表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

19 リリアナローズ

セリーナは領主の屋敷を後にしたあと、特にやることもなく、気ままに市場をぶらついてから、宿屋「万牛角亭」へ戻った。


部屋の冷蔵庫から昼ご飯を取り出して食べ、お腹が満たされた頃には、知らないうちにベッドで眠ってしまっていた。


目が覚めた時には、すでに夕方。


夕食を済ませたものの、昼寝のせいでまったく眠気が来ない。


暇つぶしに、セリーナは魔法の威力を最弱に調整し、繰り返し発動しては、静かに魔法の練習を続けていた。



----------------------------------------------------------------------------------



同時刻、ガンド村の宿屋「万金亭」。


行商人ヤークは、妻マロニエとひとときの楽しみを過ごしていたが、そこへ従者のヘクターが慌てて部屋に入ってきた。


「も、申し訳ありません、親分。ご報告があります。」


ヤークとマロニエは動きを止め、マロニエは布団で身体を隠し、ヤークは平然とベッドに腰掛けたままだった。


「構わん。……見つけたのか?あの子を。」

「いえ、未だに“セリーナ”という子はこの辺りでは見つかっておりません。道順も森の外側も徹夜で探しましたが、手がかりはありませんでした。」

「ちぃ……役立たずめ。」


その言葉に、マロニエがヤークの肩に身を寄せながら、口を開いた。


「もしかして、もう森の中で死んでるんじゃない?あの痩せ方じゃ、馬車もなしに他の街まで歩いて行ける気力なんてないでしょ。」

「……そうだな。あの奇妙な服を作ったのは母親だ。あの子が同じものを作れる証拠もないしな。はぁ……興醒めだ。バールヴィレッジに戻るぞ。」


「あの……親分、偽装用の木材は仕入れなくてもよろしいでしょうか?」

「構わん。例の奇妙な服――あれを魔法好きの冒険者ギルド長に高値で売りつければ、それで十分だ。ヘクター、バールヴィレッジに戻る準備をしろ。明後日出発する。」

「承知しました。」



----------------------------------------------------------------------------------



夜の9時。宿屋「牛角亭」にいるのセリーナは、水の玉の魔法を使って、さまざまな形を作って遊んでいた。


しかし、ふとした瞬間、水玉が崩れ、身体がうまく動かせなくなった。


「ふぅ……」


セリーナ:精霊さん、こんばんは、お疲れ様。


「こんばんは……え?セリーナ?まだ寝ていないのか?」


セリーナ:ええ、領主様との面会のことを話したくて。


「そっか。セリーナもお疲れ様。では、話してみてください。」


セリーナは今日の出来事を、悠希に静かに語った。領主との面会、ゴーレムのコアの回収、市場をぶらついたこと、昼寝、そして魔法の練習まで――。


悠希は簡易製作台を出し、製作リストに入力しながら返事をした。


「……あ~、そっか。魔導書をここに置いておくべきだったね。ごめん。あとで魔導書と素材を置いておくから、明日は好きなものを作っていいよ。」


セリーナ:いえいえ、精霊さんのせいじゃありません。

セリーナ:ただ、急に仕事がないと……心が細くなるだけです。


「大丈夫。残りの借金を余裕で返済できるだけの金は、もう持ってる。欲しいものがあれば、買っても問題ないですよ。」


セリーナ:あ、ありがとうございます。そういえば、領主様との面会のこと……大丈夫だった?


「ええ、大丈夫だと思う。たとえ見た目が真面目な領主でも、その外見だけで信用してはいけません。逆に、セリーナがこの街の領主だったとして、考えてみて。」


「目の前に、無傷でクリスタルゴーレムを倒せる冒険者がいたとする。しかも、問題がある冒険者たちではなく、大人しい女性の冒険者たった一人。その者を遺跡の前に配置するだけで、ゴーレムは倒され続け、コアは取り放題。遺跡は完全に解放され、街には人が集まり、金も増える……そんな人物を、野放しにすると思う?」


セリーナ:うっ……せっかく借金の問題が解決できて、自由になれると思ったのに……

セリーナ:そんなの、嫌だよ。


「だから、今の対応で正解です。領主様の依頼を受けたいけど、他の依頼があるので“仕方なく”断る――それでいいんです。」


セリーナ:それなら良かった~。


「多分、ゴーレムの弱点を知ったギルドは、再び人を集めて挑戦するでしょう。勝てればいいけど、もしそれでも倒せなかった場合、また“アリス”を探し出す可能性もある。だから、土曜日に借金を完済したら、この街を離れて、別の街へ向かうつもりです。」


セリーナ:お父さんに会いに行くんだよね。


「ええ、そのつもり。では、今日もゴーレムを倒して、ダンジョンを回ろう。セリーナ、作ったものの販売は頼みますよ。」


セリーナ:ええ、任せてください。



----------------------------------------------------------------------------------



