みんなで勉強会っ! Aパート
第三部、静かにスタートします。
それではどうぞ!
決まった時間が訪れ、私は目を開いた。
何度か瞬きをして意識を覚醒させると、網膜に投影されている今日のスケジュールを確認し、そっと身を起こす。
右手にはまだ、しっかりと繋がれたままのみちるの手が重ねられている。
……離してしまうのをどこか惜しいと思ってしまうのは、私もこの世界に染まった証拠なのだろうか。
彼女を起こさないように慎重に手を離すと、そのまま自分の手のひらを見つめた。
少し汗でしっとりした手には、確かにみちるの温もりの感覚が残っている。
……その感覚がいなくなってしまわないように、そっと手を握り締めた。
換気の為に窓を開けると、朝の空気が部屋に流れ込んでくる。
六月もまもなく終わり、夏がやって来る。そんな季節の移ろいを感じさせる夏の青い匂いを含んだ湿った風が頬を撫でた。
遠くまで見える白い雲の混ざった青空は、まだ早い時間でも既に明るい。
昨日の夜の濃密な時間と、重い空気が嘘みたいに、世界はいつも通りの朝を迎えていた。
目を閉じて耳を澄ませば、小鳥達はさえずり、近くを流れる川のせせらぎや、風に揺られ擦れた木々の葉の音が合唱曲を奏でているようであった。
ほんの僅か数ヵ月前までは、寝ても覚めても人間以外の命が奏でる音など無く、機器の駆動音と命を奪う音ばかりが満ちた世界が当たり前だった。
昨日、みちると共に記憶を辿ったことで、この世界との違いは改めてはっきりと理解した。
しかし何故自分がこの世界へ零れ落ちたのか、未だに理解も納得もしていない。
——だが、敢えてあの世界へ帰りたいとは、思うまい。
ベッドからもぞもぞと身動ぎし、ゆっくりと伸びをする気配を感じて振り向くと、みちるがベッドの上で身を起こし、ぼんやりとしながらも、私を見てふにゃりとした笑みを浮かべていた。
寝癖でふんわりとした髪を揺らし、ゆっくりとした所作で枕を整え、小さく欠伸をする。
その仕草が――私には少しだけ眩しい物に見えた。
「……おはよう、アリサ」
「おはようございます、みちる」
それだけで、胸の奥に固まっていた何かが少し解ける。
みちるは息を吐いて、もう一度大きく伸びをしながらベッドから降りた。
階下からは、調理器具の触れ合う音が微かに聞こえている。
マダムが朝食の準備をしている音。
マスターの低い声。
この家の一日が、普段通りに始まっている証拠。
今日は放課後に、あおいの家で勉強会が開かれる日だ。
皆で集まって、お菓子を食べながら期末試験に向けて机を並べる。
――とても平和な予定。
「じゃあ……先に洗面所使って来るわね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
みちるが階下へ降りるハッチを開けて梯子を下ろしているのを眺めながら、私は自然と口を開いていた。
「……みちる」
「うん……?」
「今日は……無理をしないでください。もし途中で気分が悪くなったら、すぐ帰りましょう」
その言葉にみちるは一瞬目を大きくし、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「ううん、大丈夫。……でも、ありがと」
私は何も言わず、ただ小さく頷き彼女を見送った。
みちるは……強い。
だからこそ……危うさもある。
もう一度、手のひらを強く握り直した。
* * *
制服に着替えて朝食を終え、忘れ物チェックもしっかり済ませ、いよいよ登校の時。
先に靴を履いたみちるは玄関のドアノブへと手をかけ、開ける前に立ち止まると、ふっと小さく呟いた。
「……今日も、いつもと変わらない一日にしよう?」
紡がれた言葉は、祈りの言葉にも聞こえた。
「はい。……そうしましょう」
ガチャリと音を立てるドアの音は、一日が始まる合図のようだった。
———————————————————————————————————
「ピピピッ!! あかりっ! 起きるソラ~!!」
「……うぁ~……ふぐぅ……あとニ十分……」
「ダメソラッ!! 絶対起きるって言ってたソラ!! ソラソラソラ~!!!」
「むにゃ……ソラシー、まぶしいよぉ……」
ソラシーがカーテンを開け、眩しい朝の光が柔らかく部屋とあかりの顔を照らしている。
