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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第一部 第三楽章 恋と青春と友情と!
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明日を奏でるために

ひなたを伴い校舎から出てきたあかりを、あおいとみちる、そしてソラシーが待っていた。


あかりが見知らぬ生徒を連れていた為、事情を察したソラシーは一度みちるの肩から空へと舞い上がり、少し距離を取って羽ばたいている。しばらくはただの鳥として振舞ってくれるみたいだ。


まだどこかぼんやりしていたひなたも、時間とともに意識がはっきりしてきたのか、あかりの支えなしに自分の足で立ち、ふらつくこともなく歩いていた。出迎えた二人に対しても、わずかに戸惑いながらも会釈を返す。


「ひなたちゃん、こちら杏堂あおいちゃんと、楠みちるちゃんだよ!」


あかりが紹介すると、ひなたはゆっくりと頷いた。


「あおいは別クラスだから分からないかもだけど、私のことは……分かる?」


「あ……はい、楠さんは同じクラスですから……。それと、杏堂さんはちゃんとお話するのは初めて……だよね?」


「うん、そのはずだよ。改めて……杏堂あおいです。あかりとみちると一緒の図書委員をやってるんだ、よろしく」


「……よろしく、お願いします」


小さく礼を言ったひなたの声には、まだ少し震えが混じっていたが、それでもどこか柔らかさが戻っていた。


「それじゃあ、まだ本調子じゃないみたいだし、ひなたちゃんの家まで私が送ってくるね」


あかりがそう言うと、あおいとみちるも静かに頷いた。





「それじゃあ、お大事にね宮崎さん」


「また明日」


夕暮れに染まる校門で、ひなたの家とあおいやみちるの家の方向は反対でここで別れる事となった。

別れ際での二人の温かい言葉と優しい表情に、ひなたはパチパチと瞬きをして、恥ずかしそうに別れの挨拶をする。


「うん……また明日」


続けてあおいはあかりへと目を合わせた後、腕のブレッシング・リンクを一瞬指差した。

後ほど作戦会議をしようという合図だった。


あかりもしっかりとあおいへと目を合わせ、小さく頷いて応える。

もう言葉も交わさなくてもお互い伝えたい事が分かる。それだけであかりは嬉しさが込み上げてきて、思わず笑みが零れてしまう。


「じゃあ……あおいちゃん!みちるちゃんもまたねっ!」


ひなたの横を歩きつつ二人へと手を振りながら去っていくあかり。

そんなあかり達と羽ばたくソラシーの姿が見えなくなるまで見届け、あおいとみちるも帰路へ着いた。



住宅街を歩きながら、あかりはちらりとひなたの顔を盗み見る。無理に話しかけない方がいいのかとも思ったが、やはり気になって口を開いた。


「ねえ、ひなたちゃん……体調は大丈夫?無理してない?」


「……ううん、大丈夫。ごめんね……心配、かけちゃって。……柚木さんって、優しいね」


そう言って、ひなたは少しだけ笑った。


沈黙が少しだけ続いたあと、ひなたがぽつりとこぼすように言った。


「……やっぱり夢だったのかな。……ううん、夢だよね。学校も壊れていないし……現実にあるわけない……」


「うーん、もし夢でも……その魔法少女の女の子に応援してもらえた……んだよね?それに、私もひなたちゃんの事、応援しようって思ってるよ!」


「……ほんと?」


「うんっ!相馬君にひなたちゃんの想い……伝えてみようよっ!言わないでずっと胸に想いを閉じ込めていたら、いつか爆発しちゃうと思うし……絶対に後悔する!それに、何もしないまま終わっちゃうなんて……もったいないよ!」



