピィ、ダメソラ……ならば、仕方ないソラ……必殺技ソラ!」
バッと羽を広げ、そのままあかりの顔をやさし~く撫でまわしていく。
「モーニングフェザーテク……ソラ!」
ふわふわの羽毛があかりの鼻を撫で、むずむず感により、くしゃみと共にあかりがようやく目を開ける。
「おはよーソラシー……くすぐったいよ〜……」
「あかり、おはようソラ!今日もお空はぴっかりソラ!」
布団を跳ね除けるように勢いよく起き上がり、両手を天井に伸ばして大きく伸びをする。
そのままカーテンと窓を開けて、朝日を全身で浴び、新鮮な朝のさわやかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「今日も絶対、ドレミってる楽しい一日にしようっ!」
そんな決意を口にしてから、まずは階段を駆け下りて洗面所で顔を洗って髪を結び、制服に着替えてからリビングへ。
そのまま台所へ入るなり冷蔵庫を開け、昨日の夜に下ごしらえした材料を確認。流れるような手つきでフライパンを火にかけ、卵液を流し込む。
ジュッと音を立てて焼き上がる卵焼きの匂い。ほんのり甘めの出汁巻き、しっかり味の照り焼きチキン、ブロッコリーとカニカマのサラダ、それにちょっとした遊び心で入れた星型のニンジン。彩りもばっちり。今日のお弁当も、完璧!
「うふふふ〜、どうだっ!」
自画自賛しながら、ガッツポーズをするあかり。
「ふふ、おはよう。今日もご機嫌ね、あかり?」
その後ろから、エプロン姿の母、菜月がやってきて笑った。
「うん!今日はちょっと寄り道してくるの!放課後にね、みちるちゃんとアリサちゃんと、あおいちゃんも一緒にアイス食べに行く約束してるんだ~!」
「まあ、それは楽しそうね!いいわよ、気をつけてね?」
「うん!ありがとう、ママ!」
あかりがお弁当箱へとおかずを詰めて冷ましている間、菜月があかりとソラシーの朝食を手早く作っていく。
こんがりと焼いたトーストに薄くマーガリンを塗り、その上へリンゴジャムをたっぷりのせる。目玉焼きとウィンナーのコンビにレタスを添えて、デザートにはカットフルーツの入ったヨーグルトだ。
あかりが朝食をリビングのダイニングテーブルへと運んでいると、ソラシーが飛んできてちょこんと定位置へと着地する。
「ぴ……おなかすいたソラァ……」
「ふふ、腹ペコバードのソラシーには雑穀ミックスとフルーツの朝ごはんだよっ!」
一人と一羽、二人そろって朝食を食べる。途中で父、陽太があくびをしながらやってきて、一緒に食卓を囲む。
「おはよう、あかりとソラシー。今日も仲良しだなぁ」
「おはようパパ!えへへ~、そうでしょ~?」
「ピピィっ♪」
朝食を終えたあかりは、忘れないようにお弁当を大事に鞄へと入れ、他に忘れ物がないか確認した後、鞄を肩から下げて元気よく玄関を出た。
陽の光がまぶしく、もこもこした雲の浮かぶ心地よい朝。何もかもが輝いて見える。
「それじゃ、行ってきまーす!」
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学校へと続く道を歩きながら、あかりは空を見上げて深呼吸をした。
「うんうんっ!やっぱり今日は、良い日になる予感っ!」
いつもの桜並木の道へと差し掛かり、気持ち早足になる。待ち合わせ場所までもうちょっと!
