34 友人は女王様?
魔法使いの姿をしたセリーナは白いローブを羽織り、〈エルフのランタン〉を〈絶対零度のロッド〉に掛け、妖精騎士と共に夜の翠夢の森の中心部――妖精の国へと向かった。
ロッドに掛けたランタンの淡い緑光は妖精を視認するための特別な光であり、夜道を照らすには心許ない。だからこそ、セリーナは光魔法を併用していた。頭上に先ほど発動させた小さな光の玉を浮かべ、足元を明るく照らしながら森の深部へと進む。
ランタンの緑光が周囲を映し出すたび、彼女は驚きに息を呑んだ。
村人たちが「何もない不気味な森」と呼んでいた翠夢の森だったが、ランタンの光はその隠された真実を露わにしていた。地面には星のように輝く花々が咲き誇り、見たこともない色鮮やかな果実が木々に実り、森全体が生き生きと脈動している。
中心部に近づくにつれ、妖精の数も増え、セリーナの周囲を無数に舞い始めた。
『これ、美味しいよ。あげる。助けてくれて、ありがとう!』
「あ、いいえ……ありがとうございます」
梨に似た瑞々しい果実を小さな妖精から受け取り、隣を飛ぶ妖精騎士に視線を送ると、彼女は誇らしげに頷いた。セリーナが一口かじると、豊かな甘みと瑞々しい果汁が口いっぱいに広がっていく。
(これ、すごく美味しい!ケーキとは違うけど、甘くて幸せな味……!)
『恩人殿、まもなく中心部に至ります。ここにも強力な結界が張られておりますので、決して我から離れぬよう』
「はい、わかりました」
妖精騎士の後ろを慎重についていくと、円形に開けた空き地へと出た。頭上の光玉で照らしても、そこにはただの空き地が広がるだけだ。
(この場所……前に一度来たことがあるわ。確かに、何もないはずだったのに……)
一歩踏み出した瞬間、幻想的な霧が彼女の視界を包み込んだ。そして霧が晴れた先、セリーナの目に映ったのは――超巨木だった。
幹は人の両腕ではとても抱えきれぬほど太く、根元は地面からわずかに浮いている。網のように絡み合った巨大な根が宙に広がり、枝と枝の間には光の回廊が浮遊していた。
巨木の下には淡い緑光が揺らめいている。それは風でも炎でもない、純粋な魔力そのものの輝きだった。セリーナは思わず足を止め、口を開ぐ。
「……浮いてる。ここが、妖精の国……?」
ランタンの光が届くと、巨木の姿がさらに一変した。幹の表面には美しい花びらの装飾が自然に形作られ、枝の間には小さな尖塔が芽吹くように伸びている。屋根は重なり合う花弁で構成され、舞い散る光の粒が回廊の形を鮮やかに浮かび上がらせていた。
人間の城のような建造物ではなく、巨木そのものが城であり、森と完全に調和した王国。夢の中でしか思い描けないような幻想が、いま現実に眼前へ広がっていた。
『恩人殿、しばしお待ちを。女王陛下にお取次ぎいたします』
「あ、うん」
この国は手のひらサイズの妖精たちにとっては広大な世界だが、人間であるセリーナにとってはまるで繊細なミニチュアの世界だ。自分がまるで巨人のように思え、彼女は身を縮めて慎重に足を運んだ。
好奇心に満ちた妖精たちが、ぞくぞくと彼女の周囲に集まってくる。
『人間だ!珍しい!』
『恩人様だ!』
あまりの数に押しつぶされそうになり困惑していると、甲冑を纏った騎士姿の小隊が駆けつけ、セリーナを護衛するように囲んだ。
『下がれ!この御方は女王陛下の御貴賓であるぞ!』
妖精たちは慌てて距離を取り、セリーナは苦笑いを浮かべた。やがて先ほどの妖精騎士が戻り、恭しく告げる。
『恩人殿、お待たせいたしました。城の前へご案内いたします。どうぞ我に続いてください』
「はい、わかりました」
セリーナは騎士の先導で、巨木の正面へと進んだ。幹の小さなバルコニーに魔法の白光が集まり、周囲の騎士たちは一斉に翼を畳んで空中で静止する。
