人の恋路を邪魔する奴は……
途中お昼休みを挟んでからも試合は続けられ、あかり達女子バレーチームはくじ運も良く、3年生と戦う事無く準決勝までたどり着けていた。
ちなみに他の競技の成績はというと、男子サッカーは予選リーグで敗退し、女子サッカーは全勝で既に決勝進出すら決めている。男子バレーも三年生チームと当たるも勝利し準決勝へと駒を進めている。
男子女子バスケは予選リーグこそ突破できたものの、本戦の一試合目でどちらも敗退をしているといった状況だ。
あかり達は、連戦と緊張からの汗を拭いながら息を整えていた。
次はいよいよ準決勝。コート準備の間の短いインターバル、体育館の空気に緊張と期待が満ちていく。
「……ねぇ、あかりちゃん……」
すぐ隣に立つひなたが、少し遠慮がちに声を落とした。
その表情は笑っていながらも、どこか不安げだ。
「さっき……ハヤトくん、私の試合……見てくれてたの」
「うんうんっ!私も見ていたけど、ずっと応援してくれてたよっ!ひなたちゃん、すっごく頑張ってたもん!」
嬉しそうに身を乗り出すあかりの声に、ひなたは俯いてタオルを握りしめる。
「でもね……相馬くん、やっぱり他のクラスの女子からもすごく応援されてて……」
「うんうん、凄い人気だったねぇ……」
「私……あの中の一人でしかないのかなって、ちょっと思っちゃって……」
沈んだ声で吐露された言葉に、あかりは目を見開いたあと、すぐに表情を引き締めた。
「そんなこと、ないよっ!」
その言葉は、迷いのない真っ直ぐなものだった。
「ひなたちゃんは、ひなたちゃんだよ!相馬君がカッコいいからってだけで騒いでいる子達とは違う、真剣に相馬君の事を思っているんでしょ?本気度が違うよっ!」
あかりは、そっとひなたの手を取り、その温もりを込めて伝えた。
「だったら、自分を信じてっ! 今ここで、心が負けちゃダメだよ!」
その言葉に、ひなたの表情がふわりとほどけていく。
「……うん。ありがと、あかりちゃん」
「よーしっ!じゃあこの準決勝、ばっちり勝って、告白の流れもばっちり作っちゃおう!!」
「うんっ、頑張るっ!!」
ふたりが拳を合わせたその瞬間、体育館に準決勝開始を告げるホイッスルが高く響いた。
そして、少女たちの戦いと恋の試合が、いよいよ佳境を迎えようとしていた――!
午後の陽射しを黒い厚手のカーテンで遮るも、集まる生徒たちの熱気により、異様な暑さとなっている第一体育館。
準決勝の舞台に立つ2-A女子バレーチームは、ここまでの勢いそのままに、三年生のチーム相手にも好調なスタートを切っていた。
「ナイスサーブ! この調子でいこう!」
あかりが掛け声をかけると、コートの空気がぱっと明るくなる。
チームでも人一倍声を出し、仲間の士気を支えるその姿はムードメーカーとして輝いていた。
みちるも、普段のクールな姿からは想像できないほど機敏に動き、正確なレシーブで相手のスパイクを受け止める。
「無駄に力入れないで。落ち着いて、相手を見るのよ」
短く冷静な指示は、味方を混乱させず、むしろ落ち着きを取り戻させる。
そんな中、緊張で体がこわばっていたひなたにも、徐々にサーブが回ってくる番が近づいていた。
それだけで手のひらが汗でじっとりと濡れるのが分かる。
「大丈夫、大丈夫……やれる、やれる……!」
自分を鼓舞するように何度も唱えていても、いざサーブのタイミングが来ると、手が震えてしまう。
覚悟を決めてサーブを放つも、ボールはネットを越えられずに直撃、サーブミスだ。
「ご、ごめんなさいっ……!」
肩をすくめてうつむくひなたに、誰も責めることはなかった。
「ドンマイ、ドンマイ!」
「次、遅い球でもいいからね!」
温かくフォローを入れるチームメイト、コートのすぐ後ろの壁際から聞こえてくる声援も温かい。
「宮崎!打つ瞬間までちゃんとボールを見るんだ!」
その一声に、ひなたは顔を上げ思わず振り返る。
