14 先生!俺は…金が欲しいです
俺は今、魔法道具店の中。
女店主ビナーと、冒険者ギルドの道具屋の店員――エルドラーナに、精霊石の“偽物疑惑”で睨まれている。
セリーナは店内で一番背が低く、二人の視線が交差する空間にいるだけで、かなり怖そうだ。
エルドラーナはジト目で、俺の言い分をじっと聞いていた。
「って、仮面のお嬢さん。昨日、あなたは確か“精霊石を探してる”って言ってたわよね?それが昨日今日で、もう“精霊石を売る”ってどういうこと?」
……やっぱり、覚えられてたか。
チャット欄ではセリーナが必死に言い訳を送ってくれている。その中から、信じてもらえそうなものを選んで、俺は答えた。
「実は、最初から精霊石を持っていました。」
「へぇ~?」
「でも、その精霊石は少し特別で……売値がわからなかったんです。だから昨日は、エルドラーナさんに嘘をついて、相場を探ろうとしました。……ごめんなさい。」
「別にいいわよ。でも、ビナー。どうして“偽物”だと判断したの?」
店主ビナーは、怒りを含んだ声で即座に答える。
「当然でしょ!この人が持ってきた精霊石は、完全に別物なのよ。色が――普段より少し青いし、意味不明な装飾まで付いてる。普通の精霊石は、透明な水晶玉なのに……これは、見た目だけ派手にして誤魔化してる偽物よ。」
「青い?」
「ええ。普通の精霊石は澄んだ透明なのに、これは薄く青みがかってる。染めたんじゃないかと思ってるわ。それに、中の魔法陣も混線してて、読めないのよ。」
「……なるほど。じゃあ、仮面のお嬢さん。その精霊石、あたしにも見せてくれるかしら?」
「もちろん。どうぞ。」
俺は、完凸済みの精霊石をそっと差し出した。
エルドラーナは店主の“師匠”らしい。なら――この精霊石の“本当の価値”を見抜いてくれるかもしれない。
エルドラーナが俺の精霊石を確認してから、数分が経った。
「色付きの精霊石……あたしも見たことないわ。精霊石のようでいて、でも見慣れた精霊石とは違う。中に刻まれている魔法陣も……確かに、複雑すぎて読めない。それに、この外装――金属の装飾部分にも、見慣れない魔法紋が刻まれてる。意味はわからないけど、何かの魔力制御式かもしれないわね。……あなた、これをどこで手に入れたの?」
「ダンジョンの中です。」
「では、なぜあなたはこの精霊石が“上物”だと言い切れるの?」
「簡単な話です。エルドラーナさん、その精霊石を持って、普通に魔法を使ってみてください。」
「……いいわ。街外の草原で試しましょう。ビナーも来て。」
「あ、はい!」
エルドラーナは精霊石を俺に返し、俺たち三人はそのまま街を出て、畑の横に広がるブロッサム草原へ向かった。
「仮面のお嬢さん、すまないけど、その精霊石をもう一度貸してくれる?」
「はい、どうぞ。」
エルドラーナ(Lv.33)は俺の精霊石を店主ビナー(Lv.16)に渡す。ビナーは自分の精霊石をカバンにしまい、俺の精霊石を杖に装備した。
二人は距離を取り、まずはエルドラーナが魔法を発動する。
「〈ストーンウォール〉!」
彼女の前に、石の壁が出現した。
なるほど。
ビナーが師匠のエルドラーナのストーンウォールに魔法を撃って、性能を確認するつもりか。
「では、行きます!師匠!燃やし尽くせ――ファイヤーボール!」
直径50センチほどの火球が、ストーンウォールに向かって飛んでいく。石壁にぶつかり、爆発。煙が立ち込める。
……沈黙。
えっと……結果は?
