転入生がやってきた!
「………むんっ!起きたっ!!」
目覚まし時計が鳴る前にバシッと起きたあかりは、アラーム設定を解除しまだ枕元で眠るソラシーを起こさないように静かに部屋を抜け出して洗面所へと向かう。
身支度を整え、部屋に戻ってくるとソラシーが眠そうにしながらも起きて待っていた。
「おはよっソラシー!」
「あかり………おはよーソラ………ぴぃ」
「ふふっ、まだ寝てていいんだよ~?」
パジャマを脱ぎ、久し振りの制服へと着替えて姿見の前で胸元のリボンやスカート丈を調節し、ついでに少し乱れた前髪も直しておく。
「よしっ……今日も絶好調に、ドレミってこっ♪」
くるん、と小さく回ってスカートの広がり具合を確認した後、あかりは満足げに頷いた。
その背中からふわっと声が届く。
「制服姿も良く似合っているソラ!可愛いソラ!」
「えへへ、ありがとう~!」
ちょっぴり照れながらいたずらっぽく笑う。
「でも昨日あんなことがあった後で普通に学校行くって、ちょっと不思議な感じだな~」
「ぴぃ………でもあれは夢じゃないソラ。………あ!ブレッシングパクトは忘れずに持ち歩くソラ!!」
「んっ、これね!とっても可愛いけど………普通にお化粧とかで使えないのかな?」
机の上に置いておいたブレッシングパクトを手に取り、そっと蓋を開けてみる。昨日のように光が溢れ出し、メロリィエンジェルへ変身する事もなく、普通のフェイスパウダーとパウダーパフが入っていた。
でもこのフェイスパウダー普通じゃない!すっごくキラキラしてる………!
パウダーパフへと手が伸びかけるが自制心が勝り、蓋を閉めてスカートのポケットへと押し込んでおいた。
リビングのテーブルには菜月が用意してくれていた朝食、トーストとサラダ、そして目玉焼き。
コーンスープの湯気が、いつもと変わらない優しい朝の空気を作り出していた。
「おはよっママ!いただきまーす!」
「おはようあかり!ソラシーちゃんのご飯はこれね~!」
「ピピィ♪」
ソラシーの前にはいつもの穀物のエサ。菜月へお礼を言うように羽を震わせ一鳴きしてから啄み始める。
ぱくりと一口トーストをかじり、もぐもぐと幸せそうに目を細めるあかり。
ふと窓の外に目をやると、まぶしい春の光が通学路を照らしていた。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、車には気を付けるのよ」
「ピピィ!」
見送りの菜月とソラシーへ手を振りながら玄関を出て扉が閉まると、カバンをしっかりと持ち直し、軽く背伸びをする。
「今日もいい天気………!絶好の始業式日和だよ~!」
わくわくと胸が高鳴る。
メロリィエンジェルになった昨日の出来事は、確かに特別だった………。でも今はただの中学生としての一歩を踏み出す時。
その足取りは軽やかに、いつもの通学路を歩き学校へと向かった。
すれ違う近所の人に「おはようございます」と元気に挨拶を返しながら、通学路を軽快に歩いていく。
学校へと近付くにつれて、歩く道に同じ制服の生徒が増えていった。その中で去年同じクラスだった顔見知りの友達に声をかけ、「春休みどうだった?」「どこか旅行とかいった?」と他愛無い話に花を咲かせ、気が付けばあっという間に校門を通り抜けていた。
「わー!久しぶりー!髪切った!?」
「あーあ、学校めんどいなー」
「新しいクラス楽しみだよね~!」
「今日早速ゲームやろうぜ?お前んちな!」
そんな言葉のひとつひとつが、どこかキラキラして聞こえる。
あかりは胸に手を当て、深く深呼吸した。
