まだ名もなき星に願いを込めて!
最近、あかりの目覚めは早い。
寝ぼけてクッションで丸くなったままのソラシーを置いて、早々にキッチンへと飛び込むとお弁当の作成に入る。
今回は前日の夜に既に揚げておいた鶏のから揚げをメインに据えた、ちょっとボリューミーなお弁当を計画していた。
アリサとみちるに一つずつ、自分用に二つ。合計四つのから揚げを所狭しと押し込み、残ったスペースに卵焼きとカットしたレモン、パプリカの彩りを加えたポテトサラダを添えれば完成だ。
「うんうん、あかりも段々手際が良くなってきたわね!」
「えへへ~、から揚げも昨日美味しくできたから凄いドレミってるよ!これでお昼が楽しみ~!」
しっかりと蓋を閉めて、カトラリーを挟んでしっかりとランチクロスで包む。
「残ったこっちのから揚げはパパの分で大丈夫?」
「うんっ!あ、でも……ひとつだけつまみ食いさせて!」
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「いってきまーすっ!!」
「いってらっしゃい、今日も頑張るのよー」
玄関で見送る菜月に手を振りながら元気に外へと飛び出していき、軽やかな足取りで学校へと向かう。
桜並木へと差し掛かると、遠くにアリサとみちるが待っているのが見えた。
「アリサちゃーん!みちるちゃーん!!おはよーっ!!」
走りながら手を振り、二人へと追いつく。
「おはよ、今日も元気そうね」
「……おはようございます」
挨拶を交わし、いつものように並んで通学路を歩き出す。
「……えへへ」
「どうしたの?あかり。急に嬉しそうにして」
ふにゃっと笑うあかりへみちるとアリサが視線を送る。
「えっとね、こうして三人で一緒に学校に行けるのが……もういつも通りっていうか、日常になってて嬉しいなーって!」
あかりの言葉にきょとんとしていた二人だったが、みちるは目をそらしながらも少し顔を赤くして、髪の毛をくるくるといじる一方で、アリサはただただ平然としていた。
「ま、まぁ……悪くないわよね!」
「……はい、防犯的にも良いかと」
バラバラな回答だったが、どちらも肯定的な返事が貰えてさらにあかりは満面の笑みを浮かべた。
「うんうんっ、今日もドレミっていくよ~っ!!」
あかりがそう口にすると、みちるも柔らかく笑みを浮かべ、アリサもほんのりと口元を緩めた。
校門前には入学間もない一年生たちの姿もちらほらと見えた。その眩しさに思わず目を細め、心の中で頑張れ~!と念を送っておく。
三人で並んで昇降口へと歩く間、あかりは軽く会話を繋いだ。
「そういえば、今日のLHRって委員会決めだったよね!」
「そんな事言っていたわね、今年はどうしようかしら……。アリサはキッチリしているから風紀委員とか似合いそうよね。……あかりは何かやるの?」
みちるの問いに、ふとあおいの事が脳裏に過り、図書委員になればあおいとの接点が増えるかなと考えた末、口を開く。
「うーん……図書委員とか!」
「あかりが?……最近本とか読んでるの?」
「うんっ!料理本とかは読んだよっ!」
一瞬の沈黙。
「それは本だけど本じゃないような……?」
くすっと笑ったみちるのツッコミに、あかりも「あははっ」と声を上げて笑った。
昇降口に着くと、三人は並んで上履きに履き替えた。それぞれの動作に個性が出ていて、アリサは無駄のない流れるような所作で、みちるは一度靴の中を軽くはたいてから履き、あかりは勢いよく片足ずつトントンとつま先で鳴らしてから元気よく立ち上がる。
もう自然と体が動くようになってきていた。2年生の靴箱の位置も、教室の席も、通りなれた廊下の匂いさえも、ほんの少しずつ日常として馴染んでいくのを、あかりは確かに感じていた。
