24 影なきの処刑人
冒険者ギルドの応接室に足を踏み入れると、真っ先に目に入ったのは――この前戦った教官が、腕を組んでソファに座っている姿だった。
その存在感は圧倒的で、周囲には護衛らしき手慣れた冒険者が5〜6名、壁際に控えている。教官の隣には、高級そうな片手剣が置かれていた。
教官はレベル30。周囲の護衛たちも平均レベル25。ミニマップを確認すると、隣の部屋にも数人が隠れているのが分かる。
……俺、めちゃくちゃ警戒されてるな。全員がこっちをガン見している。
でも今の俺は、キツネ仮面+白いマジックローブで全身を覆っている。先週の“キツネ仮面+キラキラドレス”よりは……怪しくない、はず。多分。メイビー。
筋肉教官の正面に座ると、誰も口を開かない。
お茶も出ない。
沈黙のまま、ギルド長と領主様の到着を待ち続ける。
まるで、これから始まるのは“話し合い”ではなく、“裁き”だと言わんばかりの空気。この場で、腕輪が自分の物だと証明する――それは、悪魔的なほど困難な試練に思えた。
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同じ頃、領主エトワール子爵の屋敷の応接室では、エトワール子爵がとある商人とその夫人と共に、ワイングラスを揺らしていた。
そのとき、扉からノックの音が響いた。
ゴンゴン
『主様、ただいま戻りました。』
「お、戻ったか。入れ。」
扉が開くと、そこに現れたのは――エトワールですら見たことのない、汚れた姿のセバスチャンだった。
「ほう……君をそこまで追い詰めた相手とは。あの小娘、なかなかのものだな。――で、その<転移の腕輪>は?」
「誠に申し訳ございません。腕輪の確保には至りませんでした。自分は……一方的に敗北を喫しました。」
「なに……!?」
エトワールは驚愕のあまり、ソファから立ち上がった。
「冒険者たちはともかく、“神速”の異名を持つ君が、一方的に負けたというのか!?」
「彼女は、武器を抜く必要すらないほどの実力者でございました。私の攻撃はすべて躱され、剣技を用いても最小限の動きで回避され、さらには素手でパリィされました。確認できたのはただ一つ――彼女は、確かにスラム街の転送ポイントから突如現れたのです。」
「まさか……あの情報が本当だったとは……彼女は今どこに?」
「彼女は自身の潔白を証明するため、現在冒険者ギルドにて、主様との対話の場を設けております。」
「ちっ……騎士を集めろ。ギルドで彼女を捕らえよ!」
「かしこまりまし……」
「待て。例の腕輪は確認したのか?」
「はい、この目で確認いたしました。腕輪は、先日の面会時に拝見したものと同じでございます。ただし、上部の宝石の色が――薄緑から、淡い黄色へと変化しておりました。」
それを聞いたエトワールは、鼻ヒゲを撫でながら、冷静さを取り戻して考え込んだ。
「魔力を使ったことで……宝石の色が変わった、ということか。…………もうよい。私は行く。馬車を用意しろ。」
「かしこまりました。」
セバスチャンが部屋を去ったあと、同席していた商人が口を開いた。
「本当に、スラム街に突然現れたのか……どうやら、あのアリスは間違いなく、俺がガンド村で会った“あのアリス”だな。」
商人の夫人も、その言葉に応じるように話した。
「そうよ。どんな手段を使ってでも、彼女を捕らえなければならないわ。もし、あの腕輪が本当に〈転移の腕輪〉なら――この国を手に入れるのも、造作もないことよ。」
エトワールは再びソファに腰を下ろし、二人に向かって静かに言った。
「ヤーク……セバスチャンですら敵わなかった相手だ。どうやって捕らえるつもりだ?」
「おや、俺の嫁の通り名を忘れたのか?“見えない攻撃”に、伏せる手段なんてないさ。」
領主はヤークの横に座る、こちらに微笑みを向ける夫人を見ていた。
「“影なき処刑人”が……そうだな。夫人がいれば、いつでもあの娘を殺せる。」