『――女王陛下、御来臨であらせられる!』
その声とともに、妖精の女王が姿を現した。風が止み、森全体が息をひそめる。セリーナはあまりの威厳と気配に、思わず膝をつきそうになった。
『面を上げよ』
「あ、ありがとうございます……!」
現れた女王は、他の妖精と同じく手のひらサイズの美しき女性だった。しかし、その圧倒的な存在感は一線を画している。流れるような長い銀髪には繊細な花や葉の髪飾りが編み込まれ、朝露のように透き通る布と花弁で織られたドレスを纏っていた。虹色に輝く四枚の翼を優雅にはためかせ、小さな杖を手にしたその姿は、静けさの中に威厳を宿している。
『人の子よ、よくぞ妾の国へ参った。そして我が民を数多く救い、宿敵フェアリーイーターを討ち果たした功、まこと感謝いたす』
「も、もったいないお言葉です! じ、自分はただ、フェアリーイーターの体内にある無垢晶を採りたかっただけで……」
女王はバルコニーからふわりと舞い降り、セリーナの目の前で静止した。
『よい。理由が何であれ、そなたがフェアリーイーターの腹を裂き、囚われた我が民を救った事実に変わりはない。そなたは既に妾の国の友人である。堅苦しくせずともよい、座るがよい』
「ありがとうございます……!」
人間用の椅子などあるはずもなく、城内にも入れないため、セリーナは草地にそっと腰を下ろした。
『妾の名はティル=エルナ。人の子よ、名を申せ』
「はい! セリーナと申します!」
『セリーナよ、此度多くの妖精を救い、この森のフェアリーイーターを数多く討ち果たした功、妾は深く感謝する。礼をしたい。何か望みはあるか?』
「え?! いえ、欲しいものは……えっと……」
『ふふ……よい。すぐに答える必要はない。そなたは既に妾の友人。まずは祝福を授けよう』
女王がセリーナの額に小さな指先で触れると、淡い光がセリーナの瞳に宿った。
それまで巨木の城は光玉とランタンの光で照らされているだけだった。しかし祝福を受けた瞬間、セリーナの視界は色鮮やかに一変する。
幹から枝へ、枝から葉へ、脈動する魔法の光線が走り、色とりどりの輝きが世界を満たした。赤は炎のように揺らめき、青は水面のように波打ち、緑は草原の風のように舞う。妖精たちが飛ぶたびに残光が美しい光の線を描き出し、夜空を彩る大輪の花火のようだった。
暗かったはずの森が、いまや最高峰の祝祭の場と化している。巨木の城は虹色の魔力に包まれ、国全体がセリーナを歓迎しているかのようだった。
セリーナは息を呑み、胸の奥で理解した。
「……これが、魔力の光? 世界が、まるで違って見える……」
『それはマナの残滓。そなたらが魔力と呼ぶものの根源よ。――ようこそ、セリーナ。妾の祝福を受けた今、ランタンがなくとも、この森の結界の内であれば妖精を見、触れることができる』
試しにロッドのランタンを消してみると、妖精たちの姿は変わらずはっきりと見えていた。
「うわぁ……綺麗な国……! あ! ありがとうございます、女王様!」
セリーナは慌てて深く頭を下げた。
『よい。国を褒められれば、妾も心地よいからの。……さて、騎士より報告を受けた。セリーナ、そなたが集めたティンクルドロップを、戦いの最中に我が民が食してしまったそうだな。妾より彼女らに代わり、謝罪を述べよう』
女王は小さく頭を下げた。
「いいえ! いいえ! 大丈夫です、はい!」
『ふふ……まことに、セリーナはそなたの魔力の色と同じく、優しき心を持つ者よな』
「あ~ははっ……。えっと、女王様、実は先ほど倒したフェアリーイーターから、新たに蜜を集めました」
セリーナはカバンから、一晩で人が飲み干すほどの大きさがある大きなガラス瓶を取り出し、女王に見せた。