教室のドアを開けると、既に何人かのクラスメイトが談笑していたり、朝読書に集中していたり、それぞれの時間を過ごしている。
「おはよ~!」
クラスメートに軽く手を振りながら自分の席に向かい、鞄を机の横に掛ける。
アリサとみちるも自席につき、それぞれの準備を始めた。あかりは鞄から今日の授業の教科書とノートを机へとしまい、筆記用具入れを机の上に置いて準備を終える。
ちょうどその時、教壇の前のスピーカーからカチリという音がして、放送のチャイムが流れ始める。ガヤガヤとしていた教室内の音が自然と小さくなり、全員が自席へとついた。
扉が開き、担任の教師が朝の出席簿を手に現れる。
「それじゃあ朝のホームルーム始めるぞー」
少し眠たそうな声だったが、それもまた、いつも通りの一日が始まる合図だった。
朝のHRを終え、小休憩の後の1限はLHR。
担任が各委員会の立候補者を募ると、放送委員は最終的にじゃんけんで決められるほどの人気があり、勝ち取った生徒は大きくガッツポーズをする程だった。
一方で図書委員は一人しか手が挙がらず……それがあかりだった。
「……図書委員、柚木だけか? もう一人いないと困るんだがな……」
誰も手を挙げず、沈黙が落ちる教室。
その中で、あかりは小さく手を挙げたまま、周囲をそわそわと見回す。
みちるちゃんでもアリサちゃんでもいいから手を挙げて欲しいなぁ……。
そんなことを思いながら、少しだけ寂しさを感じたあかりだったが──
「……ま、柚木なら安心だな。よろしく頼むぞ」
担任のその言葉に背筋を伸ばし、あかりはこくりと頷いた。
「あとの一人はどうしても出なかったら最後じゃんけんで決めるぞ、その他の委員も学級委員長や副委員長も、立候補が出なければじゃんけんで負けても文句は無しだからな?」
その瞬間、教室の空気が──
変わった……!
ぴりっ……と、走る緊張。
誰もが悟った。ここは戦場──
勝者と敗者を分かつ、静かなる血戦の場。
そう──
地獄の沙汰も、運次第……!
逃げられない……!
たった一度の、運命を賭けたグー・チョキ・パー……!
選択は三つ──だがその裏に隠されたリスクは、計り知れない……ッ!
「や、やっぱり体育委員立候補します……!」
「ぼ、僕も……!!」
じわじわと挙がり始める手、揺れる教室……!
誰もが負けたくないと、心の底で叫んでいるッ……!
「……図書委員、私もやります」
みちる……!リスクを避ける……ッ!
その姿を見てアリサも手を挙げ……宣言する……ッ!
「……保険委員に立候補を」
まさにドミノ倒し……!安牌の委員のドミノが倒れる……ッ!倒れる……ッ!
だが……!挙がらない……!埋まらぬ委員長の椅子……!
「くッ……!」
部活、習い事、塾……
委員会という重い枷は──
まさに命取りッ!!
早く挙げろ……!立候補しろ……!
と、けん制し合う自由人たち……ッ!
沈黙の膠着……!
張り詰める空気、震える時間……!
「……よし、決まらないなら、じゃんけんだ」
担任が告げる……!運命の審判……!!
「えっ、ちょ……!!マジで!?」
「いや俺、習い事あるし無理無理……!」
「せめて副でぇ……!」
だが遅い……!もう遅いッ……!!
宣告は絶対……!
今更言い訳など、通じはしない……!!
「いくぞ、全員立って! じゃんけんで決めるぞッ!」
重い……!重すぎる空気ッ……!
全身に纏いつくプレッシャー……!!
「じゃあいくぞ……最初はグー……じゃんけん……ポン!!」
──運命の一手、開帳ッ!!──
散る者……!生き残る者……!
悲鳴と安堵のコントラストが教室を満たす!!
「残ったのは……お前らだな、委員長・副委員長、頼んだぞ」
担任の声が、まるで審判の鐘のように響いた……ッ!
──終わった……!地獄のLHRが……!