翌朝。


セリーナは目を覚まし、テーブルの上に目を向けた。


そこには、キラキラと輝く布が数反、丁寧に置かれていた。間に挟まれていた紙に書かれた簡単な文字を読んで、悠希の意図をすぐに理解する。



「これは……精霊さんが言ってた“エルフィンシルク”?売りたいのは、この布なんですね……キラキラしてて綺麗。すごく高そう……いや、すごく高いよ。紙には1反で8万Gって……ホントに売れるの?この値段なら、新品の服が4~5着は買えるよ。」


私は布にそっと触れてみた。


布を広げた瞬間、朝の光がその表面に反射して、まるで水面に月光が差し込んだような輝きが広がった。指先でそっと撫でると、絹よりも滑らかで、風に揺れるたびに繊細な模様が浮かび上がる。


糸の一本一本が、まるで魔法で編まれたかのように均一で、光の角度によって淡い金や銀の色がちらりと見える。しかも驚くほど軽い。


私こんな綺麗な布は見たことがない!さすが、アラクネの糸で織られた布……これは本物の高級品だ。こんな上質な布なら、予定通り――恩のあるリリアナローズに売るのが一番かもしれない。


朝食を済ませ、店の営業時間まで魔導書を読みながら過ごす。時間になると、私は“アリス”の姿で店へ向かった。


本当はセリーナのままで、みんなに会いたい。でも、出所の分からない布を売るには――借金持ちの自分より、冒険者“アリス”の方が説得力がある。


もし信じてもらえなかったら、このドレスを見せればいい。この強々ドレスは、エルフィンシルクよりもレア……らしいから。


そんな思いを胸に、私は昨日と同じ、ローブでドレス姿を隠し、白いキツネの仮面をつけて、リリアナローズに向かった。


普段は裏門から入るけれど、今日は“お客様”として、正面玄関から入る。



カラーン コローン



「いらっしゃいませ……?!」


店番のスタッフ、カノンさんが私を見て、明らかに警戒している。


当然だ。白いローブで全身を覆い、顔には白いキツネの仮面――どう見ても怪しい。


朝一番のお客がこんな姿なら、裏から数名のスタッフが出てきて、私をさりげなく囲むのも当然の反応だ。


カノンさんが声をかけてくる。


「お客様は、どんなお洋服をお探しですか?」

「こんにちは。布を売りたいのですが……クラリス夫人はいらっしゃいますか?」

「……?!」


その一言で、店主クラリス夫人と面識があることが伝わったはず。


「えっと、夫人はただいま別の案件を対応中ですが……どんな布をお売りになるご予定でしょうか?」

「こちらのテーブルを、お借りしてもよろしいですか?」

「え……ええ、構いませんよ。」


私はそっと、エルフィンシルクを一反、テーブルの上に広げた。


ほら――綺麗でしょう?


