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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第一部 第二楽章 動き出す物語 
17/72

始まる、私たちの新しいリズム♪

入学式にワルイゾーと戦った後、家に帰ったあかりは食事の時など菜月の目があるところでは空元気に振舞っていたが、自室に戻ると電池が切れたかのようにぐったりしていた。


慣れない戦闘で張り詰めた緊張と、不思議な力を使った事でのしかかる身体への負担により動きたくても動けない、そんな状態にあった。


「ピィ……あかり大丈夫ソラ……?」


心配そうにソラシーがベッドに顔を埋めてピクリとも動かないあかりの頭を軽くつつく。


「……うんー。だいじょーぶ……」


あかりは小さく笑ってみせるが、顔を伏せているせいでソラシーには見えなかった。

枕に顔を埋め、ようやく緊張が解けた身体は、まるで砂糖水に沈めた綿菓子のように、音もなく崩れ落ちていくような感覚だった。


「…………今日は、がんばった、よね……」


小さな声で、誰に聞かせるでもなくつぶやく。

ソラシーが心配そうにあかりの髪をちょん、とついばむ。


「ピピ……ほんと、がんばったソラ……!」


あかりはようやく枕から顔を上げ、乾いた笑顔を浮かべた。

「……ありがと、ソラシー……うん、だいじょうぶ。ちょっと寝たら元気になるから……」


そう言って目を閉じると、ソラシーがそっと横に寄り添う。

小さな羽をふわりと広げて、優しくあかりの肩を包むように。


「ピ……ゆっくり休んでソラ……」


静かな部屋に、あかりの寝息とソラシーの小さな羽音だけが響いた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




翌朝。


カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋を淡い金色に染める。

目を覚ましたあかりは、ゆっくりと体を起こして伸びをした。


「……ふわぁぁ……。あれ? ちょっと元気になってるかも……!」


布団の上で小さく腕をぶんぶんと振り、顔を引き締める。


「よしっ!今日から授業、はじまるんだもんね!」


布団の端で小さく丸まっていたソラシーが、ぴょんっと起き上がり、ぱたぱたと羽を鳴らす。


「ぴぴぃ!あかり元気になって良かったソラ!」


「えへへ……ありがとソラシー!今日から私たち、またがんばらなきゃ!」


心に少し残る疲れも、仲間がそばにいるからきっと乗り越えられる。

そう思いながら、あかりは制服に袖を通し、新しい一日の始まりに胸を高鳴らせた。






「いってきまーす!」


いつもより早めに家を出て、ゆっくりと通学路を歩いていく。

昨日の疲れはまだ少し残っているけれど、学校でみんなと会えるというだけで自然と気持ちは軽くなる。


「よーし、今日もドレミってこう♪」


鼻歌を歌いながら足を進めていくと、桜並木へと差し掛かる。

爽やかな風を受けて揺れる葉桜の木陰は涼しく、心地良い空気を吸い込みながら歩いていると、例の喫茶店のある通りへと差し掛かる。


待っていればみちるちゃんと会えるかな?それとも、もう行っちゃったかな?


そんな事を思いながら喫茶店の出入り口を見ていると、店の裏手の方からみちるとアリサがちょうど出て来る所だった。


「あっ……!おはよーっ!アリサちゃんみちるちゃん!」

ぶんぶん手を振りながら二人へ声をかけると、みちるはどこか戸惑ったような表情をして、小さく手を振り返し、アリサは変わらず無表情のまま小さく手を上げて応えてくれた。



二人が桜並木の歩道へと合流し、前回一緒に帰った時と同様アリサを左右から挟む形で学校へと一緒に登校する事になった。


「えへへ……一緒に登校できるって嬉しいな!とってもドレミってる!」

「……ま、まぁ……悪くないわね。たまたま……その、同じルートだし……っ」

「……問題ない」


あかりは歩きながら昨日の休みの事……入学式の事をワルイゾーの件は抜きで話したり、みちるは昨日の喫茶店での事、アリサが食事の際、初めて食べる物だと脳内レビューをしている様子などを話し、和やかに時間が過ぎていった。