『セリーナ……まさか、この瓶の中身はすべて蜜か?』
「はい。人間界ではただの珍しい蜜としか扱われないと思いますので、女王様にお渡しした方が良いと思いました」
『そうか……そなたの心遣いに感謝する。同等の価値を持つ相応の品と交換しよう』
「ありがとうございます!」
セリーナは心の中で小さくガッツポーズをした。瓶を受け取った騎士たちが、大切そうに城の中へと運んでいく。
女王はひとつ咳払いをし、真面目な声で切り出した。
『コホン……ではセリーナよ。そなたは“花びら”を持っているな?』
「はい、ここにあります」
セリーナはカバンから十九枚の花びらを取り出した。草地に直に置くのは憚られたため、自分の太ももの上に丁寧に並べる。
『ふむ……あら、セリーナ。この花びらに回復魔法を施したのか?』
「え?! は、はい! ごめんなさい! 女王様が花びらを蘇生できると聞いて……でも女王様に会えるとは思えなかったので、練習として試しに回復魔法を掛けてしまいました。もしかして、大変なことをしてしまいましたでしょうか……」
『ほう……。正しくは、妾は花びらを蘇生するのではなく、新たな妖精へと生まれ変わらせるのだ。どこでその噂を聞いたかはさておき、大事はない。この花びらたちは問題なく生まれ変わる。ただ、そなたの魔力が色濃く残っておるゆえ、生まれ出づる者はそなたに深く懐くだろうな』
「そうですか……は、ははっ」
『では、転生の儀を始めよう』
女王が小さな杖を掲げると、セリーナの太ももに並べられた花びらがふわっと宙に浮かび上がり、その下へ緑色の魔法陣が広がった。
――その時、セリーナの体に異変が起きた。
頭上に維持していた照明用の光玉がふっと消え、月光の下でセリーナの雰囲気がガラリと変わる。
「……ん? ここは……どこだ?」
プロンプトおよび「……ん? ここは……どこだ?」以降の地の文をナレーション風(三人称視点)へ変更する旨、承知いたしました!
『セレーナ(俺)』や『俺(悠希)』といった一人称の地の文描写を排し、全体として洗練された物語として読めるナレーション風の地の文で整理・ブラッシュアップした第34話の決定版をお届けいたします。
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### 第34話:祝福と虹色の転生
魔法使いの姿をしたセリーナは白いローブを羽織り、<エルフのランタン>を<絶対零度のロッド>に掛け、妖精騎士と共に夜の翠夢の森の中心部――妖精の国へと向かった。
ロッドに掛けたランタンの淡い緑光は妖精を視認するための特別な光であり、夜道を照らすには心許ない。だからこそ、セリーナは光魔法を併用していた。頭上に先ほど発動させた小さな光の玉を浮かべ、足元を明るく照らしながら森の深部へと進む。
ランタンの緑光が周囲を映し出すたび、彼女は驚きに息を呑んだ。
村人たちが「何もない不気味な森」と呼んでいた翠夢の森だったが、ランタンの光はその隠された真実を露わにしていた。地面には星のように輝く花々が咲き誇り、見たこともない色鮮やかな果実が木々に実り、森全体が生き生きと脈動している。
中心部に近づくにつれ、妖精の数も増え、セリーナの周囲を無数に舞い始めた。
『これ、美味しいよ。あげる。助けてくれて、ありがとう!』
「あ、いいえ……ありがとうございます」
梨に似た瑞々しい果実を小さな妖精から受け取り、隣を飛ぶ妖精騎士に視線を送ると、彼女は誇らしげに頷いた。セリーナが一口かじると、豊かな甘みと瑞々しい果汁が口いっぱいに広がっていく。
(これ、すごく美味しい!ケーキとは違うけど、甘くて幸せな味……!)