瞼を貫くような明るい陽射しに、あかりは思わず顔を顰めて枕へと顔を埋めた。
「準備があるからってソラシーに起こすように頼んだのはあかりソラ! 起きるソラぁぁー!」
「うぅ……分かったよぉ……」
もぞもぞと布団の中で身をよじりながら、あかりはようやく目を開けた。
まぶたの裏に残っていた光が、ゆっくりと朝の色に変わっていく。
あかりは小さく伸びをして、まだ少し眠たげな目をこすった。
「……ふぁ……おはよぉ、ソラシー……」
「おはようソラ! やっと起きたソラ〜!」
ベッドの上で胸を張るソラシーに、あかりはくすっと笑う。
そのまま布団をめくり、床に足を下ろした。
足に伝うフローリングのひんやりとした感触が、ようやく体を目覚めさせてくれる。
「今日は……そうだ、お弁当! 昨日の夜に仕込んでいた唐揚げ……!」
「そうソラ! 勉強するには元気にご飯を食べるのも大事ソラ!」
「うぅ〜……勉強……テストぉ……」
途端に肩を落とすあかり。
さっきまでの穏やかな空気が、ほんの少しだけしょんぼり色に染まった。
「数学……全然わかんないんだよぉ……」
「大丈夫ソラ! みちるもあおいも、アリサもいるソラ!」
「うん……勉強会、がんばる……」
自分に言い聞かせるように頷いて、あかりはパジャマの袖をぎゅっと握った。
けれどその表情は、どこか前向きで――
次の瞬間には、いつもの元気な光が戻ってくる。
「よーしっ! まずはお弁当からだねっ!」
そう言って立ち上がると、まだ少しだけ寝ぐせの残る髪を揺らしながら、部屋を飛び出した。
「ふぅ……じゃあ、ソラシーは二度寝するソラぁ……」
* * *
キッチンには、朝から香ばしくてお腹の空きそうな匂いが満ちていた。
炊きたてのご飯の湯気が白くふわりと立ちのぼり、菜月の手によって次々に焦げ茶色の衣をまとった唐揚げが油から掬われている。
「わぁ……いいにおい……」
思わず顔がほころぶ。
それだけで、さっきまでの眠気もテストの不安もどこかへ吹き飛んでしまった。
「おはようあかり、もうちょっとで唐揚げ全部揚がるからね」
「はーいっ! ありがとママ! 今日はね、卵焼き……ちょっと甘めにするんだ」
「ふふ、唐揚げにしっかり味が付いているものね」
手慣れた手つきでエプロンを結ぶと、さっそくボウルにいくつかの卵を割り入れ、しっかりと溶きほぐしていく。
味付けを終えて、卵焼き用のフライパンに卵液を流し込むと、じゅわっと小さな音を立てた。
「ふんふ~ん♪」
少しずつ、丁寧に巻く。
油の染みたキッチンペーパーで薄く油を広げ、卵液を落としてうすーく広げ、くるくると優しく巻いていく。
出来上がった形はまだまだ慣れてなくて、少しデコボコしているが……。
それでも、あかりは満足そうに笑う。
「……よしっ、できたっ!」
包丁で切った断面図は、しっかりと楕円の渦巻きになっていて卵焼きらしい見た目に仕上がっていた。
菜月が唐揚げの処理を終えて、あかりの手元の卵焼きを覗き込むと、パッと笑みを浮かべた。
「美味しそうに出来たわね……! 後はママがお弁当箱に入れておくから、朝食食べちゃいなさい」
「はぁーいっ!」
今日もまた、いつも通りのちょっぴり忙しい朝が始まっていく。
それでもあかりの心は、昇った朝日のように晴れやかだった。
* * *
階段をぱたぱたと駆け下りながら、あかりは急いで髪を整える。
リボンをきゅっと結ぶと、不思議と気持ちまでしゃんとした。
玄関には、もう学校の靴と鞄がきちんと用意されている。
昨夜の自分を、ちょっとだけ褒めてあげたい気分だった。
「ママ、行ってきまーすっ!」
元気いっぱいの声が、朝の家の中に弾む。
「はーい、行ってらっしゃい! 気をつけてね!」
キッチンの奥から返ってきた菜月の声は、いつも通りやさしくてあたたかい。
その一言だけで、胸の奥に小さな勇気が灯る。
靴を履き、扉に手をかける。
曇りガラスから差し込む光は、もうすっかり朝の色をしていた。
「……よしっ」
小さく気合いを入れて、あかりは勢いよくドアを開ける。
――まぶしい。
思わず目を細めてしまうほどの、きらきらした陽射し。
深呼吸するとちょっぴり湿っぽい温かな空気が、胸いっぱいに広がった。
今日もきっと、ドレミってる良い一日になる!