そのまま三人並んで歩いていると、学校に近付くにつれて、周囲の生徒たちからの視線が増えていく。


「見て!あの銀髪の子、転校生だって噂の……」

「わぁ……!いいなー、私も友達になりたい……!」

「楠さんと転校生と柚木さん……どういう関係なんだ……?」



そんな声が小さく聞こえ、あかりはちょっと照れ笑い。改めて隣を歩く二人を見ると、キラキラ輝いているように見える。


「やっぱり素敵だなぁ……」

「……?」


あかりは小声で呟いたが、隣のアリサにはしっかりと聞こえていたみたいで、首を傾げてあかりを見た。


「あ、あはは……何でもないよ?」



結局教室にたどり着くまで、周りからの好奇の目は止まなかった。





教室に入ると、まだ全員が集まりきっていないためか、

数人ずつの小さなグループがあちこちで談笑していた。


「おはよー!」

「おっ、あかり~! 今日も元気だな!」


笑顔で声をかけてくれるクラスメイトに、あかりはいつものように手を振って応える。

でも、心の奥にひとつ、引っかかる感覚があった。


昨日、あんな戦いがあったのに……。こうして制服を着て教室にいると、まるで全部夢みたい……。


自分の席に着き、机の端を指で軽くなぞる。

木の感触は冷たくも温かくもない、ただの教室の机の感触だ。


続けてアリサ、みちるが教室へと入ってくると、周囲の会話が一瞬だけ途切れ、そしてすぐにざわざわと小声が広がる。


「……楠さんだ」

「やっぱキレイだなぁ……」

「……でもねぇ」



みちるは何も聞こえていないかのように、まっすぐ自分の席へ向かう。

凛とした佇まい。だけど、どこか背中に影が差しているようにも見えた。


周囲が小さくざわめくのは一瞬だけで、すぐに皆は視線を逸らした。

まるで見えない壁がみちるを囲んでいるようで、誰も近付こうとはしない。



「あ、咲良さんおはよう!」

「おはよー!咲良さん!!」

「……おはようございます」


一方でアリサへは皆から挨拶の声がかけられ、あかりの後ろの席へと座るまでに多くの笑顔が向けられていた。


……アリサちゃん、すごいなぁ……初日なのに、もうクラスに溶け込んでる……


あかりはそんなふうに思っていたが、当の本人は無表情ながらもどこか不機嫌そうに小さく眉を寄せ、ひとつも笑みを返していなかった。




やがてHR(ホームルーム)が始まり、担任の教師から改めて今日から通常授業になる事。また各科の初回授業は春休みの間しっかり復習をしていたか、確認する為のミニテストがあると宣告され、教室内はブーイングの嵐が吹き荒れた。


短いHRも終わり、小休憩を挟んだ初回の授業は数学。雑談で騒がしかった教室は去年のノートを捲る音や勉強のできる友人に教えを乞う声で溢れ、あかりも半泣きになりながら念の為持ってきていた去年のノートを引っ張り出した。


「うぅ~……数学苦手だぁ~……」


ぐるぐると数式が頭を巡り、規則正しく並ぶ数字の列が牙をむいて襲い掛かってくる幻視すら見えた。

救いを求めるように教室内を見渡せど、涼しい顔をしているのはほんの数名しかおらず、その数名の中には完全に諦めて開き直っている男子が混ざっていた。


ふとみちるへと目が留まる。彼女はミニテストの言葉に少し憂鬱そうにはしていたが、ノートをパラパラと流し見をする程度で特に焦りの表情はない。


意を決してあかりは自身のノートを胸に抱き、ドキドキしながらもみちるの机へと歩いて行った。


「……あのっ、みちるちゃん!」


顔を上げたみちるは、一瞬きょとんとした顔をしてから、わずかに目を伏せる。


「な、何かしら……?」


「えっと……その……。みちるちゃん、数学得意そうだから……よかったらちょっと、教えてくれないかなーと……?」


口に出した瞬間、あかりは恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。そんなあかりを見てみちるは微かに笑い、筆箱からシャーペンを取り出した。


