君にトスする、この気持ち!
日間 ローファンタジー部門 93位に初ランクインしました! 本当にありがとうございます!
それでは本編どうぞっ!
球技大会はいよいよ佳境に差しかかり、両コートを挟むように壁際に並んだ生徒達からの応援の声と歓声が入り混じって熱気を帯びている。
そんな中、2-Aの男子チームはコートの上で円陣を組んでいた。
「ここまで来たら、勝ちたいよな」
「3-C相手だろうがなんだろうが、 先輩方にはここで涙してもらって、優勝は俺たちがいただきだっ!」
チームリーダーを務める相馬ハヤトが気合いを入れると、周囲の仲間たちも拳を掲げて応えた。
相手は3-C、バレー部経験者を複数抱えた優勝候補筆頭のクラスで、エーススパイカーの男子は学年屈指の実力を誇る。
一方の2-Aは、次期エースと人気のあるハヤト以外にはバレー部はいない。
しかし、ここまで勝ち上がってきたのはチームワークの賜物だった。
「――よし、行こう!」
試合開始の笛が鳴る。
序盤はサーブとレシーブを繋げながら善戦する2-A。
身長差をカバーするような粘り強い守備で、どうにか相手の攻撃を受け止めていた。
「ナイスレシーブ! トスいくぞ!」
「任せたッ!」
スパイクが決まり、2-A側の応援スペースから歓声が上がる。
誰もが心の中で「もしかしたら……」と希望を抱いた。
だが、中盤を過ぎた頃から、3-Cチームが牙をむき始める。
「ちょっと本気出すか」
一人の3年がジャンプすると、信じられない高さから鋭いスパイクが突き刺さる。
その瞬間、2-Aの守備陣に亀裂が入った。
そこからは怒涛の連続得点。
3年の精密な連携と高さのある攻撃に、2-Aは次第に追い詰められていった。
「やべっ……!」
レシーブミス。
トスが乱れ、スパイクがネットに引っかかる。
焦りが焦りを呼び、点差はあっという間に開いていった。
――そして。
鋭いスパイクがコートに突き刺さった瞬間、試合終了のホイッスルが響き渡った。
スコアは21対12。
最後は力の差を見せつけられる形での敗北だった。
「…………負けた、か」
呆然としたまま、ネット越しに整列して深く頭を下げる2年A組。
けれど、拍手が聞こえたのは3-Cの応援だけではなかった。
「いい試合だったよ!」
「粘りすごかった!」
観客席から飛んでくる仲間たちの声に、選手たちは悔しさの中にも少し誇らしげな表情を見せた。
「……くっそぉ~!やっぱ勝ちたかったな」
「負けたけど、ここまで来たのは凄いことだろ」
「ハヤトがいなきゃここまで来れなかったからなー、サンキューな!」
互いに軽く拳をぶつけ合いながら、2-Aの男子たちはコートを後にする。
次は女子バレーの決勝戦。
2-A女子たちが挑む、最後の大一番。
彼らはその背中を、自分達の仇を取ってくれと言わんばかりに心から応援するつもりで見つめていた。
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決勝戦の相手は三年生の3-A。3人がバレー部所属という、経験も実力も格上の強敵だ。
「あかりちゃん。……私達、勝てるかな?」
試合開始前、ひなたが声をかけてくる。
「大丈夫っ!全力でいこう!私達のチームワークは最強にドレミってるって信じてるから!」
笑顔で親指を立ててみせるあかり。その言葉を聞いていた仲間達も、ぐっと拳を握り気合を入れなおした。
試合開始のホイッスルが響き、2-A側のサーブから試合が始まった。
序盤から3-Aチームの強烈なスパイクと正確なトス回しにあかり達2-Aチームは翻弄される。
あかりやひなたがなんとか拾い、みちると美奈が必死にスパイクを決めようとするも、相手の高さとブロックに対応しきれず連続失点が続く。
「くっ……やっぱり三年生、強い……」