その視線の先、もう2~3歩歩けばぶつかるくらい近い距離に、ひなたがずっと想いを寄せている、相馬ハヤトの姿があった。
しかもこちらを見て、小さくガッツポーズをしてくれている。
「……あっ、あのっ……あり……がとう……!」
思わず耳まで赤く染めながら、ひなたの中で何かがふっとほどけた。
緊張も、不安も、少しずつ和らいでいく。
ひなたは呼吸を整え、心の中でリズムを刻み、ふわりと放ったボールをしっかりと目で追い続け、腕を下から上に振り上げて打つアンダーハンドサーブを放つ。
ガシッ、と真芯を捉えた手応え。
それは今までで一番、しっかりと放てたサーブだった。
「ナイスサーブ!」
相手がレシーブ、トスと繋げ、バレー部の女子が鋭いスパイクを叩き返してくるが、みちるがフォローに回り、ダイビングレシーブでひなたのトスへと繋げる。
「いけっ!」
あかりのチームのバレー部女子、美奈がスパイクを打ち抜く。
勢いよくボールが相手コートを叩き、コートは歓声に包まれた。
「よしっ……リードしてるっ!!いけるよっ!」
拍手と笑顔の中で、ひなたは少しだけ涙をにじませながら微笑んだ。
そんな時だった。突如次元の穴が体育館二階のギャラリーに開き、黒い燕尾服を靡かせ、意気揚々とフォルティシモ男爵が現れた。
「さぁて!今日こそブレッシングノーツなる娘っこ共を我が爆音の響きの下に……って、おんやぁ~??」
目障りなポジティブエネルギーと熱気が満ち溢れているのも不快だが、ちょうど見下ろす先にはバレーボールに勤しみ青春を謳歌するあかり達の姿が。
「ほほう~?随分と楽しそうじゃあないかッ!であるならば、ワシが爆音でもっと盛り上げてやろうぞ!!溢れた感情エネルギーを根こそぎ奪えば、このワルイゾーもより強力になろう……!」
悪巧みをした男爵はコソコソとキャットウォークを伝い、ステージの方へと移動していく。しかし生徒達は目の前で行われる熱戦に目を奪われ、誰一人として男爵の存在に気付いていなかった。
「いっけぇー!!2-A!!」
「後輩に負けんな!3-D!!」
応援の声援が飛び交い、その声を、想いを受けて両チームは流れる汗も気にせず青と黄のボールを追いかけ、仲間へと託し、相手のコートへと叩き込む。
いよいよセットポイント間近。2点差でリードする2-Aは勢いそのままに逃げ切ろうとみちるがサーブを打とうとする、その時だった。
プァプァプァプァーンッ!!と特徴的なレゲエホーンが体育館中に鳴り響き、女子バレーだけでなく、その隣のコートで試合をしていた男子バスケの生徒達も思わず足を止めた。
「レッディィィィィィイイスアアァァアァンンドジェントルメエェェェェェェェンッ!!!!!盛り上がっているかァーっ!!!!!」
ステージの上で喧しく叫ぶフォルティシモ男爵に、生徒達は困惑の表情を浮かべる。
教師陣によるサプライズなのかと不思議そうに見つめる生徒もいたが、男爵の思い描いていた爆発的な大盛り上がりにはならず、むしろ場を冷めさせてしまった。
「なんじゃ、ノリが悪いのぅ……。まぁ仕方あるまいッ!我ァが名はフォルティシモ男爵ゥ!!!諸君等の青春の光を混沌の音に染めようじゃあないかッ!!」
男爵は指揮棒を振り上げ、懐から取り出したミュートジェムを掲げて二度叩いた。
「奏でよ、沈黙のカデンツァ!ミュートジェム、開演の時だァァァ!!」
その言葉と同時に、体育館に満ちていた青春の熱気と応援の声が、黒い霧のように一点に集まり、ミュートジェムへと吸い込まれていく。
「……あれ、なんで俺……」
「なにこれ……なんか、頭がぼーっと……」
生徒たちが次々と顔をしかめ、感情を失っていく中、ミュートジェムが鈍く輝きワルイゾーへと変貌していく。
バスケットボールのような茶色くブツブツした丸い身体に、口の代わりに巨大なスピーカーが生え、観衆の声を歪めて増幅するような爆音のノイズの咆哮。
「ワッルイゾォォォォォウ!!!」
「あーもうっ!!相変わらずうるさいっ!!」
