2 戦闘システム?
星月シリーズを装備した俺は、この家の扉を開け、部屋から出て、序章のストーリーを始める。
「………。」
部屋から出ても、NPCがいない。イベントも発生しなかった。視線を右上のミニマップに向けると、マップの範囲内NPCたちは全員家の中にいる。
「えっと…イベント…なし?」
その瞬間――肌を撫でるような夜風が、静かに吹き抜けた。
風は冷たすぎず、リアルがありすぎて、思わず息を呑む。星月ドレスの裾がふわりと揺れ、月光を反射して淡く煌めいた。
……まるで、本当にこの世界に立っているみたいだ。
ワールドマップを開いてみたけど、例の神殿で祈る以外、何も指示が出てなかった。
ついでにこの村の構造も確認してみる。
カンド村。約30~40軒の家がある小さな村。村の左側には広い草原と畑、右側には大きな森が広がっている。後ろは大きい山、辺境っぽい。
月の光の中で見えたのは、少し離れた場所にある古い井戸。その隣には、かなり大きな家が建っている。たぶん村長の家だろう。他の家はセリーナの家と同じく木造なのに、あの家だけはしっかりとした造りになっている。
「ホントにあの神殿に行かないと何も発生しないのか?序章としてはあの距離は意外遠いね。あの場所は未発見エリアだし、転送もできないし。」
この村にはサブクエストもアイテムも無さそうだ。さっさとあの神殿に向かおう。
家の扉を閉じて、森に入り、北東方向にある最寄りの転送ポイントへ向かった。道順で行かないのか?そんなのするわけないだろ。最短距離で行くのが当たり前だ。
村の木の塀を越えて、隣のナイジェリアの森へと入る。樹と樹の間から差し込む月の光のおかげで、うっすらと周囲は見える。
設定の中でもう少し明るくできるかな……と思ったけど、やっぱり設定できなかった。普通なら、キャラの周囲はわずかに光って、一定範囲は見えるはずなんだけど……
もしかして、この森は照明魔法やアイテムが必要なのか?たぶん、リアル志向で夜は照明アイテム必須の仕様なんだろう。いやいや、朝の時間帯なら普通に見えると思う。ミニマップもあるし、見える範囲で進もう。ゲームだから、すぐに朝になるはずだ。
こんな感じで、俺はドレス姿で夜の森の中を走っていた。
ドレス姿で走れるかって?おいおい、これはゲームだよ。ドレス姿でも動きやすいし、足装備はヒールなのに普通に走れる。システムのサポートがあるって決まってるじゃないか。
むしろ、こんなに快適に走れる時点で“これはゲームだ”って確信するよね。
しばらく走ると、右上のミニマップに赤い点が表示された。モンスターだ。足を止めて、赤い点の方向を確認する。
見えたのは〈シャドウウルフ Lv.24〉という赤い名前表示。その下には緑色のHPバーもある。
(ちょっと!!この娘はレベル5ですよ!?森の敵レベルが20越え?!ここって今の段階で来るべき場所じゃないんじゃ…でも神殿の方向はこっちだし。)
道順に戻る?
うん~~ストレージの中には料理以外、回復ポーションが1本もない。でもUR武器とUR装備があるし、気をつければ多分倒せると思う。
大丈夫だ、問題ない。……たぶん。
隠れて様子を見ると、シャドウウルフは1メートルを超える大型犬――いや、ウルフだ。その名前からしてスピードが速くて、闇魔法も使えるだろう。……もしこのワンコが光魔法を使えたら、俺は鼻でパスタを食べてみせるよ。
ゆっくりと前に進み、戦闘範囲内に入ったという通知が出た。敵はまだ俺の存在に気づいていないらしい。なら、奇襲攻撃だ。
陰から飛び出し、前のゲームで使い慣れた動きで、武器「月影」と「星光」を振る。
狙いはウルフの首!