生き残った者は安堵にひざを折り、
選ばれた者は目を虚ろに前を向く……
そう、これが……
自由を懸けた学級サバイバル……ッ!!
ロングホームルーム……
その名に偽りなき、長き戦いであった……ッ!!
「……なにこれ」
あかりは急に普段通りに戻った空気に目を擦り、先程までの異様な光景が夢だったのか、それとも現実なのか理解の追いつかぬまま終鈴のチャイムを迎えるのだった。
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続く美術の時間は、現代美術を題材にした座学だった。
スライドに映し出されたのは、抽象的な線と色彩が乱雑に重ねられた現代アートの一枚。
「……まるで理解できない。作者は錯乱しているのか……?」
絵をじっと見つめたまま、アリサは眉間にしわを寄せ、深く考え込むように頭を抱えて俯きこんでいた。
その様子をちらりと見たあかりは、くすっと笑いを漏らす。
「アリサちゃん……芸術って、感じるものなんだよ……多分……!」
——そして、次は数学。
これといって特筆すべきことはなく、粛々と進行していく授業に、生徒たちは黙々とノートを取り続けた。
アリサもまた、静かに解き進めており、教師の問題出しよりも早く板書の解答を完成させてしまう場面も。
そして、昼前最後の授業は家庭科。
初回ということで調理実習はなく、教室での座学。主に食事の栄養バランスについての基本的な内容だった。
「五大栄養素には、炭水化物・脂質・タンパク質、そして……」
教師の説明前にノートに先にビタミンとミネラルと書き記し、それぞれの栄養素を可愛くデフォルメ化したキャラクターのイラストを書き添える。
そういえばママがバランスよく料理作るのは凄く大変なのよね……って言ってたっけ。
パラパラと教科書を読み、それぞれの栄養素が豊富な食材の一覧を眺め、明日のお弁当は何を作ろうか真剣に悩み始める。
本当は美味しい物だけ食べたいけど……難しいよね……。
もう間もなくお昼休み……。空腹を訴えるように、あかりのお腹が小さく鳴った。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、あかりはぴょんっと椅子から立ち上がった。
「お昼だぁ~!! から揚げタイムだ~っ!!」
鞄から丁寧に包んでおいたランチクロスを取り出し、アリサと共にみちるの席へと集まり、それぞれ机の上に弁当箱をそっと置く。
「今日のは、ちょっと自信作なんだよねっ」
ぱかっ、と勢いよく蓋を開けると、そこには昨日の夜に揚げておいた黄金色のから揚げがぎっしり。隙間を彩るポテトサラダと卵焼き、カットされたレモンがアクセントになっていた。
「今日はこのから揚げ、ぜひアリサちゃんとみちるちゃんに食べてもらいたくって!」
にこにこと笑顔を浮かべながら、あかりはから揚げをそれぞれの白米の上へと置いた。
アリサはじっとそれを見つめた後、「…いただきます」と呟いてから、から揚げを一口。
スッとアリサの目が細められ、真剣な眼差しを残ったから揚げへと向けた後、静かに目を閉じ一言だけ告げる。
「……美味しい」
「ほんとに!? よかったぁ~!!」
あかりが喜ぶ中、みちるもお箸でから揚げをつまみ、口へ運んだ。
「ん……冷めていても衣がカリッとしてて、中はジューシー……!うん、美味しいわよ、あかり!」
「えへへ~、ありがと~! でもほんとはね、もっと持ってこようと思っていたんだけど……パパがいっぱいつまみ食いしちゃったんだよ!」
「へぇ……あかりのお父様も結構わんぱくさんなのね」
「そうなんだよ~!!この前もねー?」
会話が弾み、あかりとみちるの笑顔が溢れ、アリサも口元を緩めていた。
そんな穏やかなお昼休みはあっという間に過ぎて行った。