ビリビリと空気が振動するかの如き音圧に、思わず顔をしかめて文句を口にするあかり。
その一方でみちるは耳を塞ぎつつも冷静に周囲を見回し、すぐに生徒たちの避難誘導を務めようとする。しかしあまりに体育館内に生徒の数が多く、また教師らまで感情を吸い取られぼんやりとその場に立ち尽くすだけになってしまい、手が足りない。
「まずい……人が多すぎて……!あかり!避難に時間がかかりすぎる!何とかワルイゾーを外に追い出せないかな!」
「うーん、壁を壊してしまえば何とか……!とりあえずやってみよう!」
そう言っていつも通りブレッシング・パクトを取り出そうとポケットを探るが、どこにもない。
今あかりはジャージを着ていて、試合の邪魔にならないように着替えた際、制服のポケットに入れたままな事を思い出した。
「しまった、パクト……制服のポケットだ……。だ、大ピンチかも……!?」
中々変身しないあかりを男爵は訝しむように見遣り、にやりと歯を見せて笑った。
「行けィ!!ワルイゾー!!何だか知らんが娘っこは変身せんからチャンスだ!!」
「ワルイゾォォォォ!!!」
ワルイゾーは大声を上げながら両腕を振り上げ、変身できずに立ちすくむあかりを狙う。
やばっ……動けない……っ!
下手に避けようとすると棒立ちの生徒が巻き添えを食らうかもしれないと、あかりは最低限の回避にかけようとしていた。
その時、空気を裂く音とともに金銀の光輪がワルイゾーの側頭部を撃ち抜いた。
「……あかり、下がって!」
凛とした声が響き、ワルイゾーの放った爆音により割れた二階の窓から舞い降りたのは、星の輝きを纏うメロリィ・エストレア。
軽やかに着地すると同時に手元へ戻ったチャクラムを再展開し、次の一手に備える。
その背中を見て、あかりの表情に安堵が浮かぶ。
「エストレア……!」
「今は私がやる。あかりはパクトを!」
「……うん、お願いっ!」
エンジェル不在の中、単独で戦場に立つエストレア。
だが、迷いはなかった。
「いくよ、ワルイゾー……私が相手だ」
「ワルイゾォォー!!」
不意を打たれたワルイゾーが怒り半分に自身をバウンドさせて天井と床にダメージを与えていく。
「……!」
巨体による衝撃は体育館の天井にある照明器具を激しく揺らし、やがてそれらは重力に従って、重い質量のまま地へと解放されようとしていた。
だが――その落下地点には、多くの生徒たちがまだぼんやりと虚空を眺め立ち尽くしている。
「だめっ!」
エストレアはチャクラムを次々に投げ、照明器具を撃ち落としながら落下地点をずらす。近くの照明は自ら受け止め、その身体で生徒たちを守ることを選んだ。
「隙ありだッ!!!」
フォルティシモ男爵の指揮棒が振り下ろされると同時に、ワルイゾーの腕が伸びる。
照明を抱えたままのエストレアへ、その拳が唸りを上げて振り抜かれた。
「うあああっ!?」
直撃を受けたエストレアは勢いのまま、すぐ近くの壁へと叩きつけられる。
壁にめり込むように倒れ込んだ彼女は、微動だにしなくなった。
「……そんなっ!? エストレア!!」
その衝撃でさらに照明器具が落下しようとしていたが、みちるはエストレアの様子に気を取られて気付くのが一瞬、遅れた。
落下予定の場所には、みちるのすぐ隣にひなたの姿がある。自分だけ飛び退けば間に合うかもしれない――でも、それではひなたは無事では済まない。
「――っ!」
考えるよりも早く、みちるはひなたを抱きかかえるように押し倒す。
直後、その場に照明が激突し、破片が爆ぜるように飛び散った。
「ッ……!!……痛くない?」
すぐ背後でガシャン、と鈍く激しい音。
身体に突き刺さるはずの破片の痛みも衝撃も――ない。
腕の中のひなたが無事なことを確認し、自分の背中に手を回してさすってみるが、何も刺さっていない。
不思議に思い振り返ると――
「……無事ですか、みちる」
そこには、自分に背を向けたままのアリサが立っていた。
