目覚め
タイトルロゴがどーんっ!
デザイナー様よりロゴ頂きました、この場でも感謝を。
それではどうぞ!
目が覚めたら妙に生臭く、ぐんにゃりとした感覚が手のひらから伝わる。それはとても不思議な感覚であった。
鼻腔を擽るのは人の飛び散った血肉とは違う、純粋に有機物が腐敗し発酵した臭いだ。
「$"?$%#"%"#@<?」
――落ち着いた、心地良いトーンの男性の声。
過度に疲弊した体は鉛のように重く、指先一つ動かすことすら憚られる。
何とか身体を起こし、瞼を開けると旧時代的な服装をした50~60代の白髪交じりの頭髪と髭をした男性が私を見下ろしていた。
「@#$%"%"!%#&?」
まずい、何を言っているのか全く分からない……。いつの間にかナノマシンが機能停止していたみたいだ。
目の前の男に気付かれないようにナノマシンを展開し翻訳モードへと切り替える。
「お嬢さん、そこはゴミ捨て場です。見た所まだ未成年の様ですし……良ければうちへ来ませんか?喫茶店をやっているので、そこで一杯ご馳走しますよ」
「……」
とりあえず無言で首を縦に振る、まずは情報収集してから行動を起こすとしよう。
「……それと、まだ年端も行かないお嬢さんを裸のまま歩かせるわけにはいきませんので、これを着て下さい」
――いつの間にか私は全裸だったみたいだ。
あまりこちらを直視しないよう気を遣う男より、独特な香ばしい香りのする服を受け取って纏い、足早に男の後をついて歩いた。
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男は名前を楠と名乗った。しかし大半の人は彼を師匠と呼ぶらしい。
人は見掛けだけで判断するなと良く教えられていたが……私からすると隙だらけも隙だらけ、目を瞑っていても始末するのは容易だろうが彼の本気を見てみたいものである。
彼の後に続き、彼の経営する喫茶店の——何と読むのか、翻訳ではくすんだ赤と変わった名前の看板を下げた3階建ての家へと招き入れられる。
店内は最低限の明かりしか灯っておらず、営業はしていないみたいだ。
「うーん、そうだね……まずお風呂に入った方が良い、その間に服は用意しておきましょう」
と、階段を登った先にある居住スペースの浴室らしき部屋へと通される。
落ち着いてくると先程のゴミの香りがツンと鼻腔を刺しどこか不快感を感じさせる。
最も、戦場では更に酷い臭いの中で過ごしてきた故に、かなり贅沢な悩みではあるが。
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——さて、これはどう使う物なのだろうか? ボタン式でもないし音声式でもない。構造を見る限り原始的だがこれを捻れば良いのだろうか?
キュッと心地よい音の後に冷たい水がシャワーヘッドから大量に降り注ぎ、私の髪から身体を濡らし体温を奪っていく。
「ヒュッ……」
思っていたより冷たい水に思わず魔法障壁で水を弾き温風魔法で身体を温める。
そうしているうちに、シャワーヘッドから流れる水が湯気の漂うお湯へと変わっている事に気付く。
障壁を解除し、身体に降り注ぐお湯に身を任せ、いつ振りか分からない入浴を楽しむ事が出来た。
気が付けば思っていたより長い時間シャワーを浴びてしまっていたらしい。
脱衣所に戻ると綺麗に畳まれた洋服が一式籠に置かれており、ありがたく拝借してから1階の喫茶室へ戻った。
私が階段を降りる足音で気付いたのか、マスターは黒い液体をカップに注ぎカウンターへと並べ椅子へと誘った。
素直に席に座り目の前の黒い液体の香りを嗅ぐ。それはマスターが最初に貸してくれた服の香りと同じ、香ばしくも落ち着く香りだった。
「……マスター、服ありがとうございます」
翻訳機能がちゃんと働いてくれたのか、私の言葉はマスターに通じたみたいだ。
「無事に着れる大きさで良かったです、私の孫の物ですが……まぁあの子も許してくれるでしょう」
チーンッと音が鳴り、黒い液体とは違った甘さを思わせる香りが周囲を漂い、その香りが鼻腔をくすぐると私のお腹がぐぅぅぅ……と盛大な音を鳴らす。
「ぁ……」
お腹を押さえ、目を伏せる。
「ふふ、当店の人気メニューのバタートーストです。これも味見してみて下さい」
分厚い茶色く色付いた物に白く四角い物が解けつつ茶色の生地の表面を艶やかに覆い染み込み消えていく。これまで魔素ゼリーかブヨブヨした栄養食しか食べていなかった私にとっては劇薬にも等しい物だ。
震える手でバタートーストなるものを掴み、一口大に千切ろうと力を入れるとサクリと指が沈み込み、カリカリした表面とは違いふわふわした中身から甘い香りを含んだ蒸気が上がる。
……良いのだろうか?自分だけがこんな物を食べてしまっても。共に戦い名前も知らないまま散った私より年下の子も、皆の希望だと常に先陣を切り自身の食料を分けていた彼もこのバタートーストを知らない。
