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34 友人は女王様?

魔法使いの姿のセリーナは白いローブを羽織り、エルフのランタンを絶対零度のロッドに掛け、妖精騎士と共に夜の翠夢の森の中心部――妖精の国へと向かった。


ロッドに掛けたエルフのランタンは妖精を見えるようにするための特別な光であり、道を照らすには心許ない。だからこそ、彼女は光魔法を併用したのだ。セリーナは頭上に先ほど使った光魔法で小さな光の玉を浮かべ、周囲を照らしながら歩いた。


ランタンの淡い緑光が道を照らすと、彼女は驚きに息を呑んだ。


翠夢の森は「何もない」と言われていたが、ランタンの光が隠されたものを顕わにした。地面には星のように輝く花々、木々には見たこともない果実が実り、森全体が生き生きと脈動していた。


中心部に近づくにつれ、妖精の数も増え、セリーナの周囲を舞い始める。


『これ、美味しいよ。あける。助けてくれて、ありがとう!』

「あ、いいえ……ありがとうございます。」


梨のような果実を知らない妖精から受け取り、妖精騎士に視線を送ると、彼女は微笑みながら頷いた。セリーナが一口かじると、甘い果汁が口いっぱいに広がった。


(これ、美味しい!ケーキとは違うけど、甘くて幸せな味。)


『恩人殿、まもなく中心部に至ります。ここにも結界が張られておりますので、決して我から離れぬよう。』

「はい、わかりました。」


妖精騎士の後ろに続き、円形に開けた空き地へと到着した。ランタンを照らしても、そこには何もない。


(この場所……来たことがある。確かに、何もないはずだった。)


一歩踏み出した瞬間、霧が彼女を包み、次に目に映ったのは――巨大な“木”。


幹は人の両腕では抱えきれぬほど太く、地面からわずかに浮いている。根は宙に広がり、網のように絡み合い、枝の間には光の回廊が浮かんでいた。


木の下には淡い緑光が揺れ、風でも炎でもない、魔力そのものの輝きだった。セリーナは思わず足を止める。


「……浮いてる。ここが、妖精の国……?」


ランタンの光が幹を照らすと、その巨木の姿が変わった。幹の表面には花びらのような装飾が自然に形作られ、枝の間には小さな尖塔が芽吹くように伸びていた。屋根は花弁の重なりでできており、光の粒が舞いながら回廊を形作っている。


それは人間の城のような建物ではなく、巨木そのものが城であり、森と一体化した王国だった。夢の中でしか見たことのない幻想が、現実の眼前に広がっていた。


『恩人殿、しばしお待ちを。女王陛下にお取次ぎいたします。』

「あ、うん。」


この国は妖精たちにとっては自然な大きさだが、セリーナにとってはミニチュアの世界。彼女は巨人のように見え、軽々しく歩けないことをすぐに理解した。


好奇心に満ちた妖精たちが彼女の周りに集まる。


『人間だ!珍しい!』

『恩人様だ!』


あまりの数に困惑していると、騎士姿の小隊が駆けつけ、セリーナを囲んだ。


『下がれ!この御方は女王陛下の御貴賓である!』


妖精たちは慌てて離れ、セリーナは苦笑いを浮かべた。やがて先ほどの妖精騎士が戻り、恭しく告げる。


『恩人殿、お待たせいたしました。城の前へご案内いたします。どうぞ我に続いてください。』

「はい、わかりました。」


セリーナは騎士の後ろに続き、巨木の前へと進む。幹の小さなバルコニーに魔法の白光が集まり、騎士たちは一斉に翼を畳み、空中で静止した。


『――女王陛下、御来臨あらせらる!』


その声とともに、妖精の女王が姿を現した。風が止み、森が息をひそめる。セリーナは思わず膝をつきそうになった。それほどの気配が、空気を満たしていた。


『面を上げよ。』

「あ、ありがとうございます。」


セリーナが見た妖精の女王は、他の妖精たちと同じく手乗りサイズの美しい大人の女性。しかしその存在は明らかに他の妖精とは異なる。流れるような長い銀髪、花や葉を編み込んだ髪飾り、朝露のように透ける布、花弁で織られたドレス。蝶や蜻蛉のような繊細な四枚の羽は光を受けて虹色に輝き、小さな杖を手にしたその姿は、静かで優雅でありながら圧倒的な威厳を放っていた。


