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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第一部 第二楽章 動き出す物語 
16/73

入学式と襲撃!

朝、早い時間に目覚めたあかりは、テキパキと身支度を終えてリビングへ降りる。

「おはよーママ!」

「おはようあかり、今日は早いわね!」


キッチンには既に菜月が立っており、陽太ののお弁当を仕上げている所だった。


「何か手伝う事ある?」

「うーん、もう出来たから大丈夫よ。あかりは朝ごはんはトーストで良い?」

「うんっ!でも自分で焼くから大丈夫!」


菜月の邪魔にならないよう、あかりはオーブントースターへと食パンをセットしダイヤルを回す。

焼き上がりを待つ間、ランニングに向けての柔軟体操をリビングで行い、念入りに身体をほぐしていく。


「……ふんっ、ふんっ、今日はいっぱい走るぞ~!」



3分後、チンっと焼き上がりを知らせる音が鳴り、こんがりと焼かれたトーストを火傷しないように慎重に取り出し、皿へと乗せてダイニングテーブルへと運ぶ。

その際に冷蔵庫からいちごジャムとマーガリンをしっかりと回収していく。


「いただきまーす!」

トーストにたっぷりマーガリンを塗り、その上からいちごジャムをかけて一口齧る。

食パンの甘い小麦の風味とマーガリンの塩気がいちごジャムの甘さを引き立てている。



やっぱり王道のいちごジャムも好きだけど、ピーナッツバターも捨てがたいよね……。



そんな事を思いながらそのままサクサクと食べ続け、あっという間にペロリと食べ終えてしまうと残った皿を片付け、いよいよランニングへと出発する。


「じゃあ行ってくるね!今日は何だかドレミってるから遠回りしてくるかも!」

「はーい!いってらっしゃい……あら?ソラシーちゃんはお留守番?」

「うん、何だか今日は眠いみたいで起きてこなかったんだ。だから寝かせてあげようって!」


何度か自室と洗面所を行き来する際ソラシーのクッションを覗いていたが、静かに寝息を立てていて起きて来る気配がなかった。


「そうなの……、じゃあソラシーちゃんが起きたらご飯あげておくね」

「ありがと!それじゃいってきまーす!」


玄関を飛び出し家の前の道路へと出ると、走り出す前に一度大きく深呼吸をする。それからぴょんぴょんと跳ねてリズムを取り、いつものコースへと走り出した。

「よーしっ、ドレミってくぞ~!」


日に日に暖かさを増している春の日差しの下、ほとんど葉桜となった桜並木を駆け抜け、喫茶店が見える所で一度休憩しながらお店を眺め、その後走り出してから顔見知りのおばあちゃんや花屋のお姉さん達に「おはようございます!」と元気に挨拶しながら町を駆け抜けていく。


調子に乗って通学路のルートへと進路を変え、快晴学園の校門までやってくるとまだ校門の柵は閉まったままだったが、[入学式]の看板は既に設置されていた。


「あはは、もうあれから一年経つんだ……懐かしいなー」


そっと看板に手を触れ、自分の入学式の時を思い出す。


初めて着る少しぶかぶかの制服と固くて足が痛くなるローファーが嫌で、緊張と不安もあって記念写真では半泣きみたいな変な顔をしていたっけ……。


懐かしさにしばらく足が止まっていたが、そろそろ次へ行こうと学校へ背を向け、いつものルートに戻るべく走り出した。




そして家を出てから約一時間、さすがに汗をかき、少し息を切らしながら家へと戻ってきた。

「ただいまー! ふぅ~……いっぱい走った~!」


「おかえりソラ~!!」

ソラシーが玄関まで飛んできて、あかりの頭にぴょこんと着地する。


「えと、今汗かいてるよ?」

「ピ……しっとりソラ」


ソラシーがくちばしであかりの髪をちょんちょんつつくので、あかりは苦笑いしつつ、ソラシーをそっと頭から下ろす。

「わかったわかった、先にシャワー浴びてくるから!ソラシーはリビングで待っててね」





シャワーを浴び、運動着から普段着に着替えたあかりは、リビングのソファでソラシーと一緒にゆったりしていた。

「ふあぁ……やっぱり走った後のお昼寝って最高だねぇ……」

「ピピィ……ソラシーもまた寝るソラ……」


ソラシーはクッションの上で丸くなり、あかりもソファーで横になり何となくつけていたテレビに表示される時計をチラと見た。

今日は学校に行かなくてもいい日。もう少ししたら新入生たちはきっと緊張して式に出るんだろうな、なんて考えながら、あかりは穏やかに目を閉じた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