きっと栄養効率が悪いと一蹴されてしまうかもしれない。……贅沢は過去の遺物であり一度その悦を知ってしまうと、二度と戻れないと老人方も言われていて……あぁ、良い香り……サクフワ……。
「~~~~~~~~~~~ッ!!!!」
その瞬間、私の世界に一筋の光が差した。
ああ、もう戻れない。
この贅沢を知ってしまった以上、あの戦場には……。
この感動は、きっと私が死ぬときまで忘れない。
ありがとうマスター、ありがとう神様。
サクサクした楽しい一口目の食感の後に、咀嚼するともっちりした歯ごたえに甘い甘い穀物の香り。
更に白い四角い物が解けたあたりを食むと、じゅわりと濃厚なコクと塩味が、また脳裏に雷魔法を叩き込まれたような衝撃をもたらした。
夢心地で食べ進めていると、気のせいか黒い液体が自己主張するかのように照明の光を反射させる。
――もうここまで贅沢を知ってしまったからにはとことん進んでやろうじゃないか。
ぐいとカップの液体を含み嚥下すると、熱湯による痛みが体内を焼いていく。
ここは慌てず騒がず落ち着いて、ナノマシンによる治療で瞬時回復。
ばたーとーすとの衝撃でマスターの存在を完全に忘れていた私は、平然を装いチラッと彼を見やる。
視線から察したのか、マスターは氷の浮かんだ冷たい水をカウンターに置いてくれる。
折角だからと一口水で口内から胃までを冷やし、改めて息で液体を冷ましつつ、黒い良い香りのする熱湯を口に含んでみる。
「んにゃッ……!?」
苦い、とてつもなく苦い。これまで私が好んできた味覚は甘い・しょっぱい・辛いだけ。
苦味など戦場では気付けや眠気覚ましでしかなく、どうして好んで自ら毒を食らう必要があっただろうか?
だがマスターの手前、吹き出すわけにも吐き出すわけにもいかない。
口に残る苦味をどうにかせんとばたーとーすとを一口ぱくり。
すると中々どうして、何がどう作用しているのかとても美味い。……でもやっぱりまだ苦いのはしんどい。
そこでカップの後ろに隠れていた小さな容器に目が留まる、中身は白い液体……この黒い液体と一緒に置かれているという事はこれも飲めるという事だ。しかし黒い液体に対して量が少ない……!
試しに舐めてみるとあまり甘くはない、しかしコクやまろやかさがある。これならば黒い苦き液体も少しは中和されるのでは?
迷わず白い液体をすべて黒い液体へと流し込む、ふわりと黒い液体の中に白い煙が立ち上るように広がり、スプーンでそれを混ぜ合わせると明るい茶色へと姿を変える。
改めて口に運ぶと最初の顔を顰めるような苦味は立ち消えほのかな苦味のある優しい口当たりに変化している。
これなら問題ないと残ったばたーとーすとを頬張り時々茶色の液体を流し込んでいると至福の時はあっという間に過ぎ去っていく。
最後の一口は切ない、口寂しさを茶色の液体を飲み干す事で誤魔化すが空になったカップと散った細かい欠片の残る皿を見ると人生の儚さを思わせられじわりと涙が滲む。
最後に流した涙は三回目の出陣の時だったなと、未だ涙は枯れていなかったのかと驚き、またこんな贅沢を知りそれが失われる事への落胆によるものだという事実への自己嫌悪が襲う。
「マスター……とっても素敵なバタートーストと……これ、ありがとうございました」
感情が大きく揺れ動いたせいだろうか、鉄壁のポーカーフェイスが崩れ口元に笑みを浮かべてしまっている。……私ちゃんと笑えているのかな?
「これはコーヒーという飲み物ですよ、少々ブラックでは苦味が強いですからね。明日はカフェオーレを試してみて下さい」
「……明日?」
「はい、明日です。今日はもう夜遅いですからここのソファー席でもよければ泊っていって下さい。孫娘と同じ年齢の少女を路頭に迷わせるわけにはいきませんからね」
マスターの示したソファーには既に枕替わりのクッションと毛布が置かれていた。
「何から何まで申し訳ございません……、この御恩はこの身体でしかお返しできません。貧相な身体ではありますがどうか……」
「馬鹿な事を言ってはいけません!あなたの身体は大事にして下さい。……そうですね、孫娘と相談してからにはなりますが良ければ泊まり込みでアルバイトをしてみませんか? 今使っていない部屋もありますので」
「よろしくお願い致します……!マスター!」
この人の優しさは本物だ、打算と欲望の入り混じった連中とは違う……心からの優しさだ。
ならこの人の下で働こう、言葉も覚えよう。ここから新しい人生を生きるんだ。
「ええ、こちらこそ。それで今更ではありますが……あなたの名前は?」
「私の名前はアリサ。識別コードはH-163。よろしくお願いします、マスター」
現代知識0の状態で放り出されたアリサ。
果たしてこの先どのようにして生きていくのか
次回もお楽しみに~!