プロローグ
初作品です。よろしくお願いします
統一皇国歴6250年————極限まで効率化を追い求め、魔法化学により管理された人類の発展は限界を迎えていた。
人間を脅かす可能性のある野生動物、植物、昆虫類は家畜や薬品の材料等役立つ物以外根絶し、魔法と化学力により何事にも不自由しない。
何かに害される事のない日々を送る人類は病気すら克服し、長い寿命を持ってしまった結果、人間として、動物としての種を増やすという本能を失い、徐々にその数を減らしつつあった。
数が減るなら減らなくなれば良いじゃないかと人類の存亡をかけた、不老不死に限りなく近付く為の研究は各派閥のつまらない妨害合戦の末、マザーデータベースごと虚無空間へと失われ、緩やかに人類は滅びの道を進んでいた。
統一皇国歴6253年————己を救世の御手と称する組織が大規模テロを起こし各主要都市の機能が停止。
平穏を奪われた市民が逃げ込んだ避難所でも、紛れ込んだ救済の担い手が起こす暴動により疑心暗鬼に陥り、迫害と報復の応酬で、遥か昔に失われていたはずの人種間の争いが勃発。
互いに他人を信用できなくなってしまった人々は、自分の身を護る為、自分へ危害を加えるかもしれない敵を一人残らず排除する為、いつしか戦火は世界全土へと燃え広がっていった。
そして時は統一皇国歴6254年……。
「ぐうぅっ……!!」
飛来した敵の高速魔弾が腹を貫き、H-163の身体が弾ける。
だが、彼女は死なない。いや、死ねない。
体内を巡るナノマシンが即座に細胞を繋ぎ止め、傷を塞ぐ。死を許さないように。
右手に握る杖型の術式デバイスを掲げ、敵へ向けて斬撃魔法を放つ。首と胴を切り離した相手は、声も出せず崩れ落ちた。
ここは戦場、青赤黄緑、時には虹色のカラフルな光が瞬時に人の命を奪っていく。
――戦場を知らない頃は、遥か遠くに見える魔法の光を綺麗だと思っていた。
キラキラして、時にパッと輝いて、消えてしまったと思えばすぐに次の光が輝く。
大人達は何故か、皆顔を顰めて「汚い光だ」と吐き捨てるように言っていた。
今ならはっきり言える。
綺麗なわけがない、こんな光。
無感情のまま、表情を動かさぬまま。震える手で一人……また一人と敵を始末し、敵から肉眼で捉えられないよう瓦礫へと身をひそめる。
もう何も感じない。感じてはいけない。自分が生きる為に、自分を脅かすモノを消す。
そうしろと、そうであれと命令されている。
今更それに異を唱えたところで何もならない。支給品が減らされるだけだ。
殺気を感じ、その場からすぐに飛び退き大きい瓦礫へと身を隠すと、三方から様々な魔法やエネルギー弾が着弾し、瓦礫をさらに細かく砕いていく。
飛来する魔法から防護魔法で身を守りながら、まだ遮蔽物として信頼できそうな建物の残骸へと身を滑り込ませ、息を整える。
比較的大きく頑丈な建物の壁は、しばらくは敵の攻撃からも守ってくれるだろう。
だが過度な安心は命取りだ。
この戦場の各地で飛び交う光弾には、着弾し灼熱の炎を撒き散らすもの、水を撒き散らした後瞬時に濡れた物を氷像に変えるもの、鋭い岩石や鉱物を放つもの。純粋な魔力を弾丸として放つもの。
時には独自に生み出したオリジナル魔法すら放つ術者もいる。
応用次第では、壁の後ろに隠れる敵を一掃する事だって可能なのだ。
ナノマシンバイザーに味方の前線が後退している事を知らせる通知が表示された。
撤退に間に合わず取り残されたら、待ち受けているのは確実な死。
……疑心暗鬼に陥っている人々に、捕虜なんて不確定要素を抱える余裕はないのだ。
廃墟の壁を離れ、防衛拠点まで後退しようと僅かに身を遮蔽物の影から出した瞬間——。
H-163の左肩を貫通術式――魔力を圧縮した一点突破狙撃魔法が抉り取り、傷跡をジュクジュクと焼き焦がしていく。
襲い掛かる激痛に唇を噛み締めて声を出さずに耐え、魔術による延焼を治癒魔法で止め、後はナノマシンの治療に任せて後退を続ける。
今の一撃は、遮蔽物に隠れた彼女を狙ったものかもしれない。
もしくは誰かを狙った流れ玉かもしれない。
……仲間の誤射かもしれない。
でも、生きているなら考えるだけ無駄。そんなことへ思考のリソースを割くくらいなら、如何にここから撤退するかを考えた方が生存率は高い。
