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9 バールヴィレッジ

バールヴィレッジは、ワールドマップで見るとこのゲーム最初の国――“エルセリス王国”の下あたりの位置している。


麦の生産地という設定らしく、街の外には広大な麦畑が広がっている。定番RPGらしい中世風の街並みで、かなり大きな街だ。


城門では2000Gを支払い、名前や用件などを軽く質問されただけで、特に問題なく街の中へ入ることができた。


バールヴィレッジに到着した俺は、まず最初に向かったのは転送ポイントの登録だ。転送ポイントへ向かう途中、相変わらず他のプレイヤーの姿は見えない。


だが、ゲームらしく様々な種族のNPCが行き交っている。


普通の人間の戦士タイプ、獣耳と尻尾だけが付いた二次元特有の獣人タイプ、魔法杖を持ったエルフ、ハンマーや盾を装備したドワーフなど、人族以外の種族は数こそ少ないが、そのバリエーションは意外と豊かだ。


他のゲームと同じく、この世界にも女性冒険者は多い。見たところ、全体の約3分の1は女性で、彼女たちの装備は――当然のように、肌の露出が多めだ。


短めのスカート、胸部や脚部を強調したデザイン。それらはこの世界では“普通”のようで、誰も気にする様子はない。周囲の人も、誰一人として違和感を覚えていないようだ。


……だが、俺にはどうしても目につく。ゲーム的な仕様だと分かっていても、現実に近いこの世界で見ると、妙に生々しい。男としては眼福だが、さすがにガン見すればセリーナに怪しまれる。


それでも――この世界、セレアグに本当に来たんだな。そう思うと、少しだけ胸が熱くなった。




ワールドマップによると、この街には転送ポイントが2つある。


ひとつは街の中心部にある広場の転送ポイント。これは問題なく登録できた。そのクリスタルの花は、俺以外には誰にも見えていないようで、転送機能は明らかに俺専用らしい。昼休みの時にセリーナにも確認してもらったが、彼女はメニューを開けないため、転送は使えないようだ。


ただし、この広場の転送ポイントは使いづらい。


周囲には人が多く、こんな場所で突然人が現れたら、間違いなく大騒ぎになる。


だから、もう一方の転送ポイントを使うしかない。だが、そちらはスラム街にある。女性ひとりで行くには危険な場所だ。


「セリーナ、身の安全のために、ここからは変装して行きますね。」


セリーナ:え?あ、はい。


人通りの少ない店の裏に入り、マイセットから一瞬で星月ドレス姿に着替える。


ストレージから簡易製作台を取り出し、製作メニューを開いて装飾コーナーを確認。今作れる仮面を探す。


パーティー用のハーフ仮面はなし。着ぐるみの頭もなし。ハロウィン用のかぼちゃ仮面もなし。残るは和風のもの。祭り用の戦隊、タコ、天狗もなし。般若もなし。どうやら、可愛らしいフルフェイスの白いキツネのお面しか選択肢がないようだ。


木材ひとつで作れる、さすがステータスなしの装飾用装備。必要素材は優しい。


5分ほど待って、キツネのお面が完成。メニュー画面からそれを装備する。視野にはまったく変化がなく、付けていることすら忘れそうなほど違和感がない。でも、自分の顔を触ってみると、ちゃんと装着されているのがわかる。


一応変装の仕上げとして、セリーナのアドバイスを受けながら髪型をアップヘアに変更。リアルでは短髪の俺にとっては初めての経験だ。ついてに今の姿をマイセットに登録、これで簡単に変装ができる。


こうして、キツネのお面を被った、ちょっと変わったお嬢さんが誕生した。


今のミントグリーンの髪色も染め直したいが……残念ながら、髪染めアイテムは課金アイテム。この街に長く滞在するつもりはないし、周囲の人たちも髪色はかなりカラフル。そのままでも問題なさそうだ。


ここではセリーナを知っている人も、そう多くはないはず。


武器のダガーを納刀状態で表示する設定に切り替えたあと、俺は堂々とスラム街に足を踏み入れた。


警戒しながら目的地の転送ポイントへ向かい、素早く登録を済ませる。


周囲を見渡すと、スラム街の住人たちがじっとこちらを見ていた。武器を持っているせいか、それともこの怪しい格好のせいか……誰も声をかけてこない。今後この転送ポイントを使うときも、なるべくこの姿で来よう。ここの視線は本当に危険だ。


「セリーナ、ワタシがいない時は、絶対にここに入らないでください。」


セリーナ:は、はい!もちろんです。ここ……怖いです。


目的を達成し、スラム街から市場へ戻る。


武器の納刀表示もオフに戻し、現在のゲーム内時間を確認する。もうすぐ午後5時半だ。


どうする?換金は明日にするか?