「え、ええ……。……でも待って、アリサ……まさか……?」
「……大丈夫。かすり傷です。それより、早く避難を」
アリサは決して、みちるの方を振り返らなかった。
何故なら……彼女の前面には、腹部から胸部、そして太腿から脛に至るまで、照明器具の破片が無数に突き刺さっていたからだ。
金属片もガラスも、その肉体に深く突き立てられたまま、しかし血も流さず静かに立ち尽くしている。
「でも……でもアリサは……!」
「いいから……!行ってください」
その声は、これまでに聞いたことがないほど、強く、張った声だった。
思わず、みちるの肩がビクリと震える。
「……分かった。アリサを信じる」
そして滲む涙をぐっとこらえながら、まだ呆然としたままのひなたの手を握り、体育館の外へと走り出すのだった。
「……お嬢ちゃん、お……お前さん……」
普通の女の子なら、ガラスの破片がかすっただけでも大騒ぎをするだろう。
それなのに……目の前の少女は、全身に致命傷レベルの破片を突き立てられたまま、声を上げるわけでも、涙を流すわけでもなかった。
ただ冷たく、ただ静かに。
その瞳に、深淵の如き深く、静かなる殺気を宿して――。
「……」
一言も発することなく、アリサは魔力を解放する。
すると、逆再生するかのように金属片やガラス片が、彼女の身体から次々と滑り抜け、ふわりと空中へと舞い上がる。
その一瞬の静寂の後。
「ワルッ?!」
破片はまるで弾丸のようにワルイゾーへと襲い掛かり、頑丈で弾力に富んだその肉体へ、寸分の狂いもなく突き刺さっていく。
鋼鉄の如き冷たい殺意より繰り出されるは、無慈悲なる報復。ワルイゾーの体から遅れて火花と黒煙が上がった。
そしてアリサは、初めて言葉を放つ。
「……みちるへの手出しは許されない。貴様は――」
言葉と共に、彼女を紫色の輝きが包み込み、無機質な白銀のバイザーを纏った黒い魔法少女へと姿を変えた。
「禁忌を犯した。……排除する」
右手に握るのは幾千もの敵を屠ってきた杖型デバイス。その先端をワルイゾーへと向けた。
「その姿!まっまさか……!?黒い悪魔……ッ!?」
『——衝撃』
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体育館から全力疾走で校舎へと戻ったあかりは、すぐさま自分の制服のポケットを探る。
「あった!ブレッシング・チェンジ!!」
七色の音符と光り輝く羽に包まれてあかりはメロリィ・エンジェルへと変身する。
今は一刻も争う事態だ、ガラリと教室の窓を開けると二階から身を投げ出し、強化された身体能力で難なく着地すると全力で体育館へと走り抜ける。
だがその時——。
ドゴォッと凄まじい炸裂音と共に、体育館から壁をぶち抜いてワルイゾーが猛烈な勢いで吹き飛ばされていく。
「わっ!?もしかしてエストレアが??凄い……!!早く行かなくちゃ!」
吹き飛ばされたワルイゾーは何度もバウンドを繰り返し、ようやくぐったりと動きを止めた。
「ワル……イゾォ……」
そこへ跳躍してきたエンジェルが着地し、ワルイゾーへと相対する。
「あれ……?このワルイゾー凄いボロボロだ……。ひょっとしてもう浄化できちゃうかも?」
エストレアが追撃に来ないという事は、もしかしてフォルティシモ男爵とも戦っているのだろうか。
早く合流する為に、エンジェルは目の前のワルイゾーを浄化させる事に決めた。
「この想い、旋律にのせて……!」
胸のブローチが輝きライアーへと変化すると、エンジェルは静かに弦を弾き、浄化のメロディーを奏で始める。
楽しい、格好良い、憧れ、称賛。奪われてしまった球技大会を楽しむ生徒達の想いを取り戻すように、残されてしまった嫉妬、絶望、不満の心を宥めかき消すように。
「ハーモニック・フィナーレ!」
柔らかく輝く音符と優しく広がっていく音の波紋に包まれ、ワルイゾーは目の辺りからひとすじの涙のような光を漏らし、空気中に溶けるように薄くなり消えていく。
