この想い、旋律にのせて
廊下に出た瞬間、空気がはっきりと変わっていることに気づいた。
さっきまでの校舎とは違う、何かが滲み出している感覚。音のない気配が、どこからかにじり寄ってくる。
ブレッシング・リンクに表示された座標は、校舎の近く。
この世界に満ちる音を蝕もうとする者が、今、静かに姿を現そうとしていた。
あかりは手に力を込め、軽く息を整えた。
『あかりっ!ディスコードが出たって!まだ学校だよね?一番あかりが近いから足止めをお願い!』
あおいの声がリンク越しに響く。
「うん、任せてっ!」
人のまばらになった校舎を駆け抜け、急ぎ靴を履き替えて昇降口を出ると、先程まで晴れ渡っていたはずの校舎の上空を赤黒い雲が覆い、周囲も空と同じような赤黒い霧が立ち込め始めていた。
「ここで止める……! 絶対に、誰の気持ちも踏みにじらせないっ!」
あかりはブレッシング・パクトを握りしめ、天に掲げる。
「ブレッシング・チェンジ!」
煌めく羽根が舞い、金色の光があかりの姿を包み込む。
風を巻き、祈りの旋律が流れる。
「羽ばたけ、癒しの光!」
「メロリィ・エンジェル!」
変身を終えたその瞳は、もう迷っていない。光とともに駆けるその姿は、まさに守護天使そのものだった。
空と見ていると、景色が切断されたような見る者を不安にさせる穴が開き、段々と強い気配を感じて来る。
「どうせフォルティシモ男爵でしょー!!迷惑だからすぐ帰ってもらうよーっ!!」
ここ最近の連戦連勝で油断と余裕が生まれていたエンジェルは、今日もいつも通りやっつけてやると腕をぐるぐる回して気合いを入れていた。
そしてその前に、現れたのは——
「……ッ、刃は飛んでこないわね……。ふぅ……」
静かに囁く声。白い肌、流れる黒髪。重力に逆らうようにふわりと広がるスカートを靡かせ、静かに空から降りてきたのは、エンジェルの知らない女性幹部、ミーザリアだった。
「だ、誰……あれ……?」
ミーザリアは中庭から自分を見上げるエンジェルを気にも留めず、眼下の校舎をぐるりと見まわし、一際強い感情の発露と歌声を感じ取り、標的を見定めた。
「哀しみの波長、嫉妬の残響……そして弱々しい希望。そのすべてをひとつの旋律に……ね。彼女の想いは、美しいわ。……そして脆く儚く散り行く様を見るのもまた何よりの芸術なの……」
どこからか取り出したのは妖しく光るミュートジェム。コツ……と手にしているマイクでジェムと軽く叩いて掲げると、校舎の一室から優しく明るく輝く光が吸い込まれていく。
「だから……悪く思わないでねぇ……?歌うのは、私の……私だけのモノだから」
その光景を見てエンジェルは、はっと気付く。あの位置にある教室は、音楽室だと。
「まさか……まさかっ!!」
「想いを呑み込み、声を閉ざす……。叶わぬ恋、届かぬ旋律、響かぬ声……その切なる願い破れてこそ、最も甘美な絶望。ワルイゾー、……悲しみの殻より、生まれ落ちよ」
その言葉とともに、ミーザリアの手からミュートジェムがふわりと宙に浮かぶ。
吸い上げられたひなたの想いは、光の粒となって揺れ、ジェムの中で不穏な濁色へと変わっていく。それは喜びも、哀しみも、恋心さえも、すべてを濁らせ、ぐずぐずに溶かしたような異様な色だった。
「……ディスコード!!何て事を!!」
エンジェルが叫ぶのとほぼ同時、ミュートジェムの中で何かが蠢く。
バキィン!