「……いいわよ。どこ、分からないの?」


「あ、ありがとう!ここ、ここの方程式と数式が……!」


二人でノートを広げ、みちるが自身のノートを見せながらポイントを書き写してくれる。教え方は丁寧で、意外なほど分かりやすい。あかりは感激しながら、「すごいね、みちるちゃん!」と何度も笑顔を見せる。


最初はそっけなかったみちるも、次第に頬がほんのり赤くなり、目を細めて笑う瞬間があった。

そんな様子を、後ろの席から無言で見つめるアリサ。


彼女は姿勢を正し、自席に座ったままじっと二人のやり取りを観察していたが、みちるが笑顔を見せあかりと話しているのを見て、ほんの少し口元に笑みらしきものを浮かべた。


――そして、チャイムが鳴る。


「わっ、そろそろ席戻らなきゃ……! みちるちゃん、ありがとうっ!」


「う、ううん……。また分からないことがあったら、声をかけて……」


ぱっと駆け戻るあかりの背中を、みちるはそっと目で追った。

そのまま視線を上げると、アリサと目が合う。


「……!」



アリサはすぐにさっと視線を前に戻したが、みちるはほんのり赤くなった頬を手で隠して、ちょっとだけ微笑んだ。





本鈴のチャイムが鳴り、教師が入ってくる。

「はいはい、それじゃあミニテスト配るぞー。忘れてたなんて言わせないからなー!」


教室内が一瞬ざわめく。あかりは小さく「うぅ~……」と机に突っ伏した。

配られたテスト用紙をちらっと見るだけで、数字と文字がぐるぐると目の前で踊り出す気がする。


「……がんばれ、私っ……!」


付け焼刃とは言えど、みちると復習したおかげでスラスラとはいかないが、一問一問丁寧に解いていく。

制限時間は20分、開始から15分過ぎたあたりで最後の設問まで解答を終えたが、念の為上から見直しをしていくと自分の名前を書き忘れている事に気が付き慌てて記入を終える。


「……はいそこまで。後ろから前へ集めるように」


スッと後ろのアリサから彼女の解答用紙を渡される。自分の解答用紙を重ねる前に彼女の解答欄をチラ見すると、印字されているかのような綺麗な数字と一部自分と違う解答が見えて計算間違いを悟るがもう遅い。


