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29 翠夢の森

俺はセリーナの魔法使いバージョンをマイセットに登録したあと、アリスの姿——星月ドレス姿に変身させた。当然ローブでドレス姿を隠している。


昨晩登録した転送ポイントへ転移する。


え?なんでまたドレス姿で走るのかって?あの星月ドレスはUR装備で、AGIを上げてさらに速く走れるんだ。


幸い、翠夢の森への道には山や崖もなく、今回は急ぎでもない。だから途中でいい景色や面白いものを見つければ、足を止めてセリーナと一緒に眺め、笑い合った。


草原を数時間走ると、人の通る道が見え始め、馬車や旅人の姿も増えてきた。どうやら翠夢の森近くにある唯一の町――ウィロウヘイブンが近いらしい。


森に入る前に、もう一つ転送ポイントを解放する必要がある。この速度なら、一時間以内には到着できるだろう。


「では、少し町に寄って、翠夢の森が本当に設定通りの森なのか、聞き込みしてみましょうか。」


俺は星月ドレスの姿からお嬢様魔法使いセリーナへと変え、ウィロウヘイブンへ向かって歩き出した。


セリーナ:精霊さん、その町に行くんですか?


「ええ。もうすぐお昼ですから、そこで食事をして、翠夢の森がワタシの知っている場所と同じかどうか確認したいのです。」


セリーナ:なるほど、わかりました。


「セリーナは何を食べたいですか?」


セリーナ:この前食べた……しょうゆラーメン?あれをもう一度食べたいです。


「はぁ……お米があれば、もっと美味しいものを作れるのですけど。あ、そうだ、さっき砂糖をたくさん採集したし……パフェは……ラーメンの後だと重すぎるね。ケーキを作ってみましょうか。」


セリーナ:けーき?


どうやらセリーナは本当にケーキを知らないらしい。ガンド村の貧しさを考えれば、甘味など縁がなかったのだろう。これはぜひ堕落させてやらねば。


「セリーナ……ケーキはすごく美味しいですわよ。でも今は秘密です。後で食べたら、きっと驚きますから。」


セリーナ:えーー?!意地悪です、精霊さん。もう教えてくださいよ。


「もうすぐお昼だから、それまで少し我慢してくださいね。」




ウィロウヘイブンはガンド村の倍ほどの規模の町で、川沿いや街道沿いに広がっていた。中心には広場と市場があり、その周囲には民家や工房、小さな教会が並ぶ。木造や石造りの家屋が密集し、道は未舗装や石畳。まさに定番の小さな町だ。


町の外縁に到着すると、畑や牧草地が広がり、農民たちが働いていた。セリーナの姿に気づいた彼らは、気さくに声をかけてきた。


「おう、珍しいな。べっぴんさんの魔法使いじゃないか。旅の人かい?」

「こんにちは。はい、旅の途中です。すみませんが、〈翠夢の森〉という森をご存じありませんか?」

「翠夢の森……聞いたことのない名前だな。なにもない森ならあるが、なぁ、あんちゃん。」


農民Aは隣の農民Bに確認する。


「俺も聞いたことはないな。もしかして、あの“なにもない森”のことか?」

「なにもない森……ですか?」

「そうだ。ここから半日ほどの距離にある森だが、小動物もいないし、食べられる植物もない。魔獣もほとんど見かけない。時々、笑い声が聞こえるって話もある。不気味だから、誰も近づかないんだ。」


農民Bが指差した方向を見れば、やはり翠夢の森の方角だった。だが、呼び名は「なにもない森」――。


「本当に不気味な森ですね。」

「まぁ、探している森がそれかどうかは分からんが、冒険者ギルドなら詳しい奴がいるかもしれん。」

「いいえ、他のギルドで聞いたことがあるので、興味半分で尋ねただけです。ありがとうございます。」


そのまま町に入ると、意外にも冒険者や町人の姿が多かった。セリーナはローブで体を隠していたので、このかわいい装備は見えないはずだが……なんとなく視線を感じる。田舎特有の「外から来た人」への好奇心だろう。


セリーナ:精霊さん……絶対零度のロッドを隠してください。


「……あ、ごめんなさい。」


町の人々のレベルを見れば、護身用の短剣で十分だろう。俺はロッドをストレージに収納し、広場へ向かった。


セリーナ:では、次は冒険者ギルドに行くのですか?


「いいえ、行かないわ。ここには旅の途中で寄っただけです。もしセリーナが気に入れば、移住することもできるけど……どうする?」


セリーナ:うーん……精霊さんは転送でどこへでも行けるから、あまり旅の感じはしません。

セリーナ:それに、元村長が捕まった今、引っ越す必要はないのでは?