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本日最後の授業の終鈴が鳴り、一瞬教室内の空気が緩むも、すぐに下校前のHRが始まる。
「今日決まった各委員会のメンバーは、放課後に顔合わせあるからな。集合場所を間違えないように、それと時間にも遅れないように!」
あかりとみちるは顔を見合わせ、こくりと頷いた。
「それじゃあ今日はここまで、気を付けて帰るように」
ざわっと教室内に賑わいが戻り、片付けをHR中に済ませておいたあかりがすぐにみちるの元へと小走りで合流する。
「じゃ、いこっか!」
「ええ……図書室に行くの、去年ぶりだわ……」
保険委員になったアリサとは教室で別れ、それぞれ図書室と保健室へと歩を進めた。
放課後の廊下はにぎやかで、談笑する生徒たちが教室から次々と出てくる。その中を二人で進み、図書室の扉を開いて中へ入ると、もう既に数人の生徒が集まり始めていた。
「……あっ!杏堂さん!」
一人佇むあおいを見つけ、あかりが駆け寄る。
「こんにちは、柚木さん。それと……」
「……楠みちるです。同じ委員として、これからよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたみちるに、あおいもわずかに口元をほころばせた。
「こちらこそ、私は杏堂あおい。去年も図書委員だから何か分からない事があったら何でも聞いて?……って言っても、今日は顔合わせと簡単な引継ぎだけなんだけど」
そのまま全員揃った図書委員一同は、既に待っていた司書の先生から委員としての業務説明を受ける。返却処理の仕方、本の整頓ルール、室内でのマナー指導など、淡々と説明が続く中で──
「これだけ人数がいるから、三人一組でのシフトを組んでもらおうかしら。昼休みと放課後に行動してもらうことになるから……。じゃあグループ作成はそれぞれ好きなように組んでね」
物静かな生徒ばかりが集まる図書委員、同じクラスの人でもあまり関わらない生徒達は、たまたま近くにいた男子同士女子同士でぎこちなく挨拶をかわし、グループを作っていく。
あかり・みちる・あおいの三人は改めて顔を見合わせた。
「わぁ……!嬉しいな、三人一緒なんて!」
「これから色々教えてもらえるのね、心強いわ」
「ふふ、私も嬉しいよ。よろしくね、二人とも」
館内の業務を一通り見て回った後、図書室を出る頃にはすっかり夕方の色が差し始めていた。
校舎の窓から差し込む陽は赤く、柔らかに三人の影を伸ばす。昇降口で上履きを履き替えながら、あかりがポンと手を打った。
「ね、せっかくだし三人で一緒に帰ろうよ! 杏堂さんの家ってどの辺にあるの?」
「図書館より手前にあるマンション。……柚木さん達は図書館を過ぎた先だっけ?……途中までなら、一緒に歩けるかも」
「やったぁ!」
笑顔で歩き出す三人。その背後では、既に夜の気配がゆっくりと学校を包み込み始めていた。
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同時刻、ディスコード拠点。
次元の扉の聳え立つ薄暗いコンサートホールでは、いつもと同様に蝋燭のシャンデリアがぼんやりとその場に集う幹部たちを照らしていた。
「結局、どうするのだミーザリア嬢?昨晩の雪辱を晴らしにいくのか?」
沈黙で満たされていたホールにフォルティシモ男爵の声が響き渡る。
その声を受けてその場に集っていたクレシド卿・リタルダンドの目がミーザリアへと向けられる。
「……悔しいけど、私が行ってまたあの黒い悪魔と出会ってしまったらと思うと足が……動かないの」
ミーザリアが握るまだ真新しいマイクが小刻みに揺れている。まだ彼女の復帰には時間がかかるだろう。
「んん〜〜んッ……! つまり……私の出番、という事だなァッ!?」
ダンッと足を踏み鳴らし、高らかに宣言する。
それに対してクレシド卿は一瞬目をやり、また始まったと呆れ交じりにすぐに顔ごと逸らした。