『恩人殿、まもなく中心部に至ります。ここにも強力な結界が張られておりますので、決して我から離れぬよう』
「はい、わかりました」
妖精騎士の後ろを慎重についていくと、円形に開けた空き地へと出た。頭上の光玉で照らしても、そこにはただの空き地が広がるだけだ。
(この場所……前に一度来たことがあるわ。確かに、何もないはずだったのに……)
一歩踏み出した瞬間、幻想的な霧が彼女の視界を包み込んだ。そして霧が晴れた先、セリーナの目に映ったのは――超巨木だった。
幹は人の両腕ではとても抱えきれぬほど太く、根元は地面からわずかに浮いている。網のように絡み合った巨大な根が宙に広がり、枝と枝の間には光の回廊が浮遊していた。
巨木の下には淡い緑光が揺らめいている。それは風でも炎でもない、純粋な魔力そのものの輝きだった。セリーナは思わず足を止め、口を開ぐ。
「……浮いてる。ここが、妖精の国……?」
ランタンの光が届くと、巨木の姿がさらに一変した。幹の表面には美しい花びらの装飾が自然に形作られ、枝の間には小さな尖塔が芽吹くように伸びている。屋根は重なり合う花弁で構成され、舞い散る光の粒が回廊の形を鮮やかに浮かび上がらせていた。
人間の城のような建造物ではなく、巨木そのものが城であり、森と完全に調和した王国。夢の中でしか思い描けないような幻想が、いま現実に眼前へ広がっていた。
『恩人殿、しばしお待ちを。女王陛下にお取次ぎいたします』
「あ、うん」
この国は手のひらサイズの妖精たちにとっては広大な世界だが、人間であるセリーナにとってはまるで繊細なミニチュアの世界だ。自分がまるで巨人のように思え、彼女は身を縮めて慎重に足を運んだ。
好奇心に満ちた妖精たちが、ぞくぞくと彼女の周囲に集まってくる。
『人間だ!珍しい!』
『恩人様だ!』
あまりの数に押しつぶされそうになり困惑していると、甲冑を纏った騎士姿の小隊が駆けつけ、セリーナを護衛するように囲んだ。
『下がれ!この御方は女王陛下の御貴賓であるぞ!』
妖精たちは慌てて距離を取り、セリーナは苦笑いを浮かべた。やがて先ほどの妖精騎士が戻り、恭しく告げる。
『恩人殿、お待たせいたしました。城の前へご案内いたします。どうぞ我に続いてください』
「はい、わかりました」
セリーナは騎士の先導で、巨木の正面へと進んだ。幹の小さなバルコニーに魔法の白光が集まり、周囲の騎士たちは一斉に翼を畳んで空中で静止する。
『――女王陛下、御来臨であらせられる!』
その声とともに、妖精の女王ティル=エルナが姿を現した。風が止み、森全体が息をひそめる。セリーナはあまりの威厳と気配に、思わず膝をつきそうになった。
『面を上げよ』
「あ、ありがとうございます……!」
現れた女王は、他の妖精と同じく手のひらサイズの美しき大人の女性だった。しかし、その圧倒的な存在感は一線を画している。流れるような長い銀髪には繊細な花や葉の髪飾りが編み込まれ、朝露のように透き通る布と花弁で織られたドレスを纏っていた。虹色に輝く四枚の翼を優雅にはためかせ、小さな杖を手にしたその姿は、静けさの中に威厳を宿している。
『人の子よ、よくぞ妾の国へ参った。そして我が民を数多く救い、宿敵フェアリーイーターを討ち果した功、まこと感謝いたす』
「も、もったいないお言葉です! じ、自分はただ、フェアリーイーターの体内にある無垢晶を採りたかっただけで……」
女王はバルコニーからふわりと舞い降り、セリーナの目の前で静止した。
『よい。理由が何であれ、そなたが腹を裂き、囚われた我が民を救った事実に変わりはない。そなたは既に妾の国の友人である。堅苦しくせずともよい、座るがよい』