みちるが苦々しくつぶやく。表情は冷静に見えても、指先にはじっとりと汗がにじんでいた。
「でも……負けたくない……っ!」
ひなたが必死に声を上げ、あかりに負けじとダイビングレシーブで一本のボールを掬い上げると、奇跡的に相手コートへと返った。そのプレーに応援席から歓声が上がり、チーム全体の士気も徐々に上がっていく。
途中からはみちるの正確なブロック、ひなたの柔らかいボールコントロール捌き、美奈の奇抜なフェイントなどで点を取り返し、3-Cの油断していた表情にも焦りが見えはじめる。
――だが、やはり実力差は歴然だった。
試合が進むにつれ、じわじわと点差を広げられ続け、早くも12-20まで差が開いてしまっていた。
それでも、誰ひとりとしてうつむく者はいなかった。
「次、絶対取ろう!私達だって、ちゃんと戦えてる!」
あかり達は、相手の動きに慣れてきたのか、サーブやスパイクも冴え始め、連続して追い上げる場面もあった。
彼女等の背後の応援スペースではクラスメイトだけでなく、他のクラスの生徒達もあかり達を応援する声を送ってくれている。
徐々に点数を詰めていくあかり達だったが、悲劇というのはいつも突然に訪れるもの。
相手チームの強烈なスパイクを、あかりが無理やり飛び込んで拾ったまでは良かったが、それを繋ごうとひなたが身体を無理にひねってボールを追いかけた事により、足元がもつれてしまった。
「……っ!!」
変な角度からの転倒により、ひなたは倒れたまま足首を押さえて痛みに顔を歪めている。
「ひなたちゃんっ!!」
あかりとみちるが慌てて駆け寄り、コートの空気が一瞬で凍りついた。
「だ、大丈夫……ちょっと、ひねっただけ……」
ひなたは痛みをこらえて笑おうとするが、その額には汗がにじみ、顔色も青白い。
すぐに教師によって笛が吹かれ、試合が中断される。
「交代!すぐに交代させて!!」
駆け寄ってきた教師の判断で、ひなたは交代を命じられ、あかりとみちるに肩を貸してもらいながら壁際の応援スペースへと戻っていく。
その途中、応援スペースからはひなたを労わる声や拍手が向けられ、誰も彼女を責めようとする人はいない。
温かな歓声にひなたはかすかに微笑んだが、その目の奥には、言いようのない悔しさと、別の何かが浮かんでいた――。
……ハヤトくん……見てたよね。私、最後までやりたかった……。
すぐに保険委員の生徒が氷嚢を手にひなたの元へと走ってきて手当ての準備を始めている。保健室への移動を提案されたが、せめてこの試合だけは見届けたいと願いを口にし、壁に背を預けながら体育座りをしてあかり達の試合を見守るのだった。
試合は再開されたが、ひなたを欠いた2-Aチームは急遽助っ人のクラスメイトが参加するもリズムを崩し、完全に相手のペースで試合が進んでいく。
あかりは誰よりも走り、声を出してチームを鼓舞するが、相手の連携と高さの壁はあまりにも高かった。
そして……試合終了の笛が鳴り響いた。
得点板に記される数字は18-25。
2-Aは準優勝という結果に終わった。
しかし、体育館には敗北した2-Aにも大きな拍手が鳴り響く。
実力差のある相手に全力で食らいついた2-Aチームの姿は、誰の目にも立派だった。
「あーん、負けたぁ~!!でもみんなお疲れ様~!!」
「……お疲れ様、みんな充分に頑張ったわ」
「ほんとねー、あたしなんてバレー部なのに後半全然スパイク入らなかったし、あとで先輩に怒られそ……」
汗でジャージもびっしょりだったが、そんな事も気にも留めずみんなで健闘を称え合った。そして、壁際で休んでいたひなたの元へとチーム全員で移動していく。
「み、みんな……最後の最後で、ごめんね……怪我しちゃって」
しょんぼりと肩を落として瞳を揺らすひなたを労わるように、全員で彼女の周りへと座り、笑顔を見せた。