「殺しませんわよ、エトワール様。商人たる者、金の玉を生む鳥は大切にしないと。夫が何の商人か、忘れたんですか?ただし、アタシが手を出したら――あの娘の腕か足、一本は切り落とさないと止まりませんよ。」
「……マロニエ、逃げられないように、切るのは足だけでいい。できれば生きて捕らえたい。だが、もしあの子が転移で逃げるつもりなら――殺してでも、転移の腕輪は必ず手に入れる。」
「わかってるわ。」
なぜ、こうした事態に至ったのか――それは、昨日、金曜日の出来事に端を発する。
その日の昼、闇の奴隷商人ヤークたちは、ガンド村から馬車でバールヴィレッジへ戻ってきた。
領主の屋敷での取引のあと、エトワールはギルド長から買い取った珍しい、ほぼ完璧な状態のシャドウウルフの皮と、綺麗なガラス瓶に入った蜂蜜をヤークに見せた。
それを見たヤークも、ガンド村で“アリス”という名の少女から買ったシャドウウルフの皮と、着る人の体格に自動で合わせる村人の服をエトワールに見せた。
その品を売った人物の名は、どちらも“アリス”。
ヤークはすぐに、それがガンド村で偽名を使っていた、あの不思議な少女――失踪中のセリーナだと察した。
エトワールに皮を買った日を確認すると、なんと両者とも同じ日――先週の土曜日だった。
ここで、ひとつの疑問が浮かぶ。
ヤークが皮を買ったのは、土曜の午前、ガンド村。一方、ギルドの記録によれば、同じく“アリス”という冒険者が、午後にはバールヴィレッジで品を売っていた。バールヴィレッジとガンド村の距離は、馬車で二日、徒歩なら四日。同じ日に両方の村に現れるなど、常識ではありえない。
そのとき、エトワールは思い出した。
数日前、アリスとの面会の際に交わした握手――その瞬間、彼は見たのだ。かつて王国の宝物庫で目にした、国宝級の腕輪に酷似したものを。
ヤークはニヤリと笑い、こう考えた。
「もしかして、彼女はとんでもないものを持っているのではないか?」
ヤークはその腕輪について、エトワールに確認を求めた。
エトワールは語った。
腕輪の縁には、細やかな模様が彫られており、よく見ると魔法文字が刻まれていた。その造形は、人間の手業とは思えぬほど精密。中央には一粒の黄色い宝石が埋め込まれており、光を放つことはないが、角度によって深い輝きを見せる。そして――ほんの一瞬、その宝石の奥に、複雑な魔法陣が浮かび上がった。
その腕輪の存在を聞いたヤークは、これまで得た情報を整理し、ある仮説にたどり着いた。――あの腕輪は、もしかして……伝説に語られる〈転移の腕輪〉なのではないか。
アリスが本当に転移能力を持っているかは、まだ確証がない。だが、腕輪の造形、そして“同日に二つの村に現れた”という事実が、彼らの推測を裏付けていた。
もしそれが事実なら、彼女はただの冒険者ではない。
国宝級の魔道具を所持し、常識を超えた移動手段を持つ存在――逃がせば、その腕輪は二度と手に入らない。
ヤークはすぐにエトワールに進言した。
「彼女は金の卵を産む鳥だ。逃がしてはなりません」
エトワールは思い出す。先日、冒険者ギルド長がこう言っていた。「あの娘は、とある伯爵の依頼で、来週にはこの街を離れる予定だ」と。残された時間は、わずかしかない。
さらに、アリスは現在唯一、〈ナイジェリアの遺跡〉――ナイジェリアの森の中心部にあるダンジョン――に入ることができる人物でもある。彼らは、あの腕輪が本物の〈転移の腕輪〉であり、遺跡内で発見された可能性が高いと見ていた。
しかも、彼女はその腕輪以外にも、まだ誰も見たことのない宝物を所持しているかもしれない。だからこそ、彼女は“生きて捕らえる”対象となった。
もし本当に空間を自在に移動できるなら、どんな追跡も意味をなさない。だが、転移を阻止できる可能性があるなら、試す価値はある。魔法使いに命じて、彼女の周囲に結界を張らせれば、転移を阻害できるかもしれない。
金曜の夕方、エトワールはすぐに貴族の権力を行使した。
表向きには「領主の宝物を盗んだ罪」でアリスを告発。裏では、各ギルドに尋ね人として通達を出し、発見次第、即座に確保するよう命じた。