下駄箱前に設置された移動式のホワイトボードにクラス分けの模造紙が貼られ、それを見て一喜一憂する生徒達。
あかりも人集りの後ろから並び、徐々に前へ前へと進んでいき目を凝らして小さい文字で並ぶ名前の中から自分の名前を探す。
「あかりはいいよねー、や行だから大体下の方だけ見てればいいんだからさー」
「えへへー、いいでしょ~?」
そう言っている間にもすぐ自分の名前を見つけた。今年は2ーAみたい。
「私はAみたい!ミキちゃんは?」
「んんんー待って、まだ見つかってない………あった!!Cかぁ~………」
「あはは………今年は違うクラスかぁ、残念」
「うぅ~………違うクラスでもまた遊ぼうねぇ~あかりぃ~!!」
「もちろんっ!」
自分に割り振られたクラスと番号の下駄箱にローファーを入れ、持ってきた上履きに履き替えて2-Aの教室を目指す。
階段を上がり、廊下を曲がり、あかりは教室の前で立ち止まった。
ドアの向こうから聞こえる声に耳を傾けて、軽く深呼吸してから――
「おはようございまーすっ!」
がらりとドアを開ける。
教室にぱあっと光が差し込んだような、明るい声が響いた。
「あっ、あかりー!ひさしぶりー!」
「おっす、今日も元気だなー!」
クラスメイトたちが手を振る。あかりもそれに手を振って応える。
黒板に貼られているプリントに書かれた自分の席を確認し、窓際の後ろから2番目の席へと鞄を置き、わくわくしながら自分の席に腰を下ろす。
ソラシーと出会って、変身して、戦って………。
でもこうして制服を着てクラスメイトと笑い合っていると、やっぱり全部夢みたいに思えてくる。
そうしているうちにも次々割り振られた生徒が教室へ入ってくる。廊下には既に自分のクラスを確認した男子達が早速廊下を全力疾走しバタバタを音を立てて走り回っている。騒々しくも若く元気なエネルギーに満ち溢れていた。
そんな中一人の生徒が2-Aの扉をくぐり、黒板のプリントを確認する。その時賑やかな喧騒に満ちていた教室内が静かになり、一人の生徒に皆の視線が集まる。その生徒の名前は………楠みちる。
皆と同じはずの制服姿のはずなのに纏う雰囲気は美しく、さらさらの長い髪の毛は緩やかに巻かれ、その容姿だけでなく学力面すらも優れ、何者も寄せ付けぬ孤高の高嶺の花のような存在だった。
だがそれと同時に、彼女にまつわる噂も皆を遠巻きにさせている要因の一つだった。
発端はみちるが小学3年生の時、別の町からとある転校生がやってきた。その転校生がたまたまみちるのクモ消し炭事件を知る人物だったが故に、ある事をきっかけに一気に噂が広がってしまった。
男子からは化け物女、女子からは怖がって誰もみちると関わらず、孤独に過ごしていた。
始めはずっと泣いていたみちるも次第に周りとの関わりを自ら断ち、授業などでのグループ作業等必要最低限の事以外はすべて自分一人でやるようになった。
次第に噂も薄まっていき、小学校を卒業する頃には露骨なまでの敬遠はされなくなっていた。しかし歩み寄ろうとする同級生に対しみちるが完全に壁を作るようになり、それはこの快晴学園に入って1年過ぎても変わる事はなかった。
異様な雰囲気の中、みちるは自分に割り振られた席へと座り、鞄から筆記用具類を出して机に並べていく。そんな中、みちるの隣の席になった少女が彼女へと恐る恐る声を掛けた。
「く、楠さん!今年も一緒のクラスだね………!よ、よろしくね」
「………ええ、よろしく」
その時、予鈴のチャイムが鳴った。
各々好きな場所で過ごしていた生徒達が小走りで自分の席へと戻り、教師が入ってくるのを待った。