『人の子よ、よくぞ妾の国へ参った。そして我が民を数多く救い、宿敵フェアリーイーターを討ち果たした功、まこと感謝いたす。』

「も、もったいないお言葉です。じ、自分はただ、フェアリーイーターの体内にある無垢晶を採りたかっただけで……。」


女王はバルコニーから舞い降り、セリーナの前で静止した。


『よい。理由は何であれ、そなたはフェアリーイーターの腹を裂き、囚われた妖精を救った。そなたは既に妾の国の友人である。堅苦しくせずともよい、座るがよい。』

「ありがとうございます。」


椅子はなく、城内にも入れないため、セリーナは草地に腰を下ろした。


『妾の名はティル=エルナ。人の子よ、名を申せ。』

「はい!セリーナと申します。」

『セリーナよ、此度多くの妖精を救い、この森のフェアリーイーターの半数を討ち果たした功、妾は深く感謝する。礼をしたい。望みはあるか?』

「え?!いえ、欲しいものは……えっと……。」

『ふふ……よい。すぐに答える必要はない。そなたは既に妾の友人。まずは祝福を授けよう。』


女王がセリーナの額に触れると、淡い光が瞳に宿った。


森の中心にそびえる巨木の城は、光玉とランタンに照らされていた。だが祝福を受けた瞬間、セリーナの視界は一変する。


幹から枝へ、枝から葉へ、魔法のような光が走り、色とりどりの輝きが広がった。赤は炎のように揺れ、青は水面のように波打ち、緑は草原の風のように舞う。妖精たちが飛ぶたびに軌跡が光の線となり、夜空に描かれる花火のようだった。


先ほどまで暗い森だった場所が、今は幻想の祭礼の場。巨木の城は虹色の魔力に包まれ、妖精の国そのものが祝祭を開いているかのように見えた。


セリーナは息を呑み、胸の奥で理解する。


「……これが、魔力の光?世界が、まるで違う……」

『それはマナの残滓。そなたらが魔力と呼ぶものの根源よ。――ようこそ、セリーナ。妾の祝福を受けた今、ランタンなくとも、この森の結界の内では妖精を見、触れることができる。』


試しにランタンを消すと、妖精たちの姿はそのまま見えた。


「うわ……綺麗な国……はあ!ありがとうございます、女王様!」


セリーナは慌てて頭を下げた。


『よい。国を褒められれば、妾も心地よい。……さて、騎士より報告を受けた。セリーナ、そなたが集めたティンクルドロップを、戦いの最中に妖精たちが食してしまったそうだ。妾より彼女らに代わり、謝罪を述べよう。』


女王は軽く頭を下げた。


「いいえ!いいえ!大丈夫です、はい。」

『ふふ……まことに、セリーナはそなたの魔力の色と同じく、優しき心を持つ者よ。』

「あ~ははっ。えっと、女王様、実は先ほど倒したフェアリーイーターから蜜を集めました。」


セリーナは慌ててカバンから、一晩で人が飲み干せるほどの瓶を取り出し、女王に見せた。


『セリーナ……まさか、この瓶の中はすべて蜜か?』

「はい。人間界では恐らくただの普通の蜜にしか見えませんので、ここは女王様にお渡ししたほうが良いと思います。」

『そうか……そなたに感謝を。同等の価値を持つものと交換しよう。』

「ありがとうございます!」


セリーナは心の中でガッツポーズをし、瓶を騎士たちに渡すと、そのまま城の中へ運ばれていった。


女王は咳払いをして、声を改める。


『コホン……ではセリーナよ。そなたは“花びら”を持っているな。』

「はい、ここにあります。」


セリーナはカバンから十九枚の花びらを取り出し、草地に置くのは憚られたため、自分の太ももに並べた。


『ふむ……あら、セリーナ。花びらに回復魔法を施したのか?』

「え?!は、はい!ごめんなさい!女王様が花びらを蘇生できると聞いて……でも女王様に会えるとは思えなかったので、練習として試しに回復魔法を掛けてしまいました。もしかして、やらかしましたでしょうか。」