遠くに見慣れた制服と、二人の人影。みちるとアリサだ。
「おはよーっ!みちるちゃん!アリサちゃん!」
「おはよう、あかり!ふふっ……」
「……おはようございます」
みちるの笑顔は、今までとはどこか違っていた。いつもどこか遠慮がちで、どこか影を背負っていた表情が、今日はまるで陽だまりのように柔らかく、まっすぐにあかりへと向けられていた。
あかりの胸にじんわりと温かいものが広がり、負けないくらい満面の笑みを返した。
その隣でアリサは無言のまま目を細めて、小さく微笑む。風に揺れる銀髪を手で押さえながら、ほんの一瞬、唇の端が柔らかく持ち上がる。
並んで歩く三人の足取りは、心なしか軽やかだった。
そして第二のチェックポイント。杏堂家の入るマンション前を通る際、道端に立って待っていたあおいも合流し、いよいよいつもの四人組で学校を目指す。
他愛のない話を続けていたその途中、あかりがふと空を行く雲を指差した。
「ねぇねぇ、あの雲……ちょっとソフトクリームっぽくない?」
指さす先には、もくもくと白く膨らんだ雲。見ようによっては、ほんのりと巻かれたコーンの上に乗っていそうな、ふわふわのバニラアイスに見えなくもない。
「ふふっ、ほんとね……あれなら……バニラ味かしら」
みちるが微笑みながら言う。今日の彼女は、どこか表情も柔らかくて明るい。
昨日までの、心に少し影を落としたような笑顔とは、やっぱり少し違っていた。
「うーん、溶けかけのミルクジェラートって感じかな。一口齧られた感じ」
あおいがさらっと口にする。いつも落ち着いていて感情を強く表に出すタイプではないが、彼女なりに楽しんでいるのが分かるトーンだった。
その横で、アリサがちらりと空を見上げる。
「ソフトクリーム……ジェラート……。まだ見ぬ甘味……」
「あ~もう!放課後が待ち遠しいよーっ!!」
ぶんぶんと腕を振り、楽しみに胸を膨らませるあかりを見て皆が笑みを浮かべる。
「そうだっ!アリサちゃんは今日食べてみたいアイスの味ってある?」
問いかけに、アリサは一瞬だけ間を置いてから、視線を少し遠くに向ける。
「……悩ましいですが、まずは基本のバニラを。その後には宇治抹茶を試したい」
「抹茶かぁ……!意外と渋いっ!」
「落ち着いた味わいで口当たりが柔らかいのよね、ザ・和風って感じで時々食べたくなるかも」
みちるが少し嬉しそうに言うと、アリサは静かに頷く。
「でも私は……ベリー系かな。ブルーベリーとか、ラズベリーのシャーベット。果実の酸味が爽やかで、なんだか元気が出る気がするの!」
「私はチョコミントかな。ミントの清涼感とチョコの甘さが最高なのに……なんであんなに好き嫌いが分かれるのかな。あと歯磨き粉って言った人は許さない」
あおいが目の輝きを消して呟くと、あかりが笑いながら手を挙げた。
「私は王道ストロベリーっ! ピンクで見た目もかわいいし、甘酸っぱくて元気出るんだよね〜♪」
その言葉に、また全員が自然に笑い合った。
仲間と好きなものを話すだけで、こんなにも心が弾む。
明るい光の中、四人の影が重なりながら伸びていく。
放課後のアイスが、ますます楽しみになる朝だった。
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ここは、常に薄暗く、シャンデリアにつけられた蝋燭の僅かな灯りに照らされたコンサートホール。
その舞台脇のカーテンの奥に設置されているムーディーなバーカウンター。
そこには目の下に黒々とした隈を浮かべ、少しやつれつつもシェイカーを振るクレシド卿と、フォルティシモ男爵、ミーザリアが席に座っていた。
男爵は珍しく静かに大人しくグラスを傾け、クレシド卿おすすめの赤ワインの味を確かめる。
ミーザリアも少し物憂い気に頬杖を突きながら、クレシド卿により提供されたコスモポリタンの入ったマティーニグラスを手に取る。
「……今日は誰が行く?」
ぽつりとつぶやく男爵の一言に、グラスを持ち上げながらミーザリアが口を開いた。
「どちらでもいいわよ。……でも私が出れば、もう男爵の出番はなくなっちゃうかもだけど……ね?」
妖艶に笑い、グラスへと口を付ける。彼女の付けていたリップグロスがグラスへと残るが、スッと指で拭き取る。