いや、ここの物価もまだよくわからないし、手元の30000Gだけでは心もとない。少なくとも10万Gは欲しいところだ。


「セリーナ、シャドウウルフの皮を換金するには、やっぱり冒険者ギルドですか?」


セリーナ:はい。素材系は専門の店より少し安いですが、

セリーナ:モンスターの素材ならほぼ何でも買い取ってくれます。

セリーナ:皮系なら、知り合いの店のほうが高く買い取ってくれるかもしれませんが……

セリーナ:でも、その店とは半年以上連絡がなくて、今も残ってるかどうか……

セリーナ:今行っても、もう営業時間外だと思います。

セリーナ:冒険者ギルドなら、夜は酒場としても営業しているので、遅い時間でも換金できます。


「そうですか。では、冒険者ギルドに行きましょう。換金のあとに狙われるのも怖いので、この姿のままで入ります。仮面をつけているので、誰もあなたとは気づかないはずです。」


セリーナ:わかりました。精霊さんにお任せします。


了承を得て、俺はキツネ仮面お嬢さんの姿のまま、マップに表示されているギルドマークへ向かった。


途中、たくさんの人がこちらを見ていたが……まあ、他のゲームでも変な装備をしていた時は他のプレイヤーに変な目で見てるから、こんな視線には慣れている。


顔も隠しているし。無視、無視。



冒険者ギルドの玄関をくぐると、目の前に広がるのはまさにオンラインゲームのメインロビーのような光景だった。


左にはクエスト掲示板、中央には受付カウンター、その奥には道具屋、武器屋、防具屋。一番右には併設された食堂があり、今は酒場として賑わっている。


店の規模は小さいが、まるでリアル世界のスーパーのように便利な構造だ。


玄関を入った瞬間、妙に静かだと感じた。


……と思いきや、中にいた人たちの半数以上が、俺――星月ドレス+キツネ仮面という怪しい姿の“お嬢さん”をじっと見ていた。


うん、やっぱりね。この格好じゃ、目立つのは当然か……。


「よ〜、お嬢さんよ。どうした?依頼でもしに来たのか?けっこういい体してるじゃねぇか〜!ヒュ〜!」


ジョン  Lv.10

トーム  Lv.9

ハリー  Lv.9


雑魚不良冒険者3人組が、俺の前に立ち塞がった。


アニメや小説でよく見る“王道の絡みイベント”が、まさか本当にあるとは……。それとも、これもこのゲームの仕込みか?


俺は何も返さずに黙っていた。


すると、不良Aの手が明らかに俺――セリーナの胸部装甲に向かって伸びてきた。


これはシステム上“攻撃”と判定される。


ステータス差もあり、俺の視界はモンスター戦と同じように、彼の動きが遅くに見えた。その動きを見切り、俺は素早く避けて、受付カウンターの前へと移動する。


攻撃判定が消え、スローモーションが解除されると、仮面のお嬢さんが突然消えたことに不良3人組は驚き、周囲を見回して俺を探し始めた。当然のように、彼らは何事もなかったかのように、またこちらへ近づいてくる。