本鈴のチャイムが鳴り、シン………とした教室で、小声で誰かが話をし始めると次第に声が大きくなり、結局教師が来るまで皆席に座ったまま大声で話をして思い思いに交流を続けていた。
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体育館での始業式も無事に終わり、教室へ戻るとHRが始まった。
「じゃあ早速だけど、今日から新しくこのクラスに加わる転入生を紹介するぞ」
淡々と教師が告げると、今までつまらなさそうに小声でおしゃべりをしたり眠そうに眼を閉じていた生徒達が一斉に教室の引き戸へと目を向ける。
「あー………その、ちょっと物静かというか………まあ本人から挨拶してもらおうか。入ってきてくれ」
カラリと引き戸が開けられ、コツコツと一定のリズムを刻みながら黒板の前まで淡々と歩き、チョークを手にスラスラと自身の名を黒板へと記し、クラスメイトの方へと向き直ると自身に集まる視線を物ともせずに綺麗な礼を見せる。
サラサラで光沢のある銀髪、無表情で感情の読めない瞳。
スカート丈は校則通り正しく、リボンは曲がる事もなく左右対称に結ばれ姿勢は完璧。まるでお人形さんのような無機質さすら感じるこの少女は………。
「………咲良アリサです。よろしくお願いします」
ざわっと一気に教室のボルテージが上がった、男子が吠え女子が歓声を上げる。教師が「静かに!静かに!!」と宥めるもしばらく盛り上がりが収まらなかった。
その間アリサはじっとみちるを見つめ続け、みちるも何度か目を逸らすも頬を赤らめながら視線を合わせていた。
その一方で、あかりも声を掛けたい気持ちを抑えつつも、気付いて!とアリサの目を見つめ続ける。
たった数日前だけど、友達になった不思議な女の子。もっと話したい!もっと知りたい!
そんな願いが届いたのか、アリサの席は出席番号が一番最後だったあかりの後ろ、窓際の一番後ろの空席になった。
アリサが鞄を手に一番後ろの席へと移動していく際、よくやくあかりと目が合った。
「あ………!」
あかりはアリサへ満面の笑みを浮かべて小さく手を振る。それに対しアリサは変わらず無表情のまま、しかし少しだけ目を細め、ほんの僅かだが口元に動きを見せる。今はこれが彼女のできる精一杯の笑顔?のようなものだった。
アリサが席へ着いたのを見届け、教師が改めて明日からの流れを説明し始める。明日は入学式があり在校生は吹奏楽部以外は休み、明後日から授業開始との事。今日は教科書類の配布を行い昼には解散する事。
そして今からは1限が終わるまでに一人一人自己紹介を行うとの事。
「じゃあ早速赤山さんからお願いします」
「はい!俺は赤山圭吾です!俺の事知ってる人もいるとは思うけど────」
本当ならちゃんとみんなの自己紹介もしっかり聞かなきゃいけないけど、どうしても後ろの席のアリサちゃんの事が気にかかってしまい、集中して聞く事が出来ていなかった。
そうしているとあっという間に順番が進み、次は楠さんの番になっていた。
「………楠みちるです、趣味は音楽と料理です。よろしくお願いします」
ぱちぱちとまばらな拍手の中で一人ぺぺぺぺぺっと高速で拍手をする音がすぐ後ろから聞こえて来る。他の人の時は事務的な音だったのになぜ………?
「近藤大輔です!趣味はサッカーで好きなものはラップとかロックとかの音楽です!よろしくお願いしまーす!」
やっぱりぱち………ぱち………と二回くらいしか拍手していない………。なんでだろう、気になる~!!!