「このフォルティシモ男爵の二度の敗北、すでに芸術的転調に昇華されているッ!!今こそリベンジのフーガを奏でる時ィ!!」
指揮棒を振り回し、鳴り響くレゲエホーンの音。
「……うるさいなぁ、えーい」
リタルダンドが面倒くさそうにフォルティシモ男爵を指差し、もう一方の手に持つ壊れた懐中時計のボタンをカチリと押した。
「ぬぅぅぅぅぅぅううううううおぉおおおぉおおおおおおああああああああああああああああ——!!!!???」
まるでボイスチェンジャーを使ったかのようにフォルティシモ男爵の声が段々低く、間延びした声になっていく。
仰け反ろうとしていたのか、ゆっくりと背中側へと重心が動いていくが段々と身体が止まっていく。
そんな男爵へとリタルダンドはふわふわと浮きながら近付いていき、クレシド卿のバーカウンターから拝借していたカットレモンとライムを、驚愕し、叫ぶように大口を開けていた男爵の口へとねじ込み、思いついたかのようにタバスコも一瓶丸々中身を口内へとぶちまけ、口をふさぎ、ポケットから取り出した粘着テープで封をする。
「り、リタ様……それはやり過ぎでは……?」
男爵の口へとレモンとライムを入れた時点では、反省しろと悪い笑みを浮かべて眺めていたクレシド卿だったが、タバスコを入れ、更にテープで塞ぎ出した時にはさすがに狼狽えた表情を見せた。
「え~?なんでぇ?クレシド卿も迷惑してたんでしょ~?」
どこまでも無邪気で無垢な笑顔をクレシド卿へ向ける。
まだ幼い少年の目に宿る狂気の光は、ずっと直視しているとこちらまで狂気に陥りそうだと、静かに目をそらし礼をする。
「……これ、離れていた方がいいわよね」
いそいそとミーザリアがリタルダンドを抱きかかえ、離れた場所へと避難すると、彼はもう一度フォルティシモ男爵へと指さして懐中時計のボタンを押した。
「元に戻れ」
「ッ~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
男爵は声にならない悲鳴を上げながら口を押えてのたうち回り、ようやく粘着テープを剥がして荒い息を吐きながら水を求め走り回る。
「こりゃいかんッ!!!!口内がッ!!!フォルティッシモッ!!!いや、カタストロフだあああァッ!!」
「はい、お水だよ~」
リタルダンドが液体の入ったコップを差し出し、男爵が慌てて一気に中身を煽る。
「ブバッ!!!!」
男爵は顔を赤くしたり青くしながらその場に卒倒し、ビクンビクンと痙攣しながら目を回していた。
「あれ~?ごめんねー、それお酒だったかも~」
ケラケラと笑いながらも、どこか恍惚とした表情で男爵の頭をつつくリタルダンド。
そのあまりの異常さ異質さにクレシド卿とミーザリアは一言も発せず、遠巻きに二人を眺めるしかなかった。
「……して、今回の出撃は誰がいきましょうか」
フォルティシモ男爵が息を吹き返した後に改めてクレシド卿が仕切り直す。
「私は……パス。もう向こうはそろそろ夜でしょう?黒い悪魔の正体が割れるまで私は夜は行きたくないわ」
「ふむ……私がそろそろ出るべきか。しかしグラーヴェ様よりここの番を任されている故に、ここを離れるわけにはいきませんから難しいですね」
残るは男爵とリタルダンドの二人。しかしちらっとリタルダンドを見ればふわふわと浮いたまま居眠りをしている。ならばもう答えは一つしかない。
「……やれやれ、リタ坊のいたずらもシャレになりませんな。いつもみたく声が出ないわい……」
眠る虎の尾を踏まぬように、男爵にしては静かに次元の扉を開けて転移の穴へと飛び込んだ。
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「うーん、やっぱり背表紙の整理は根気がいるわよね……」
「うんうん!分類番号違うのが混ざっているの見つけると気になっちゃって……でも私がやったら気が付いたらもっと悪化させちゃうかも!?」