「……そっか、そうだよね……。怖がってばかりじゃ、前に進めない……よね」


あかりは、ただそっと微笑んで、隣を歩くひなたの歩調に合わせてゆっくりと歩き続けた。


ようやくひなたの家が見えてくる。玄関前まで来ると、ひなたがふと立ち止まり、あかりの手をそっと握った。


「……今日は本当に、ありがとう。私……頑張ってみる……。」


「うんっ!また明日ね!」


あかりは笑顔で手を振り、ひなたが玄関に消えるまでその場で見送っていた。


「ピィ、あかりお疲れ様ソラ~」


電線や街路樹などを飛び移りながら追いかけてきていたソラシーが、ひなたが帰宅した事でやっとあかりの頭へと着地し、ふわふわの羽であかりの頭を撫でる。


「ありがとソラシー!……さってと、帰らないとね」


大きく伸びをして、あかりはようやく心からほっと息を吐くことができた。


「……明日は、もっと良い一日になるといいなぁ」


そう呟いて、茜色の帰り道をソラシーを頭に乗せたまま一緒に歩き出す。空はもうすっかり夕焼け色。遠く、街の灯がひとつ、またひとつと点り始めていた。






————————————————————————————————————






茜色の空が群青に溶け始める頃、あかりは自宅へと戻ってきた。


「ただいまー……」


玄関を開けると、キッチンからふわりと夕飯の香りが漂ってくる。


「おかえり、あかり。遅かったわね?」


菜月がエプロン姿で振り返り、あかりの顔を見るなり安心したように微笑んだ。


「あ、ごめんね! ちょっと友達を送ってて……」


「ふふ、そういう時はちゃんと連絡するのよ?……ほら、夕飯できてるから手を洗ってらっしゃい」


「はーい!」


いつもの、変わらない日常。ほんの一時間程前に非日常的な戦いをしてきたあかりにとっては、この特別何かがあるわけではない、()()()()光景が何より大切で、ほっとできる時間だった。


ソラシーはというと、お出かけした後のエチケットで菜月が用意した濡れ布巾で足踏みをして綺麗にすると、さっさと冷蔵庫の前に陣取り、ご飯を期待してぴょこぴょこと跳ねている。


「あらソラシーちゃん、今日もあかりを迎えに行ってくれてありがとね。今日はデザートにフルーツもあるわよ?」


「ピピィ~!!」


喜びの舞いをするソラシーの動きが少しおかしくて、あかりと菜月は思わず笑ってしまう。


「じゃああかりもお皿運ぶの手伝ってね、今日はハンバーグよ」


「えっ!やったっ!すぐ手伝う~!!」




テーブルに並ぶ、あつあつのハンバーグと彩り豊かなサラダ。あかりの好きなマッシュポテトも添えられていて、見た目からして心が温まる。

ソラシー用の小皿には穀物ミックスに加えてゆでトウモロコシも混ぜられており、デザートの皿には小さくダイス状にカットされたリンゴやバナナ、イチゴが盛られている。


「わぁ~……もう食べる前から美味しいよぉ!いっただっきまーす!」

「ピ……!!美味しそうソラ……」


ついついソラシーが声を漏らしていたが、テンションが上がってはしゃぐあかりの声にかき消されて事なきを得ていた。


「ふたりとも今日も元気ね、ママも頑張った甲斐があったな~」

にこにこと笑顔を浮かべる菜月の穏やかな声に合わせて、二人と一羽でそろって手を合わせる。


「「いただきます!」」「ピィ~!」


一口食べて、思わずあかりの顔がぱっと明るくなる。


「わぁ、今日のハンバーグ、すっごくふっくらしてる!なにこれ、なにこれ!」


「今日は玉ねぎを炒める時間を長くして、つなぎもちょっと変えてみたの。ちょっとした工夫よ」

菜月が少しだけ得意そうに胸を張る。


「ママすごいっ……お店開けるよこれ!」


「それは褒めすぎよ~。でも、あかりにそう言ってもらえると嬉しいわ」


くすくす笑う菜月と、自分もこの味が作れるようになりたいとレシピをせがむあかり。そしてソラシーは盛られたフルーツをうっとりと眺めながらトウモロコシを夢中で啄んでいる。


笑い声と、美味しい香りに包まれた食卓。


……そのひとときの穏やかさは、あかりの胸の中の緊張や不安を少しずつ溶かしていく。


だからこそ、あかりはこの時間が、何よりも大切だと思った。


「……ふふ。やっぱり……明日も、もっともっといい日になるといいな!」


ぽつりとつぶやいたその言葉に、ソラシーが「ピィ」と小さく返した。




————————————————————————————————————




夕食を終え、食器を台所に下げて軽く洗いものを手伝った後、入浴を終えてからあかりは自室へと戻った。

ソラシーの為の小さな水入れとクッションのベッドを整えてから、自分のベッドの上に腰を下ろす。


「ふぅ〜……今日は、いろんなことがあったなぁ……」


小さく伸びをしてから、そっとブレッシング・リンクに手を触れる。点滅している電話マークのアイコンをタップすると、ピッというソラシーが鳴くような可愛い起動音と共に、小さな光が画面に浮かび、やがて見慣れた二人の顔が映し出された。