悶々としている間にも自己紹介はテンポよく進んでいき、気が付けばもうあかりの番が来ていた。
「じゃあ次……柚木さん、お願いします」
「は、はいっ!!柚木あかりです!趣味はいっぱいあって、春休みは毎朝ランニングしてました!一年間
よろしくお願いします!」
まばらな拍手に混ざり、背後からまたぺぺぺぺぺっと早い拍手が聞こえて来る。その拍手の主がそうしてくれるのは楠さんと私だけ………。
あかりは思わず後ろを振り返りたくなるのをこらえつつ、思わず笑みを零してしまう。
「じゃあ最後、咲良さん………は、さっきしてくれたからいいか。………もうすぐチャイムもなるし、ちょっと早いけどHRはここまで!休み時間終わったら教科書配るからなー。じゃあ号令!仮で赤山がかけてくれ」
「起立! れーい!」
「「ありがとうございました」」
ちょうどチャイムが鳴り響き、教師が教室外へと出ていくや否や、男女問わずにクラスメイト達がアリサの元へと押し寄せてきた。
すぐ前のあかりはすぐ真後ろにできた人集りに席を立つタイミングを逃し、座ったまま背後を振り返った。
「ねぇねぇ咲良さん!どこから来たの??」
「髪めっちゃ綺麗じゃん~!触ってもいい?」
「彼氏いるのー??好きなタイプは!!」
「うわ、近くで見るとめっちゃ顔整ってる………!アリサだしハーフ??」
矢継ぎ早に質問攻めにされているアリサは、無表情ながら少し困ったように眉を下げ、一つ一つの質問にすべて答えて行った。
「………解、遠い国から。少しなら可。否定………不明。自分でも分からない」
「じゃあ次は私も質問するー!」
「俺も俺もー!!」
「私もー!!」
「…………」
どうしよう………アリサちゃん困っているよね………?
助け舟を出すか否か悩んでいるとふとアリサがあかりの方をじっと見ている事に気が付いた。
「………あかり、良ければ校舎の案内を頼みたい」
「えっ!うんっ!!喜んで!!」
えーあかりだけずるーい等のあかりを羨む声が上がるも、せっかくアリサと二人で話せるチャンスを得たのだから、こればかりは譲れないと一緒にどう?とは口にしなかった。
「ふたりとも、行ってらっしゃい~!」
「ありがとー!」
アリサはぺこりと頭を下げ、あかりの少し後ろを歩くようにして教室を出る。
「アリサちゃん、どこから案内しよっか?」
「………あかりに任せても?」
「わっ、なんか頼られてる感じ………!えへへ、じゃあまずは図書室の方から行こっか!」
あかりが笑顔で先導すると、アリサはひと呼吸おいてから無言でついてくる。図書室のある棟の廊下には生徒の姿は無く、二人の足音だけが、静かな廊下に心地よく響く。
「ねぇアリサちゃん、クラスのみんなの質問、大丈夫だった? ちょっとびっくりしちゃうよね………」
「………問題ない。質問には慣れている。………ただ」
「ただ?」
「………全部に答える必要はない、と、今思った」
「ふふっ、それで正解だよ!っと、ここが図書室だね!まだ今日は開いていないけどちゃんと授業が始まったら入れるようになるよ」
「………把握した。ありがとう」
「うんっ!次は音楽室とか美術室、家庭科室も案内するね!」
予鈴が鳴るまでの間、行ける限りの各教室から屋上・体育館・購買等の場所をアリサへ案内し、最低限の事は教えられたと一安心する。
予鈴が鳴り、教室へと戻る間にあかりは遠慮がちにアリサへと声をかける。
「ねぇアリサちゃん、もし………もし良ければだけど、今日途中まで一緒に帰らない?」
「………先約がいる。………でも、三人で帰っても良いか聞いてみる」
先約がいると言われた瞬間目に見えてしょんぼりしていたあかりだが、次いでまだ可能性があると聞いてぱっと表情を明るくさせた。
「ほんと??良かったぁ~!!ちなみに先約って誰だったの?」
「………楠さん」
楠さん。楠みちるさん。拍手の時もそうだったけど、アリサちゃんとは入学前からの知り合いだったりするのかな?………これをきっかけに楠さんとも仲良くなれたらいいなぁ!