ひび割れたような音と共にミュートジェムが鈍く輝き、その姿をワルイゾーへと変えていく。
「……うわっ、なにこれ……!」
現れたワルイゾーは、まるで譜面台のように細長い身体に三本の足、楽譜を置く場所に頭部があり、仮面舞踏会の白いマスクをかぶっていた。しかしそのマスクの口元には、口の代わりに黒く穿たれた穴が空いている。そこからは誰かの泣き声のようなノイズが微かに漏れ、聞いているだけで胸が締め付けられるような不快さを覚えた。
「……まさか、ひなたちゃんの……!」
エンジェルはミーザリアを睨む。
「返してっ!!ひなたちゃんの気持ちを、勝手に奪わないで!!」
だが、ミーザリアはどこか物憂げに笑っただけだった。
「……ふふ。ならば力で取り戻してごらんなさい?あなたの光が、本当に彼女を導けるなら——その子は、救われるかもしれないわよ?」
ミーザリアが指を鳴らすと、ワルイゾーが低くうめくような声をあげる。
「ワルン゛……ァ……ァアアア———!!」
悲鳴と共に、ワルイゾーの足元の影からボコボコと空へと伸びていく無数の手。
それは、まるで何かを求めるかのように伸ばされ、掴み、引きずり込み、閉じ込めようとするように蠢く。
ミーザリアがエンジェルを指差すと、校舎の壁を削りながら黒い手がエンジェルへと襲い掛かる。
「っ、来る……!」
エンジェルは構えを取り、変身した身体に力を込めてその場から跳躍する。
この悲しみは、放っておけない。
ひなたちゃんの心が、歌が、こんな形にされるなんて絶対に許さない!
「いくよ……! ひなたちゃんの心は、私が取り戻すんだからっ!」
決意と共に、エンジェルは飛び出した。
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「っ……なに、この音……?」
赤黒い雲と霧に覆われた学校へと、あおいとみちるが急いで走って戻り、ようやく校門を通り過ぎた瞬間、あおいは思わず立ち止まった。耳に届くのは、かすかに響く不協和音と、胸の奥をざわつかせる奇妙な感覚——まるで心の中を踏み荒らされるかのような、そんな不快感。
「あかり、大丈夫かな……?」
あおいの隣で立ち止まったみちるが、険しい表情で乱れた息を整えながら、先に戦っているだろうあかりを思う。
昇降口の外では、逃げまどう生徒達が恐怖に顔を引きつらせながら校舎から飛び出してきた。
「なにあれっ……何なのよ!?」
「怪物だ……!」
「校庭の方へ行ったみたいだぞ……っ!早く逃げようっ!!」
あおいは咄嗟にみちるの手を取り、逃げる生徒達と反対に校庭へと駆けていく。
——そして、校庭。
「くっ……! プリズム・シャイニング——うわっ!!」
劣勢を覆そうと、必殺技のキックを放とうとするも、空中へジャンプした所を狙われ吹き飛ばされるメロリィ・エンジェルの姿があった。空中から落下しながらも、受け身をとってグラウンドの土の上を転がり、何とか立ち上がる。
「エンジェルっ!」
駆け寄る二人。その先に見えたのは異形のワルイゾー。無数の黒い手がうねり、あらゆる方向からエンジェルを闇へと引きずり込もうと手を伸ばしている。
「っ……ごめんね、ちょっとピンチかも……!!」
その姿を目にして、あおいはブレッシング・パクトを取り出す。
「……この絶望の音、見過ごすわけにはいかない!みちるは下がってて!」
「気を付けて……。なんだか、嫌な予感がするわ」
あおいがブレッシングパクトを、静かに掲げる。
「ブレッシング・チェンジ!」
星のきらめきと共に、流星のような光が夜空を裂く。
「瞬け、希望の星々! 夜空を照らす未来の光! メロリィ・エストレア!」
エストレアが戦場へと舞い降りる。
すぐにチャクラムを展開し、無数の手を斬り払いながら、ワルイゾーの元へと迫ろうとする。
——しかし。
ワルイゾーの影から次々と伸びる黒い腕が迫るチャクラムを叩き落とし、逆に獲物を狙う蛇のように静かに狡猾に四方八方からエストレアへと襲い掛かる。
「……うふふ、良い動き……いい音を奏でているじゃない?」
屋上から静かに眺めながら、ミーザリアは頬へ手を当てて妖艶に微笑む。