魔法が強化されたようには見えない。そんなはずはない。セリーナのレベルは38。UR装備抜きでもINTは110。この精霊石はINT+40の補正がある。多少魔法が下手でも、装備込みなら1.1~1.25倍は強化されているはず。
エルドラーナはビナーに近づき、俺の精霊石を受け取った。今度は、彼女自身が魔法を試すらしい。
「〈スプラッシュ〉!」
杖の前に魔法陣が展開され、水の柱が勢いよく空へ。空に向かって、水柱が噴き上がる。……うん、まぁ普通のスプラッシュだな。
――その直後。
二人は、無言でこちらを振り返り、鬼のような形相で近づいてきた。
「仮面のお嬢さん、この精霊石――50万Gで買うわ。あたしに売って!」
「ひどいですよ、師匠!彼女は私の店に売りに来たんです。買うのは私です!」
……醜い戦いだ。
「自分は、先にギルドへ戻ります。話し合いが終わったら、また声をかけてください。」
ビナーの謝罪は、もう期待していない。俺は精霊石を回収し、口論中の二人を横目に、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
セリーナ:この様子だと、高く売れそうですね。
「そうだね。少なくとも50万Gは確定ね。これは、ありがたい。」
セリーナ:まさか、こうしないと“上物”って認識されないとは思いませんでした。
「今度は完凸のものを売るのもダメかもね。誰にも“完凸”って認識されないみたいだし。」
まぁ……ゲーム内の売店では、完凸品や強化済みのアイテムは基本的に売らないからね。ダンジョンでドロップすることもないし、この世界ではシステムの“突破”の概念が知られてないんだろう。
セリーナ:えっと、精霊さん。ギルドに戻るって、何をするんですか?
「え?……そうだね。実は、他にも売りたいものがあるんだ。精霊石を続けて売ると、さすがに怪しまれるだろうし。でも、昨晩手に入れた素材がもし高値で売れれば――目標金額に一気に近づけるかもしれない。」
「ワタシは明日からは夜しか来られないから。だから、危ないことはワタシがいるうちに済ませておきたい。」
セリーナ:なんか……ごめんなさい。私、何もできなくて。
「いいえ。ただ、もしギルドの職員に素材の出所を聞かれたら、知ってるワタシが売った方が対応しやすいだけ。セリーナには、今後の換金を任せるつもりだよ。でも、その前に――まずは戦闘に慣れるのが最優先。午後は、たっぷり頑張ってもらうよ?」
セリーナ:はい!私、頑張ります!
今は午前11時。ギルドは意外と空いている。
中に入ると、相変わらず注目の的だ。
夜空のように派手なドレス姿に、まったく合っていない和風の狐の仮面――そりゃ、目立つよな。注目されない方がおかしい。
まぁ、ゲームではこういうの慣れてる。変な装備をつければ、周りのプレイヤーは必ず反応してくれる。これはリアルの俺じゃなく、マイキャラ“アリス”だから、誰にも正体はバレない。顔も隠してるし、視線なんて気にならなくなった。
お嬢様?
昨日のお嬢様だぜ。
なぜ仮面を?
ナンパする?
やめろ、あのお嬢ちゃん、アイザックに勝ったぜ。
うそ!あれマジか?
NPCたちのざわめきを無視して、受付カウンターへ向かう。そこには昨日と同じ、茶髪の美人受付嬢がいた。
「あら、アリス様。こんにちは。今日はどんなご要件でしょうか?」
「こんにちは。今日も買い取りに来ましたです。」
「量は多いでしょうか?」
「一つだけです。」
「承知しました。では、こちらにお出しください。」
俺は昨晩倒したクリスタルゴーレムのコアを取り出す。一見すると、ただの直径10cmほどの赤いボール。。表面に少しだけ、複雑な模様が刻まれている。
受付嬢はそれを見て、すぐに布で包み返した、昨日と同じように応接室へ案内してくれた。
「アリス様、フレディさんを呼んできますので、こちらで少々お待ちください。」
「わかりました。」
セリーナ:精霊さん、それは何ですか?
「昨晩倒したクリスタルゴーレムのコアです。」
セリーナ:精霊さん……それって、もしかしてすごく強いモンスターですか?
「強いってほどじゃないけど、魔法が使えるなら簡単に倒せるよ。昨晩もノーダメージだったし、あとでもう一回戦うつもり。」
セリーナ:いやいや、さっきの受付嬢の反応を見る限り、あれは弱いモンスターには見えませんよ?