どこかの別次元にある暗く広がる、オペラ座を思わせるような漆黒のホール。ぼんやりとほのかな明るさを保つロウソクのシャンデリアの揺らめきを楽しみながら、優雅にワイングラスを傾けるクレシド卿。その静かなホールの静寂をドアを開け放ちながら一人の男が破った。


「ふははははっ!いよいよ今日こそっ!!!リベンジの時ィィィィィ!!!!!」


黒い燕尾服を翻し、フォルティシモ男爵が高らかに笑いながら舞台の中央へとズカズカ歩き、細かな装飾のされた転移門の前へと仁王立ちする。


「向こうでハーモニーを奪い!!!!あの煩わしい小娘を引きずり出してやろうじゃないかっ!!!!」


「……騒がしいな」

奥の暗がりでワイングラスを手にしたクレシド卿が、迷惑そうに声を漏らす。


「本当に子供を揺さぶる程度でいいのか? 我々の標的はもっと……上ではないのかね」


「ぬはははっ!いいじゃないか、肩慣らしだ肩慣らし!どうせ倒さねばならんのだ、あの光る娘っこめ!!!奴を倒しメロディーバードを捕らえる!!!」


フォルティシモ男爵がドンドンと床を踏み鳴らし、指揮棒をくるくる回す。



「聞けば今日は入学式なる祝いの祭りがあるそうな、記念におひとつ派手な乱入ってやつをプレゼントしてやらぁな!」


挿絵(By みてみん)



「いざ行かん!!フォォォルティッッッッシモッ!!!!!!!!!!!」


男爵は転移門の扉を開き、現れた時空の穴へと飛び込みその姿をくらませる。残ったその場には彼のあまりにも騒々しすぎる大声でワイングラスが割れ、その中身の赤ワインで白い手袋を赤く染めたクレシド卿だけが残された。


「………………あのハゲ、許すまじ」


クレシド卿は静かに怒りの声を漏らし、手に残ったワイングラスの破片ごと強く手を握り締め、染み込んだワインが手袋から滴り落ちた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






快晴学園の校門前には新入生とその保護者達が多く集まり、[入学式]と書かれた看板前で、保護者たちはカメラやスマホを手に、わが子の晴れ姿を必死に写真に収めようと列を作っていた。

「ほら!もうちょっと笑って笑って!」「緊張しなくていいからね!」――そんな声があちこちから聞こえ、柔らかい笑い声が混じる。


新入生たちは胸に紅白のリボンのついたバッチをつけ、ぎこちなくもピカピカの鞄を抱きしめて、友達同士で写真を撮りあったり、式の流れを確認する先生たちの案内に耳を傾けたりしている。