『ほう……。正しくは妾は花びらを蘇生するのではなく、新たな妖精へと生まれ変わらせるのだ。どこでそのように聞いたかはさておき、大事はない。この花びらたちは普通に生まれ変わる。ただ、そなたの魔力が付いているゆえ、そなたに懐くだろう。』

「そうですか……は、ははっ。」

『では、転生の儀を始めよう。』


女王が杖を前に置くと、セリーナの太ももに並べられた花びらが浮かび上がり、その下に緑色の魔法陣が広がった。


その時――セリーナに異変が起きた。ずっと維持していた照明用の光玉が消え、月光の下で彼女の雰囲気が変わっていく。


「……うん?ここは……どこ?」


女王は異変に気づき、すぐに魔法を解き、花びらを太ももに戻した。


『セリーナ……?』


セリーナは驚き、周囲を見回す。


「はい、こんばんは、セリーナ。えっと、ここは……妖精?」


まるで人が変わったように、自分が自分に話しかけている。


「じょ?!あ!も、申し訳ございません、妖精の女王様!」


セリーナは慌てて女王に頭を下げた。


『よい……なるほど。そなたは……あのお方が選んだ者。未来を導き手か。』


女王はひとりで何かに納得しているようだった。


「そんな大したものではございません、女王様。自分はただ、別の世界から来た精霊のような存在でございます。」

『はは……そうか。どうりでセリーナが花びらの転生を知っていたわけだ。』

「申し訳ございません。」

『よい。では異界の精霊殿、暫し元の世界へ戻れるか?妾はもう少し、セリーナと話をしたい。』

「かしこまりました。では、セリーナ……ワタシはしばらく離れます。ワタシの友人が来るかもしれません。その時は落ち着いて……うん、ではのちほど。」


セリーナの感覚は元に戻った。


「女王様、申し訳ございません。」

『よい。面白きものを見せてもらった。では儀式の続きを。』

「は、はい!どうぞ!」


女王が再び杖を前に置くと、花びらは再び浮かび上がり、緑の魔法陣に包まれて淡く光を放ち始めた。


本来なら一枚ごとに小さな妖精が生まれるはずだった。だが今回は違った。花びらたちは互いに引き寄せられ、重なり合い、ひとつの虹色の光の花びらへと変わっていく。


『……なんと……』


女王も思わず声を漏らした。


虹色の光は次第に形を取り、十九枚分の力を宿したひとりの妖精が姿を現した。その輝きは夜空に咲く花のように強く、美しかった。


その顔立ちは若き日の女王に似ていた。ただ似ているだけではない。微笑みの柔らかさ、瞳に宿る虹色の輝き、纏う気配までもが女王を映していた。


長い銀髪に純白のドレスを纏った妖精は、セリーナの太ももに降り立ち、すぐに女王へと微笑んだ。


『……はじめまして、お母様。どうか、わたくしにお名前を授けてくださいませ。』


新生の妖精は礼儀正しく挨拶した。女王は驚くことなく、空を見上げて小さく囁いた。


『……そっか……』

『お母様?』


女王は静かに告げる。


『そなたは妾の大切な娘、妖精の国の姫。名は――ティル=サクラリア。』

『お名前をいただき、ありがとうございます!』


その瞬間、夜の空気が震えた。


空から祝福のようにマナで出来てるの桜花が舞い降り、光を帯びて降り注ぐ。妖精姫の長い銀髪は淡い桜色に染まり、花びらが純白のドレスに触れると桜色の風となり、裾を揺らしながら衣を染めていく。