「ありがとうございます……!」
人間用の椅子などあるはずもなく、城内にも入れないため、セリーナは草地にそっと腰を下ろした。
『妾の名はティル=エルナ。人の子よ、名を申せ』
「はい! セリーナと申します!」
『セリーナよ、此度多くの妖精を救い、この森のフェアリーイーターを数多く討ち果した功、妾は深く感謝する。礼をしたい。何か望みはあるか?』
「え?! いえ、欲しいものは……えっと……」
『ふふ……よい。すぐに答える必要はない。そなたは既に妾の友人。まずは祝福を授けよう』
女王がセリーナの額に小さな指先で触れると、淡い光がセリーナの瞳に宿った。
それまで巨木の城は光玉とランタンの光で照らされているだけだった。しかし祝福を受けた瞬間、セリーナの視界は色鮮やかに一変する。
幹から枝へ、枝から葉へ、脈動する魔法の光線が走り、色とりどりの輝きが世界を満たした。赤は炎のように揺らめき、青は水面のように波打ち、緑は草原の風のように舞う。妖精たちが飛ぶたびに残光が美しい光の線を描き出し、夜空を彩る大輪の花火のようだった。
暗かったはずの森が、いまや最高峰の祝祭の場と化している。巨木の城は虹色の魔力に包まれ、国全体がセリーナを歓迎しているかのようだった。
セリーナは息を呑み、胸の奥で理解した。
「……これが、魔力の光? 世界が、まるで違って見える……」
『それはマナの残滓。そなたらが魔力と呼ぶものの根源よ。――ようこそ、セリーナ。妾の祝福を受けた今、ランタンがなくとも、この森の結界の内であれば妖精を見、触れることができる』
試しにロッドのランタンを消してみると、妖精たちの姿は変わらずはっきりと見えていた。
「うわぁ……綺麗な国……! あ! ありがとうございます、女王様!」
セリーナは慌てて深く頭を下げた。
『よい。国を褒められれば、妾も心地よいからの。……さて、騎士より報告を受けた。セリーナ、そなたが集めたティンクルドロップを、戦いの最中に我が民が食してしまったそうだな。妾より彼女らに代わり、謝罪を述べよう』
女王は小さく頭を下げた。
「いいえ! いいえ! 大丈夫です、はい!」
『ふふ……まことに、セリーナはそなたの魔力の色と同じく、優しき心を持つ者よな』
「あ~ははっ……。えっと、女王様、実は先ほど倒したフェアリーイーターから、新たに蜜を集めました」
セリーナはカバンから、一晩で人が飲み干すほどの大きさがある大きなガラス瓶を取り出し、女王に見せた。
『セリーナ……まさか、この瓶の中身はすべて蜜か?』
「はい。人間界ではただの珍しい蜜としか扱われないと思いますので、女王様にお渡しした方が良いと思いました」
『そうか……そなたの心遣いに感謝する。同等の価値を持つ相応の品と交換しよう』
「ありがとうございます!」
セリーナは心の中で小さくガッツポーズをした。瓶を受け取った騎士たちが、大切そうに城の中へと運んでいく。
女王はひとつ咳払いをし、真面目な声で切り出した。
『コホン……ではセリーナよ。そなたは“花びら”を持っているな?』
「はい、ここにあります」
セリーナはカバンから十九枚の花びらを取り出した。草地に直に置くのは憚られたため、自分の太ももの上に丁寧に並べる。
『ふむ……あら、セリーナ。この花びらに回復魔法を施したのか?』
「え?! は、はい! ごめんなさい! 女王様が花びらを蘇生できると聞いて……でも女王様に会えるとは思えなかったので、練習として試しに回復魔法を掛けてしまいました。もしかして、大変なことをしてしまいましたでしょうか……」