風がそっと吹き抜けるたび、校庭に残った最後の桜の花びらが舞い、あたたかい春の光の中できらめいていた。


校門の向こう、体育館の前では式の準備を整えた吹奏楽部員たちが音合わせを続けており、トランペットやフルートの明るい音が時折校庭のほうまで届く。

先生たちが職員室から資料や名簿を抱えて走り回る様子も見え、場の空気は次第に「いよいよ始まるぞ」という期待感で満ちてきていた。


「ああ、ドキドキする……」

一人の新入生がつぶやき、隣の友達が笑いかける。

「大丈夫だよ、一緒だし!卒業式みたいに泣くなよ??」



一度生徒達は割り振られた教室へと集まっていき、残された保護者達は先に体育館へと案内された。




しばらくして、体育館の扉がいよいよ開かれ、生徒たちが案内されるのを待つ時間。

家族の声、吹奏楽の音、春風、花の香り――すべてが特別な一日を飾るためにそろっていた。


その空気の中で、まだ誰も気づいていなかった。

この日、そこへ影を落とす黒い不協和音(ディスコード)がすぐ近くまで迫っていることに。





体育館の中では、式の開会を告げる放送が入り、新入生たちが緊張した面持ちで入場を始めた。

先生たちの案内の声、カメラを構える保護者たちの視線、そして何より――吹奏楽部が奏でるクラシックの入場曲が体育館の空気を包んでいく。



演奏に合わせ、足音が体育館の床を響かせる。

一年生の表情は硬いものもあれば、期待に胸を膨らませたものもあり、会場全体が優しい笑顔と温かな拍手に包まれていた。


「よしよし、よく頑張って吹けてるぞ!」

吹奏楽部の顧問が教員席で小さくガッツポーズをする。舞台袖では生徒会の先輩たちが台本を確認し、いよいよこれから式典本番に移るというそのとき。


体育館の二階ギャラリーに突如開いた次元の穴より、場違いな男が一人現れた。


「んん~ん!!耳障りな音楽が鳴っているではないか。これが入学式かね……。そしてなんだ!この蚊の羽音みたいなちんけな音はッ!!ノンノンッ!!足りぬ足りぬゥ!!もっと大きく雄々しく華々しく!!!このワシの出番という事だなッ!?フォォォルティッッッシモ~~~~~~~~!!!!!」

プァプァプァプァーン



突然現れた喧しい声で喚きレゲエホーンを鳴らす男に保護者席とまだ入場を続ける新入生から戸惑いの目線が向けられる。すぐに男性教員が数名席を立ち二階ギャラリーへと向けて階段を駆け上がっていくが、男爵はそんなことお構いなし。

手摺りを乗り越えて、宙へと身を投げ出した時には保護者達から悲鳴が上がるも、見えない足場を滑るかのように空中を移動し、演奏を続ける吹奏楽部の生徒達の方へと向かっていく。


「我ァが名はフォォルティッシモ男爵ゥ!!!!耳障りな雑音はワシが掻き消してやるゥ!!」


男爵が懐から取り出し掲げたのは黒い宝石……ミュートジェム。黒い鈍い輝きを放ち、流れるクラシックの音色がひとつ、またひとつと狂い、歪んでいく。


音楽に乗せられたキラキラした生徒達の希望や夢、楽しい思いも全て吸い込んで不協和音へと変貌させられ、気付けば会場の空気は、まるで誰かに首を絞められたかのような重苦しい沈黙に包まれていった――。


「ほぅ……たった一度の吸収でここまでのエネルギーを得られるとは……!こいつは良いワルイゾーが生み出せそうだ!!」


男爵は黒々としたオーラを放つミュートジェムを指揮棒で叩き、天井へとジェムを放り投げた。


「さぁ来いっ!!!!ワルイゾー!!!!お前の力を見せつけてやれっ!!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




……ふわふわとした夢の中、あかりは穏やかな気持ちで眠っていた。


しかし耳元で、バタバタと慌てたような羽ばたき音と甲高い鳴き声が響き、あかりはバッと目を見開いた。


「えっ……な、なにっ!?」

「またあいつが来たソラっ!!あっちの方に不和のオーラを感じるソラ……!

ソラシーがバサバサと窓の近くへと飛び移り、外の方を指し示すように翼を広げている。

その視線の先――窓の外に見える遠くの空が、わずかに赤黒い色を帯びて渦巻いていた。


「まさかディスコードとかいう悪いやつ……!?」


体が一気に覚醒する。

すぐさまあかりはソファから飛び降り、階段を駆けあがって自室へと戻ると机の上に置いておいたブレッシングパクトを手に取った。


「ソラシー、行くよっ!!」


「ピピーッ!!」


バンッと玄関の扉を勢いよく開け、あかりは赤黒い雲の渦巻く方向へと全速力で駆け出した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