彼女はワルイゾーを召還してからは、まだ何もしていない。強いて言うならば必死に目下で土に塗れながらもワルイゾーの攻撃を避けるエンジェルとエストレアに挑発の言葉を吐くぐらいだろうか。
「あなたたち、少し光りすぎじゃない? 夜空の星はただでさえ儚いのに……無理をしたら、消えてしまうわよ?」
「黙って……っ!」
エストレアはチャクラムを操り、流星の如くワルイゾーへと光輪を飛ばす。
だが、黒い手が壁となって軌道をずらし、お返しとばかりに甲高い泣き声の様に聞こえる高周波が空洞の口らしき所より放たれ、不意を打たれたエンジェルとエストレアの意識を一瞬揺らす。
無機質な仮面の口から漏れるノイズ。それは単なる音ではない。
そこにはひなたの残響が、感情の残滓が、悲しみと後悔が溶け込んでいた。
「っ……そんなもの、聴きたくないッ!!」
エンジェルがもう一度ワルイゾーへと接近しようと地面を強く踏みつけた、その瞬間。
不意に胸の奥を針で刺すような鋭い痛みが走った。視界が滲み。息がうまく吸えない。
「う、そ……何、これ……!? 目が……潤んで……涙……?」
「胸が苦しい……?」
キリキリとまるで胸を締め付けられるような息苦しさ、そして手の届かぬ者を渇望する焼け付くような痛み。
ミーザリアがまるで絵本を読み聞かせするかのように、言葉を紡ぐ。
「ワルイゾーの中の子の悲しみの音色があなたたちと共鳴してしまっているのね。誰かと紡ぐハーモニーなんてやっぱり雑音でしかないのよ」
「や、めて……!」
エンジェルは叫ぼうとするが、喉の奥で声が詰まる。エストレアも片膝をつき、チャクラムを足元に取り落として拾うこともできずにいた。
ワルイゾーが呻き声と共に身体を震わせる。黒く穿たれた穴から漏れ出るのは、ひび割れたガラスのような音と、少女の嗚咽のような残響。
「っ、ダメだ……このままじゃ、ひなたちゃんが……!」
エンジェルは目を見開き、強引に地面を踏みしめるようにして立ち上がると、ワルイゾーへ向けて一歩一歩進んでいく。だが非情もエンジェルへと再び黒い手が伸びてくる。
まるで重りをつけられているかのように言う事を聞かない手足を動かし、鈍い動きながらも黒い手から繰り出される攻撃を避け、四方から襲い掛かる拳を捌くも、死角から襲い掛かる不意打ちの拳には対応が間に合わず、背中からの一撃を食らってグラウンドを転がりボロボロになって倒れ伏す。
胸を締め付ける苦しさに、言葉も、祈りも、立ち上がる力すら出せなくなっていた。
そんな時だった。
「——しっかりして! 二人共、そんなもんじゃないでしょっ!」
声が届く。凛とした、良く通る声。
「誰かの想いを、守るために戦ってるんでしょう?……だったら、立って!」
校庭の端、立ち尽くしていたはずのみちるが、拳を強く握って叫んでいた。
彼女の背後からは、赤黒い雲に覆われ差し込むはずのない太陽の如き温かな光が、ほんの少しだけ差しているように見えた。
その声に……その光に、エンジェルとエストレアの曇っていた瞳へとわずかに輝きが戻り、はっと目を見開いた。
「みちるちゃん……?」
エンジェル・エストレアの迷い、絶望に墜ちていく心が止まった。
闇に囚われかけた心に、暗雲を切り裂いて一筋の陽光が差したのだ。
「あら……?あの子には効いてない……?ワルイゾー!」
「ワ、ワルイゾー!!」
ミーザリアの叱責を受けてワルイゾーがすぐに影の腕を伸ばし黒い手にてみちるを狙う。
「ッ……!!」
みちるはぎゅっと両手を爪が食い込む程強く握り締め、目を伏せる。だが迫る黒い手はたちまちに二つの輝きによって蹴散らされた。
「やらせないよっ!!」
「ありがとう、みちる!お陰で目が覚めたっ!」
エンジェルとエストレアはみちるへと微笑みかけ、それからしっかりとワルイゾーへと向き直った。
「そうだよ……私、守りたいって思ったんだ。誰かの気持ちを。誰かの歌を!」
チャクラムを手にしたエストレアもまた、輝きを取り戻した瞳で叫ぶ。
「届かない想いなんて、悲しすぎる……だから、届ける。私たちの力で!」
ミーザリアが舌打ちをして後退る。
「ふぅん……ならせいぜい、奏でてみなさい?絶望よりも美しい旋律とやらを——!」