「そっか!………もし良ければ私からも一緒に頼んでみてもいい?」
あかりからの提案に、アリサはパチパチと瞬きし、僅かに考え込むような仕草を見せた後に静かに首を縦に振った。
「それじゃ、教科書配るぞー。一人一冊ずつ取りに来るように!」
教師の号令で一人ずつ前へ出て教科書を受け取っていく。あかりも教科書を受け取り、その後の教師の話を聞きながらも、もうすぐやってくる下校時間の事を考えてわくわくしていた。
アリサちゃんとは今後も仲良くなりたい。
でも、楠さんの事も何か………気になる。もしなれるなら、友達にもなりたい。
そんな思いが胸の中にふわりと芽生え、あかりは再び笑顔を浮かべた。
少女達のほんの小さな交差が、やがて物語を大きく動かすハーモニーになることを、この時のあかりはまだ知らなかった。
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ついにやってきた放課後。12時を過ぎているがお弁当も持たず、購買も開いていない初日はみんな空腹に耐えながら早々に帰路に付く。
その際には新しくできた友人と、もしくは前年度の友人と、もしくは一人で帰る人もいた。
そんな中、あかりは他のクラスメイトからの誘いをやんわりと断ってアリサやみちるへ声をかけようとするも、既にみちるの姿は教室に無く、更にはすぐ後ろの席にいたはずのアリサの姿すら見失い、彼女との下校を狙っていた他の生徒と共に慌てて荷物を持って下駄箱へ走る事になった。
アリサちゃん………一緒に帰るって言ったのに。
約束破りで置いて行かれたと少し唇を尖らせ、むくれながらローファーへと履き替えようと下駄箱の蓋を開けると、あかりのローファーの上に小さなメモが置かれていた。
[楠さんの許可が下りたので、中庭でお待ちしています。]
とても丁寧で印刷したのかと錯覚するような綺麗な字、アリサの物だ。
大事にメモをポケットへとしまうと急いで靴を履き替えて中庭へと走った。
校門とは反対方向にある中庭には他の生徒は居らず、あかりは桜の木の根元に立つふたりを見つけて、思わず笑顔を浮かべて駆け寄る。
「アリサちゃーんっ!………あ、楠さんも………!」
アリサはチラとあかりの方を見て少し手を上げて応え、みちるは居心地悪そうに目を泳がせながらアリサの制服の裾をきゅっと握った。
「………無事に合流できて何より。………大丈夫ですか?みちる」
「え、えーと………もしかして、お邪魔だったり………しない?」
一瞬の沈黙。だがみちるはほんのわずかに目を伏せてからしっかりとあかりを見る。
「……別に。アリサがいいって言ったなら、いいんじゃない?」
それは決して歓迎ではなかったかもしれない。けれど、あかりにはそれが拒絶ではないとだけは、ちゃんと伝わった。
「うんっありがとうっ! じゃあ、帰ろっか?」
アリサを中心にして左右にそれぞれあかりとみちるが並ぶ形で歩き始める。
ほぼ葉桜となった緑色の桜の下、僅かに残った花弁が一歩踏み出す勇気を出した少女達を祝福するようにひらひらと舞い、春の風に乗って空へと舞い上がっていった。
アリサちゃんが無事、転入しましたね。 何故彼女がみちるの横にべったりついていなかったのか、それはみちるに前日の夜そうするように言われていたから。というわけで、その時の様子を後書きでお楽しみください。
アリサがマダムへと青い鳥とあかりについて報告に向かう1時間前の事。
風呂から上がり髪をドライヤーと風魔法のハイブリッドで高速で乾かし、自室の屋根裏部屋へと戻ろうと階段を登っていると、階段を登る音を聞いて気が付いたのかみちるの部屋のドアが開き、部屋の主がドアの隙間からアリサの事を手招きしていた。