「あぁぁ~……」


あかりも前の席の生徒へ用紙を渡し、へにゃりと机に突っ伏したままぐったりとうめく。


「終わった……」


最後の見直しでちゃんと見たはずなのに……やっぱり計算間違いしてた……

落ち込んだ気持ちで肩を落とす。


ふと横を見ると、みちるは静かに解答用紙を前へ回し、

深く息をついて落ち着いた表情で正面を見据えていた。


さすがみちるちゃん……余裕だなぁ……



こっそりと振り向くとアリサは机に座ったまま、完璧に背筋を伸ばして目を閉じていた。

そこには動揺も不安もなく、剣道で一本を決めた後の残心の如きオーラが漂っていた。



「えー、このテストの結果は次回の授業のお楽しみという事で。それでは教科書2ページ開いて、式の計算から」





———————————————————————————————————



チャイムが鳴ると、教室内がわっと明るくなり、あちこちで

「どうだった?」「全然ダメだったー!」

「お前、見直しとかする?」「あー、最後の一問怪しい……」

という声が飛び交う。


その中、みちるは自分の席でノートを整理していて、

アリサは後ろの席で静かに座ったまま、やっぱり周囲の会話には一切反応しない。


――が。


「お疲れ様、アリサちゃん!」

あかりが明るく声をかけると、アリサはほんの少しだけ目を開け、あかりを見つめた。


「……お疲れ様、あかり」


アリサは目を細めるようにしてほんの一瞬、笑った……ように見えた。

その表情に、あかりの心臓はドキンと跳ね上がる。


その様子を、席の斜め前から横目でそっと見つめていたみちるは、どこか不機嫌そうに持っていたシャーペンをくるくると回していた。


「次は国語だけど、大丈夫?多分数学の感じから次も漢字テストとかあるかもしれないけど……」

「……問題ない、みちるに去年の教科書類を見せてもらった」


あかりは国語は得意科目だった為、何かアリサの為になれればとノートを手にしていたが、静かに机に戻した。


「……そ、そっか!なら良かった!次も頑張ろうねっ!」


ちょっと残念な気持ちになるが、数学もスラスラ解けるアリサなら問題ないだろうと、休み時間を自分自身の復習の時間にあてた。





———————————————————————————————————




数学、国語、社会、理科と長い苦しい授業が続くも、午前中最後のチャイムが鳴り響き、待ちに待った昼休み。

教室中がわっと賑やかになり、それぞれの目的のために席を立った。

「腹減ったー!」

「購買ダッシュ組、俺に続けー!」

「今日から弁当組だわ~」

と、あちこちで声が飛び交う。



そんな中、あかりは鞄からお弁当を取り出すと迷いなくみちるの席へと向かった。


「みちるちゃん一緒に食べよう??」

「……え、ええ。……あかりがいいなら」


他のグループの女子達があかりに声を掛けようとしていたが、あかりがみちるへと親し気に声をかけ、一緒に食事を取る約束をしていた事に驚いたようにその光景を眺めていた。


そんな二人の傍には同じようにお弁当箱を手にしたアリサが佇み、更に小声での騒めきが教室に起こる。


「さすがに私の机だけだと3人は狭いわね……、大丈夫?」

「うんっ!全然大丈夫っ!椅子だけ取ってくるね!」


かくして、みちるの机の上にはお弁当が3つ並び、ささやかな昼食会が始まった。


「わぁ……! みちるちゃんとアリサちゃんのお弁当、すごいね!」

思わず声をかけると、みちるはぴくっと肩を震わせ、恥ずかしそうに目を伏せる。

「べ、別に。おばあ様が作ってくれただけよ……」

「……卵焼きとウィンナーはみちるが作った物ですが」


アリサの淡々とした声での補足説明にみちるは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。


「ほぇ~……凄い美味しそう……!!みちるちゃん料理得意なんだねっ!」


みちるとアリサのお弁当の中身は一緒で、のりとおかかが乗せられたお米の入った一段目と、色とりどりのおかずの詰まった二段目に分かれていた。

出汁巻き卵とタコさんウィンナー、小さなハンバーグにほうれん草の胡麻和え、ミニトマトと小さなブロッコリーの添えられたポテトサラダ。


一方あかりのお弁当は弁当箱の半分にふりかけのかかった白米、仕切りを挟み小さなスパゲッティやカットされたゆで卵、ミートボール、ミニトマトにレタスでくるまれたポテトサラダといったメニューだ。


「それじゃあ、いただきまーす!」

「いただきます」

「……いただきます」


まずはミートボールを一口、久しぶりに食べるザ・お弁当の味だ。


みちるは上品に綺麗な箸捌きでおかずを食べ、米を口へ運んでいる。

一方でアリサはとても真剣な顔で出汁巻き卵を持ち上げると、じっくりとその形を観察してから口へ運び、目を閉じて小さく頷いた。


「まーた脳内レビューしてるんでしょ?」


みちるがいたずらっぽくアリサへ笑いかけるとコクコクと無言で頷き肯定の意を示した。


「……とても美味しい。みちるの作った物だからかもしれません」

「んなっ……!!」


みちるはボッと顔を真っ赤にして目を泳がせた後、両手で顔を隠してしまう。

そんな二人のやり取りを間近で見ていたあかりも、仄かに頬を染めながらトマトを飲み込む。


あ、あれ……何だろうこの感情……凄くドキドキする……!