「ほ、ほう……言うではないかミーザリア!ワシがただただやられているだけと思ったら大間違いだぞ?今丁寧に丁寧に特別製のミュートジェムを磨いているんじゃ、アレで向こう側の人間のエネルギーを奪えばワルイゾーより進化した特別なワルイゾーを生み出す事も可能になるんじゃッ!!」
「はいはい。……でも、もしかしたらだけど、近々厄介者が増えるかもしれないわよ?そんな兆しを感じたの」
「……まさか、あのブレッシング・ノーツとか名乗る娘っ子に仲間が増えるとでも言うのかッ!?神出鬼没の黒い悪魔だけでも厄介だと言うに……くぅぅぅうッ!!」
男爵は頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。そんな男爵にお構いなしにミーザリアは優雅にカクテルグラスを傾け、口内へと広がる品の良いフルーティな甘い香り、そしてウォッカがキリリと引き締めていく余韻を、アルコールにより上気し頬を赤く染めながら楽しむ。
そのとき――。
ふわりと、舞台袖の黒い厚手のカーテンが揺れて新たな来客を告げる。
足音も無く、静かに現れたのは少女と見違うまだ幼き少年の姿。
眠たげに目をこすりながら、リタルダンドがふわふわと浮遊したままカウンターバーの空席へと移動して着地する。
「ふあぁ……なーんか目が覚めちゃったぁ……」
「おお……!リタ坊がここに来るなんて珍しいのう、この時間に起きてくるとは!何かあったのかね?」
「……うんー。なんかさぁ、変な夢を見たんだよねぇ。……グラーヴェ兄さまとボクが一緒に、どこか知らない所で黒い魔法少女のような連中と戦う夢。」
夢の内容をなぞるように、指先で空をなぞり、最後は爆発するかのように両手を広げるリタルダンド。
ミーザリアの目が、ふと細くなった。
「リタが見る夢って時々当たるのよね……。その黒い魔法少女って私達が報告に上げている黒い悪魔の事?」
「んー……ミーザリアと男爵の言う黒い悪魔って、黒い戦闘服に白銀の髪なんでしょ?ボクが見たのは、黒い戦闘服なのは同じだけど、白銀じゃなかったし数も多かった。……それこそ軍隊みたいに」
黒い悪魔が大勢いる。その言葉を聞いて男爵とミーザリアは思わず顔を青くさせる。
「じ、冗談じゃないッ!!あんなのが大勢いてたまるかッ!?ワシの首が何本あっても命が足らんぞッ!?」
「……そ、そうね。さすがに……勘弁してもらいたいかも……」
頭を抱えて更にガリガリと頭を掻きむしりまくる男爵と、自身を抱くようにして震えを隠さないミーザリア。
頼りない幹部の姿にクレシド卿はため息をついてやれやれと首を振る。
そんな悪い空気を打ち破るように、クレシド卿が静かにリタルダンドの前へグラスを滑らせた。
その中身は、氷とともにルビー色に輝くジュース。もちろんノンアルコールだ。
柘榴とスパイスの香りが微かに漂う。
「わーい、ありがとぉクレシド卿、やっぱ好きだなぁー」
無言で軽く会釈するクレシド卿へリタルダンドは嬉しそうにグラスを受け取ると、乾杯するように少し掲げてから一口。
こくんと音を立ててジュースを嚥下した後、グラスをカウンターへと置き、ニコニコと笑みを浮かべる。が、その目は笑っておらず、赤く鈍く輝いていた。
「それでさぁ。最近男爵もミーザリアも負けてばかりだけど、本当に大丈夫ぅ?ハルモニアランドに行っているグラーヴェ兄さまからも、そろそろ良い報告が聞きたいって言われててさぁ?」
サッと背後に冷たい物を感じ、男爵とミーザリアは一気に全身へ冷や汗を滲ませた。
このままではリタルダンドに調律されてしまう。それだけは避けなければならない。
「わ、ワシはそろそろ秘密兵器を投入するつもりじゃッ!!それならばあの娘っ子共にも勝てるッ!!」
「わ、私も……情報収集はこれまでで十分だから、そろそろその情報を実践に生かそうと思っているわ……?」
二人の必死の弁明を、口元だけはにっこりと笑ったまま聞くリタルダンド。
「ふぅ~ん……?じゃあ兄さまには今のところ問題ないって言っちゃうからね?今後やっぱり問題だったとしてもボクは責任取らないからね?」
残ったジュースを一気に飲み干し、リタルダンドは席を立ち……いや、空中へと浮遊をした。
「ふあぁ……じゃあまたボクは戻るから。……クレシド卿、後はよろしくねぇ」
「……お任せを」
来た時と同様、音をたてぬまま、その言葉を最後に少年の姿は舞台袖の闇に溶けるように消えていった。
──静寂が戻る。
その背中を見送っていた男爵とミーザリアはようやく人心地着いたと大きくため息をついた。