『あ、やっと来た……!あかり、あの後無事に帰れた?』


あおいの、やや心配そうな声。


『……パジャマ姿だし、大丈夫そうね』


落ち着いた口調でほっとしたように言うのはみちる。片手にはマグカップを持っていて、映る背景からしてどうやら彼女は自室でリラックス中のようだ。


「うん、ちゃんと無事に送ってきたよ!その帰りも特に何事もなく!」


「ソラシーも無事ソラ!」


ブレッシング・リンクをのぞき込むあかりの背後からソラシーも顔を覗かせ画面の向こうのあおいとみちるへと手を振るかのように羽をパタパタさせる。


『……ふふ、ほんとに仲良しね』


一瞬、みちるの口元が柔らかく緩んだように見えた。


あかりはほんの一瞬、温かさと共に、このメンバーでこうして話せることのありがたさを噛みしめる。


『さてと……じゃあここからはあかりも参加してもらって、今日の反省会に戻ろうか』


本題に差し掛かり、あかりはそっと表情を引き締めた。


『そうね、あかりが来るまであおいと二人でしばらく話していたけど、宮崎さんの事をよく知っているのはあかりだから、あかりの話も聞いておきたくて』


二人の瞳にも、真剣な光が戻る。


『今回のワルイゾー、いつも男爵が召喚してくるワルイゾーに比べて強くなかった?』


「確かに……、みちるちゃんがいなかったら負けてたかもしれないよね……」


『べ、別に……私は二人に声をかけただけよ?たまたまワルイゾーの精神攻撃が効かなかったのか、範囲外にいたのか分からないけど、何とかなって良かったわ』


画面の向こうで照れたように目線を反らし、マグカップの中身を飲むみちるを見て一瞬空気が和みかけるが、何とか真剣な空気を維持したままあおいが続ける。


『それで、男爵が召喚してきた時とあの女の人が召喚した時の違いは何だろうって。宮崎さんが悩みを抱えているのは聞いたけど……そんなに深刻な悩みなの?』


あおいはブレッシング・リンクを机の正面に置きながら話しているみたいで、ノートにペンを走らせる様子が画面の下部にチラチラと映っていた。


「うん……恋の悩みなんだって。というのも――――」


あかりは自分が知りえる限りのひなたの事を二人へと話した。

本当は何より歌う事が大好きなはずなのに、歌えなくなるほど思い詰めている事。一度ネガティブになるとその感情に押しつぶされそうになってしまい抜け出せない事。自分と同じクラスの男子である相馬ハヤトの事、また彼のタイプの女子がアリサである事。


『んぐっ!?げほっ……!待って、相馬君ってそうだったの?』


途中みちるが飲み物を咽ながらツッコミを入れる。


「え、うん……そうらしいよ?それを聞いちゃってさらに落ち込んじゃったんだって……」


『へ、へぇ~……アリサってやっぱり人気なのね……。で、でもアリサはどうなのよ?』


「興味ないって。だからひなたちゃんにもそう伝えてあげたら少し安心したみたい!」


『……そう、なの』


みちるは飲みかけのホットミルクの入ったマグカップを置き、くるくると自分の髪をいじりながら、心ここにあらずといった様子で考え事を始めてしまった。


映像越しにその様子をチラと見ていたあおいは、そんなみちるへ触れる事なく今の時点の情報をノートへとまとめていた。


『少し脱線しているから戻すよ。とりあえず宮崎さんはその恋愛由来の強い感情を抱いていた。……それこそ大好きな事も手に付かないくらいの重症レベルの物をね。そしてそれをミュートジェムに吸収され、ワルイゾーが呼び出されたと』


無言であかりとみちるは頷く。あおいはパラパラとノートの過去ページを見ながら続けた。


『確認だけど、あかりが今まで戦ったワルイゾーでも入学式の時に戦ったワルイゾーは手強かった?』


「言われてみれば、二回目に戦ったワルイゾーだったけど……ビームを撃ってきたりちょっとタフだったり強かった気がする!」


あかりの証言を聞き、あおいは再びノートをパラパラと捲り、ペンで何かを書き込む音が響く。


『じゃあほぼ確定だね。ディスコードの連中がミュートジェムで奪った感情や音楽が多くて強ければ、その分呼び出されるワルイゾーも強力なものになっていくはず。あかりが最初戦った個体も私がエストレアになった時の複数のワルイゾーも、男爵はその場で奪ったものではなく、どこからか既に奪ってきたジェムを使っていた』