「いいえ。恐らく領主様は数日後、ガンド村に兵団を派遣するでしょう。」


セリーナ:え?どうしてですか?


「その村長は、この国の裏の組織に関わっていたのです。計画を妨げられたことで、村に復讐する可能性もございます。ですから、領主様は兵団を派遣し、証拠を集めながら村をお守りになるはずです。」


セリーナ:村の人たちは大丈夫ですか?


「あの領主様がお優しい方であれば、ガンド村は守られるでしょう。それに、もしワタシたちが渡した情報によってクリスタルゴーレムが討伐されれば、遺跡ダンジョンに最も近いガンド村は、さらに発展する可能性もあります。」


セリーナ:おお~!これは嬉しいお知らせですね。


「ただ、村長の件については調査に時間がかかるでしょう。新しい村長の選出も必要です。兵団はしばらく村に滞在することになると思います。そして、もしセリーナが兵団の方々と関われば、再びバールヴィレッジへ連れて行かれ、領主様と面会することになるかもしれません。」


セリーナ:えぇ~また領主様と面会ですか?嫌だよ。


「そうでしょう。ですから兵団が到着した時は、セリーナの家に戻らない方がよろしいかと思います。それに、この旅の途中でエメラルダさんの新しい墓にふさわしい場所を見つけたなら、その町へ移り住むことも可能です。」


セリーナ:そうですね。お母さんと離ればなれは嫌です。


「ですから、これからもいろいろな町を訪ねるつもりです。」


セリーナ:わかったわ、ありがとう。精霊さん。


「そろそろお腹も空きましたね。あそこの木の下で昼食にいたしましょう。」


俺はストレージから小さなコンロと鍋を取り出し、メニューでセリーナの昼ご飯を作った。


セリーナは醤油ラーメンを食べたいと言ったが、テーブルがないと食べにくい。この町には転送ポイントがないので、昼食のために家へ戻れば、またここまで走らなければならない。


そこで、食べやすくボリューム満点の“豚こま肉サンドイッチ”を料理ページで製作し、広場の横の木陰でピクニックにした。


セリーナ:精霊さん!“けーき”は?


「今作ります。いいですか、ケーキはデザートです、サンドイッチを食べたあとにいただくものです。わかりましたね?」


セリーナ:わかりました。わくわく。


俺は料理ページで“贅沢いちごのショートケーキ”を製作し、そのまま体をセリーナに返した。


では、俺も昼ご飯にしましょうか。



--------------------------------------------------------



私はウィロウヘイブンの広場の横にある木の下で、お昼を食べました。


今日は天気がいい。こんな空の下で食べる、肉たっぷりのサンドイッチは本当に美味しい。


あっという間に食べ終わってしまった。カバンからカップを取り出し、魔法で水を注ぐ。ひと口飲んだあと、一番楽しみにしていた謎の食べ物――“けーき”を手に取った。


……これ、本当に食べ物なの?


ふわふわの白い層に、真紅の果実が並んでいる。まるで宝石みたい。近づくと、甘い香りが鼻先をくすぐる。匂いは森に咲く“夢苺”に似ているけれど……こんなに大きな夢苺は見たことがない。その白い層は、本当に食べられるのかしら?


その“けーき”は綺麗な置物みたいで、触れるのが怖い。崩れてしまいそう。でも、その“けーき”は「私は美味しいよ」と私に微笑んでいるように見えた。


私はフォークを持ち、そっとケーキを口に運んだ。


一口。


柔らかい。冷たい。甘い。口の中でほどけて、何かが広がる。……これは、なんだろう。魔力でも香草でもない。けれど、胸の奥が少しだけ温かくなる。


もう一口。気づけば、ケーキはすっかりなくなっていた。


「うん~~もっと食べたいなぁ~。」


至福のひとときが終わり、水を飲んで空を見上げる。そよ風が吹いてきて、気持ちいい。


食べ終わったものを片付けてから、私は町を軽く歩き回った。遠くには風車が回り、近くには川が流れていて、水の音が心地よく響いている。この町には、ガンド村のような重苦しさもなく、バールヴィレッジのような喧騒もない。


私が行ったことあるのはガンド村とバールヴィレッジだけ。この町はなかなかいい感じで好き。けれど、お母さんのお墓をここに作るのは、なんとなく違う気がする。まあ、急ぐ必要はない。精霊さんと旅をしていれば、きっといい場所が見つかるはず。



--------------------------------------------------------



昼ご飯を終え、俺は再びセレアグの世界にログインした。ウィロウヘイブンを離れ、翠夢の森へ向かって走る。


走り始めてから三十分ほどで、目的地の翠夢の森に到着した。


森の外からでも異様さが伝わってくる。周囲には木々の軋む音しかなく、虫や鳥の鳴き声といった自然の音は一切聞こえない。


ワールドマップをもう一度確認する。間違いない、ここは翠夢の森だ。


セリーナ:精霊さん、ホントにここですか?なんか不気味ですけど。


「ええ、間違いありません。ここは翠夢の森です。この中にいる“フェアリーイーター”というモンスターを狩れば、無垢晶が手に入ります。結構な数が必要なので、さっそく入りましょうか。」


セリーナ:お、お化け出そうですが、ホントに大丈夫ですか?