今回ミュートジェムから生みだされたワルイゾーは、メトロノームの身体に巨大なクラリネットのような腕を持っていた。

吹奏楽部の子たちは楽器を抱えて逃げ惑い、先生たちは「落ち着け!」「体育館出口はこっちだ!」と叫びながら新入生を必死に誘導している。


「きゃああああっ!」

「ママぁ……!!」


保護者たちの悲鳴が飛び交い、舞台から飛び降りた男爵はワルイゾーを指揮棒で操り、体育館の天井や床を割らせ、音と衝撃で混乱をかき乱す。


「ふははははっ!!さぁさぁ!!もっと!もっとだ!!希望も笑顔も、音楽も!!ぜ~んぶ不協和音にしてくれようぞッ!!!!」

男爵の指揮棒捌きに熱が入ると、ワルイゾーは両腕から衝撃波を放ち、壁にひびを入れ、体育館の窓ガラスを全て砕け散らせる。


先生の一人がマイクを握って怒鳴る。

「生徒は外へ避難だ!吹奏楽部は楽器を置け!全員開いている扉から外へっ!!!」

「こっち!出口はこっちよ!」

「母さん!!母さん!!」


泣き叫ぶ新入生の子供たち、必死に抱きしめる保護者、舞台袖では生徒会の先輩たちが、頭を抱えながら事態の把握に走り回っている。


外の空はすでに赤黒い靄に覆われ始め、体育館外へと逃げ出した生徒や保護者達も恐怖心に捕らわれ、震えながら空を見上げていた。


「何だ!?何が起きてる!?」

「怪物……?!」


体育館全体が、希望に満ちた入学式のはずの時間から、一転して悪夢のような空間へと変わりつつあった。



体育館内では、散り散りなってに逃げだした生徒や保護者達こそ狙わないものの、入学式の為に装飾された吊り看板や花の装飾、吹奏楽部の残していった楽器や設置されていたグランドピアノなどをワルイゾーは縦横無尽に叩き壊していく。


「フハハハッハハハ!!!良い!良いぞワルイゾー!!破壊の限りを尽くせ!!この音こそ最高の芸術ッ!!!ブラヴォー!!!フォォルティッシモ!!!」


フォルティシモ男爵は調子に乗ってレゲエホーンを鳴らしまくり、並んだパイプ椅子を振り回して投げ、ボーリングでもするかのように薙ぎ倒していく。

ワルイゾーも男爵に呼応するように衝撃破を放ち、更に体育館をボロボロにしていく。


「せ、先生方!我々も早く逃げましょう……!」

「しかし教頭……!あの化け物を何とかしないと、この学園は更地にされてしまいますよ!!」


最後まで残っていた体育教師やまだ若い数学教師などが、ワルイゾーへ瓦礫を投げつけていくがまるで効いているようには見えない。


「ホースを使いますっ!下がってください!」


教頭が消火栓からホースを引き出し、高圧の水を放水するもワルイゾーは水浴びが出来たと言わんばかりに身体や顔を擦り、必死に抵抗を見せる教師等を挑発する。


「だ、だめだ……まるで効いていない……!」


もう為す術はないと、手にしていたホースも、校舎まで取りに行ったさすまたも取り落とし、恐怖心からじわじわとワルイゾーから距離を取って逃げ出そうとした。



「ワルイゾオォォォォ!!!」


気合の籠ったパンチが体育館の壁を砕き、巻き上がった粉塵に思わず皆が顔を背けてしまう。この化け物が外へ出たらもっと悲惨な事態になってしまうと絶望の只中にいた。




──その頃、学校を覆う赤黒い靄を突き抜け校門を全力疾走で駆け抜けていく少女。


肩で息をしながらも走るのをやめない、ブレッシングパクトを手に握りしめたその少女は、誰あろう、柚木あかりだった。



ズシンと足音を響かせ、体育館から這い出してきたワルイゾーに外に避難していた生徒や保護者達から悲鳴が上がる。


「ワルイゾー……!みんなを守らないとっ!!」



手にしたブレッシングパクトが、かすかに光を帯び始める。

その光が、あかりの決意に応えるように脈打つ。


「行こう……!」

深く息を吸い込み、胸元でパクトを強く握りしめ、叫ぶ。


「ブレッシング・チェンジ!!」


──キラキラと輝くリボンの光、花のように舞い散る魔法の粒子。

辺り一面にさっきまでとは違う種類の光と音が広がっていく。


教師や生徒たちは目を見張り、思わず立ち止まる。

「な……なに!?あれ……!」

「光……光が……?」


魔法の旋律とともに、柚木あかりは魔法少女・メロリィエンジェルへと姿を変えていく。


胸元のブローチが輝き、髪はふわりと舞い上がり、可愛らしくも美しいその姿は、まさに光の戦士。


「メロリィエンジェル、参上っ!」


全力ダッシュの勢いのまま、ジャンプしてワルイゾーへとジャンピングキックをお見舞いする。


「はあああああっ!!」

「ワ、ワルゥっ!?」


キックがクリーンヒットし、体育館にめり込むように倒れたワルイゾーの前に立つあかりは、力強く笑った。


「さぁ……!ここからは私の時間だよっ!!!」


──舞台は整った。

光と闇の戦いが、いよいよ幕を開ける――!