「………あれ?」
戦闘は一瞬で終わった。
床にはリアルに切り落とされたシャドウウルフの首と胴体が転がっている。月の光の下では色はよく見えないが、死体からは大量の液体が流れ出していた。
俺……もしかして18禁版をインストールした?グロすぎるんだけど…。
数秒後、死体は消え、視線の右側には「シャドウウルフの皮」と「2644G入手」の通知が表示された。さらに、視線の上方には派手な通知が現れる。
レベルアップ:5→6
レベルアップ:6→7
「で、ですよね。この装備なら、こんなにレベル差があっても簡単に押し倒せるよね。この武器クリダメも盛々だし。新人ボーナスと焼き鶏丼の経験値バフの時間内に、たくさん狩っておこう。」
俺は再び、最寄りの転送ポイントに向かって進んだ。
途中、普通のゴブリンと猪系のモンスターが出てきた。レベルはさっきのワンコより低い。やっぱりこの道は正解だったみたいだね。
他のモンスターは直線的な攻撃しかできないので、簡単に倒せた。猪からは牙と獣肉をゲット。ゴブリンからは汚い布をゲット。
あれは明らかに生産系スキル上げ用の素材だ。大量に必要になるやつ。定番のスライム系を倒したら、ゼリー状のスライムの素がドロップした。たぶん錬金用の素材。これも大量に欲しいやつだ。
レベルが上がってきたせいか、多分ステータスの差だと思うけど、敵の動きが遅く見える。おかげでウルフ系の攻撃も簡単に見切って避けられる。よし、皮と牙、それに肉もありがたく頂こう。
それからハチの巣を発見した。
これは多分、このエリアで一番難しい敵――ハチ系モンスターだ。夜なのに、巣の一定範囲に近づいたらキラービーが湧いてきた。一匹の大きさは約50センチ。なかなかリアルでキモい。
あ~夜だからか?ハチは最大で3~4匹しか出てこない。しかも動きは予想より遅くて、よく見ると普通に固定された動き方がある。
先読みして一振りで倒せる。目当ては当然、経験値とハチミツだ。
長きにわたるゲームの歴史において、ハチミツはいつだって足りない素材。マップを開いて、ここにマークを付けておこう。
巣を潰さない限り、即時補充される。つまり、無限に経験値とハチミツが手に入るってこと!しばらくハチ狩りを続けていたら……まさか、ハチが出なくなった。
毎日の上限数に到達した?
うん~巣は高いし、登ってハチミツを取るのも面倒だから、今日はここまでにしよう。っていうか、今集めたアイテムって、あとでマイキャラに継承できるのかな?
「あ!薬草!!」
樹の下には『薬草』の文字が見えた。当然、見つけた薬草は全部回収する。拾うと自動的にストレージに入った。
「おお!解毒草!おお!メディカルハーブ!おおお!マートラ草!……」
探索は意外と楽しい。モンスターもたくさん狩った。装備のおかげで、ほぼすべて無傷で倒せた。このドレスの性能が高すぎて、怪我はしない。ハチに刺されても、痛みはない。ただHPが1減るだけ。
薬草をそのまま食べればすぐに回復できる。でも薬草の味まで再現しなくていいよ……すごく苦い。
マップを見てみると、確かこの辺に未開放の転送ポイントがある。
ちょっと探したら、俺の腰くらいの高さで、約1メートルのクリスタルの花のつぼみが浮いていた。これが転送ポイントらしい。つぼみに触れると、花は淡い光を放って、綺麗に咲いた。
視線の左下のチャット欄には『転送ポイントを登録しました。』の通知が表示された。メニューのリアル時間を見てみると……知らないうちに約1時間半も探索していた!
ワールドマップを見ると、新しい転送ポイントの名前は〈ナイジェリアの森の外側1〉と書かれている。
俺は今回は珍しく、ほぼ寄り道せずにまっすぐ走ったはずなのに……1時間走ったのに、ほんの少ししか移動していない?!……途中でガッツリ戦闘と採取はしたけどさ。
「マップ、でかすぎ!!普通1時間も移動すれば、森を抜けて小さな街くらいは見つかるだろ?いやいや、それより朝にならないのかい!まさかリアル時間と同じ仕様じゃないよね?平日の俺は夜しか遊べないんだぞ……はぁ、あとでネットで調べよう。」
転送ポイントの周囲には丸い範囲が現れ、チャット欄には『非戦闘区域に入りました』の通知が出た。
なるほど、街外の転送ポイントはPK防止のために安全区域として設定されてるのか。これはありがたい。
「未だに森の外側か……。今日中にあの神殿に到着して、序章を進めるのは無理そうだな。仕方ない、ゆっくり遊ぼう。今のレベルは……もう26か。」
レベル上げ、速い!
当然だよね。この森のウルフ、序盤にしてはレベルが高いし、EXPバフもある。今の装備なら無双状態の俺には、まさに美味しい狩り場だ。
戦闘システムはまだ基本しかわかってないけど、それでも戦闘は明らかに前のゲームより楽しい。ゲームと思えないくらいのリアル感、これは本当にすごい。
「あと30分で12時か……。一旦家に戻って、ドロップアイテムや拾った物を確認しよう。」
俺はそのまま、今の拠点――セリーナの家へ転移した。
家に戻ると、相変わらず真っ暗。照明アイテムが欲しいなぁ……課金ショップで一番安いランプを買いたい。もしこのゲームの世界が本当にリアル時間と連動してるなら、ランプは必須だよな。
それより戦果の確認だ。
ストレージを開いて、試しにシャドウウルフの皮を出してみた。
おお~モフモフで気持ちいい。この皮、何に使えるんだろう。あとで使うので、とりあえずベッドの横に置いておく。
薬草系もたくさん採ったし、回復ポーションを作りたい。さすがに薬草を生で食うのは嫌だし、生産系スキルのレベルも上げたい。
錬金窯らしいものはないけど、この家の鍋で代用できるかなと思って、かまどの上に置いてあった古い鍋を覗いてみた。
鍋を覗いた瞬間、料理と調合のチュートリアル画面が出てきた。それを読み終えると、料理と調合システムが解放された。
おお!!優しいな運営様ですなぁ!