思わず目をそらしてしまった時、周囲の視線が……ちょっと集まってきてる事に気付いた。


「あれ……なんだろ……?」

あかりが小さな声で呟くと、みちるは気づかないふりをして視線を落とし、

アリサは周囲をちらりと見渡してから、そっと箸を置いた。


すると、数人のクラスメイトが勇気を出したように近寄ってきた。

「ね、ね!楠さんって料理上手なの?お弁当すっごいきれいで……!」

「咲良さん、私も一緒に食べていいー?」

「あかりってなんか昨日から二人と仲良しだよね。なになに~?抜け駆けかぁ~?」


最初はぽつりぽつりだった声が、徐々に弾んでいく。


みちるは一瞬、身体がこわばったように見えた。

けれど、あかりがにこっと笑って、「みちるちゃん、卵焼き作るの上手なんだよ!」と軽やかに繋ぐと、

「え……ええ、まぁ……」と小さな声で返してくれる。


「わっ、いいな~!レシピ教えてほしい!」


気づけば小さな輪ができていて、あかりの周り……いや、みちるの周りにも笑顔が少しずつ集まり始めていた。


アリサは静かに皆を見ていたがふと、隣に座るみちるが頬をわずかに赤くし、ぎこちなくも笑みを浮かべているのを見て、アリサはほんの少し……口元を緩めた。



———————————————————————————————————




昼休みが終わり、午後の授業が始まった。

最初は英語の授業。


ミニテストこそなかったものの、教師の雑談も短くすぐに教科書を使った授業が始まる。

「じゃあ……咲良さん、早速ですがここの英文読んで見て下さい」


突如教師から指名を受けたアリサは、すっと立ち上がり教科書を手に取るとスラスラと英文を読み上げていく。


「はい……いいでしょう!あとは抑揚だけちゃんとすれば発音は完璧ね!」


教室内が「おおっ!」とどよめき、後ろの方から「やっぱすげーな咲良さん」「クール……」とささやきが漏れる。

けれど当のアリサは特に何も誇示することなく、軽く一礼して淡々と席へと座る。




続く体育の時間。

「5月に球技大会があるからな!それに向けた球技を授業でやっていくぞー!」

「「はい!!」」


座学ばかりで退屈していた生徒達には待ち望んでいた保健体育の時間。今週は男女混合でサッカーをやるらしく、まずは全員で柔軟体操を行う事に。


「じゃあ二人一組になって柔軟体操!ペアを作れー!」


体育教師の号令で、あらかじめ目配せをしていた生徒等が次々にペアを作っていく。


「あかりっ!ペアなろー!!」

「う、うんー!いいよー!」


すぐ近くにいた友達の村上かなに声を掛けられ、あかりのペアはすぐに決まった。


横目で見ていると予想通りみちるはアリサとペアを組んだようだ。




柔軟体操が終わり、いよいよ試合の時間がやってきた。

男子達のテンションは一気に急上昇し、サッカー部の男子を中心にポジションが決められた。


キックオフの号令が下り、男子が女子に良いところを見せようと張り切ってパス回しをし、ドリブルで次々ディフェンダーを抜くとゴールへとシュートを叩き込む。


女子はその勢いにはついていかず、ボールが飛んで来たら蹴るくらいのやる気でいた。

……一人を除いては。



「……なるほど、ルールは理解した」



「っしゃあ!1点目!今日は俺一人でハットトリック決めてやるぜ!」


調子良く近藤が再びボールを奪い、サッカー部仕込みのドリブルで他の男子を次々抜いていく。

残った女子はそんな彼を止めようともせず棒立ちをしていた。


「へへっ!2点目もらっ……!?」

近藤の横を銀色の風が吹き抜けた。その風は彼の操るボールを奪い去っていき、ゴールまで無駄のない直線で駆け抜けていった。


「嘘だろっ……!?止めろぉぉぉぉ!!!」


男子が次々にボールを奪おうとタックルを仕掛けていくが、フェイントを混ぜた最低限のドリブルですべてを抜き去っていき、シュートを放てば鋭いカーブを描きボールがゴールネットを揺らした。