「なーに言ってんの、宮崎さん運動系の部活じゃないのにめっちゃ頑張ってたじゃん!カッコよかったよー」
「そうそう!トスも凄い綺麗に上げてくれてスパイク打ちやすかったし、助かったわ」
口々にひなたを称える言葉をかけ、その中であかりだけが悲しそうな顔をしてひなたの足を撫でた。
「私がちゃんとレシーブ上げられなかったから……無理させちゃってごめんね、ひなたちゃん」
「えっ!そんなこと……ないよ!私がとろくて……自分で転んじゃっただけだから、そんな顔しないで……?」
ひなたはそんなあかりの手を取り、両手で包み込む。その温かで柔らかい感触に、あかりも自然と笑みを浮かべた。
「……じゃあそろそろ私は……ちょっと保健室で湿布とか貼って貰ってくるね」
壁を支えにして、よろよろと立ち上がろうとするひなたを、あかりとさきの二人が慌てて両脇を支えてサポートをする。
「私、一緒にいくよっ!一人で歩くの大変でしょ??」
「え……でも……」
「あー、でもあかりさ、宮崎さんが転んじゃったら、私とあかりじゃ支えきれなくない?」
さきの言葉にあかりはうーんと考え込んでしまう。——そんな時だった。
「俺が連れて行くよ」
声をかけてきたのは、相馬ハヤトその人だった。
思わずあかりとさきは顔を見合わせ、にっと笑みを浮かべる。
「じゃあ、男子に任せようかな~。宮崎さんの事よろしく!」
「よろしくね、相馬君!」
二人はそう言って、顔を赤くしたまま何も言えず固まり、あかり達の背後に隠れていたひなたの背を軽く押し出した。
「え……えっ……!?」
「じゃあ行こうか?よろけそうになったら、俺の腕、いつでも掴んでいいからね」
「う、うん……!」
ゆっくり、ゆっくりと体育館の外へと歩いていく二人。
そんなひなたの背中へ、あかりは心の中で全力で応援の言葉を投げかけていた。
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二人が外へ出ると、夕暮れの光が、ゆっくりと校舎をオレンジ色に染めていた。
決勝戦の接戦に沸く歓声は体育館を出てからも遠く響いており、今日が特別な日だと言う事を改めて感じさせる。
外を吹き抜ける風の爽やかさに感じる心地よさには、体育館での熱気がどこか遠い世界の出来事のように思えていた。
二人が保健室へ向かう道、校舎と木々の隙間をぬって伸びる細い通路には、木々の影がまるで誰かの心のように静かに揺れていた。
「……大丈夫?歩けそう?」
ゆっくりと並んで歩く中、ふいにかけられた言葉。
声の主はもちろん相馬ハヤト。ひなたのクラスメイトで、ずっと彼女が想いを寄せ続けていた特別な相手。
「う、うん……大丈夫。少し……痛いだけなので……」
ひなたは笑ってそう答えた。ほんの少し足首をかばいながらも、強がるように前を向いて。
「……ごめんね、歩くの、ゆっくりで……」
そう呟くひなたの声は、小さくかすれていた。
「いいって。もう俺達試合もないしさ、ゆっくり行こうよ」
ハヤトは優しく微笑み、いつでもひなたを支えられるよう、彼女のすぐ横を歩調を合わせて歩いてくれている。
だめだよ……このまま保健室に着いたら……何も言えなくなっちゃう。
体育館の中では、緊張と熱気で、それどころではなかった。
でも今、二人きりになって、気が付いてしまったのだ。
自分がどれだけこの瞬間を――この背中を、ずっと追いかけていたかを。
気付けば、足が止まっていた。
「……どうしたの?」
「ハヤトくん……あのね、お話……したい事があります……」
そう言いながらも、ひなたは顔を上げない。両手は胸の前でぎゅっと握り締められていた。
その指先は小刻みに震え、頬はほんのり赤く染まっている。
言葉が、喉の奥でつっかえている。