ワルイゾーが唸り、再び影より黒い手を無数に伸ばしてエンジェルとエストレアへと襲い掛かる。
だが今の二人はさっきまでとは違った。
「行こう、エストレア!」
「ええ、エンジェル!」
エンジェルとエストレアは、黒い手の波をかいくぐりながら、互いの視線でタイミングを合わせる。
「ここは任せてっ!」
「お願い!」
エネルギーを両手へ集中させるエストレアに迫る黒い手を、エンジェルが次々パンチやキックで弾き飛ばし、ワルイゾーもそれならばと本体を守るように覆っていた複数本の影の腕まですべてを集合させ、太く強力な一本の腕へと変化させ、空を切り裂きながら二人へと必殺の黒く巨大な拳を振り下ろす。
「プリズム・シャイニングキーック!!」
激しい衝突音と衝撃波が巻き起こり、グラウンドの土を噴き上げ周囲を土煙で覆っていく。
「ワルゥっ!?」
均衡はすぐに破れ、七色に輝き弾けていく光の粒子と共にワルイゾーの必殺の拳が押し返され、本体ががら空きになる。
「ミーティア・レイ!」
エストレアから放たれた、極太の箒星のような光線。その輝きに身を焼かれ、ワルイゾーの動きが一瞬、止まった。
その隙を逃さず、エンジェルは静かにワルイゾーの前へと降り立つ。
——この声が、届きますように。
「辛かったよね。誰にも言えなくて、大好きだった歌も、もう歌えなくなって……。
でも、私は知ってるよ。ひなたちゃんの心は、誰より優しくて、あたたかくて、すごくすごく素敵なんだって」
胸元のブローチが輝き、金色のライアーがエンジェルの手に収まる。
「だから、もう泣かなくていいよ。私が、ひなたちゃんの心を取り戻すから!」
静かに弦を弾き、奏でられた旋律が空へと響き渡る。そしてやさしい光の波紋がエンジェルを中心に地面を走るように広がっていく。
「この想い、旋律にのせて……!」
エンジェルの声は、まるで子守唄のように優しく響き渡り、ふわりふわりと空を舞う光の音符たちがワルイゾーを囲むように降り注いでいく。
金色のライアーが奏でる音の波は、やわらかく包み込むようにワルイゾーを包みこむ。
それはまるで、寒さに震える誰かを温めるふわふわな毛布のように。
もう大丈夫だよ、ひなたちゃん。私はここにいるから……。
「ハーモニック・フィナーレ!」
エンジェルの想いが旋律に乗って、ワルイゾーの、ひなたの心に触れる。
その瞬間、黒い影を纏っていた異形の身体がふるりと震えた。
悲しみの歌声が……ようやく止まった。
仮面の奥にあった瞳から、一筋の光が涙のようにこぼれ落ちる。
その涙は、空へと舞う音符となり、静かに空気へと溶けていく。
そしてその場には、すべての想いが浄化された証——
澄み渡るように透き通った宝石、ハーモニック・ジュエルが静かに浮かんでいた。
光の波が空気を満たし、静寂が戻る校庭。
残されたのは、浄化された宝石と、未だ空を覆う赤黒い雲と霧。
そして、屋上に立つミーザリアだ。
「ふふ……見事だったわね、お嬢さん達。特別に拍手をしてあげようかしら?」
三人が顔を上げると、そこには今も変わらず妖艶に微笑むミーザリアの姿があった。
彼女はまるで、何もかもが予定調和だったかのように、静かに手を合わせる。
「大切な想いを守る力……その旋律。……果たして次も奏でられるかしら?」
エストレアが睨む。
「まだ戦えるわ。今度はあなたを——」
だが、ミーザリアは首を横に振る。
「いいえ。今日の公演はもうおしまい。……芸術は、余韻を残して終えるものよ」
その言葉と共に、彼女の背後の空間がぽっかりと穴が開く。
「せいぜい、今のうちに美しい旋律を奏でておくことね。……混沌の延音は、もう始まっているのだから」
最後にそう言い残してミーザリアは次元の穴へと消え、同時に空を覆っていた赤黒い雲も霧も溶けるように段々と薄くなって消えていく。
ワルイゾーにより破壊され壊滅的な被害を受けた校舎も、穴だらけになった校庭のグラウンドも、元の姿を取り戻した。
しかしここであった恐怖は消えていない。記憶は残ってしまうのだ。
すっとエンジェルはそのままライアーを構え、弦に指をかける。
「――エンジェリック・リストレーション!」