いつどこから飛来するか分からない光の恐怖に負け、飛行魔法を使って逃げ出そうとするなら、狙い撃ちされるのは至極当然の事。
ほら、今日もまた恐怖に負けた戦友が身体をグズグズにさせて地に墜ちた。
H-163は、また一人土へ還った戦友を一瞥しながら大きな瓦礫へ滑り込み背を預け深呼吸した。
凪いでいる自分の心と裏腹に、左肩の痛みとうるさいくらい激しく脈打つ胸を落ち着かせようと、瓦礫へ背を預け深呼吸をした。
――心臓がうるさい。ああ、まだ怖いって思ってしまった。心を殺せ……何も考えるな。
――突如、直感が警鐘を打ち鳴らした。
体重を預けていた瓦礫から背を浮かせ、すぐに動けるように足へ力を入れる。
間髪入れず、突然周囲へ黒い霧が立ち込め、重たく湿った空気と焦げ臭い嫌な匂いが鼻を突いた。
視界が暗転し、耳もきつくなる。湿った土の匂いが、喉奥に張りついた。
――敵の煙幕魔法だ。
これを使うという事は——敵が仕掛けて来る。
「はあああぁぁぁぁぁっ!!!」
巨大な質量が着弾したかのような衝撃が走り、地を震わせる。
すぐそばにいたはずの戦友の気配が、ふっと消えた。
この暗闇の霧の中では、敵からも自分の姿は視認できないはずだとH-163は全力でその場から後方へと跳躍し、煙幕魔法の範囲から脱する。
だがそれを読んでいたかのように、同じように黒霧の中から人影が飛び出してきていた。
「逃がすかあぁぁぁぁッ!!!」
――近距離特化のパワーアーム型デバイス……!
既に肉薄されたこの状況からの反撃は命を散らすだけに終わるだろう。
H-163は両腕を交差させ、パワードスーツの防御性能を両腕に集中させ、防御魔法の障壁を張り、後ろに勢いを流すように飛行魔法を発動させながら拳を受ける。
防御魔法の障壁をガラスでも割るかのように砕き、両腕の防御性能を容易く貫通し、重く巨大な質量の塊がH-163の腕を、骨を滅茶苦茶に砕き、その衝撃は内臓まで激しい損傷を与えた。
H-163の身体は暴風に煽られ飛ばされる凧のように宙を舞い、後方の防衛地点へグシャリと鈍い音を立てて落下した。
「おうおう、こんなところまで弾け飛んできやがった。……まぁ、身体が残っているだけマシか」
兵士が死体の片付けをしようと近寄り、ドッグタグを確認する。
「H-163……まだ10歳くらいの若い女の子だってのに、前線に出てるのか」
足はあらぬ方向へ折れ曲がり、両腕は骨がないようにぐにゃりとねじ曲がっていた。
一思いに焼却しようと杖型デバイスを向けるも、少女の身体がピクリと僅かに動いた。
「おお!?まだ生きてるのか!!」
兵士が治癒魔法を少女へとかけると、軟体動物のようにねじ曲がっていた手足が真っ直ぐに戻っていき、少女は自力で身体を起こした。
ナノマシンと治癒魔法により、粉々になった骨も、パワードスーツの袖の中で挽肉になっていた肉体も元通りになり、五体満足の状態に復活を遂げる。
「即死さえしなければ治療が間に合えば生き残れる……か。これは祝福なのか呪いなのか、分からんもんだな……。H-163、まだ出れるか?」
「……お任せ下さい、すぐに出撃可能です」
兵士より投げ渡された、魔素入りゼリードリンクを5秒で飲み干し、H-163は杖型デバイスを握り締め再び戦場へと舞い戻った。
また今日も生きて帰れるように……暗い空から降る汚い雪に願いを込めて……。
くすんだ白銀の髪を揺らし、最前線へと戻っていく少女の後ろ姿を眺めながら、兵士は独り言ちた。
「……人間やめてまで、守る価値のある未来があるのかねぇ」
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統一皇国歴6257年
救世の担い手は数年かけて準備を進めていた超絶魔法[源始の光]を発動、これにより残存していた人類の9割が消滅。運良く生き残った人類は源始の光発動により魔素が枯渇し、魔法化学に頼り切っていた生活を失い荒廃した大地を彷徨う事となった………………。
救いはありません。
というわけでプロローグでした。ニチアサ成分0%ですが次話よりハートフルなニッポンへと移動します
挿絵はひとまず今話題のChatGPT君に生成してもらいました。 今後絵師様(深淵の令嬢先生)に書いていただいた物に差し換えていくので平にご容赦下さい。(キャラ立ち絵等更新済み!)
それでは次回もお楽しみに~!