今まで、たくさん練習してきた言葉。何度も、何度も心の中で繰り返してきた想い。
けれど、いざ口に出そうとすると、どうしても胸の奥が苦しくなってしまう。
「今日、応援してくれて……サーブも……アドバイスしてくれて……ありがとう」
ぽつり、ぽつりと。
ひなたの言葉は、まるで水面に落ちる小石のように静かに響く。
「私……とっても嬉しかった……です」
目頭が熱くて、声が震えそうだった。
「あぁ、そんな事か。全然気にしないでいいよ、宮崎が頑張って練習しているのも見ていたから応援したくなっちゃってさ」
照れくさそうに頬をかきながら笑みを浮かべる。その笑顔にまたひなたの胸がきゅっと締め付けられた。
「う、ううん!あの、そうじゃなくて……でも、その……あのね……」
――言わなきゃ、いけない。
言わないと、今日が終わっちゃう。
夕日が差し込んで、彼の輪郭が金色に輝いていた。
心臓の鼓動がうるさいくらいに跳ねる。
自分でも、こんな気持ちになるなんて思ってなかった。
「……宮崎?」
喉が詰まりそうになる。けれど、彼女は勇気を出して一歩、足を前に出した。
「ハヤトくんだから……!嬉しかったのっ……!だって、私……私ね……!」
もう止まらない。止めたくない、この気持ちをずっと伝えたかった。だから……。
「……私、ハヤトくんのこと、好きです……! ずっと前から、ずっと、ずっと……!」
その声は小さくて、けれど精一杯で。
ひなたは顔を上げて、まっすぐに彼を見た。
目元には涙が滲んでいた。
でも、それは悲しい涙じゃない。今まで押し込めてきた想いが、ようやく解き放たれた瞬間だった。
夕焼けに染まった空の下、風がそっと二人の間を通り抜けていく。
ハヤトは一瞬、息を呑んで立ち尽くした。
まるで胸の奥に、熱いものを流し込まれたような顔で、言葉を探している。
その顔を、ひなたは不安げに見上げる。けれどその瞳は、逃げていなかった。
「……なんか、俺なんかにはもったいないな」
照れくさそうに、ハヤトは頭をかいた。
「でも……ありがとう。俺のことを、そんな風に思ってくれて」
ハヤトが歩み寄り、次の瞬間には、視界が彼のジャージでいっぱいになり、あたたかい腕が、そっと背中にまわされる。
彼が、抱きしめてくれたのだと気づいた瞬間、涙がこぼれた。
「俺も……好きだよ、宮崎のこと」
その言葉が、確かに聞こえた瞬間、ひなたの視界が涙で滲んだ。
胸の奥に溜め込んでいた想いが、ようやく届いたことに、体の力がふっと抜けていく。
抱きしめられたまま、ぎゅっと彼の胸元にしがみついて、震える声でぽつりと呟いた。
「……ほんと、に?……夢じゃない……よね……?」
「うん、本当だよ」
ハヤトは苦笑気味に、けれどどこまでも優しい声で返してくれる。
縋るように、肩に顔を埋めて泣きじゃくるひなたの背中を、ハヤトはゆっくりと撫でていた。
まるで、壊れ物を扱うように。まるで、大切な宝物を抱くように。
「だって宮崎のこと、俺……ずっと見てたから。今日だけじゃない。歌ってる時も、練習してる時も、楽しそうに笑ってるときも……。だから、こうして想ってもらえて、凄く嬉しいよ」
段々とハヤトも恥ずかしがっているのか、声が小さくなっていく。しかし耳元に聞こえる彼の声に、ひなたはどこまでも愛しさが溢れ、身を預けていた。
何度も、何度も胸の奥で確かめた『好き』という言葉。
ようやく交わされた気持ちに、二人の世界がそっと色付いていく。
「……じゃあ、これからも……その、もっと私のこと、見てくれる?」
「もちろん。……見逃さないよ」
ひなたは、そっと彼の胸に顔を押し当てる。
その鼓動が、確かに聞こえた。
しばらくして、ようやく彼女が顔を上げた時――その頬はまだ赤く、瞳は潤んでいたけれど、笑顔だけは、どこまでもまっすぐだった。