周囲にいた教師や避難途中の保護者たちが、その光輝く小さな背中を目を見張って見つめる。


「な、なんだ……?コスプレした女の子!?危ない!下がりなさい!」


だが、あかりは振り返らない。

目の前には怒りを露わにしたワルイゾー。

ここで立ち止まるわけにはいかない。


「みんなの大事な……一生に一度の、キラメキに満ちた最っ高にドレミってる思い出になるはずの入学式をよくもっ!!絶対に許さないよっワルイゾー!フォルティシモ男爵!」


「んん~ん!出たなキラキラの娘っこ!前回のように行くとは思うなよっ!!!行けィ!ワルイゾー!!!」


「ワッルイゾォー!!!」


フォルティシモ男爵の叫びと共に、ワルイゾーがクラリネットの腕を構えて突進してくる!


「くっ、速いっ……でも、負けない!!」


エンジェルは地を蹴り、ジグザグに高速で移動しながらワルイゾーの振り下ろされる腕を避けていく。


ドォォォン!! と次々コンクリートで舗装された地面が叩き割られ、破片と土くれが宙に舞う。


「こっちだよっ!」


横から回り込み、ワルイゾーの側頭部へ跳び蹴りを放つ。

バチィィィン!!火花のような光が弾けるが、ワルイゾーはビクともしない。



男爵が高笑いし、指揮棒をぐるりと振る。


「フハ!フハハ!!無駄無駄ァ!!さぁワルイゾー!!今回のお前は一味違う事を見せつけてやれえええィ!!!!」


ワルイゾーの胸のメトロノームが加速し始め、

テンポに合わせてクラリネット砲から連続音符弾が発射される!


「なんのっ……!」


空気を震わせる弾丸が四方八方から襲いかかるも、ギリギリで左右にステップし、ジャンプし、ローリングして回避。


「メロリィエンジェルカッコいいソラー!!!負けるなソラー!!!」


ソラシーも空からエンジェルを応援している。今更喋る鳥が現れたところで、十分非現実的な光景を目の当たりにしている生徒保護者教師等は、もう驚かなかった。


「このっ……くらいっ!!」


地面を蹴り、正面突破を狙おうとするが、男爵がニヤリと笑う。


「ほぉらよぉッ!!テンポアップ!!」


メトロノームがさらに速度を増し、ワルイゾーの動きが倍速化。

両腕のクラリネットが回転しながら、渦状の衝撃波を吹き荒らす!