ここで騒ぎを起こすと、換金に影響が出るかもしれない。俺はカウンターにいた茶髪の美人受付嬢に声をかけた。


「失礼します、受付さん。あの方々について、どう対応すればよろしいでしょうか?」

「はぁ〜、どうぞ。殴ってください。」


予想外の返答に一瞬固まったが、俺が動く前に、周囲の冒険者たちがすでに口を出していた。


「おいおいおい、バカかお前ら。どう見ても、お前らじゃあのお嬢さんに敵うわけねぇだろ。」

「そうだそうだ。彼女が手を出す前に逃げたほうがいいぞ。ははっ!」


酒場にいた冒険者たちに笑い者にされた不良3人組は、舌打ちしながらギルドを後にした。


俺は一応、助けてくれた冒険者たちに礼を言う。


「皆さん、お助けいただきありがとうございます。」

「いいってことよ。今度またあいつらに絡まれたら、遠慮なく殴っていいぞ。あいつらは常連の迷惑野郎だからな。」

「そうそう。女がギルドに入るたびに絡んでくるから、俺たちの紳士イメージが台無しなんだよ。ハハハッ!」

「わかりました。では、もしまた絡まれたら、遠慮なく殴ります。」

「いいぜ!待ってるぞ!ハハハッ!」



よし、時間が惜しい。換金、換金!


周囲の冒険者たちを気にせず、俺は受付嬢にまっすぐ話しかけた。


「受付さん、素材を売りたいんですが、大丈夫でしょうか?」

「ええ、もちろんです。何を売られますか?」

「はい、こちらです。」


俺はカバンに手を入れ、ストレージからシャドウウルフの皮を1枚取り出して、受付嬢に見せた。


「これは……シャドウウルフの皮ですね?」

「はい、そうです。」

「ギルドカードはお持ちですか?」

「いえ、まだ持っていません。ついでに登録もできますか?」

「はい、担当者がまだおりますので、大丈夫ですよ。では、先に検品させていただきますね。」


受付嬢は皮を受け取り、手元で少し広げて見た。その瞬間、彼女の表情がわずかに変わった。驚きとも、困惑とも取れるような微妙な反応。


「……これは、あなたが狩ったものですか?」

「はい、そうです。」

「……処理が、あまりにも綺麗で……。少々お待ちください、確認いたしますね。」


そう言って、受付嬢は皮を持ったまま裏へと消えていった。


15分ほど待った後、茶髪でモブ顔の男性職員と一緒に戻ってきた。その男性職員が皮を手に、カウンター越しに俺へ話しかけてきた。


「えっと……お嬢様。この皮はあなたのものですか?」

「はい、そうです。」

「なるほど。処理が非常に良く、まるで洗ったように綺麗ですね。傷も一切ありません。26000Gでの買い取りでいかがでしょうか?」


仮面の下の俺の顔は、絶対ニヤニヤしている。やっぱり!これが適正価格ってやつだ。


セリーナも驚いているはず。あの奴隷商人が言っていた価格の、ほぼ倍だもんな。


「ええ、そのお値段で大丈夫です。」

「では……」

「すみません、まだありますが、買い取りしていただけますか?」

「もちろんです。何枚くらいございますか?」

「結構ありますが、ここで出すのはちょっと……」

「……では、こちらへどうぞ。」


俺はギルドの裏へ案内された。


そこは応接室のような空間で、高級そうなソファが並んでいる。さっきの男性職員はソファに腰掛け、俺は向かいの席に座った。もちろん、女性らしく足はきちんと閉じて座る。中身は男でも、今はアリス。こんな凡ミスで正体を怪しまれるわけにはいかない。


ミニマップを見ると、彼のアイコンは白のまま。少なくとも中立で、敵ではない。


「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、アリスと申します。」

「私はフレディ(Lv.11)です。ここは安全ですので、ご安心ください。では、素材をこちらへ。」

「かしこまりました。」


……なんだろう、この感じ。


電車の中で痴漢冤罪にされて、職員に別室へ連れて行かれるような……そんな妙な緊張感。


俺は今、星月ドレスにキツネ仮面という怪しい格好。不審者に見られても仕方ない。だ、大丈夫だ。俺は犯罪者じゃないし、顔を見たいならこの職員に見せても構わない。


平常心、平常心……!