「セリーナ。君は今、全身にこの世界で最も希少な装備を身につけてる。この完凸精霊石よりも、数倍強い。そんな装備でその辺のモンスターと戦って――負けると思う?」
セリーナ:このドレスって、あの精霊石より数倍強いんですか?!
「今朝渡したエメラルドダガーも、一応レアもので完凸済みだよ。だから、売らないようにね。」
セリーナ:売りませんよ!その宝石ダガーも完凸だったんですか…
セリーナ:もしかして、私の借金のために、この貴重なコアを売るつもりですか?
「貴重……ってほどじゃないけど、そこそこ高く売れると思う。値段を聞いて、納得できる額なら売ってしまえば、もう金のことは気にしなくていい。」
俺はメニューを開いて、図鑑のアイテム情報を確認する。
「そうだね……このコアで作れる武器で、使えそうなのは“クリスタルナックル”くらい。セリーナ、拳で戦うつもりはないよね?」
セリーナ:ないないない!接近戦は無理です…。
そういえば、彼女は今朝も魔導書を読んでたな。
「このコア、“絶対零度のロッド”も作れるけど……魔法メインで戦うつもりなんだよね?」
セリーナ:ええ、まぁ…。
「うーん、今さら売らないっていうのはちょっと難しいかも。このロッドを作るにはコアが必要だからね。でも、コア自体はわりと簡単に手に入るし、運が良ければ数日でSRロッドも作れるよ。」
セリーナ:いいえ、そんな…私のことはお構いなく…。
「シッ、人が来た。」
セリーナ:私の声は他の人には聞こえませんよ、精霊さん。
「………」
また、思わず“シッ”してしまった。
応接室の扉がノックされ、昨日検品を担当した男性職員――フレディが入ってきた。彼は俺の向かいのソファに座る。
「こんにちは、アリス様。今日は何を売りに来られましたか?」
「こんにちは、フレディさん。はい、こちらです。」
俺が布に包んだコアを差し出すと、彼はそれを開いて確認する。ニコニコしていた顔が、みるみるうちに真剣な表情に変わった。
「アリス様……これは、もしかしてゴーレムのコアですか?」
「はい。クリスタルゴーレムのコアです。」
「クリスタルゴーレムのコアですって?!」
その言葉を聞いた瞬間、フレディは驚きのまま立ち上がった。
……えっと。もしかして、これって――思ったより、すごいものだった?俺にとっては、ただの低レベルのデイリーボスの素材なんだけどな。
この世界の冒険者は平均レベルが10~20なら、ゴーレムくらいは数人で簡単に倒せるはずだし。……はぁ、やっちまった。
「し、失礼しました、アリス様。これはどこで手に入れたのですか?教えていただけると助かります。」
「ナイジェリアの森の中心部です。」
「やっぱり……もしかして、アリス様のパーティーがあのクリスタルゴーレムを倒したのですか?」
「……はい、そうです。」
あ……この流れはまずい。
この街の冒険者たちは、まだあのゴーレムを倒していなかったのか?レベル20~25の数人でかかれば、簡単に倒せるはずなのに。さっき食堂をざっと見た感じ、レベル20超えの冒険者は5~6人はいたぞ。
「そうですか!では、ナイジェリアの遺跡にはもう入れるのですね!」
「あ……それは無理だと思います。」
「え?でも、ガーディアンであるクリスタルゴーレムは倒されたのですよね?なら、もう入れるはずでは?」
「そのゴーレムは、翌日には再生します。」
「そんな……でも、コアは今ここにあるんですよ?再生なんて不可能では?」
「そうですか?信じられないなら、ご自分の目で確かめてください。」
「まさか……そっちのタイプか……はぁ、少々お待ちください。」
フレディは慌てて応接室を飛び出していった。俺は、彼が入れてくれたお茶を静かに飲んでいた。
セリーナ:精霊さん、すごく目立ってますよ。
「この街の人たちが、まだゴーレムを倒してないとは予想外だったね。でも、今は“アリス”だから。目立っても問題ないはず。」
セリーナ:そうですけど…。
「セリーナは、この街に住むつもり?」
セリーナ:いいえ……まだ考えてませんけど、
セリーナ:もし借金の件が片付いたら、普通の仕事を探して、平凡な生活をするつもりです。
「だから、気にしなくていいよ。やってたのは“アリス”だから。」
セリーナ:ほんとに……大丈夫なんでしょうか…。
再び応接室に入ってきたのは、フレディさんと……エルドラーナさん?