キラキラしていて、この布でドレスを作れば、きっと高く売れるはず。


「すみません、少し拝見させていただきます。」

「どうぞ。」


私が本当に布を売りに来たとようやく納得したカノンさんは、警戒しつつも布を確認した。


「これは……えっと、少々お待ちください。夫人をお呼びします。この方を中へご案内して。」

「かしこまりました。」


どうやら、正式に“お客様”として迎えられたようだ。私は応接室へ案内され、温かいお茶まで出された。


しばらくして、クラリス夫人とカノンさんが一緒に部屋へ入ってきた。半年ぶりの再会。夫人は相変わらず白髪で、マナーに厳しい祖母のような貴婦人だった。


「お待たせしましたわ。わたくしは店主のクラリスと申します。」

「はい、私はアリスと申します。」

「……そう。カノンは残って、他のスタッフは外へ戻ってちょうだい。」


部屋の扉が閉まり、夫人は対面席に座ることなく、私の方へゆっくりと近づいてきた。


「セリーナ……?生きていたのね!!」


突然、夫人は私を強く抱きしめた。


「え?!夫人、あの……」

「バカね。声はセリーナのままじゃない。それに体格も、まったく同じよ。」


こんなに感情を爆発させる夫人を見るのは初めてだった。まさか、一発で正体がバレるなんて――。


夫人がようやく落ち着いたあと、私の左側に座った。もう隠す意味もない。私は静かに仮面を外した。


「えっ……ホントに、セリーナちゃん?」


今度はカノンさんが右側に座り、私の顔をじっと見つめたかと思うと、抱きしめてきた。


「セリーナちゃん、生きていたのね!本当に良かったわ!」

「カノン、この辺にしておきなさい。」


夫人の声に、カノンさんはようやく私を離してくれた。そして、落ち着いた夫人が、少し不思議そうに口を開いた。


「セリーナ、あなたは半年前、キノコを採りに森へ入ったあと、行方不明になったと聞いていたけれど……一体何があったの?」

「え?私、ずっと村にいましたけど……。」

「でも、ある日ガンド村から“森で行方不明になった”と報告があって……。それに、その格好は?」

「ごめんなさい。この格好については、説明できません。でも、半年間依頼が来なかったのは、私が“亡くなった”と思われていたからですか?」

「え、ええ……そうなの。そう思っていたわ。村に行って確認するつもりだけど、村長からの手紙には“あなたの家はすでに新しい村民が使っている”って書かれていたの。」

「やっぱり……村長は、私を借金奴隷にしたかったんですね。」

「……そう。あの村長が……。」


夫人は微笑んでいたが、その背後に――黒いオーラが立ち昇っているように見えた。


「それはさておき。今日は、良い布を手に入れたので、夫人に売りに来ました。」

「そうなのね。カノン、この子に何か食べ物を持ってきてくれる?」

「かしこまりました。」

「え?いえ、お構いなく……」


えっと……夫人がこんなに優しいなんて。


記憶の中では、冷たくて厳しい商売相手だったはずなのに――。


「この半年、うちからの依頼もなくて、生活も厳しかったでしょう。子どもは気にしなくていいのよ。」

「……えっと、ありがとうございます。」


カノンさんは素早くパンや食べ物をたくさん持ってきてくれた。私は少し離れてパンを食べながら様子を見ていた。その間、夫人とカノンさんは一緒にエルフィンシルクの検品が始まった。


「セリーナ、この布……どうやって手に入れたの?」

「同行者からいただきました。……すみません、詳しくはご説明できません。でも、ここだけの話ですが――この布は、アラクネの糸で織られたものなんです。」

「「……?!」」


夫人とカノンさんは目を見開いて驚いた。


まあ、当然よね。精霊さんに出会う前なら、アラクネの名前を聞いただけで逃げ出していたと思う。今は……少し同情してる。精霊さんは、アラクネを10回くらい倒してるし。


「これはこれは……すごくレアな素材だわ。」

「はい。とある方法で、アラクネの糸をたくさん手に入れましたので。」

「分かったわ。これ、買わせていただくわ。いくら?」

「えっと……結構お高いですが、1反で80,000Gです。4反ありますが、何反を買われますか?」

「……4反……。そうね、まずは2反だけ買っておくわ。特性を把握したら、残りの2反も買わせてもらうわ。それは残しておいて。あ……もしかして、借金が……?」

「いいえ。残りの借金分はすでに持っていますので、今週の土曜日に全額返済する予定です。」

「え?どうやって?」

「そうですね……いい人に拾われた、という感じです。」

「いい服を着て、こんなに自由に歩き回れているのなら……それは、いい人ね。……本当に、良かったわ。」


夫人は布の出所については何も疑っていない。


まあ、私がダンジョンを周回してアラクネの素材を集めているなんて、思いもしないでしょう。


「そうだわ、セリーナ。余ったアラクネの糸があれば、少しでもいいから、わたくしに売ってちょうだい。」

「今は持っていませんが、明日持ってきます。」

「ありがとう。お金と布の出所は聞かないけれど、あなたの反応を見れば、これは正当な手段で手に入れたものだと分かるわ。」


夫人は一度ソファに戻り、お茶を口にしてから、再び話しかけてきた。


「借金が返済完了したら、あなたはもうガンド村から解放される。うちで働かない?」


え……?


確かに、借金が終われば私は自由。


リリアナローズで働けるなんて、望むどころじゃない。


「ありがとうございます、夫人。返済が終わったら、ぜひここで働かせてください。でも……その前に、父に会いたいのです。」


私がそう言うと、夫人の表情が厳しくなった。


「……そう。知ってしまったのね。あいつがまだ生きていることを。わざわざ、あんな男に会わなくてもいいのよ。借金を抱え、嫁と娘を捨てて、実家に戻ったような男よ。」

「えっと……父は実家に“捕まって”いて、祖父に私たちへの連絡すら許されていないと聞きました。それに、人を雇って、私を迎えに来るようにしてくれているので……まだ一緒に住めると思うんです。」

「……わたくしとしては、彼に会うのはおすすめできないけれど。もし会えたら、“こっちに戻りなさい”。この店は、いつでもあなたを歓迎するわ。」

「ありがとうございます、夫人!」


こんな感じで、私はエルフィンシルクを2反、リリアナローズに売った。夫人からは「他の店には売らないでほしい」とお願いされた。


当然だ。リリアナローズの依頼がなければ、母と私はとっくに借金奴隷にされていた。


今は――恩を返す時だ。


アラクネの糸は明日持ってくると約束して、私は仮面をつけ、リリアナローズを後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