「お化け……レイスやゴーストのことですか?あれもモンスターですから、魔法で攻撃すればすぐに倒せます。間違いなければ、この森にはフェアリーイーターしか出ないはずです。だから大丈夫ですよ。」


セリーナ:そ、そうよね。お化けもモンスターですよね。


「念のため、ワタシはこのまま星月ドレスの姿で入りますね。」


セリーナ:うん、わかった。気を付けてください、精霊さん。


この森の適正レベルは40。セリーナはすでにレベル50を超えているが、念のため全身URの星月装備で挑む。


森に入って少し歩くと、目的のモンスターが視界に入った。


フェアリーイーター。大きさはセリーナの身長ほど。背中には枯れかけた花が咲き、姿は蔓の絡まった獣のようだ。今は花のように擬態している。


だが攻略サイトに書かれていた情報とは違い、レベルはたったの20程度。経験値も微々たるもの……旨味はない。


ヨシ……狩るか。



森を歩いて一時間ほど。


町人の言う通り、この森には本当に何もなかった。どこを見ても同じような木々ばかりで、動物の姿もない。拾える薬草もなく、簡単に採れる鉱石やキノコすら見当たらない。フェアリーイーターも十匹しか狩れていない。


無垢晶?当然、手に入らなかった。モンスターのレベルが低すぎるのか?それとも、このレベルのフェアリーイーターからは無垢晶が出ないのか?


セリーナ:このフェアリーイーターも無垢晶が出なかったですね。


「ええ、一応メニューの図鑑を確認しましたが、フェアリーイーターは確かに無垢晶をドロップできると書かれています。」


すべての異常状態を防げる〈聖護の首飾り〉を作るには、SRの宝石をいくつかと、SR魔鉱石が必要だ。あの遺跡ダンジョンを周回すれば、これらは比較的簡単に手に入った。


俺は再びモンスター図鑑を開き、フェアリーイーターのページを確認する。ドロップ可能の欄には、間違いなく“無垢晶”と記されていた。素材のレア度はR。しかし十体狩って、一つも出ないとは……。


……もしかして、ダンジョンではなくフィールドのモンスターが原因なのか?ダンジョンは一時間ごとにすべてリスポーンする。だが、フィールドマップではリスポーンしないのかもしれない。


おまけにフェアリーイーターもあまり見つからない。この森はリアルサイズだから、モンスターの密度はゲームと比べられないと思う。まだ入り口付近しか探索していないし、予想以上に時間がかかりそうだ。


セリーナ:精霊さん、その“失われた花びら”はなんですか?三つ手に入れましたよ。


「うん?これは捕食された妖精の残滓のようです。妖精系の装備を作る素材ですね。五つ集めて妖精の女王に渡すと、妖精が復活するそうです。」


セリーナ:妖精の女王ですか?!


「ええ、ですがワタシたちが女王様に会うことはできませんから、妖精を復活させることは難しいでしょう。」


昨晩、攻略サイトで翠夢の森の情報を調べた時に見た内容を思い出す。


“失われた花びら”はSR素材で、メインストーリー第二章をクリアし、妖精の女王のイベントクエストを進めれば、この森で花びらを使って妖精ガチャを回せるらしい。オンラインゲーム定番のペットのような存在で、戦闘時には回復や補助魔法でプレイヤーを支援するという。


この世界で妖精と対話できるかはわからないが、俺がいない時にセリーナの旅の仲間として一匹くらいは欲しい。だがセリーナはプレイヤーではないため、イベントクエストは発生しない。つまり妖精の女王には会えず、この花びらは妖精シリーズの素材としてしか使えない。


セリーナ:なるほど…妖精か…どんな感じでしょう。


「妖精ですね、小さな人の姿をしています。だいたい君の手のひらほどの背丈で、透き通った羽がついている。光に当たると虹のようにきらきら輝くんです。男の子の姿もあるですが、たいていは女の子の姿をしていて、戦闘時には回復や支援魔法をかけてくれる。ワタシが知っている定番の妖精は、気まぐれで繊細で、嘘にはとても敏感だと思います。だから、もし出会えたら優しくしてあげるといい。でも、そう簡単には姿を見せてくれないでしょうね。」


俺は攻略サイトで読んだ妖精の紹介を思い出しながら、セリーナに説明した。


簡単には妖精に会えないと知り、セリーナは少し失望したようだったが、方法がない以上仕方ない。


そのあとも森の中でフェアリーイーターを探したが、午後4時までに倒せたのは20体ほど。欲しかった“無垢晶”は三つしか手に入らなかった。


セリーナ:精霊さん。他に無垢晶を手に入れる方法はあるですか?