……理由なんてないけれど、そんな気がしていた。
「行ってきまーすっ!」
弾む声と一緒に、あかりは家を飛び出した。
通学路には、見慣れた朝の景色が広がっている。
揺れる青々とした木々、遠くで鳴く鳥の声、空にぽっかりと浮かぶ白い雲。
その全部が、昨日と同じように見えて――
でもどこか少しだけ、新しく見えた。
胸の奥で、期待のようなものが小さく跳ねる。
今日は勉強会。
テストはちょっと不安だけど、みんなと一緒なら大丈夫。
そう思えるだけで、足取りは自然と軽くなる。
「……あっ、みちるちゃん達、もう来てるかな?」
ランニングするように、走る速度を上げながら、あかりは前を向いた。
朝の光の中へ、まっすぐに――。
* * *
「はぁっはぁっ……やっぱりもうそろそろ夏だなぁ~!」
青々とした大きな葉っぱをつけ、心地よい木陰を作ってくれている桜並木へと差し掛かり、上気し少し火照った身体を冷やすように胸元を仰いだ。
額に滲んだ汗を手の甲でぬぐいながら、あかりはふうっと小さく息をつく。
さらさらと流れる川の水音と、木々の間をすり抜ける風が、ほんのりと熱を帯びた頬をやさしく撫でていく。
「でも……この匂い、好きかも」
青い葉と土の混ざった、夏のはじまりの匂い。
それを胸いっぱいに吸い込むと、不思議と足取りまで軽くなる。
まっすぐの桜並木は視界が開けていて、まだ少し距離があるがいつもの待ち合わせ場所に立つ二人の姿を目で捉えた。
すらっとした綺麗な銀髪の少女――アリサと、その傍らに寄り添って立つ大人びた雰囲気の少女――みちるだ。
遠目からでも何だか絵になる二人に、あかりはぱっと表情を明るくして、小走りに駆け寄っていった。
「おっはよーっ! アリサちゃーん! みちるちゃーんっ!!」
朝の静かな桜並木にあかりの声が響き、木々にとまっていた小鳥がパタパタと飛び出っていった。
「おはよ、今日も朝から元気ね……」
少しだけ呆れたように言いながらも、みちるの声は優しい。
「おはようございます、あかり」
淡々と挨拶をするアリサ。
相変わらず表情の変化は乏しいが、あかりには彼女が微笑んでいるのが分かった。
「あははっ! 今日もちゃんとお弁当作ってきたんだよ!」
胸を張るあかりに、みちるがくすっと笑う。
「気合いは充分ね。……でも、勉強の準備は?」
「うっ」
一瞬で言葉に詰まるあかり。
二人の視線が、じわりと集まる。
「……き、気合いはあるもん!」
「気合いだけじゃ数学は解けないわよ?」
「うぅ〜〜……」
いつものやり取り。
いつもの距離。
いつもの朝。
それだけなのに――
胸の奥が、ほんのりあたたかくなる。
木漏れ日が三人の足元で揺れていた。
まるで、今日という一日を静かに祝っているみたいに。
* * *
三人で並んで歩き出すと、桜並木の木陰がゆらゆらと揺れた。
足元の影も一緒に揺れて、まるで踊っているみたいだ。
やがて並木道を通り抜け、図書館前を過ぎ、あおいのマンションが見える道までやってきた。
「……はぁ。今からテストが怖いよぉ……」
あかりがぽつりと呟くと、みちるが即座に返す。
「まだ始まってもないのに怖がらないの」
「だってさぁ! 一次関数とかさぁ! なんかもう、数字が踊ってるもん!」
「踊ってるなら仲良くすればいいじゃない」
「そういう問題じゃないよぉ……!」
横で聞いていたアリサが、淡々と口を開いた。
「復習は、解けるまで反復すれば終わります」
「アリサちゃん、その言い方……ちょっとだけロボットみたい!」
「ロボットではありません。……多分」
「多分!?」
みちるが吹き出しそうになって、口元を押さえた。
「ふふ……朝から元気ね、あかり」
「えへへ。だって、みんなと一緒だと元気出るんだもん」
そう言った瞬間、あかりの足取りがさらに軽くなる。