この後みちるが寝た後にマダムへと今日の報告をしようと思っていたが、まだ時間に余裕はあると彼女の誘いに乗る事にした。
「………失礼します」
二度目になるみちるの部屋、木の香りがする屋根裏部屋とは違い、やはりどこか甘い良い香りがする。
ドア付近で立ち尽くすアリサに、みちるは自身の座るベッドの横をポンポンと叩き、隣へと座るように促した。
アリサが座るとみちるはベッドに置いてあるテディベアを抱き、しばらく黙っていた。
そんなみちるにアリサも下手な言葉は不要だと口を噤み、壁に掛けられた時計が時々動くカシャンっ………という音と、二人の呼吸音だけが聞こえていた。
そんな時、意を決したのかようやくみちるが重い口を開きボソボソと語り始めた。
「アリサ………さ、明日からの学校にいる間は………他人行儀で。私と一緒にいない方がいいわ」
「………?」
アリサは理解に苦しみ、無表情ながら首を傾げ、次の言葉を待つ。
「…………私ね。今はこうやってアリサとはちゃんと話せているけど、本当は誰とも近付いちゃいけないの。………でないと、怪我じゃ済まない事が起きちゃうかもしれないから」
ぎゅ………とテディベアを抱く力が強まり、苦しいと言わんばかりにベアの両手が持ち上がる。
「だから、学校ではほとんど誰とも話さないし、関わってない。最低限授業とかでは話すけど………でも仲良くなるのが怖いの」
そう言葉を絞り出し、みちるの身体は小さく震えていた。
「アリサは………その、無表情だけどカッコいいし………きっとすぐクラスの人気者になれると思う。でも私がアリサの傍にいたらアリサまで変な目で見られちゃうかもしれない………!」
震える声で言い切った瞬間、自分でもわかるほど胸がぎゅっと締めつけられた。
お願い。傷つけたくないの。………でも、でもそれ以上に――。
「………気にしない」
落ち着いた声が、そっと肩に降るように届く。
「私は………貴女が、隣にいてほしいと思うなら、ずっと、そこにいます」
言葉が、まっすぐだった。
優しいとか、そういう問題じゃない。
ただただ、ストレートに、自分の芯を押し出すようにして。
みちるは思わず、アリサの顔を見てしまう。
その瞳は、やっぱり感情の波がほとんど見えないのに。何故か、何故だか………あたたかかった。
「…………ッ、そっか……そっかぁ……」
目元に浮かびかけた涙をごまかすように、みちるは笑う。
アリサの目が、自分を見ている。それだけでひどく落ち着かなくなる。
あの無表情の奥に、何があるのか知りたくなる。
そんなこと、今まで思ったことなかったのに。
「………ずるいよ、アリサ」
「………?」
みちるは潤んだ瞳でアリサをまっすぐに見つめた。
「そういうの………ずるい。そんなこと言われたら………私、隣にいてほしくなっちゃうじゃない」
アリサは、きょとんとしたように瞬きをした。
みちるは思わず笑った。ちょっとだけ、涙が混じっていたけど。
「ねぇ、アリサ。………それでもお願い。明日は………ちょっとだけ、距離を取ってて」
「………了解です」
「……でも」
小さく呟いて、みちるはアリサの袖をちょこんと摘んだ。
「………放課後は、また私の隣にいてくれる?」
その一言に、アリサはわずかに目を細め、小さくうなずいた。
「………はい、お嬢様」
「………そのお嬢様って呼び方も、いや。みちるって呼んで………?」
居候の立場で良いのだろうかと一瞬迷うが、目の前の涙で潤みどこか甘えるような目でこちらを見るみちるを見てしまうと駄目だと切り捨てえる事は非常に難しい。
「………はい、みちる………様」
「………様もなし」
「………みちる」
小さい声で呟いた彼女の名前。それでも隣のみちるは花が咲くような笑顔を見せてくれた。