「こんにちは、仮面のお嬢さん。また会いましたわ。」
「エルドラーナさん、こんにちは。」
俺が普通に挨拶を返すと、フレディさんが驚いた顔で俺を見た。
「え?アリス様って、ギルド長と知り合いなんですか?」
ギルド長?エルドラーナさんが?道具屋の店員さんじゃなかったのか?
「そうよ〜、あたしがこのギルドの長よ。よろしくね。あたしも“アリス”って呼んでいい?」
「はい、大丈夫です。」
そんなエルドラーナさんはフレディさんにこう説明した。
「アリスは昨日うちで素材を買ってくれたの。あの時、あたしと友達になったの!」
……友達ね。精霊石のためによく言うよ、こいつ。
「なるほど。いや、今は別の話です。ギルド長、これが例のクリスタルゴーレムのコアです。」
「これが……ふむふむ。確かに冷たい魔力を感じますわね。破損もまったくなし。この魔力の密度……間違いなく本物ですわ。」
エルドラーナさんはコアを手に取り、細かく検品を始めた。その横で、フレディさんが追加の説明を始める。
「ですが、アリス様からの情報によると、クリスタルゴーレムは倒しても翌日には再生するとのことです。コアはここにあるのに……もしかして、あのタイプのモンスター…?」
「そうですね。ダンジョンボスと同じタイプですね。アリスさん、クリスタルゴーレムは遺跡前の広場の範囲から出たことはありますか?」
「いいえ、ありません。」
エルドラーナさんは困った顔をして、話を続けた。
「ダンジョンボスなら、倒してから一時間で蘇生。でも、ダンジョン外にいるこういうタイプのモンスターは、翌日で蘇生するのよね。はぁ〜……困ったわ。」
困った?
毎日ゴーレムを倒せるなら、普通にダンジョンに入れるじゃないか。レベルアップもできるし、素材も安定して手に入る。
たしか、王都近くにいる初期のデイリーボス――暴れる巨大イノシシなんて、毎日倒せば肉が安定供給されるでは?
俺は思わず、エルドラーナさんに尋ねた。
「えっと……どうして困るんですか?素材が安定して手に入るなら、むしろ良いことでは?」
「弱いモンスターなら、それも可能ですけど……クリスタルゴーレムは、アリスさんのパーティーが初めて討伐したのよ。」
「そ、そうですか。」
「まず、フル装備でここから森の中心部までは、早くても二日はかかるわ。それに、守られた遺跡にはゴーレムを倒せないパーティーは入れない。仮に倒せたとしても、ダンジョンの中を長く探索するのは難しいの。探索を終えて出てきた頃には、またゴーレムと戦うことになるのよ。」
「……ゴーレムの戦闘範囲外に逃げればいいでは?」
「ダンジョン内で負傷している可能性もあるわ。それに、素材や宝物を持ったまま、素早く逃げるなんて、そうそうできることじゃありません。」
あ、確かに。
ゲームなら、ストレージ機能があるから、素材や宝物は全部“仮想空間”に自動で送られる。だから、荷物を持って逃げるなんて考えたこともなかった。
でも、ここはゲームではない。重い荷物を抱えて、負傷した状態でゴーレムから逃げるなんて……そう簡単にはいかないか。
「念のため、“銀翼の牙”を呼んで、ゴーレムが本当に蘇生するか確認させるわ。フレディ、彼らが戻ったら依頼をお願い。」
「かしこまりました。」
フレディさんは応接室を出ていった。残ったのは、俺とエルドラーナさんだけ。
「アリスさん。このコア、ギルドとしても買い取りたいのですが……現時点では、価格の基準がなくて。申し訳ありません。代わりに、オークションに出してみますか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「そうですか……。ただ、冒険者ギルドとしては、クリスタルゴーレムの件を領主様に報告しなければなりません。ご同行、お願いできますか?」
え? 領主?