「方法はありますが、あそこは遠い。行くなら、この森で狩りを続けた方が効率的でしょう。」


ティリーミッションをクリアした時にもらえるポイントで交換する方法もある。しかし、〈聖護の首飾り〉を作るには無垢晶が50個必要だ。ティリーミッション全クリアで毎日40ポイント、無垢晶一つで100ポイント。50個を交換するとなると……もう計算したくない。ティリーポイントはできる限り高レア素材の交換に使いたい。


セリーナ:うん~よくわからないですけど、このままここで籠もりますか?


「そうですね。数日様子を見ましょう。モンスターがリスポーンすれば、無垢晶50個を集める可能性はあります。」


セリーナ:でもここ、転送ポイントはないですよ。どうする?


「そうですね。最寄りの転送ポイントまではかなり距離がありますし、周囲に人もいない。なら、この森の近くに臨時拠点を作りましょう。幸いここでは木材は簡単に集められるので、一つくらいならすぐに作れます。」



【臨時拠点ー木の小屋型ー】

設置可能時間:7日


特定場所に木の小屋型の拠点を設置できる、本拠点に繋がっている。


必要素材:

‐木材 200

‐地脈の根 5



木一本を3回叩くと木材が三つ手に入る。66本の木を3回ずつ叩けば、必要素材は揃う。地脈の根はノーマル素材なので、ここに来る途中で見かけたものはすべて回収済みだ。


‐魔法レベル22→24

‐走るレベル25→29

‐料理レベル18→19

‐採集レベル17→24

‐伐採レベル10→21

‐加工レベル15→18


木材の採集は一時間もかからなかった。大量に木を叩いたおかげで、伐採レベルが大きく上がった。


製作リストから臨時拠点を選び、製作ボタンを押す。数分後、臨時拠点は完成。


俺はストレージから、おもちゃのように小さな臨時拠点を取り出す。広めのスペースを探して地面に設置すると、緑色の枠がふわっと現れた。どうやら拠点を展開した時の範囲を示しているらしい。緑色なら、ここで展開しても問題なさそうだ。


地面に置いた拠点を軽く押すと、すぐに緑の枠から離れて──その瞬間、まるでバルーンハウスのように空気を吸い込んで一気に膨らみ、一瞬後には、しっかりとした木造の小屋がそこに現れていた。



ドウ~ン!



セリーナ:おお!!


目の前には、一人用のミニログハウスのような木の小屋が、まるで最初からそこにあったかのように、しっかりと地面に根を下ろしていた。北海道のリゾート地に建つ木造の別荘を思わせる佇まいで、セリーナの家よりもずっと綺麗に見える。


小屋は森の入り口から少し入った場所にあり、外からは見えにくい。木々の間に巧妙に溶け込み、枝葉が屋根を覆い隠している。近くまで来なければ、この拠点に気づく者はいないだろう。


拠点の木の小屋に入ると、チャット欄に【臨時拠点を登録しました。】と表示された。マップを確認すると、ここに新しい転送ポイントが追加されている。


セリーナの家へ転送で戻ると、【臨時拠点への扉を設置してください。】という通知がすぐに現れた。指示に従い、家の何もない壁に触れると、そこに扉が出現する。その扉を開くと、中は翠夢の森の臨時拠点へと繋がっていた。


「おお~!これは便利ですね。」


セリーナ:すごい!繋がったわ!


「ただ、この拠点の中には何もなく、一週間しか使えません。」


セリーナ:折角新しい家を建てたのに、一週間だけですか?


「臨時ですから、仕方ありません。……そうそう、ここも非公開に設定しておきましょう。」


非公開設定に効果があるかは分からないが、一応施しておく。


セリーナ:精霊さん、夕飯まで、もう一回森に入るですか?


「そうですね、夕飯までにもう一度回ってみましょう。」


こうして俺は夕飯までフェアリーイーターを探し続けた。結果は無垢晶一つだけ。……この戦いは、思った以上に長引きそうだ。

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