「……」
そんなエンジェルの浄化の様子を、アリサは男爵の首に杖型デバイスを突き付けながら見ていた。
「ど、どうか……!命だけはお助けを……!!」
両手を上げ、降参の姿勢を取る男爵へアリサはバイザー越しに絶対零度の冷たい目を向ける。それによりさらに縮こまる男爵に微塵の脅威を感じず、仕方なく杖型デバイスを下ろす。
「……失せろ。次はない」
「はっはいぃぃぃ!!!」
慌てて次元の穴を開き、逃げ帰ろうとする男爵へ、アリサは記憶消去の魔法を撃ち込んでおく。
「アッ」
気絶するように頭から穴へと倒れ込んでいったが、まぁ死にはしないだろう。
素顔が割れていると何かと不便で厄介になると踏み、自身の素顔の記憶は消し、黒い悪魔の……おそらく自分につけられた二つ名なのだろう、その恐怖だけは持ち帰って貰った。
ワルイゾーが消滅した事により、ボロボロになった体育館もワルイゾーが開けた穴も、ミュートジェムにより奪われた生徒達の感情も温かな光に包まれて元通りになった。
それにより、壁にめり込み気絶したままのエストレアも直った壁に押し出される形で床へと落ち、呻き声を上げる。
続けて聞こえて来るのはエンジェルによるエンジェリック・リストレーションの心地よい旋律。
アリサには無効化されて忘却効果はないが、純粋に心を落ち着かせられるメロディーを楽しみつつ、周囲の生徒等がトロンと夢見心地になっている間にパワードスーツを解除し紫の光と共に霧散させた。
「アリサっ!!」
外へと避難していたみちるが、ワルイゾーが浄化されて周囲が元通りになったのを見て体育館へと飛び込んできた。
そんな彼女へ今度はしっかりと振り向き、安心させるように僅かに微笑む。
「……私は無事ですよ、みちる。何も問題ありません」
しかし、みちるは無言のままツカツカと足音を立て、早足に――途中からは最早走り出してアリサの元へと駆け寄る。
「アリサ……!ばかっ……バカアリサぁ!!」
走った勢いのままアリサへと抱き着き、とめどなく溢れる涙を堪える事もせず流し続ける。
「なんで……あんな無茶して……っ、私……っ、怖かったのよ……!!もし……もしアリサが……!」
そんなみちるの様子にアリサは困ったように首を傾げながら、優しく彼女を抱き締め、ポンポンと背中を叩きながら慰める。
「ずっとそばにいると……言ったではないですか。これぐらいの事で……」
これぐらいの事で死ぬなら、とっくの昔に死んでいるはずですから。
この言葉を吐かずに飲み込んだのは、これ以上みちるに心配をかけさせまいというアリサなりの気遣いだった。
アリサの胸元に顔を埋めたまま、みちるはしばらく泣き続けていた。
涙の熱がアリサの服を湿らせていくのが分かる。
けれど、アリサはその全てを黙って受け止めていた。
「……アリサ」
しばらくして、みちるが少しだけ顔を上げる。
赤くなった目元と、涙の跡が残る頬。けれどそこには、かすかな笑みが宿っていた。
「ほんとに、無事なのね……?」
「はい、私はこの通り……運良く怪我もありません」
そう言ってアリサが、わずかに口元を緩めた。
不器用な笑顔。それでも、みちるにはそれがたまらなく嬉しかった。
「やっぱり、アリサって変よ……」
「そうでしょうか?」
「うん……。でもその変なところが、私は……好き」
「……!」
一瞬、アリサの目が見開かれる。
まっすぐに自分へと向けられる好意的な感情。
親愛・友情とはまた違った熱の籠るその視線。
今まで人からどう思われようとも、悪意を向けられようとも微塵にも気に留めていなかった彼女にとって、どう対応すれば良いのかの模範解答が見つからなかった。
「……ありがとうございます、みちる」
それが、今アリサが出来る精一杯の返答だったが、みちるはその言葉で十分だった。
沈黙がふたりを包む。
けれどその静けさは、もう不安や孤独のものではなかった。