そんな簡単に会えるもんなの?いや、待てよ……悪徳領主の可能性もあるぞ。
「今すぐ、ですか?」
「いいえ。恐らく、明日になると思いますわ。」
これはセリーナに任せるしかないな。……大丈夫か?
「明日は多分、大丈夫だと思います。」
「そうだ。もしかして、さっきの精霊石も、クリスタルゴーレムが守っていた遺跡の中で見つけたものですか?」
「ノーコメントです。」
「もう、このくらい話してもいいじゃないですか。そうだわ、さっきビナーと話し合いが終わったの。例の精霊石、あたしが買うわ。さっき言った通り、50万Gでどう?これ以上は出せないわよ。」
「ええ、そのお値段で大丈夫です。」
「やった!他にいいものがあれば、他の店じゃなくてギルドに持ってきなさいな。」
「そうですね。良いものがあれば、また持ってきます。」
ちょうどいい。ついでに、領主のことも聞いておこう。
「あの、失礼ですが……自分はバールヴィレッジに着いたばかりなので、ここの領主様って……大丈夫な方ですか?」
「あら、貴族と関わりたくない派?」
「ええ、はい。色々あって。」
「そうですか。大丈夫ですよ。エトワール様は平和主義者で、貴族とは思えないくらい普通の人ですからね。」
「普通……ですか。」
「まぁ、ここはご自分の目で確かめてください。そうですね、あたし今から領主様に報告に行くから、夕方また来てください。その時に面会の日程を教えるわ。」
「了解しました。あ、すみません、エルドラーナさん。お願いがあるんですが。」
「なに?」
ここで、俺は急にあることを思い出した。
カバンの中に手を入れ、村長の悪事の証拠――借用書をストレージから取り出す。それらをエルドラーナさんに差し出した。
「ごめんなさい。自分、字があまり読めなくて……この借用書の内容、読んでもらえませんか?」
「あら、アリスさんが字を読めないなんて、意外だわ。」
「すみません。」
「いいえ、責めるつもりはないわよ……どれどれ……」
「自分が知ってる範囲では、借金は200万Gですが……金利って、どれくらいって書いてありますか?」
エルドラーナさんは無言のまま、借用書に目を通していく。その間、セリーナのチャット欄に、何か質問が届いたようだった。
セリーナ:え?精霊さん!これは……もしかして、うちの借用書ですか?!
俺は小さく頷いた。
セリーナ:もしかして……村長の家から…
「アリスさん、これはどこで手に入れたのですか?」
セリーナの質問が続く前に、エルドラーナさんが先に口を開いた。
「これは、とある依頼で手に入れた書類です。機密情報のため、詳しくはお話できません。」
「まぁ……なんとなく、依頼主が誰なのかは察しがついてるわ。エドガー様が裏でこの借金を返済するために、あなたを雇ったんでしょう?」
「ご想像にお任せします。」
「カースティア伯爵家にとっては、そんな金額は端金にすぎないわ。……あなたも大変ね。彼に弱みでも握られてるの?」
あ、しまった。
彼女の推論は間違ってる。でも今ので、セリーナに“エドガー・カースティアがまだ生きている”ことが伝わってしまった。
セリーナは驚きでチャット欄が騒がしい。でも今は、それを無視してエルドラーナさんの対応に集中する。
「……だからワタシは顔を隠しているんです。こんな依頼、本当は受けたくありません。」
「相手が上級貴族なら、仕方ないわよ。さて、この借用書だけど……金利は二割と書かれているわ。借金が200万Gなら、利息は40万Gね。返済が完了したら、必ず借用書の魔法刻印を解除するように。そうしないと、契約解除とは言えないわよ。」
「承知しました。ありがとうございます。」
はぁ……元々は、金利がどれくらいか確認できればと思っていただけなのに。まさかこんな流れで、セリーナに彼女の父親が生きていることを知られてしまうとは。
俺は、エルドラーナさんが読み終えた借用書に手を伸ばし、テーブルの書類を回収しようとした。だが、指先が紙に触れる寸前——
「待って。」
エルドラーナさんは、借用書を返してくれなかった。