春の嵐が夜に咲いたかのように、ドレスは桜の風を纏い、妖精姫は一層輝きを増した。女王に似た面影を宿しながらも、新たな命として――妖精姫、ティル=サクラリアはそこに立っていた。


周囲の妖精たちは驚愕し、誰も姫の誕生を予想していなかった。騎士以外の妖精たちはすぐに祭り気分となり、飛び回りながら魔法で桜の模様を描き始める。


妖精姫は今度はセリーナへと向き直り、虹色の瞳を輝かせた。


『貴方様こそ、ずっとわたくしに回復魔法をかけてくださった方ですね?』

「は、はい!セリーナと申します。」

『セリーナ!』


姫はセリーナの頬に軽く口づけし、そのまま頬に寄り添った。


「えっと……姫様?」

『サクラリアとお呼びくださいませ。』


セリーナは困ったように女王へ視線を送る。女王は微笑み、静かに頷いた。


「サクラリア……様。」

『様など不要ですわ!ふふっ……すりすり。』


妖精姫は好奇心に満ちた様子でセリーナの頬にすり寄り始めた。セリーナは一瞬「妖精ってこんなに自由なの?」と思ったが、すぐに納得した。女王と騎士以外の妖精たちは皆、奔放で好奇心旺盛なのだ。だからこそ拠点に勝手に集まり、そのせいでフェアリーイーターも嗅ぎつけてやって来てしまい、大半の妖精は戦闘にも参加せず蜜を食べ尽くすこともある。


『セリーナよ、妾にそなたのことを教えて構わないか?』


女王はただ微笑み、姫の行動を止める気はなかった。セリーナも仕方なく、姫が満足するまで頬をすりすりされ続けた。そして、女王様の要望通り自分自身のことを少しだけ自分のことを語った。


数分後、妖精姫はセリーナの頭の上でうとうとし始めた。先ほどまで騒いでいた妖精たちも、いつの間にか自分たちの家へ戻り、祭りの喧騒は静かに消えていった。


――ホントに気まぐれな妖精だ。



あくびが伝染したかのように、セリーナも我慢できずにあくびをした。


「ふぁ~~……申し訳ございません、女王様。」

『気にせぬ。寝る刻はとうに過ぎた。そなたもフェアリーイーターと戦ったのだ、疲れも深かろう。礼は用意してある、明日またここへ参れ。』


その瞬間、まるで時を計ったかのように、セリーナの雰囲気が変わった。


「こんばんは、セリーナ。あ……えっと、女王様、もしかしてお話はまだ続いておりますか?」

『異界の精霊殿か……よい、話はすでに終えた。そなたの頭上には妾の娘が眠っている。そのままでよい。セリーナも休む刻だ。あとで彼女を家まで送り届けてくれ。娘への礼はこちらで用意する。明日、再び参れ。』

「かしこまりました。……あ~セリーナ、いいですよ、無理しなくて。ワタシは恐らく明日の午後にまた来られるので、その時に話しましょう。……話すことは沢山あるでしょう?今は休んで。……はい、おやすみなさい。」


「女王様、セリーナはお眠りになりました。では自分もそろそろ……」

『待て。少し時をくれるか?』

「もちろん、喜んで。」


女王は周囲に浮かぶ妖精騎士たちへ視線を送り、静かに命じた。


『そなたらは休むがよい。妾は異界の精霊殿と、少し語らいたい。』

『かしこまりました。』


騎士たちは整列を解き、巨木の城へと戻っていった。周囲の妖精たちも既に眠りにつき、マナの光は消え、月光の下で妖精の国は静寂に包まれた。


「……女王様、自分に何かご用でしょうか?」

『そうだな。そなたとセリーナのことを、少し聞かせてもらいたい。』

「承知しました……その前に、女王様へ急ぎご相談したいことがございます。よろしいでしょうか。」

『よかろう。語るがよい。』

「ありがとうございます。」

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