「嘘っ!避けられないっ!? いやあああああ!」


エンジェルの退路を塞ぐように音符の弾丸が不規則な軌道で襲い掛かり、直撃した音符弾はけたたましい不協和音を撒き散らしてエンジェルの身体を吹き飛ばす。


「よぉぉぉっしっ!!!!いいぞワルイゾー!!!もっともっと叩き込めっ!!」



追撃するように音符弾が転がるエンジェルへと襲い掛かり、ギリギリ避けきれずに再び至近弾を受けエンジェルの身体が宙を舞う。


「ぐっううっ……!!」


痛む肩を庇いながらも果敢に立ち上がり、強い意志の篭った瞳でワルイゾーを見据える。

しかしどう見てもエンジェルは劣勢で、まだまだ余裕のあるワルイゾーは挑発するようにフォルティシモ男爵と共に高笑いをしていた。


「ガッハハハハ!前回の敗北はやはり、ただの番狂わせ!この私が負けるなどありえんのだ!!!」

「ワールワルワル!!」

「ん~んっ!気分が良いっ!だがそろそろ終幕といこうか!!ワルイゾー!!」


男爵が再び指揮棒を振り上げると、ワルイゾーもそれに連動するように両腕のクラリネットの腕を持ち上げ、トドメを刺さんとズシズシとエンジェルへと近付いていく。


「ピピィっ……!!エンジェルー!!頑張れソラー!!!」


ソラシーの応援の声も空しく、ワルイゾーが歩く音で掻き消されてしまう。


「くっ……!」


エンジェルは、痛む肩を押さえながら後ずさった。

足元は割れた地面、背後には避難している生徒ら、横には瓦礫の山――もう逃げ場はない。


ワルイゾーはクラリネットのベル部分をエンジェルへと向けると、その中に赤黒い音符型のエネルギーをぐるぐると溜め始める。


「これで最後だァァァァァァッ!!!フォルティッッッシモォォォ!!!!!」

フォルティシモ男爵が狂気じみた笑みで指揮棒を振り下ろした。


「負けるもんか……!」


エンジェルははぎゅっと拳を握る。

逃げられない。防げない。なら――


「前に出るしかない……っ!!」


パァァァァァンッ!!!

渾身の地を蹴る音と共に、光の輪がキラキラとエンジェルの足元に展開し、虹色の軌跡を残しながら彼女は音速のごとくワルイゾーへと駆け出した。


「なっ……何ィィィィィッ!?」

男爵の目が飛び出そうになる。


ワルイゾーの巨大なクラリネット砲の赤黒いエネルギーが臨界に達し、いよいよ放たれようとする、その寸前――


「プリズム・シャイニングッ……キックッ!!!」



勢いのままジャンプし、振り上げた足を光輪が包み込み、プリズムのような七色に輝く閃光となってワルイゾーの胸のメトロノームを直撃する!



凄まじい衝撃音と共に光の粒子が弾け、ワルイゾーの巨体が後方へ吹き飛び、クラリネット砲の中に溜められたエネルギーが空へと赤黒いビームを放ち、立ち込めていた霧を切り裂き青空を覗かせる。


「ワルルゥゥゥゥ!?!?!?」

「ば、ばかなッ……この私の……完全指揮の……ワルイゾーが……っ!!」


地面に仰向けに倒れ、弱々しく光るワルイゾーを見下ろし、エンジェルは息を切らしながら、胸につけたハートブローチへと手を当てた。


「これで……終わりだよ……!」


ブローチが優しく光を放ち、彼女の手にハーモニック・ライアーが再び現れる。

そっとその弦を撫で、目を閉じて深く息を吸い込む。




「この想い、旋律にのせて――!」




エンジェルの声が空に響いた瞬間、ライアーが淡く光り、そこから透明な五線譜が宙に浮かび上がる。


彼女の背後に大きく広がった五線譜は、まるで空に描かれた虹のように輝き、音符がひとつ、またひとつ、弾けるように生まれ、そよ風のような優しい旋律がまるで春の陽だまりのように、やわらかな色で世界を包み込んでいく。


「心のメロディ、響けっ!」




ライアーの弦をそっとなぞる。その瞬間、音が空へと広がり、やさしい光の波紋が地面を包むようにひろがっていく。


空に舞い上がった虹色の音符が幾重にも重なり、輝く光の輪となってワルイゾーを囲んでいく。



「ハーモニック――!」



指が弦をなぞるたびに、光と音が空間を彩る。


小さな音が次第に重なり、旋律となって世界を満たしていく。


楽しい、不安だけどドキドキする、もうこんなに大きくなったのねと成長を喜ぶ想い……そのすべてが音符になり、空気を満たしていった。


そして、最後の一音を――!


「――フィナーレ!!」


静かな祈りのように響く最後の音。


その一音で、七色の音符たちは光となり、ワルイゾーを包み込む。

やさしく、すべてを受け入れるように。



「愛の旋律、届けましたっ♪」



「ワルル……ルゥ……ワルイゾォォォォォ……」


仰向けに寝そべっていた巨体は優しい音の波に身を沈められ、ワルイゾーの目の辺りからひとすじの涙のような光が漏れ、空気中に溶けるように薄くなり消えていき、ハーモニック・ジュエルだけが残された。