「ご、ゴール!!」


息も切らさず淡々とセンターラインに戻っていくアリサを、周囲の数人が驚きと尊敬の目で見つめる。


「咲良さん凄い!!前の学校ではサッカーやってたの!?」

「え、待って……かっこいい……」

「抜かれた……この俺が……!?」


これらの質問にアリサは一言だけ答えた。

「……運動はしていた」


この後もライバル心を燃やしたのか、近藤が果敢に攻めかかるもアリサに全敗し、がっくりと地に膝をつき項垂れていた。


「俺の……サッカー部の誇りが……」



それを遠目に見ながら、みちるがため息交じりにアリサの腕をつつきながら呟く。

「アリサ、やりすぎ」

「……反省はしている」



体育の授業が終わり、教室に戻った生徒たちは、汗を拭きつつぐったりと机に突っ伏したり、友達同士で試合を振り返って笑い合ったりしていた。


「はぁ~……疲れたぁ~……」

あかりは制服に着替え直し、髪を指で整えながら大きく伸びをした。


でも、楽しかったなぁ……アリサちゃん、ほんと何でもできるんだな……


後ろを見ると、アリサは制服をきっちり着直し、何事もなかったかのように静かに座っていた。

みちるは席でハンカチで汗を拭きながら、ちらりとアリサを見つめて――何だか小さく笑みをこぼしていた。


あれ……みちるちゃん、すごく優しい顔してる……


そう思った瞬間、あかりの胸がきゅっとなった。






「えー、それじゃあ今日はこれで終わりだ。部活がある人はしっかり頑張って、帰宅部の人は気を付けて帰るように!」

担任の締めの言葉が終わると、教室内は一斉にわっと盛り上がった。


「やったー!帰ろうぜー!」

「先部活いってるぞ!」

「俺ん家寄ってくー?」


賑やかに動き出すクラスメイト達。

あかりは机にカバンを乗せ、ちらりとみちるを見た。


今日も……ちゃんと三人で帰れるかな?