虹色の音符が空中へと広がり、校舎へ、また町中へとその旋律が優しく響き渡り、逃げて散っていった生徒達の記憶に残る恐怖を、優しくゆっくりしたメロディが癒し、まるで夢を見ていたかのように忘れさせていく。
雲が晴れ、空に光が戻る。
けれど、あかりの胸にはまだ拭いきれない不安が残っていた。
「そうだ、ひなたちゃん……!エストレア!みちるちゃんっごめんっ!私行ってくるねっ!!」
変身姿のまま、あかりはひとり走り出す。
その足が向かう先は、ミーザリアにより心を奪われたひなたのいる音楽室だ。
「……行っちゃった。えっと、エストレア……怪我は大丈夫なの?」
「うん……何故か外見はもう傷も塞がって完治はしているけど、痛みだけがズキズキ残ってるかな……」
あっという間に走り去り、もう既に姿が小さく見えるエンジェルの背中を、みちるとあおいはただ見送っていた。
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校舎の中は、ワルイゾーの襲撃を受けてそれまで残っていた生徒が皆逃げ出していた為、不気味なほど静かだった。
階段を駆け上がり、音楽室の扉の前にたどり着く。
そこでようやく変身姿を解いたあかりは、もし最悪な事態が起きていたらと妄想し一瞬、引き戸にかけた手を震わせる。
けれど、迷いを振り切るように扉へに手をかけ、そっと開いた。
音楽室の扉を開けた瞬間、あかりは息を呑んだ。
「……ひなたちゃん……!!」
そこにいたのは、ピアノの傍ら、床に横たわっているひなたの姿だった。
制服のまま、まるで眠っているかのように静かで、かすかに胸が上下している。
あかりは駆け寄り、そっと彼女を抱き起して、その身体を揺らす。
「ひなたちゃん……!」
返事はない。けれど、温もりはあった。
顔を近づけると、ひなたの瞼がぴくりと震え、わずかに声が漏れた。
「……あ……れ、柚……木……さん……?」
「……っ、良かった……! 本当に……!」
あかりはへにゃっと表情を崩して、ひなたの手を握った。
戦いの中では必死で感じなかった、震え。
冷たくなっていた指先が、ひなたの体温に触れて少しだけ温かくなる。
「私……ね、変な夢を見ていたの……。全てが真っ黒で、全てが嫌になって、もう手あたり次第暴れていたの。でも……魔法使いの女の子が助けに来てくれたんだ……大丈夫だよ、ここにいるよって……言ってくれたんだ……」
まだぼんやりとしながらも、ひなたは穏やかに微笑みを浮かべていた。まるでワルイゾーと一緒に悩みまで消えていったかのような、そんな胸のすっきり感すら覚えていた。
あかりは、ひなたの言葉を聞いて、胸が熱くなるのを感じた。
「そっか、そうだったんだね……!」
でも、それ以上は言わず、ただにっこりと笑ってみせた。
本当のことを伝えるべきか、一瞬だけ迷ったけれど、今はまだ、その時じゃないと感じた。
それよりも、ひなたが自分を取り戻してくれたこと。
そして、あの戦いの中でも、あかりやあおい、みちるの心はちゃんと届いていたこと。
それが嬉しくて、たまらなかった。
あかりは、もう一度ひなたの手をそっと握りしめた。
「ひなたちゃん、今日はもう無理しないで。帰ろう??」
「……うん。ありがとう……柚木さん」
どこか安心したように、ひなたはあかりの肩にもたれかかる。
窓の外には、すっかり晴れ渡った空が広がっていた。
雲ひとつない青空が、静かに二人を見守っている。
音楽室には、再び静寂が戻っていた。
でもそれは、さっきまでの不気味な静けさではなく……。
誰かの想いが届き、守られた後の、穏やかで温かな静けさだった。
というわけで、ミーザリアの初陣とあかりのクラスメイトのお話でした
男爵に比べて、ミーザリアが強いと感じた方も多いかもしれません。
別に彼女が用意したミュートジェムは特別性というわけでもなく、男爵が普段使用しているものと変わらないものです。
ではなぜ今回のワルイゾーが妙に強かったのか。
感情を吸い取った相手の「ひなた」が激重感情を胸に秘めていたから。この一点が原因です。
それでは次回もお楽しみに~!