それは戦場の静寂ではなく、戦いが終わったあとの、安らぎの静けさ。
お互いに感じ合う、腕の中にいる温かな体温の心地よさを離したくはなかった。
そして、その時間を破るように。
「……う、う〜ん……」
壁の近く、床にうつ伏せに転がっていた誰かが、むくりと上半身だけ起き上がる。
「……今の音……エンジェル?私は ……はっ!?」
跳ねるように飛び起きたのは、気絶した際変身が解けてジャージ姿に戻っていたあおいだった。
全身に残る鈍い痛みに顔をしかめつつも、周囲が元通りになっているのを見て、既にワルイゾーが浄化され男爵を撃退した事を悟った。
そんな時。
「あおいちゃーん!みちるちゃーんっ!!」
体育館の外から叫びながら駆けてくる声が響いた。
「無事でよかった〜〜〜っ!!」
猛ダッシュで体育館に飛び込んできたのは、同じくジャージ姿に戻ったあかりと、彼女が手を引くひなたの二人だった。
アリサとみちるはゆっくりと抱擁を解き、満面の笑顔で駆け寄ってきたあかりを迎え入れる。あおいもジャージ姿で立ち上がり、額を押さえながらもその輪へと混ざる。
「ひとまず、全員無事で良かった!……それにしても、あおいちゃん凄いよっ!一人であんなにワルイゾーを追い詰めちゃうなんて!」
「えっと……あかりが倒したんじゃないの……?」
「え……?」
あかりとあおいは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
そうしている間にも、ずっと静かだった体育館に変化が起き始めていた。
立ち尽くしていた生徒たちが、まるで夢から目覚めたかのように瞬きをし、きょとんとした表情であたりを見回し始めた。
「……え? なにしてたんだっけ、私……?」
「ん、あれ……球技大会は……?」
「あれっ!?試合途中だった気がする!」
教師も同じように目を覚まし、無意識のうちに立ったまま眠っていたような感覚に戸惑いつつ、生徒の安全確認や進行の再開に動き出す。
「あれ……?なんで私コートの外に……?」
ひなたもやっと目が覚めたのか、体育館の入り口付近にいつの間にか移動していた事を不思議に思いながらもあかり達のいるコートへと戻ってきた。
「みんな!試合再開だ!ぼんやりしていないでコートに戻れー!」
監督役の体育教師の吹いたホイッスルで、未だ夢心地だった生徒達が次々と我に返っていく。
球技大会の喧騒が再び戻り、熱気が体育館に満ち始める。
「よし……それじゃあ、うちらの準決勝も再開だね!」
あかりがあおいと目を合わせ、拳をコツンと軽く合わせる。
「頑張って二人共。応援してる!」
あおいはあかりとみちる、そして戻ってきたひなたへと手を振りコートの外、体育館の壁際の応援スペースへと移動する。
「では私は、そろそろサッカー決勝戦の集合時間ですので。行ってきます」
アリサはすでに何事もなかったように淡々とした調子で言い、ジャージの袖を直しながら歩き出す。
「アリサも、ファイト……!」
「はい、みちるも……また後で」
アリサが立ち去る背中を、みちるはほんの少し名残惜しげに見つめていた。
突如起きた集団居眠り事件の後に再開された女子バレーボールの準決勝は、中断したことで調子を崩した相手チームの穴を突き、2-Aは見事勝利を収めたのだった。
そして、次は男子のバレーチームの準決勝が始まる……!
球技大会中盤でした。
フォルティシモ男爵の襲撃中、(たまたまとは言え)いよいよラインを超えてしまったワルイゾーは、これまで静観を保っていた黒い悪魔の逆鱗に触れてしまいました。
アリサが男爵を見逃したのは、まだ情報収集が十分でない事、またエンジェルによるワルイゾー浄化の旋律を聞いて冷静になったから(ひ弱な蟻をわざわざ踏み殺す必要はないでしょう)
さて、いよいよ球技大会もクライマックス!恋の行方も、チームの優勝も、あかり達は掴む事が出来るのだろうか……!!
次回もお楽しみに~!