不安は消えないけれど、怖さは少し薄くなる。
それが仲間ってやつなんだろう。
――と、その時。
「あかりーっ!! 待つソラぁぁぁ!!」
どこかで聞いたような声が、背後から飛んできた。
三人が振り向くより先に、
小さな影がぴゅーん!と飛び出してきて、あかりの肩のあたりに体当たりする勢いで止まった。
「ソ、ソラシー!?」
「二度寝するって言ったのに! あかりが忘れ物しそうな予感がしたソラ!!」
「えっ!? なにそれ!」
「予感は大事ソラ!」
みちるが半目で言う。
「……その予感、当たらないでほしいんだけど」
あかりは慌てて鞄を開け、教科書と筆箱を確認する。
「えっと、筆箱、オッケー……ノート……オッケー……」
「お弁当も?」
「お弁当はママが入れてくれてるはず!」
「……はず」
みちるのツッコミが鋭い。
あかりは玄関の光景を思い出して、ちょっと青くなった。
「や、やばっ……! お弁当袋……持った……よね?」
「……持ってないと判断」
「持ってない顔してる」
「持ってないソラ!」
「三方向から断罪されてるぅ!」
そのとき、前方から涼しげな声がした。
「何してるの、朝から騒がしいわね」
見上げると、そこに立っていたのは――
「……あおいちゃん!」
きちんと制服を着こなし、手には参考書。
朝の光の中で、まるで絵に描いた優等生がそのまま歩いてきたみたいだった。
あおいは三人と一羽を見て、ほんの少しだけ眉を上げる。
「……で、結論。あかりは何を忘れたの?」
「まだ確定じゃないよ!?」
「確定してからじゃ遅いよ」
あおいの正論に、あかりはぐぬぬと唇を尖らせた。
胸の奥が、じわりとざわつく。
「お弁当箱……で、でも大丈夫……多分……!」
「多分って言ってる時点で大丈夫じゃないのよ」
「うぐぅ……」
その時――
「あかりーーーっ!!」
――遠くから、聞き慣れた声が風を切って届いた。
「まずいソラ。隠れるソラ!」
ソラシーがパタパタと飛び立ち、四人が同時に振り向く。
朝の陽射しの向こうから、猛スピードでこちらへ向かってくる一台の自転車。
必死な顔でペダルを漕ぐのはあかりの母、菜月その人だった。
ガタゴトと音を立ててかごの中で揺れているのは――見覚えのあるお弁当袋。
「わ、私のお弁当……!って、ママーーーっ!?」
「もう、やっぱり忘れていくんだから!」
迎えに行くようにあかりは走り出し、ブレーキの音と一緒に自転車があかりの前で止まった。
朝の空気が、ふわりと揺れた。
「あ、ありがとぉ……ママ……!」
差し出されたお弁当袋を、あかりは両手で大事そうに受け取る。
まだ少し温かい感触が、手のひらにじんわり広がった。
「せっかく気合い入れて作ったんだから、忘れちゃダメよ?」
「うん……!」
力強く頷くあかりに、菜月は満足そうに微笑む。
その様子を見ていたみちるが、小さく息をついた。
「……ほんと、いいお母さんね」
「はい。とても……素敵です」
アリサも静かに頷く。
あおいは少しだけ目を細めて、
どこかやさしい表情を浮かべていた。
「ほら、もう行かないと遅れるわよ」
菜月が軽く手を振る。
「いってらっしゃい」
その一言は、
朝の光みたいにあたたかかった。
「――行ってきますっ!!」
あかりの元気な声と笑顔がいっぱいに弾け、彼女を待つ三人の元へと走り出した。
少し離れた場所で待っていた三人は顔を見合わせて、菜月へと頭を下げて会釈し、あかりを迎えてから再び歩き出した。
学校まで、もうすぐだ。
* * *
教室に授業終了のチャイムが鳴り響き、その余韻と共に午前最後の授業が終わりを迎えた。
教師の「期末試験が近いから復習をしっかり」という念押しもそこそこに、あかりの元気な声が、ぱっと空気を明るくした。
「お昼休みだぁ~~っ!!」