「きっとソラシーの国のハルモニアランドで奪ったものソラ……。解放されたハーモニックジュエルに込められた感情は、懐かしさを感じたソラ……」


悲しげにつぶやくソラシーをあかりは抱き寄せ、優しく撫でた。


『それと、もう一つ懸念事項があるの。あの女の人――まだ本気じゃなかった。ワルイゾーを操っていたけど、男爵みたいに指揮棒で細かに指示しているわけでもなかったし……手にしていたあのマイクも気になる。……あと何か気になることを言っていたよね。混沌の延音カオス・フェルマータは、もう始まっているって』


あおいの言葉に、三人の間に短い沈黙が落ちる。


混沌の延音(カオス・フェルマータ)……また知らないワードだけど、ろくでもないって事は間違いないと思う』


『うん、それは間違いない』


「……でも、私たちは負けないよ。だって、ひなたちゃんの想いを、ちゃんと取り戻せたんだもん。……誰かの心が悲しみで壊れそうになっても、私達がいれば、大丈夫なんだから!」


『あかり……』


『まったく、そういうところ……本当にあかりらしいわね』


思わず苦笑したみちるに、あおいもほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


「これからも一緒に頑張ろうねっ!みちるちゃん、あおいちゃん!」



ブレッシング・リンクを通じて、三人の笑い声が重なる。

明日へ、未来へと続く旋律のように。



————————————————————————————————————




それからしばらくの間、話題が他愛ない雑談へと移り変わって行き、長い時間おしゃべりをしてしまったあかり達は、ふともうすぐ日付が変わりかける時間になっている事に気付き、慌てて解散となった。


「遅くまでごめんねっ!また明日学校で!お休みなさい~!」


『また明日、二人共お休み」


『お休み……。あかり、あおい』


ブレッシング・リンクの画面が暗くなり、あおいとみちるの顔が消える。

途中からベッドへ寝転がりながら話していたあかりは、そのまま手足を伸ばして固まった身体をほぐした。

ふと見ればソラシーは途中でクッションのベッドで丸くなり、一足先に眠りについている。


あかりも明日の学校に向けて早く寝ようと部屋の電気を落とすが、どこからかふわりと風を感じる。

見れば夜の風がカーテンを揺らし、開けたままの窓からは爽やかな風が流れ込んでいる。

その窓を閉めつつ、夜空を見上げると優しく月が夜空を照らし、負けじと星々も瞬いていた。

その光を見つめながら、あかりは小さく、けれど確かな声でつぶやいた。


「……ひなたちゃんの想いが無事に届きますように」




今回はちょっと短めの繋ぎ回です。

そして今回はこの後書きの場で本来のブレッシング・ノーツの正史で進むはずだったストーリーに簡単に触れていきます。


あかりが図書委員になりあおいと知り合い、仲良くなる。みちるは保健委員になり、まだあかりとの接点はクラスメイトという事だけ。

フォルティシモ男爵襲撃からのエストレア覚醒までは同じ。

宮崎ひなたの恋愛相談、ここで本来なら相馬ハヤトは好きなタイプを聞かれた時にひなたの方を見て、本当は彼女を意識しているもいないと答える。

ひなたは動揺するも、声が出ないまでは深刻に思い詰めず、合唱の練習中にミスをしてあかりが慰め、相談に乗る展開。

アリサにより植え付けられたトラウマによる出撃キャンセルがない為、ミーザリアの襲撃も既に経験済み。ひなたがミュートジェムの被害にあうのは同じだが、ワルイゾーはただの譜面台型で、仮面も付けていなければ影からも手は伸びてこない。

浄化後、あかりの応援によりハヤトへの告白を決めたひなた。近々行われる球技大会が終わった後に呼び出して告白する。その結末は……?

といった流れが正史です。


前回の後書きにもある、ひなたが激重感情を抱く原因となったのは、お察しの通り未来から飛来した一匹の蝶々の羽ばたきによる物です。

次に蝶が羽ばたき起こす風は、果たして希望となるのか、それともさらなる混沌となるのか。

未来は、まだ誰も知らない……。


それでは次回もお楽しみに~!


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