「今日から……ううん、これからもよろしくお願いします……ハヤト君……!」
「こちらこそ……ひなた」
指先が、戸惑いがちに、けれどしっかりと彼女の手を包むように握った。
ひなたも、何も言わずにぎゅっと握り返す。
それは、とても自然に……。まるで、最初からこうすることが決まっていたかのように。
手のひらから伝わる温もりが、嬉しくてたまらなくて、
ひなたの顔には、涙と笑顔が同時に咲いていた。
ふたりはゆっくりと歩き出す。
まだ少し痛む足首を、そっと気遣うように歩調を合わせながら。
校舎と校舎の間を通る小道に、夕焼けが優しく差し込む。
その光が、繋がれたふたりの手を――まるで祝福するかのように、静かに照らしていた。
彼女の「想い」は、確かに彼の胸に届いたのだった。
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体育館へと夕日が差し込み、普段の下校時間からは遥かに遅れた時間だが、体育館には再び全校生徒が集まっていた。
各競技がすべて終わり、勝敗もついた今、ステージ上では校長先生と生徒会が待機し、優勝チームへの表彰式が厳かに、けれど和やかな雰囲気で始まっていた。
「それではまず、男子バスケットボール部門。優勝は3年B組!」
大きな拍手が体育館に鳴り響く。
呼ばれた3年生の代表生徒が前に出て、金色のリボンが結ばれたトロフィーを堂々と受け取ると、会場は一気に盛り上がった。
続いて、女子バスケットボール。
「女子バスケットボール部門。優勝は……3年C組!」
やっぱり上級生は強かった。下級生はしっかりと拍手をする中で、悔しさを滲ませていた。
「次に、男子バレーボール部門。優勝は……3年C組!」
ハヤトら2-Aを破った先輩チーム、そのリーダーが堂々とトロフィーを受け取り、高々と掲げてから壇上を降りていく。
「次に、女子バレーボール部門。優勝は……3年A組!」
悔しさもあったが、どこか清々しい表情で拍手を送る2ーAのメンバーたち。
特にひなたは、足にテーピングを巻きながらも、どこかふわりとした微笑みを浮かべている。
その視線の先には、ひなたを見て小さく手を振るハヤトの姿があった。
「次に、男子サッカー部門。優勝は……3年C組!」
三冠を手にした3年C組の盛り上がりは、お祭り騒ぎのようで壇上でトロフィーを受け取ったリーダーもその場でジャージを脱ぎ捨て咆哮するなどして体育教師に窘められる程だった。
そして最後に――。
「最後に、女子サッカー部門優勝は、2年A組!!」
瞬間、体育館に地鳴りのような歓声が起こる。
クラスメイトたちの「うおおおおっ!!」という雄叫びと共に、白銀のストライカーによる奇跡の試合を目の当たりにしていた生徒等が興奮を隠す事なくジャンプしながら盛り上がる。
そんな騒がしさの中でも、いつも通り落ち着いた足取りで壇上へと向かう少女の姿があった。
咲良アリサ。
銀髪をきちりと結んだポニーテール。整った姿勢。静かな表情。
壇上に上がったアリサへと、サッカー部門優勝トロフィーが渡される。
「よく頑張りました。おめでとう」
校長先生が言葉をかけると、アリサは深く、正確な礼で応える。
「ありがとうございます」
校長へと一礼して振り向くと、皆に見えるようにトロフィーを掲げ、それを合図に歓声が再び沸き上がる。
手の中にある金色の重みを感じながら、自身へ向けられる称賛と歓声、様々な感情の篭った視線を一身に受ける。
栄光・誇り・誉。これまでの自分には無縁だったもの。
それが今、自分の指先に確かに触れている。
そして、壇上から見下ろす先にはあかり、あおい、みちる、そして他のクラスメイトたちの笑顔がある。
たまにはこういうのも……悪くない。
そんなアリサの表情が、ほんのわずかに、誇らしげに綻ぶ。