『ほう……。正しくは、妾は花びらを蘇生するのではなく、新たな妖精へと生まれ変わらせるのだ。どこでその噂を聞いたかはさておき、大事はない。この花びらたちは問題なく生まれ変わる。ただ、そなたの魔力が色濃く残っておるゆえ、生まれ出づる者はそなたに深く懐くだろうな』
「そうですか……は、ははっ」
『では、転生の儀を始めよう』
女王が小さな杖を掲げると、セリーナの太ももに並べられた花びらがふわっと宙に浮かび上がり、その下へ緑色の魔法陣が広がった。
――その時、セリーナの身体に異変が起きた。
頭上に維持していた照明用の光玉がふっと消え、月光の下で彼女の雰囲気がガラリと変わる。
「……ん? ここは……どこだ?」
女王は即座にその異変に気づき、すぐさま魔法を中断して花びらをセリーナの太ももへ戻す。
『セリーナ……?』
セリーナの身体を借りた悠希は、驚いたように周囲を見回した。
「こんばんは、セリーナ。あ……えっと、ここは……妖精の国?」
彼女はまるで人が変わったように、自分が自分に話しかけている。
「じょ?! あ! も、申し訳ございません、妖精の女王様!」
そんなセリーナは慌てて女王に頭を下げた。
『よい……なるほど。そなたは……あのお方が選んだ者。未来の導き手か』
女王は深く納得したように頷いた。
「そんな大したものではございません、女王様。自分はただ、別の世界から来た精霊のような存在でございます。」
『はは……そうか。どうりでセリーナが花びらの転生を知っていたわけだ』
「知識が先走ってしまい、申し訳ございません。」
『よい。では異界の精霊殿、暫し元の世界へ戻れるか? 妾はもう少し、セリーナと話をしたいのだ』
「かしこまりました。では、セリーナ……ワタシはしばらく離れます。ワタシの友人が来るかもしれません。その時は落ち着いて……うん、では後ほど。」
セリーナの雰囲気が元へと戻った。
「女王様、大変失礼いたしました……!」
『気にせずともよい。面白きものを見せてもらった。では儀式の続きを行おう』
「は、はい! どうぞ!」
女王が再び杖をかざすと、十九枚の花びらは宙に浮き上がり、鮮やかな緑の魔法陣に包まれて輝き始めた。
本来ならば、一枚の花びらから一体の小さな妖精が生まれるはずであった。しかし、今回は違っていた。花びらたちは互いに引き寄せられるように渦を巻き、重なり合い、ひとつの大輪の虹色に輝く光の花びらへと凝縮されていく。
『……なんと……!』
女王ですら思わず驚きの声を漏らした。
虹色の光は次第に小さな人型へと形を変え、十九枚分もの強大なマナを宿した一人の妖精が姿を現した。その輝きは夜空に咲く大輪の花のように強く、どこまでも美しかった。
その顔立ちは若い頃の女王にどこか似ている。いや、似ているだけではない。微笑みの柔らかさ、瞳に宿る虹色の輝き、纏う気高き気配までもが女王を映し出していた。
長い銀髪に純白のドレスを纏った妖精は、セリーナの太ももへとそっと降り立ち、すぐさま女王に向かって優雅に挨拶をした。
『……はじめまして、お母様。どうか、わたくしにお名前を授けてくださいませ』
新生の妖精姫は、あまりにも品良く丁寧に問いかけた。女王は愛おしそうに夜空を見上げて小さく呟く。
『……そっか……』
『お母様?』
女王は静かに告げた。
『そなたは妾の大切な娘、妖精の国の姫。名は――ティル=サクラリア』
『お名前をいただき、ありがとうございます!』
その瞬間、夜の空気が大きく震えた。
上空から祝福のように、マナで練り上げられた無数の桜の花びらが舞い降り、光を帯びて降り注ぐ。妖精姫の長い銀髪は淡い桜色へと染まり、舞い散る花びらがドレスに触れると桜色の風となって裾を染めていった。