「……一旦部屋に戻るわ。男爵、今日は私が出る……いいわね?」
ミーザリアは手元のグラスの中身を空にすると、そっと席を立った。
「ああ、ワシは例の物が完成するまでは出んつもりじゃからな。健闘を祈らせてもらおうッ!!」
カツン……カツン……と、ミーザリアのヒールの音がホールに響きながら遠ざかっていく。
その背中を見送りながら、フォルティシモ男爵はワインを一気にあおり、机にドンとグラスを叩きつけた。
「くぅぅぅぅッ!このまま負けっぱなしでおるかいなッ!!ワシの魂に火がついたぞい!! 次こそ爆音と共に勝利のフィナーレを響かせてくれるわッ!」
リタルダンド・ミーザリアとバーから立ち去り、残るはフォルティシモ男爵とクレシド卿の二人だけとなった。
酔いもすっかり醒めてしまい、そろそろ自分も自室へ戻ろうかと腰を浮かせようとした時、ゆらりとクレシド卿がハイライトの消えた目で男爵を見降ろしていた。
「……ところで男爵、例の墨漬けなんだが、ツマミにどうかね」
カウンターの奥底から冒涜的な墨漬けを取り出し、男爵の目の前へと置いた。
「あん?あー……ワインにも合わなくはないが、こう……もっと合う酒と一緒にツマんでこそ味が引き立つってもんよッ!というかそれはクレシド卿への土産なんじゃが」
「いらん、こんなもの食えるか……!こいつの……こいつのせいで私は……目を閉じると奴が迫って……最近は目を開けていてもあの眼が暗闇から私を見るのだ……なぜ私を見る……私は……ワたしハ」
「……む、こりゃいかんな」
血走り赤く染まった目で虚空を虚ろに眺め始めたクレシド卿へ、男爵は徐にレゲエホーンを取り出した。
「我ァが音を聞けえぇぇぇぇいッ!!!!爆音は全てを解決するゥっ!!!」
けたたましく鳴り響くレゲエホーンの爆音に当てられ、クレシド卿の目の焦点が戻ってくる。そしてその顔に浮かぶのはいつもと同様の苛立ちを隠さない不機嫌そうな顔だ。
「喧しいっ!!ボトルが割れたらどう責任を取るつもりだ貴様!!」
「ワハハハッ!!まぁまぁ!そう言うなやクレシド卿!冒涜蛸の干渉に当てられ過ぎじゃて」
男爵に言われ、はっと思い墨漬けを見るも、瓶の中にはどこにもあの眼は居らず、ただの食品としてそこに鎮座していた。
「……私は一体……?」
「クレシド卿、よもやただの墨漬けが怖くはあるまいな?」
「……当たり前だ。馬鹿にするのはやめろ」
いつものクレシド卿へと戻ったのを確認し、男爵はニヤニヤと笑みを浮かべるとレゲエホーンをしまう。
「ま、何じゃ。今度向こう側で良さげな酒を仕入れて来る。そうしたら一緒にこいつをツマミにして一杯飲もうや。……あと、こいつを食わん時には絶対にしっかりと蓋を閉めておくんじゃぞ」
「……あ、ああ。覚えておこう」
この後、クレシド卿は数週間ぶりにうなされる事も悪夢を見る事も無く眠りについた。
……だが、男爵の気付けの爆音により、墨漬けの瓶にヒビが入っていた事に、誰も気付いていなかった。
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放課後のチャイムが鳴った瞬間、あかりの目がぱっと輝いた。
「よーしっ、アイス食べに行こっ!」
勢いよく鞄を掴み、教室を飛び出していく。そんな彼女を、みちるとアリサが苦笑しながら追いかける。
下駄箱で上履きを履き替えていると、あおいも走って下駄箱へとやってきて無事合流する。
「あかり……随分気合入っているね」
「ええ、ほんと……。ちょっとあかり!もう少し落ち着いて歩きましょうよ」
「えー??アイスは逃げちゃうんだよっ!身体が温まっているうちに食べるのが一番美味しいのっ!」
早々とローファーに履き替えたあかりが軽やかな足取りで先陣を切って走っていく。
既に息を切らしているあおいを気遣うように、同じペースで歩くみちるとアリサだったが、いよいよあかりの姿が小さくなりつつあった為、みちるがアリサへと指令を下した。
「もうっ!……アリサ、あかりを捕まえておいて」
「……了解」
ずっとみちるの隣に付き従っていたアリサは、肩にかけていた鞄をしっかりと脇に抱え、一歩踏み出した足でしっかりと大地を踏み締めると、風を切り裂くような猛烈なスピードであかりを追いかけていく。
「わ、わ、わっ!?アリサちゃんはやっ!?」
「ストップ」
走っていたあかりをいとも簡単に追い抜き、立ちふさがるようにして強制的に走りを止めさせる。