こうして、球技大会の長い一日が――それぞれの思い出と共に、幕を閉じた。
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みんなが教室に戻ってきたのは、表彰式が終わってしばらくしてからだった。
更衣室でジャージから制服へと着替えている間も、教室に戻ってからも皆の興奮は冷めず、アリサから預かった優勝トロフィーを教卓の目立つところに置き、黒板は寄せ書きのような落書きとイラストで埋め尽くされていた。
そんな中、あかりは着替えている間も、教室に戻ってからも、ずっとひなたに話しかけたくてそわそわとしていた。
「う~……気になる……!!」
肝心のひなたは、どこか幸せそうな笑みを浮かべて騒ぐ男子グループの方へと目を向けていた。
よし、行こう!とあかりは席を立ち、ほんわかしているひなたへと小声で声を掛けた。
「ひなたちゃん……!足大丈夫??それと……その後とか……!?」
顔を寄せて囁くあかりに、ひなたは一瞬驚いたように目を丸くしたあと、頬を染めながら小さく頷いた。
「うん……大丈夫。もうテーピングもしてるし、先生に診てもらったから」
「そっか……よかった~……って、え?それだけ?それで終わり?」
「えっ、な、なにが……?」
「だってさ、ハヤトくんと保健室に行ったんでしょ?二人きりで!だからどうなったのかなって!」
「わっ、わあっ、あかりちゃん!しーっ、声が大きいです……!」
ひなたは耳まで真っ赤になって両手を振るが、その表情は、どこか幸せそうだった。
そんな二人のやりとりを見て、みちるとアリサも自然と集まってくる。
「ふふっ、まさかとは思ったけれど……やっぱり?」
「様子からして……成功したみたいですね」
みちるが笑みを浮かべ、アリサは無表情のまま頷く。
「えええー!?やっぱり!?ほんとに!?すごいすごいすごい!おめでとうひなたちゃんっ!!」
「も、もう……からかわないでください……」
それでも、ひなたの瞳は潤んでいて、その頬には柔らかな紅が差している。
「でも……うん、やっと……ちゃんと、言えたから。自分の気持ちを……ちゃんと、伝えられたから……」
その言葉に、あかりたちも思わずじんわりと胸を熱くする。
ひなたの背中を、あかりがぽんっと叩いて、にっこりと笑いかけた。
「じゃあ、今度はその気持ち、ずっと続けていけるように……頑張ってね!!おめでとう!」
「……うんっ!ありがとう……あかりちゃん!」
ひなたが見せてくれた笑顔は、今までの中でも最高に幸せそうに輝いていた。
※文章が変にコピーされて重複していたのを修正しました 6/27 9:30
ひなたちゃんの恋模様と球技大会後編。無事完結です
ハヤト君の名誉にかけて補足しますが、ひなたが聞いてしまったタイプの女の子の話。
そもそもハヤトにとってひなたは、最初から好意の対象でした。けれど彼は、その気持ちを軽々しく言葉にすることを避けていました。
周囲に知られることでひなたがからかわれたり、余計な噂が立ったりすることを恐れていたのです。(彼はモテているので嫉妬の対象とかにも……?)
そのため、他の男子から「お前、誰が好みなんだよ」といった軽いノリで聞かれたときに、咄嗟に人気急上昇中であるアリサの名前を挙げることで、話を流した といった感じです。
今後もしひなたがこの件についてふと不安を感じ、問いただすような機会があったとしても、
ハヤトはきっと真面目に答えてくれる事でしょう。
……ということで、安心して読んでいただければ幸いです。
ep28の後書きで触れた”正史”でも、二人はしっかりとお付き合いを始めています。 ちなみにアリサがいない場合、2-Aの女子サッカーは予選敗退です。
それでは次回もお楽しみに~!