「ぐぅぅぅぅうおおおおおおおあああああああッ!!!そんな馬鹿なアアアアアっ!!!」


フォルティシモ男爵は頭を抱えてひとしきり喚いてから次元の穴へと飛び込み、その場から姿を消した。


赤黒い霧も晴れ、滅茶苦茶に破壊された体育館や校舎、穴だらけの道もキラキラと輝く光に包まれると元通りになり、何事もなかったかのようにその姿を見せていた。


「やった……やった……!」


エンジェルはその場に膝をつき、はぁっ……はぁっと肩で息をした。


静まり返る体育館前、

沈黙を破るように、そっと聞こえてきたのは――


「……助かった……のか?」

「……あの子がやってくれたんだ……!」

「魔法少女……実在していたのか!?」

「……かっこいい、素敵……!」


教師、生徒、保護者……皆が驚きの声を漏らしざわめきが大きくなる中、ソラシーが勢いよく空を飛んできてあかりの頭に着地し、小躍りするように羽をパタパタさせた。


「やったソラ!!やったソラー!!」

「うん……ありがとう、ソラシー……!」


あかりはソラシーに微笑みかけ、もう一度周囲を見渡して、無事な皆の姿にほっと胸をなで下ろした。



―—次の瞬間、わっとエンジェルへと生徒達が押し寄せ、あっという間に彼女を取り囲む。


「すっげー!!ホンモノだー!!」

「可愛いー!握手してー!」

「こっち向いて―!!」

「この青い鳥さんもしゃべってたよね!?不思議生物!?」


あまりに勢いに圧し負け、体育館の壁際まで後退り退路を断たれてしまう。


「ちょちょちょ、待って!?そ、ソラシーどうしようっ!?」

「ぴぴっ!き、きっとその楽器が何とかしてくれるソラ……!何か念じてみて欲しいソラッ!!」


遠巻きに保護者と、教師等もエンジェルを囲むように立ち、感謝の気持ちも有れども、得体のしれない魔法少女の恰好をした少女を警戒していた。



エンジェルはハーモニック・ライアーを胸に抱き、そっと指を掛けると脳裏に言葉と旋律が浮かぶ。

「――エンジェリック・リストレーション!」


ぽろん、と最初の一音が弾かれると、

虹色の音符が空中へと広がり、町中に優しいメロディが響き渡っていく。


「……あれ……?なんだっけ……」

「……私、今……何してたっけ……?」

「……キラキラ、きれいだったな……」


生徒や保護者、先生たちが次第に夢を見ているかのように穏やかな顔になっていき、ワルイゾーや男爵の記憶がゆるやかに薄れていった。

まるで悪夢を見ていたかのように、彼らの中から恐怖と混乱は静かに消えていったのだ。


そしてこの時は誰も気付いていなかったが、スマホやカメラで撮影されてたデータもいつの間にか消え去っていた。





皆が夢見心地の間にそっと人波を潜り抜け、あかりは体育館の裏手の人気のない場所でそっと変身を解き、ブレッシングパクトをポケットにしまい込んだ。


「何とかなったソラ……!良かったソラ……!」

「うん……でも、今日は疲れたね……」


ぐっと脱力感を覚え、壁に身を預けて一息つく。そうしている間に体育館からは再び吹奏楽部の演奏が響き、入学式が始まった。


「……みんなの入学式、守れてよかった……」


目を閉じ、少しの間演奏を楽しみながら身体を休め、ふとスマホを見ると菜月からの電話着信がずらりと並んでいた。


「あはは……そうだ、帰らなきゃ……いきなり出ていったからママ心配しちゃうね……」


すぐに電話をかけ直し、ランニングの時に落とし物をしたと誤魔化しながら無事を伝え、すぐに帰るねと電話を切る。

走り出す足取りは少し重いけど、それでも心はどこか晴れ渡っていた。




あかりは小さく笑いながら、ソラシーと一緒に家路へと駆けていった。






ちょっと強化されたワルイゾーの襲撃でした 

ミュートジェムで吸収された量が多ければ多いほど、同じワルイゾーでも強力になっていきます。


なので今回は、二回目にして結構ギリギリな戦いでした。 勝因はエンジェルの新技、プリズムシャイニングキックをフォルティシモ男爵が知らなかった事。 


それでは次回もお楽しみに!

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