彼女が滞在している可能性のある宿屋も調査された。だが、“アリス”という名の人物は多く、仮面とローブで素顔を隠した彼女を特定することはできなかった。
そもそも、転移能力を持つ者が、街の宿屋に滞在する必要があるだろうか?そう考えた彼らは、宿屋の捜索を打ち切った。
当然、一晩でアリスを見つけることはできなかった。
だが、ひとつだけ信頼できる情報があった。――スラム街で、キツネ仮面の少女が突然現れる。複数の証言が、それを裏付けていた。
領主はその情報を信じ、次なる策を講じた。
この街で名の知れた冒険者パーティーを三組雇い、スラム街の“アリスが突然現れる場所”に待機させる。さらに、かつて“神速の剣影”と呼ばれた老執事セバスチャンを裏で配置し、万全の体制で、アリスの捕獲を試みる――。
そして今――
セバスチャンから、騎士と魔法使いたちの集結と馬車の準備が整ったとの報告が届いた。
エトワールは、商人の姿をしたヤークと、真紅のドレスを纏ったマロニエと共に、馬車に乗り込み、冒険者ギルドへと向かった。
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土曜日の午後三時。
領主エトワール子爵の馬車が、大勢の騎士を従えて冒険者ギルドに到着した。エトワールの命令で、騎士たちはギルドを包囲。
魔法使いがギルドの外に結界を張り、アリスの転移逃走を阻止する。その影響で、ギルド職員以外の者は全員外へ追い出された。
そして、エトワール、ヤーク、マロニエ、セバスチャンが武器を携えてギルド内へ入る。受付嬢がすぐにギルド長エルドラーナへ連絡。彼女は領主様たちと合流し、そのまま応接室へ向かった。
応接室の扉が開くと、室内の全員が即座に立ち上がる。ギルド教官アイザックは席を譲り、緊張が走った。
(やっと来たか……。)
応接室では誰も口を開かず、俺は暇すぎてメニューを開いて、目でストレージを整理してるだった。
そんな中、領主様がエルドラーナさんを伴って入ってきた。一応、相手は貴族だ。俺も周囲に合わせて立ち上がり、軽く頭を下げて挨拶する。
それを合図にしたかのように、監視役の教官以外の冒険者たちは部屋を後にした。
相変わらず妖艶な魔女のようなギルド長エルドラーナさんは、銀白の魔法杖を手に、応接室の主席へと座る。
エルドラーナ Lv33
そして、明らかに貴族で偉そうなヒゲの中年男性――この街の領主様だろう。冷静な表情を浮かべながら、俺の正面に腰を下ろす。
エトワール・アマースト Lv16
その隣には、見覚えのある商人ヤークが座っていた。
彼らの背後には、セバスチャンと――赤いドレスの女性が立っている。
トーマス・ヘストン Lv19
(偽名:ヤーク)
セリーナ:そんな……なんで彼らがここにいるの?
なるほど。
なぜこんな面倒なことになったのか、領主様の隣に座るヤークを見てすぐに理解した。
領主様は、あの闇奴隷商人ヤークと繋がっている。つまり、例の闇組織の人間だ。
セリーナ:精霊さん!後ろの赤いドレスの女性は、ヤークさんの奥様です。
セリーナ:先週、私の露店で精霊さんが作った服を買っていった方です。
セリーナ:まさか……こんな危ない人だったなんて……。
そう。
領主様やヤークのレベルはそれほど高くない。正直、戦闘面ではそれほど気にする必要はない。
だが――
彼らの背後に控えるセバスチャン、そしてずっとニヤニヤと笑みを浮かべている商人の夫人、マロニエ。
この二人は別格だ。
マロニエ。年の頃は三十代後半。一見すると、普通の商人の夫人に見える。だが、その赤いドレスは貴族の舞踏会に出ても違和感のないほど華やかで、同時に踊り子の衣装のように、動きを一切妨げない設計になっている。
だが、その笑みの奥に潜むものは――俺のような普通の人間でも、なぜか背筋がぞくりとするほどの“何か”だった。
一番の問題はその二つ名だ!
マロニエ Lv38
二つ名:影なきの処刑人