「ふふっ、そういうところ、あかりらしいかも」
みちるの柔らかなツッコミに笑い合う二人。そこへ、ひとつ後ろから歩いてきたあおいが、やや照れたように言葉を続けた。
「……でも、二人ともありがとう。今年はちゃんと一緒にやってくれる人とグループになれたみたい」
「えへへ〜! みんなでやれば早いもんねっ!」
「……去年はやってくれなかったの?」
「……先生が決めたグループ、三人いても二人とも用事があるっていなくなっちゃうから」
「「うわぁ……」」
二人の息がそろったその声に、あおいは小さく笑った。
それぞれのテンポで歩く三人。
校舎を離れ、街へと抜ける頃。ふと、あかりが立ち止まり、空を見上げる。
それぞれのテンポで歩く三人。歩きながら、ふと空を見上げたあかりが足を止めた。
「わぁ……もう星が出てる!」
燃えるような茜色の残照と、暗くなりかけた空が入り混じる境界線に、いくつかの星が微かにまたたいていた。
「……久しぶりにちゃんと星見たかも」
ぽつりと、みちるが呟いた。
その声に続くように、あかりがボソッと問いかけた。
「あの中に……まだ名前のついていない星ってあるのかな??」
「そうだね、きっとあるよ。……でもこうして肉眼で見える星はもう全部名前があるみたい。それこそ外国の天体望遠鏡で気が遠くなるくらい探して、やっと見つかる物だから」
心地良い春の夜風が、三人の髪をそっと揺らしていく。
「名前がない星って、星座にもならないし……誰かに必死で探してもらえることもないのかな……?」
あおいの漏らした静かな声に、ふと静まり返る。
誰にも見つけられないまま、夜空に輝き続ける無名の光。
その姿が、どこか過去の自分に重なって見えたのかもしれない──。
「ううん、そんなことないよ……!」
だからこそ、あかりは迷わず言った。
「それでも……見つけようとする人が、ちゃんといると思う。その星を、どうしても見つけたいって、一生懸命探してる人が、きっとどこかにいるの。……だから、大丈夫。まだ名前がなくても、きっと大切にされる日が来るよ」」
その言葉に、あおいは目を見開いた。
その表情はどこか驚きと、少しだけ……嬉しさのようなものが滲んでいる。
「……そう、かな?」
あおいの目がゆっくりとあかりを向く。
「だからね……きっといつか、誰かが見つけてくれるように……。まだ名前のない誰も知らない星にお願いするよ」
そう言って、あかりは遠く空の奥を見上げ、静かに、そっと両手を組んだ。
「……なんてねっ!」
ちょっぴり恥ずかしそうにはにかむその笑顔は、まるで迷いを吹き飛ばすように眩しく、あおいの胸に小さな灯を灯した──。
「そっか……そうだね。……うん」
その時──遠く、風に紛れて音が聞こえた。
「……今、何か……聞こえなかった?」
あおいが足を止め、耳を澄ます。
「えっ、なに……?なんなの?」
「これって……まさか……!」
あかりの顔が険しくなった瞬間だった。
ずしん。
空気が、重たくなる。周囲の空気が、圧縮されたように押し寄せてくる。
さっきまで見上げていた空が急激に暗闇に染まり、赤黒い靄のような雲が広がっていく。
「ッ……!この雲、昨日の夜の……!?」
見上げた雲の中に次元の歪みが生まれ、まるで精巧に描かれた風景の絵画が破れたかのように空間に穴が開き、そこからフォルティシモ男爵が飛び出してきた。
「スゥゥ……フォォォルティッ……ゲホゲホッ!!ぐぅ……まだ声が本調子にならん……!」
こんなところで!……よりにもよってみちるちゃんと杏堂さんがいる所なのに……!
心の中で男爵への文句を呟き、あかりはキッと空に浮かぶフォルティシモ男爵を見つめるも、その頬には汗が一筋流れていた。
Aパートの終了です。脳内アイキャッチならびCMを流しながら次のお話をお待ちください……。