丁度あかりが視線を向けた時、みちるがアリサと目を合わせ、何か小さく頷き合ったように見えた。


あかりがすぐ後ろのアリサに声をかけようと振り向くと、このタイミングを狙っていたのか、駆け寄ってきたクラスメートが次々にアリサを部活へと誘っていた。


「咲良さん!今日のサッカーすっごくカッコよかった!!あの足があれば陸上部入っても即エース狙えるよ!!どうかな??」

「いやいや!バレーボールやらない??身体能力高いし身長差なんて関係ないよ!ぜひうちに!!」

「ハンドボールはどうかな!アクロバティックなシュート、咲良さんなら打てるはず!!」

「バスケも忘れないで!!一緒に青春の汗流そう!」

「水泳はどうかな!?水着映えると思うけど!!」


ワイワイとアリサの勧誘する生徒の団子が徐々に大きくなっていき、いよいよアリサの姿が見えなくなってしまった。


「……あかり、先行きましょ」

「ふぇ、アリサちゃんはいいの……?」

「……あの様子じゃ、しばらくは無理でしょうね。また中庭で待っていましょう」


みちるの言葉に従って、後ろ髪を引かれながらも教室を後にし、中庭へと向かった。



中庭には他に誰もおらず、校舎の陰が少しずつ長く伸び始めていた。

吹き抜ける春の風が、葉桜の枝をさわさわと揺らす。



みちるは葉桜の近くの花壇の縁に腰を下ろし、あかりもその隣にそっと座った。

少しの沈黙が流れる。


「……アリサちゃん、すごい人気だね」


あかりが笑い混じりにつぶやくと、みちるもほんのりと微笑んだ。


「……まぁ、分かってたわ。あの子、何でもできるもの」

「ううん、でも、みちるちゃんだって……!」


あかりは慌てて言葉を重ねた。


「今日、みんなみちるちゃんのこと見直してたと思う!……料理できるし、頭いいし、優しいし……」


転入生ということもあり、授業の答弁ではアリサが目立っていたが、それに負けないくらいみちるも優秀なのだ。


みちるは驚いたようにあかりを見て、それから視線を落とした。

「……そう、かしら……」


小さな声。でもその表情は、どこか柔らかかった。


「……ありがと、あかり」


まだ学校のみんなが見た事のないだろうみちるの笑顔を見て、あかりの胸がまたキュッと鳴った気がした。


風が吹き抜けるたびに、みちるの髪がふわりと舞い、あかりの制服の裾がひらりと揺れた。


「……あのさ、みちるちゃん」

不意に、あかりがぽつりと口を開く。


「な、何?」


「その……あのね。もし、私が迷惑だったりしたら言ってね? お弁当の時とか、放課後とか、勝手に一緒に帰ろうって言って……」


目を伏せるあかりの指が、不安げにスカートの裾を握る。


みちるは一瞬言葉に詰まり、視線を前に向けたまま小さく呟いた。


「……迷惑じゃ、ないわ」


あかりがぱっと顔を上げる。


「えっ……!」


「むしろ……こんな風に、誰かと並んで座るのなんて……。アリサ以外だといつぶりか分からないし……嬉しかったわよ」


声は小さかったけれど、それは紛れもなく本音だった。


「みちるちゃん……」


瞳を潤ませるあかりに、みちるは照れ隠しでそっぽを向きながら長い髪の毛を指先でくるくるといじる。


そこからお互いに黙ってしまったが、それは気まずいものではなく、どこか心地良いものだった。


太陽が少しずつ傾いていき、校舎の陰も深まっていく。


「……遅いね、アリサちゃん」

あかりがそわそわと立ち上がり、校舎の方を覗き込む。


「……あの勧誘の嵐を切り抜けるのは、簡単じゃないわ」


みちるは小さく笑い、花壇の縁で足を揺らす。

じっと二人が校舎を見ていると、校舎の影からアリサが二人のもとへ歩いてくるのが見えた。


団子状態だった部活勧誘の輪はどこへやら、アリサの手には入部届も案内プリントも一切なく、髪も服も乱れず、淡々と整っている。


「……お待たせしました」


アリサはすっとみちるの隣に立ち、そのまま静かに言った。


「……人混みは、苦手です」


ほんの一言。ぼそりと落とされたその言葉に、ふたりは少し驚いたように目を見合わせた。


「……そりゃ、あんなに押し寄せられたら、ねぇ……」


あかりが苦笑しながら言うと、アリサは無言で、わずかに頷いた。


「ご苦労様、アリサ」


みちるが笑うと、アリサも小さく目を細める。


「……予定通り、帰る?」

「……はい」


三人は視線を合わせて頷くと、静かに歩き出した。

並んで帰る帰り道は、朝よりも少し自然で、あかりの心もどこか温かくなっていた。


そして、あかりは思う――

こうして三人で歩く帰り道が、ずっと続けばいいな、と。





———————————————————————————————————





夕暮れが街を茜色に染めていく。

桜並木の下を歩く三人の影が、長く長く伸びていた。


「わぁ……夕陽、すごくきれいだね……!」

あかりが感嘆の声を上げると、みちるもそっと立ち止まり、目を細める。


「そうね……昔は、夕陽って嫌いだったけど」


ぽつりと呟いたみちるに、あかりが不思議そうに首を傾げる。


「どうして……?」


「なんだか、寂しい気持ちになるから……」


みちるの声は少しだけ遠い。


すぐ横を歩くアリサが小さく問いかけた。


「……今は、どうですか?」


「……え?」


みちるがアリサを見つめる。アリサは無表情のまま、しかし確かに言葉を続けた。


「今は、こうして三人で歩ける……一人ではない。それだけで、違うのでは」


あかりが笑顔を浮かべながら続けた。


「そうだよ!友達と一緒に帰る幸せな時間!どこか切なさもあるかもだけど……でも、また明日会えるって楽しみが出来るんだから!」


「…………っ」

みちるの頬が、かすかに赤くなる。


「……ふ、ふんっ!別に……それも悪くない……わね」


それでも、口元がふっと緩んだその表情は、なによりも雄弁だった。


アリサが一歩、二歩と進み、背中を向ける。

「……帰ろう。夕食の時間に遅れる」


「うんっ!」

「……ええ」


三人は並んで歩き出す。

柔らかな夕陽が、彼女たちの背中を優しく包み込んでいた。


──こうして、平和な一日は終わりを告げた。


でもそれは、きっとほんの短い小休止。


だって、物語はまだ始まったばかりなのだから。

今回は平和な学校での日常パートでした。


今こうしてあかり・みちる・アリサと三人グループが出来ていますが、本来の時間軸(アリサが紛れ込まなかった世界)ではまだあかりとみちるは友達どころか会話すらしていないはずでした。

異物混入により起きた波紋は徐々に大きく、広く広がっていきます……


さて、次回は新キャラクター、そして新しい出会いが待っています。


次回──「星降る出会いのプレリュード」

静かな図書室、運命のページが開かれる──。


ぜひお楽しみに!

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