「……アイスは逃げない、ゆっくり向かう事を推奨する」
「えへへ……ごめんごめん、ついテンション上がっちゃって」
あかりがいたずらっぽくぺろっと舌を出して笑うと、アリサは静かに僅かに口元を緩める。
「……その気持ちは分かる。早く……食べてみたい」
二人で立ち止まって、歩くみちるとあおいが追いつくのを待ち、改めてジェラート屋へと向かうのだった。
午後の陽射しはまだ強く、春よりも夏を思わせるじんわりとした暑さが勝ってきていた。空にはいくつかの白い雲がもこもこと浮かんでいるが、時々太陽が雲に隠れると爽やかに涼しい風が吹き抜けていく。
今日の目的地は住宅街の一角にある小さなジェラート屋『Il Dolce Sole』。通学路からは少し外れるが、あかりたち四人はそれぞれ楽しそうな表情を浮かべながらその店へ向かっていた。
あかり情報によると、まだ若い夫婦二人で経営している個人店らしく、店主である夫がイタリアで修行を積んで故郷のスミゾラタウンでお店を開いた本格派なお店らしい。
「このお店、実は私……前から気になってたんだ」
と、あおいが静かに切り出す。
「駅から少し遠いからアクセスは悪いけど、口コミではかなり評価が高いみたいだよ。ほら」
あおいがスマホの画面に口コミレビューサイトを表示させ、皆へと見せる。まだ評価総数は二桁台ではあるが、平均して星4つ5つが多いようだ。
「へぇー!そんなにすごいんだ!」
あかりのテンションがさらに上がる。
「ふふっ、なんだか楽しみね」
みちるも自然と口元が綻ぶ。そんな微笑ましいやり取りの中、アリサはふと目線を上げて彼女達を隠れながら追う影をしっかりと目で追っていた。
「……あかり、左側の住宅の屋根の影」
「えっ??」
アリサのいう方向へ視線を向けると、屋根の影に青い羽がすっと隠れるのが見えた。でもその青い尾羽は見えたままだ。
「……もしかして、ソラシー??そこにいるのー??」
あかりが大声で呼びかけると、観念したかのように屋根の影からぴょこっとソラシーが顔を覗かせた。
「ピ、見つかっちゃったソラ」
パタパタと舞い降りてきたソラシーは、あかりの頭にちょこんと乗ると、くるんと一回転して落ち着いた。羽毛の柔らかさが髪の上からも伝わってきて、あかりは思わずくすぐったそうに笑う。
「ソラシーも一緒にジェラート食べに行く?フルーツのあまーい冷たいお菓子!」
「ピッ!良いソラ??一緒に行くソラ~!!!」
こうしてソラシーをお供に加え、四人と一羽は歩みを進めるのだった。
「……あれかな?」
しばらく歩いた先、住宅街の一角にひっそりと佇む一軒の店が見えてきた。
イタリアのシチリア島の海辺を思わせる白い石造りの店のすぐ横には、木製のテラスがイートインスペースとして開放されていて、日よけに差された真っ白なパラソルが風に揺れている。
店の入り口に置かれた小さな黒板には手書きのメニューが並び、茶色の植木鉢に植えられたハーブと花々が入口を彩っている。
その扉の上には、金色の文字でこう書かれていた。
『Il Dolce Sole』
「うわぁ……かわいい〜っ!」
あかりがきらきらと瞳を輝かせて、思わず声を上げる。店の窓からはジェラートを盛る店主の姿が見え、その隣で笑顔の女性がレジを打っているのが見えた。どうやら夫婦で切り盛りしているというのは本当のようだ。
「本当にイタリアンな雰囲気……外観だけでセンスの良さを感じるわね」
みちるが感心したように小さく呟くと、あおいも「これは期待できそう」と頷いた。
アリサはといえば、窓越しに見えるショーケースの中でカラフルに並んだジェラートの色とりどりな輝きに、無意識のうちに目を奪われていた。
「……これが、ジェラート……」
「ピッ、ぜったいミルク味がいいソラッ!」
「ささっ!お店に入るよ〜」
そんな風に、ワイワイとした空気を纏いながら、あかりたちは扉を押して店内へと足を踏み入れるのだった。
甘くてひんやり、ジェラート日和♪
でもディスコードのせいでみんなの笑顔が奪われちゃった!?
大丈夫っ!ブレッシング・ノーツがここにいるよっ!……って、ちょっとピンチかも!?
えっ……みちるちゃん……その姿……!?
次回、「この胸に灯れ、希望の輝き!メロリィ・ソラリス降臨!」
新しいハーモニー、始まるよっ♪
あかりちゃんによる次回予告でした。次もお楽しみに~!