この量の素材を、こんな小さなカバンから出すのは絶対に怪しまれる。


でも、金のためだ。仕方ない。


俺は明らかに容量オーバーな量のシャドウウルフの皮、レーザーウルフの皮、そしてハチミツを1個だけストレージに残して、残りをすべて取り出した。


「………。」

「…………。」

「………。」


沈黙が続く。


職員の視線が素材と俺を交互に行き来している。


「あの……一応、こちらが全部です。」

「……あ、はい。少々お待ちください。」


彼は素材を軽くチェックしただけで、再び俺に話しかけてきた。


「どれも完璧な品ですね。こちらも高く買い取らせていただきます。」

「それは良かったです。」

「ウルフを狩ったのであれば、牙や爪もお持ちでは?」

「はい、あります。」

「そちらも売却されますか?」

「牙と爪は用途があるので、今日は皮だけでお願いします。」

「なるほど。では、少々お待ちください。」


彼は素材をひとつずつ確認しながら、説明を始めた。


「シャドウウルフは夜行性の強いモンスターで、夜に森へ入る者も少ないため、皮はもともと入手困難なレア素材です。それが、こんな完璧な状態で剥ぎ取られているとは……驚きました。先ほどと同じく、1枚26000Gで買い取らせていただきます。8枚で合計208000Gです。」


おい~!


セリーナ:「お、おぉ〜!?すごい!」


「レーザーウルフの皮も、同様に傷ひとつない完璧な状態です。こちらは1枚8000Gで、12枚で合計96000Gになります。」


おお〜っ!


セリーナ:「えぇ!?えぇ!?えぇ!?……え、えへへ、なんかすごいことになってる……!」


俺の心の中では、歓喜の鐘が鳴り響いていた。


いいぞ、もっとだ!もっと来い!!この調子なら、目標の10万Gどころか、20万G超えも夢じゃない!



「最後はハチミツですが……これは、どこで採られたものですか?」

「産地は必須ですか?」

「いいえ。ただ、こんな澄んだ色に、香り高くて濃厚な甘み。雑味もなく、瓶も透明で綺麗。見たことがない品質なので、仕入れ先が少し気になりまして。……まあ、“盗品”でなければ、答えなくても大丈夫です。」


……なるほど。盗品の疑いか。


セリーナ:そのまま答えてもいいですよ、精霊さん。

セリーナ:ナイジェリアの森でキラービーの蜜が採れることは、誰でも知ってます。

セリーナ:ただ、危険なだけです。


俺は軽く頷いて、セリーナに感謝する。


そうだよな、初期の森だし、別に隠す必要もない。


「ご安心ください。それはナイジェリアの森にいるキラービーの蜜です。ただ、採り方が少し特殊なだけで。盗品をギルドに堂々と売るようなバカはいないと思います。」

「採り方が少し特殊…か。」

「……それと、このガラス瓶には“回収の魔法”が付与されているらしくて、中身が空になると、瓶は制作者の元に戻るらしいです。自分もまだ瓶が消える瞬間を見たことはないので、本当かどうかは分かりませんが……一応、伝えておきます。」

「回収魔法……聞いたことないなぁ。確かに、盗品を堂々とギルドに持ち込む人はいないよね。疑ってしまってすみません、職業病なので……どうかご容赦ください。」

「いえ、大丈夫です。私は犯罪者でも、指名手配でもありません。顔を隠しているのは……ただ、家の人に“冒険者の真似事”をしているのを知られたくないだけです。」

「そうですか。ギルドは基本、冒険者のプライベートには干渉しませんので、ご安心ください。」


フレディさんは微笑んて、話を続けた。


「では、話を戻しますね。このハチミツは極めて高品質です。1瓶9000Gでいかがでしょうか?キラービーの蜜としては、ほぼ最高額です。12瓶で、合計108000Gになります。」

「はい、大丈夫です。」

「ありがとうございます。これで合計は……412000Gですね。金額の準備をしますので、その間に冒険者登録の手続きを進めてもよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします。」

「では、地下訓練場へご案内いたします。」


セリーナ:よ、よんじゅういちまん……?!そんなにもらえるんですか?!

セリーナ:うそ……これは、きっと夢だわ……!

セリーナ:ぜったい、ぜっっ~たい~!起きないでください!私っ!!


セリーナが壊れた。まあ、当然だろう。これで残りの返済金額は、たぶん足りる。……ただ、あの謎の利子がまだ残っている。


ログインボーナスや周年プレゼントだけで、結構な金額がもらえたのに。普通に金を取り出せるなら、こんな面倒なことをしなくても済んだよ……とほほ。


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