チュートリアルの指示通りに、調合リストの中から初級回復ポーションを選択。『成功率45%』の表示が出た。調合開始を押すと、製作リストに待ち時間が表示された……01:59。
~完成~
失敗作 ×1
「うん…わかってる。俺の調合スキルはレベル1だから。………もう~一回目くらい成功させてよ!」
こうして、持ってる薬草を製作リストが満タンになるまで全部ポーションに変えた。
回復ポーションの制作時間を待つ間に、部屋の中のアイテムを細かく探してみた。鍋を覗いただけでチュートリアルが出たなら、横に置いてある裁縫道具ももしかして……?
早速その裁縫道具に触れてみると……やっぱりだ。
製作のチュートリアルが出てきた。これで製作システムも解放された!これで防具やアクセサリー系の製作ができるようになった!!
製作は調合と同じで、システム内の製作リストから作りたいものを選んで、待つだけで完成する。ただ、調合と違って成功率の表示はない代わりに、待ち時間が長め。ありがたいことに、拠点内では製作台が不要らしい。その場で作れるのは、かなり便利だ。
では試しに、ゴブリンからドロップした汚い布を使って、何か作ってみよう。
このキャラの初期の製作スキルは、けっこう高くてレベル10もある。製作リストを確認すると、汚い布で作れるのは「村人シリーズ」のみ。製作スキルをレベルアップするために、汚い布を全部使って〈村人の服(女性)〉を作った。
ふむ、時間的に今作れるものはもう作り切った。結局、回復ポーションと村人の服しか作ってない。ポーションと村人の服をストレージから出して、確認してみる。ポーションは予想通り、ガラス瓶に入った緑の液体。村人の服は、このキャラの初期装備と少し違うけど、似たようなデザイン。
村人の服(女性) ×3
失敗作 ×3
初級回復ポーション ×10
回復ポーション ×2
回復ポーションは「大成功」で出てきた産物。記念として、適当に隣の棚に置いておく。先に安い方から使うべきだし、今のレベルなら初級ポーションでも十分だ。
この調合によって、調合スキルはレベル3にアップ。普通に解毒薬のレシピも解禁された。よかった、毒を受けても安心だ。製作スキルはもともと高くてレベル10あるから、今回はまったく上がらなかった。
メニューでリアル時間を確認してみると……もう00:12分?!
「やべぇ……明日は金曜日、一番忙しい日だ。早く寝ないと。」
ベッドに戻り、慌ててログアウトする。
俺の部屋に戻り、VRヘッドギアを外す。
……えっと、喪失感?胸のあたりに、妙な喪失感を感じた。長年フルダイブVRゲームをやってきたけど、こんなリアルな感覚は初めてだ。
いやいや、もうさっさと寝よう。おやすみなさい~!
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【名前:セリーナ】
レベル 26
‐走るレベル4→7
‐短剣レベル1→5
‐調合レベル1→3
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翌朝。
起きてすぐ、ノートパソコンでセレアグのプレイ動画を探しながら、パンを食べる。
初期レベルが5なのに、隣の森の敵の平均レベルは10~20。もしかして、あの森に行ったのは間違いだったのか?村の近くに、神殿へ直接転送されるイベントでもあるのか?と思って、動画サイトでセレアグの実況プレイを探した。
動画を観て、パンを咀嚼していた口が止まるほど驚愕した。
迷わず、すぐに他のプレイ動画も確認する。
「これも…これも……これも!!」
10本くらいの実況プレイを見たけど、全部同じだった。
普通にNEW GAME画面を押したあと、すぐにキャラメイク画面に入る。その後は、王都の冒険者ギルドらしき場所から始まり、メインロビーで各システムのチュートリアルが始まる流れ。
「ちょっと待って!!俺、別のゲームをインストールした?」
パソコンでVRヘッドギアにリンクして、インストール済みのゲームを確認する。
「間違ってない。セレアグだ。」
間違っていないなら……昨晩俺が遊んでいた“あれ”は何なんだ?!
その時、空気を読まないスマホのアラームが鳴った。
もう出かける時間だ。パンを無理やり口に押し込み、そのまま家を飛び出した。