春の風が夜の森に咲いたかのように、光を纏った妖精姫――ティル=サクラリアは、一層の輝きを放ちながらそこに佇んでいた。
周囲の妖精たちはあまりの出来事に絶句していた。誰も姫の誕生など予想していなかったのだ。しかし騎士以外の妖精たちはすぐに気まぐれな祭り気分へと切り替わり、空中を跳び回りながら魔法で綺麗な桜模様を描き始める。
サクラリアはセリーナの方へと向き直り、虹色の瞳をキラキラと輝かせた。
『貴方様こそ、ずっとわたくしに回復魔法をかけてくださった方ですね?』
「は、はい! セリーナと申します!」
『セリーナ!』
姫はセリーナの頬に嬉しそうに頬へ寄り添った。
「えっと……姫様?」
『サクラリアとお呼びくださいませ!』
セリーナは困り果てて女王へ視線を送るが、女王は満足そうに微笑み、静かに頷くだけだった。
「サクラリア……様」
『様など不要ですわ! ふふっ……すりすり』
妖精姫は好奇心全開で、セリーナの頬にすりすりと顔を寄せてくる。セリーナは一瞬(妖精ってこんなに自由なの?!)と思ったが、すぐに納得した。女王と騎士以外の妖精は、全員が奔放で好奇心の塊なのだ。だからこそ勝手に拠点へ押し寄せ、フェアリーイーターを引き寄せてしまい、戦闘にも参加せず蜜を食べ尽くすような真似をするのだから。
『セリーナよ、妾にそなたのことを教えて構わないか?』
女王はただ微笑み、娘の甘えるような行動を止める気はなかった。セリーナも腹を括り、姫が満足するまで頬をすりすりされながら、自分の身の上を少しだけ語った。
数分後、甘え疲れた妖精姫はセリーナの頭の上で可愛らしくうとうとし始めた。騒いでいた周囲の妖精たちもいつの間にかマイペースに家へと戻り、賑やかだった喧騒は静かに消えていく。
(……ホントに気まぐれなんだから)
あくびが伝染し、セリーナも我慢できずに小さなあくびを零した。
「ふぁ〜〜……申し訳ございません、女王様」
『気にせぬ。眠る刻はとうに過ぎておる。そなたも激しい戦いを乗り越えたのだ、疲れも深かろう。礼は用意してあるゆえ、明日またここへ参れ』
その瞬間、まるでタイミングを合わせたかのように、セリーナの雰囲気が再び変わった。
「こんばんは、セリーナ。あ……えっと、女王様、もしかしてお話はまだ続いておりますでしょうか?」
『異界の精霊殿か……よい、話はすでに終えた。そなたの頭上には妾の娘が眠っておる。そのままでよい。セリーナも休む刻だ。あとで彼女を家まで送り届けてくれ。娘への礼はこちらで用意する。明日、再び参れ』
「かしこまりました。……あ〜セリーナ、いいですよ、無理しなくて。ワタシは恐らく明日の午後にまた来られるので、その時に話しましょう。……話すことは沢山あるでしょう? 今は休んで。……はい、おやすみなさい。」
セリーナ本来の意識が穏やかに眠りにつき、今のセリーナ——異界の精霊は女王様に話しかけた。
「女王様、セリーナはお眠りになりました。では自分もそろそろ……」
『待て。少し時をくれるか?』
「もちろん、喜んで。」
女王は周囲に待機していた妖精騎士たちに視線を送り、静かに命じた。
『そなたらは休むがよい。妾は異界の精霊殿と、少し語らいたい』
『かしこまりました』
騎士たちは整列を解き、巨木の城へと戻っていった。周囲の妖精たちも寝静まり、マナの光も収まって、月光の下で妖精の国は美しい静寂に包まれた。
「……女王様、自分に何かご用でしょうか?」
『そうだな。そなたとセリーナのことを、少し聞かせてもらいたい』
「承知しました……その前に、女王様へ急ぎご相談したいことがございます。よろしいでしょうか。」
『よかろう。語るがよい』
「ありがとうございます。」