くすくすと笑い声が広がり、教室のあちこちで机を寄せる音や、鞄のファスナーを開けてお弁当箱を取り出す音が重なっていく。
いつもの賑やかな昼休みがあっと言う間に出来上がっていた。
あかりもうきうきしながらお弁当箱を取り出し、元気よく席から立ち上がった。
「いこっ!アリサちゃん!」
すぐ後ろの席のアリサへ振り向きながら声を掛けると、無言のまま既にお弁当箱を手にしたアリサがコクコクと頷き、静かに席を立つ。
みちるの方へ目を向ければ、彼女も微笑みながらお弁当の包みを少し持ち上げて会釈する。
後は中庭であおいと合流するだけ。
自然と足取りが軽く、早くなっていく。
歩く度に尻尾の様にぴょこぴょこと揺れるあかりのサイドテールを、アリサとみちるは微笑ましく見守っているのだった。
「あかりー、みちるとアリサも、こっちこっち!」
中庭にはあおいが先に到着していた。
「ありがと、あおいちゃん!」
いつも通り木陰のベンチに集まった四人は、待ちきれないとばかりに包みを解くあかりを先頭に、次々にお弁当箱の蓋を開けていく。
「今日はね、唐揚げと甘い卵焼きがメインなのっ!」
ぱかっと蓋を開けた瞬間、ふわりと広がるいい匂い。
「わぁ……美味しそう」
みちるの声が、少しだけ弾む。
「……はい。とても良い出来だと思います」
アリサも真剣な顔で頷いた。
「えへへ……朝ちょっとドタバタしたけどね」
そう言って笑うあかりに、三人の視線がやさしく集まる。
「お母様に感謝しなきゃねー? じゃないと今頃私達のご飯泣きながら食べてたもんねー?」
「うぅ~……あおいちゃーん……」
思い出して、また少しだけ照れくさくなったのか、あかりの頬が赤く染まっていく。
「でも、素敵な事よね」
みちるが小さく呟いた。
「うん。すごく素敵」
あおいも静かに頷く。
アリサは何も言わなかったけれど――
その表情は、どこか穏やかだった。
「ではでは! 私はママに感謝しつつも、いただきまーす!」
「「いただきます」」
四人の声が重なり、昼休みの時間が優しく動き出す。
他愛ない話。
テストの愚痴。
好きなテレビの話題。
笑い声が何度も重なって、時間はあっという間に過ぎていった。
――それだけで、十分に幸せな時間だった。
* * *
やがて午後の授業も終わり、
放課後を告げるチャイムが校舎に響く。
「うぁああ~……終わったぁ……勉強やだぁ……」
机に突っ伏すあかり。
「……まだこれから始まりますよ、あかり」
背後のアリサの冷静なツッコミが背中に突き刺さる。
「うぐ……これからが本番なんだよね……勉強会……大丈夫かなぁ」
「問題ありません。あおいと私、みちるであかりを徹底的に鍛えます」
「問題大ありだよぉぉぉー!」
再び突っ伏し唸るあかりの背を、アリサは指先でツンツンつついた。
「……効率は上がるはずです。あかりの為を思って厳しくいかせて頂きます」
「アリサちゃんの鬼教官っ!! 」
「否定はしません」
「するところだよ!?」
「ち、ちょっとあかり……笑わせないで」
くすくすと笑いながらみちるがあかり達の席へやってくる。
手にはもう鞄が握られており、帰り支度はバッチリだ。
「うわーん、みちるちゃぁーん……アリサちゃんが厳しいー……」
「はいはい、私も厳しくいくわよ……?」
「ひぃうっ!?」
「あ、私も厳しくいくよ?」
「あおいちゃんっ!? いつの間にっ!?」
まだまだ高い位置にある太陽の光が校舎の廊下を優しく照らしている。
今日はまだまだ終わらない。そう告げているみたいに。
「じゃあ……行こっか。あおいちゃんのお家」
あかりの一言に、三人が頷く。
勉強はちょっと大変だけど――
それでも。
みんなと一緒なら、きっと楽しい時間になる。
そんな予感を胸に抱いて、四人は並んで歩き出した。
放課後の光の中へ――
やさしい時間が待っている場所へ。




